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野良怪談百物語

「何人いる?」

作者: 木下秋

 これは私が小学二年生だった頃の話。


 当時私は女の子同士でおままごとをして遊ぶよりも、男の子達と走り回っている方が楽しい、そんなタイプの女の子だった。


 私には二つ年上のお兄ちゃんがいるから、その影響なんだと思う。いつも後ろにくっついて、遊びに連れて行ってもらっていた。


 いつも学校から帰ってきたら二人してランドセルを玄関に置いて、すぐ近くの公園へ向かった。公園にはいつもお決まりのメンバーがいて、学年も性別も関係なく、鬼ごっこやかくれんぼをしたり、遊具で遊んだりしていた。



     *



 きっかけは、そのメンバーのうちの一人で、お兄ちゃんの同級生でもある、ユウスケ君の一言だった。


「ぼくの家のちかくに、だれもすんでない家があるんだ! 行ってみない?」


 子どもって何故か、秘密基地だとか、そういうものに憧れる。大人には内緒の、秘密の場所。私たちは期待に胸を膨らませ、ユウスケ君の案内でその空き家に向かった。


 それは見るからに古い、木造二階建ての一軒家だった。表札は無く、あったであろう場所にはくぼみが残っていた。庭には雑草がしげり、家の外壁にはつたが絡んでいる。


 そんな外観に気圧けおされていた私達だったが、案内してきたユウスケ君やお兄ちゃんは「行こうぜ!」なんて言って中に入って行った。今思えば、お兄ちゃんは私がいたから、妹にかっこ悪い所を見せるわけにもいかず、強がっていたんだと思う。ユウスケ君だって、私の他にもう一人いた、私の一個上の女の子、ミキちゃんのことが好きだったみたいだったから、いい所を見せたかったのだろうと思う。


 私とミキちゃん、そして私の同級生だった男の子、サトル君は、その二人について行くように、恐る恐る敷地内に入って行った。庭に生えた雑草が素足に当たってくすぐったかったのを、今でも覚えている。


 家の周りを一周する間、お兄ちゃんとユウスケ君はどうにかしてその家に入れないかと、ドアノブをひねったり、窓をガタガタといわせて開けようとしていた。私たちは、ただついて行くことしかできなかった。


 家を一周し終えた所で、急に雨が降ってきた。それまでは天気もよく、私達は傘など持っていなかったので、その日はその場で解散となった。みんなが敷地を出て、じゃあねと挨拶をしている時、私は何故か背後が気になって後ろを振り返った。


 ――何故かは今だに、よくわからない。私が見ていたのは、二階の窓だった。その窓にはもちろん何も映っておらず、ただ室内の暗闇が透けて見えているだけだった。




 次の日の学校終わり。いつものように公園で遊んでいると、ユウスケ君が全速力で走ってきた。


「あいたんだ! 木のドアがね、にわのところにあるやつが、ガーッって……」


 興奮した様子でまくし立てるので、最初はなんのことを言っているのかは分からなかったのだが、よくよく聞いてみるとどうやら、昨日行った空き家の庭に面した雨戸が、開いたとのことだった。私達は昨日と同じ五人で、空き家に向かった。


 ユウスケ君が言っていたことは本当だった。昨日は開かなかったはずの雨戸が、開いている。


 どうやらユウスケ君は学校が終わった後一人でここに来て、昨日と同じようにどうにかこの家に入れないものかと扉や窓を調べていたらしい。雨戸の木の扉はどうやら腐っていたようだった。


「スッゲェー!」


 ユウスケ君とお兄ちゃんは興奮した様子で、靴を履いたまま家の中へと入って行った。私もすぐに中に入ろうとしたのだが、それをサトル君が止めた。


「ねぇ、やっぱりだめだよ。おこられちゃうよ」


 「だれに?」と私が聞くと、サトル君は黙った。ミキちゃんも最初は中に入るのをためらっていたが、戻ってきたユウスケ君とお兄ちゃんが楽しそうに誘うので、私達三人も遅れながら中に入った。


 室内は埃っぽかったが、家具などは残っておらず、想像していたよりかは綺麗だった。雨戸を全て開くと室内には光が満ちて、不安感や恐怖心はなくなった。むしろ、とんでもなく豪華な秘密基地を手に入れたようで、みんな嬉しそうにはしゃいでいた。


「明日からは、“ヒミツキチ”にしゅうごうな!」


 夕方、お兄ちゃんがそう言って、その日は解散となった。


 次の日からは、公園ではなくみんな秘密基地にやって来た。秘密基地を知る友達もその後何人か増えた。最終的には十人くらいになっていたと思う。そして秘密基地を教える時、その子に約束させた。この秘密基地のことは、絶対他の人には言っちゃいけない。と。



     *



 それは、暑い夏のある日のことだった。


 夏休み、プールの開放日に学校に集まった後、秘密基地で遊んでいた。


 その頃私達はあるゲームをよくやっていた。


 『何人いるか当てるゲーム』である。


 それは夏によくありがちな心霊特集の番組でやっていた、その人に霊感があるかどうかを判断するテストであった。


 一人が部屋の中心に目隠しをして座り、その部屋に何人か入る。そして室内に入った一人が代表して「何人いる?」と聞く。それを聞いた部屋の中心に座っている人が、気配だけで何人いるか当てる、というものである。それをピッタリ当てることのできる人は、霊感が備わっているらしい。


 私達はこのゲームを、“一番人数を、大きく外した人”がアイスを買ってくる、という罰ゲーム付きでよくやっていた。その日も外は暑く、やはりこのゲームをやろうという展開になった。


 初めはお兄ちゃんからだ。部屋の中心で体育座りをし、両手で目隠しをする。その部屋に、ユウスケ君とサトル君、私が静かに入った。お互い目配せをして、私が代表者になることが決まる。


「何人いる?」


「う〜ん……」


 お兄ちゃんは散々悩み、「一人!」と言った。この部屋に、私一人が入ったと思ったのだ。


 私が「いいよ」と声をかけるとお兄ちゃんは振り向き、「えぇ〜‼︎」とうなだれた。


 アッハッハッハ! と、私達が笑う。


「−《マイナス》2な」


 とユウスケ君が言う。


「じゃあ次、ミキちゃん」


 お兄ちゃんがそう言うと、部屋の外にいたミキちゃんが入ってくる。


「ミキちゃん、強いからなぁ〜!」


 ユウスケ君が言った。


 不思議なことに、ミキちゃんはこのゲームに関しては、百発百中だった。室内の人間が一人であっても、また五人であっても。ピタリと当ててしまうのである。


 部屋の中心に、ミキちゃんが座った。目隠ししたのを見ると、ユウスケ君が急にその場を離れた。


 私があっけに取られていると、お兄ちゃんが私の肩を叩く。振り向くと、お兄ちゃんは笑いをこらえたような表情で、口の前に人差し指を持ってゆき、「静かに」と合図する。


 ユウスケ君が家の奥から連れて来たのは、最近仲良くなった友達の一人、マサシ君だった。


 その時私は全てをさとった。なるほど。どうしてもこのゲームで勝てないので、ミキちゃんに内緒でマサシ君を呼んだのか。確かにこれでは、さすがのミキちゃんでも当てられないだろう。


 室内に私、お兄ちゃん、サトル君、ユウスケ君、そしてマサシ君の、五人が入った。


 そして目配せをし、お兄ちゃんがあの一言を言う係になる。


「何人いる?」


 室内が静かになる。遠くで鳴いている、蝉の声だけがしていた。


 外では太陽が燦々《さんさん》と照りつけていると言うのに、室内は暗く、ひんやりと冷えている。


 ミキちゃんが目隠しをしたまま、顔を上げた。そして少し、キョロキョロと辺りを見渡すように顔を動かす。


 その時私は、ミキちゃんが少し震えていることに気がついていた。


「えっ……」


 ミキちゃんが小さく声を上げる。私達は顔を合わせた。まさか、気がついているのか? と。


「ねぇ、何人いるの……?」


 ミキちゃんがそう言った。


 なんだか怖がっている様子のミキちゃんに申し訳なく思ったのか、ユウスケ君がネタバラシをする。


「いや、その……じつは五人いるんだ」


「うそよ……」


「いやっ、うそじゃなくって……じつはマサシがいて……」


「うそよぉっ‼︎」


 ミキちゃんは叫ぶような大きな声を出して、目隠しをしたまま立ち上がった。


 そして縁側から飛び降りると、走って行ってしまった。


 私達はすぐに追いかけ、いつもの公園でミキちゃんを見つけた。


 話を聞いてみると、あの時、部屋の中に十数人の人の気配を感じたのだと言う。


 さらにその人達がミキちゃんを囲み、見下されているような感覚を味わったのだと言うのだ。


 その人達は何かをブツブツ言っていたらしかったのだが、ミキちゃんは泣いていたので詳しくは聞くことができなかった。


 ミキちゃんはそれ以降、秘密基地には来なかった。


 私達も段々足が遠のき、秋になる頃には誰もそこには立ち寄らなくなった。

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