ワケアリ
怖くありません。コメディーテイストです。
ワケありプラン、7800円♪
謳い文句につられて、私はクリックした。
私は今、初めての彼との旅行のプランをネットで探している。
彼ったらこういうのは不精だから、君が決めていいよ、なんて私に丸投げ。
もう、しょうがないなあ。
そう言いながらも、私はウキウキしていた。
あんまりお金が無いので、ちょっと安いプランを探して。
彼のリクエストはそれだけだった。
お金が無いなら、私も出すよ、と提案したのだが、彼のプライドからか
全て自分で出す、と言い張るのだ。
なんだ、安いの探せ、っつったり、自分で全部出す、っつったり。
プライドあるのか無いのかわかんないじゃん、と心の中だけで突っ込みを入れておいた。
そういうところも含めてかわいいと思っているからいいのだ。
ふむふむ、一泊二食付きで7800円。夕飯のメニューもすごい豪華。
なんと言っても、温泉よねー。
露天風呂もあるのかぁ。
しかも、家族風呂まで。混浴かあ。イヤン♪
私はちょっとエッチな妄想に鼻を膨らませた。
ちょっと待てよ、これのどこがワケありなのよ。アヤシイ。
ひょっとしてー、出ちゃったりする?
私はさらにスクロールして、ワケありの理由まで押し下げた。
なるほどー、エレベーター側で、ちょっと騒音があるかもしれないのか。
ぜんぜん、問題ナッシング!どこでも5分で眠れるから。
彼も、そんな神経質なタマじゃないしね!
よし、ここに決めた!
私は風光明媚な静かな山の温泉宿に一泊二日で予約を入れた。
旅行当日、彼が愛車で迎えに来た。
軽自動車だけど、最近の軽自動車は中も広くてターボ付きなので
長旅にも何のストレスもなし。
観光地を巡り、5時にホテルに着いた。
さすがに一泊二食7800円なので、建物の古さは否めない。
まぁまぁ、中さえ綺麗だったらOKだ。
フロントに着くと、異常なくらいにこやかなフロントマンが待ち受けていた。
とても腰が低く、ニコニコしながら説明をしてくれるのだが、カウンター上に
黒猫が鎮座していた。
置物かな、と思うほど大人しかった。
カウンターに飼い猫かあ。随分アットホームな感じだな。
フロントマンもたぶんここの経営者、家族経営ってところだろうか。
私たちは、4階の非常ドアのすぐ側の410号室に案内された。
エレベーターのすぐ側と聞いていたのに。
聞けば今日は学生がたくさん泊まっているので、こちらの部屋になったとのこと。
これはラッキーなのかな?
中へ入るとベッドが二つあり、なかなか綺麗だった。
だが、部屋に案内される前に、今日は学生さんも泊まっているので、
食事の時間をずらされたほうが良いです、と言われた通り、
4階は学生たちの部屋で騒ぐ声が聞こえた。
「参ったなぁ、うるさいな。」
彼が言った。
1階の食堂で、夕食をとった。
「すごいね!豪華ー。食べきれないね!」
私は豪華な食事に目を輝かせた。
彼もあまりの豪華さに目を見張っていた。
私たちは食事に大満足し、自分たちの部屋に帰った。
「温泉、入りたいけど、今学生たちがたくさん入ってるよね。」
彼にそれとなく言った。家族風呂に一緒に入ろう、なんて
とても自分の口からは恥ずかしくて言えない。
気付いてほしいなぁ。
「うん、そうだね。じゃあ部屋のユニットバスに交代で入ろう。」
私はガクっとなった。
もー、この鈍感!一緒に入ろうよ、って言えよ。
意気地なし。役立たず。
私は少々むっとしていたら、
「先、入るよー。」
と言い、お風呂に行ってしまった。
しばらくすると、彼がお風呂から出てきた。
「あれー、お湯が出ないよ。」
そう言いながら枕元の受話器を取って、フロントに電話した。
「お湯が出ないんですけどー。」
そう言うと、フロントは他の部屋に移って欲しいというので
「他の部屋は学生がうるさいのでいやです。」
と断り、やむなくフロントの親父が急遽工具を持って修理をしにきた。
ホント、最悪!
部屋のお湯が出ないとかどういうことよ。
今までかつてない、酷いホテルだ。
お湯が出るようになりました、大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありません
そう言い、フロントのにこやかな親父は出て行った。
ついでに学生に静かにするようにも、伝えたのでその後は静かになった。
二人でお風呂のお湯を点検するため、蛇口をひねった。
すると、中から真っ赤な液体が出てきて、血の色のようだったので私は
「キャッ」と小さく叫んだ。
「これは赤錆だよー。ここ、たぶんしばらく使われてなかったんだね。
たぶん、水道もしばらく使われてなかったから、カランのパッキンが
くっついたまま空回りしててお湯が出なかったんだと思うよ。
非常口の側なのに、なんで使われてなかったんだろうねえ。」
彼はのんびりした声で言った。
そう言われてみればそうだ。
ここはエレベーターの近くでもないから騒音も少ないはずなのに、何故?
そう思いながら何気なく天井を見た。
よく見ると天井が汚れている。
まるで何か、茶色の物をこぼして、手でなぞったような跡が残っていた。
「何だろう、あの汚れ。」
私がそう言うと、彼が
「血だったりして。」
とニヤニヤした。
「もー、そういうのやめてー。本気で怖いからー!」
私はもう、その跡が気になって仕方なくなり、怖くなった。
そして、本当に彼は先に一人でお風呂に入った。
まぁユニットバスで狭いってのはあるんだけどさあ。
イチャイチャ洗いっこしてもいいわけじゃない?
私はアホみたいに、ベッドに腰掛けて、テレビを見ていた。
彼がお風呂から上がり、洗い場が無いタイプなので
「抜いて綺麗に洗っといたからねー。入りなよ。」
と勧めてくれた。
私はユニットバスにお湯を張り始めた。
なんだかなー。彼は私に欲情しないのかなあ。
ま、浴衣に着替えれば、彼も狼になっちゃうかな。えへ。
私はお風呂につかり、体を洗って流し、浴衣を着てベッドに向かった。
「んがー!」
え?いびき?
信じられない。さっさと寝ちゃってる。
ちょっとお、どういうことよ。
私は、自分にそんなに魅力が無いのか、と愕然とした。
まあ長旅の運転で疲れてるのはあるだろうけど、あんまりでしょ。
私は仕方なく、ベッドに入った。
悔しくてしばらく寝付けなかったけど、いつの間にか寝入ってしまったようだ。
寝てしばらくして、なんだかかさこそ、衣擦れがする音で目が覚めた。
んー、彼が寝返りでもうってるのかなぁ、そう思い眠い目を開いて
天井を見た。真っ暗でよくわからないけど、天井が何か変だ。
だんだん目が慣れてきたら、はっきりと白い着物の女性が見えた。
私は恐怖で声が出なかった。体も金縛りにあって動けない。
白い着物はところどころどす黒く変色しており、ずるっずるっと体を引きずりながら
手だけで天井を這っている。
助けて!私は彼を、横目で見た。
彼はぐっすりと眠っている。
ダメだ、動けない。声も出ない。
ズルズルと女は今度は壁を這い出した。
下りてくる!
私は恐怖と動けない自分に対するジレンマで滝のように汗をかいた。
そしてついに床に下りてきた。床をズルズルと這いまわっている音が聞こえる。
いやだ、来ないで!
私は固く目をつぶる。
突然、氷のように冷たい物が、私の足首を掴んだ。
なんだかヌルっとした感じがした。
あの白い着物の女が、私の足首を掴んでいる。血だらけの手で。
隣で気配を感じたのか、彼がムクっと起き上がった。
そして、私のベッドのほうを見て、恐怖に顔が硬直した。
助けて!私は、目で彼に助けを求めた。
「うぎゃあああああああ!」
彼は叫び、一目散に部屋を飛び出した。
え、嘘でしょう?
その声にびっくりしたのは、その白装束の女だった。
ぱっと私の足首から手を離したのだ。
私はやっと、「キャアー!」と叫んだ。
声が出た!体も動く!
私は部屋の電気をつけた。
すると、部屋は何事もなかったかのように、元の静寂を保っていた。
なんだったの?アレは。
彼、どこに行ったんだろう!
私は慌てて、外に出た。
どこにも居ない。
私は、一人取り残された部屋で、彼の携帯に電話した。
すると、テーブルの上で着信音が鳴った。
そうか、あのアホ浴衣で逃げたんだった。
車のエンジンのかかる音がして、私はまさか、と外を見た。
今日旅してきた、見覚えのある軽自動車が発進していた。
信じられない。
私を置いて一人で逃げるなんて。
ワケありで本当に出た!
私はまず、落ち着こうと、浴室の洗面所で顔を洗おうとした。
電気をつけようとしたが、浴室の電気が点かない。
もう、何よ、このホテル!何もかもダメダメじゃん!電球切れてるし!
仕方なく真っ暗な中、部屋の照明を頼りに顔を洗った。
するとすぐ側のバスカーテンが揺れた。
私は恐る恐る、バスタブのほうを見ると、先程の白装束の女が黒髪の中から
こちらを見ている。
私は、ひぃっと息を吸い込んだ。
すると、その女の顔がどす黒く変色していったかと思うと顔が膨張し
目が飛び出してきて、最後に全部飛び出して、バスタブの淵にコロンと転がり、
足元にコロコロと転がってきた。
私は全力で走った。
夜中、フロントで怒鳴り声をあげた。
フロントの親父は困り顔で、まるで私を妙な言いがかりをつける
クレーマーのような目で見た。
とにかく、部屋をかえて欲しい、と頼んだ。
部屋をかわってからも、私は、電気を付けっぱなしで朝まで眠らなかった。
朝日が差し込んできた時は心底ほっとした。
それと同時に、私を置いて逃げた腑抜けへの怒りがフツフツと沸いてきた。
私は仕方なく、彼の宿泊代も立て替え、彼の荷物は彼の部屋へ着払いで送って欲しいと頼んだ。
私はタクシーを呼んで、この悪夢のようなホテルを後にすることにした。
タクシーに乗り込んで、昨日泊まった部屋を何気なく見た。
すると、あの白装束の女が、何か紙に書いて頭の上に掲げている。
「またきてね」
そう書いてあった。
私はタクシーの窓を開け、
「二度と来るかー!こんなところ!」
と白装束の女に向かって、中指を立てた。
すると白装束の女は、目玉を出した後の黒い空洞の眼孔のまま
どうして?というように首を傾げた。
FUCK!
もちろん、帰宅して、彼に宿泊代を請求し、別れを告げ、
鼻っ柱にパンチを入れたことは、言うまでもない。
了