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屋敷の秘密
作:雨宮雨彦


 単線だった猫坂電鉄が線路を複線化することになった。朝夕は乗客が多く、単線では限界に達していたから、列車を増発するためにはやむをえないことであり、地元からも反対の声は出ず、むしろ歓迎ムードだった。すぐに工事が始まり、急ピッチで進んだ。必要な立ち退き交渉もスムーズにすみ、これで電車が便利になるとみな歓迎していたのだ。

 ところが例外がいた。田中という一人暮らしの年寄りの女で、線路ぎわに大きな屋敷を構えていた。この女だけは、どうしても立ち退こうとはしなかった。鉄道会社の人間と交渉のテーブルにつくことさえ拒んだ。

 それでも工事はどんどん進み、とうとう田中の屋敷を残して、他の部分の線路はすべて複線化が済んでしまった。だが一箇所でも単線が残っていては何の意味もない。しかし田中は話すら聞いてくれない。そこで鉄道会社は、苦しまぎれの解決策に出ることにした。どうしたのだと思う?

 立ち退かせるのをあきらめて、屋敷を迂回する形で線路を建設したのさ。左右を線路にはさまれて、屋敷はまるで島のように孤立する形になってしまった。線路と線路の真ん中に、この屋敷だけがぽつんと残されたんだ。もちろんそれでは住人が出入りできなくなってしまうから、外から屋敷の中へ続く踏切が作られた。この屋敷一軒のためだけだぜ。その名も田中踏切といった。

 さてさて、田中ばあさんはこうやって線路と線路にはさまれて暮らすことになった。それでも気丈で頑丈なばあさんだったのか、その後も十五年間、特にめげる様子もなく元気に暮らしていたがね。

 一人暮らしだったから、ばあさんが死んでいるのが発見されたのはほんの偶然だった。あるとき学校帰りの子供が電車内でふざけていて、窓から帽子を飛ばしてしまったのだ。その落ちた先がばあさんの屋敷の庭だった。子供は電車を降り、屋敷へ歩いていった。門をたたいても返事がないので、勝手に庭へ入っていった。そして帽子を探しているうちに偶然家の中をのぞき見て、見つけたのさ。

 すぐに警察が呼ばれたが、なんということのない自然死だった。年が年だったからね。その後屋敷は相続人の手に渡り、売りに出された。もちろん鉄道会社が買い取り、不自然な形になっている線路をまっすぐに直す工事がされた。だから今では、あそこに屋敷があったことさえ知る人は少ないと思うよ。

 それにしても、ばあさんはなぜ立ち退くことを嫌ったのだろうねえ。だがその話をする前に、このばあさんの素性を少し話しておこう。後になってわかったことだが、とっくに死んでしまっていたが、ばあさんの亭主は昔、動物園の飼育係をしていたんだ。担当は象だったそうだ。それがわかって、みんなひざをたたいたそうだ。

 戦争中は食い物がなくて、人間が飢えるぐらいだったから、動物にやるエサなどとても確保できなかった。それに空襲もあって、万一オリが破れて、動物が町へ逃げ出したら大変なことになる。だから軍の命令で、動物園の動物はみな毒殺されることになった。

 しかし飼育係には、これが耐えられなかったのだろう。どうやったのかは誰も知らないのだが、小さな小象だけはうまく別の場所にかくまうことに成功したのさ。大人の象はみな殺されたが、軍の目をうまくごまかし、小象がいないことに気づかれることはなかったようだ。

 だが市の財産を泥棒したのだという後ろめたさがあったのだろう。子供のいなかった飼育係夫婦は、戦争が終わっても密かにこの小象を飼い続けたのさ。家の真下に地下室を作って、その中でね。きちんとエサをやり、本当にかわいがっていた。

 それがあの屋敷の秘密だったのさ。ばあさんの死体を運び出すために足を踏み入れた警察官たちは、地下から聞こえてくる象の鳴き声に腰を抜かしたそうだ。幸いばあさんが死んでから日数はたっておらず、象に異常はなかった。もうすっかり年寄りの象になっていたが、まだ元気だった。この秘密がばれることを恐れて、ばあさんは立ち退きに応じなかったのさ。

 その象はどうなったのかって? 小象だったころはともかく、こう大きくなってしまっては、屋敷を壊さない限り外に出すことはできなかった。人の言うことをよくきくおとなしい象で、トラックに乗せられて動物園へ運ばれていったよ。その後もオリの中で生きていたが、去年の冬死んだよ。死因は老衰だったそうだ。














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