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アインクラッド
奴との食事
 俺がヒースクリフを案内したレストラン、≪アクセプテ≫。
 ドアを開けて中に入ると、店内に数人いたプレイヤーが全員こっちを見て驚愕の表情を浮かべた、ような気がしたが、彼らはすぐに食事に戻った。
 ここは最前線フロアだけあって、そこに出没するプレイヤーの多くはトップレベルの者ばかりだ。
 店内にいた人間は俺も知っている攻略組の面子だったから、ヒースクリフが現れたことにそこまでの驚愕を示したわけではないだろう。
 ヒースクリフがボス攻略などで何度も出てきているため、そこそこの頻度で奴と会う機会はあるからだ。
 彼らが一番驚いたのは、俺が一緒にいたことだと思われる。
 攻略組きっての問題児、ソロのキリトといえば、ヒースクリフとは対極の意味で有名だからだ。
 自分で言うのもどうかと思うが。
 その二人が一緒に食事に来るなど、おれ自身驚いているのだから、彼らが驚愕したとしてもおかしくはないだろう。
 NPCの案内に従って、俺とヒースクリフは丸い木のテーブルに腰を下ろす。
 俺は目の前に置かれたお冷をすぐに飲み干した。
 数日振りに口にした飲み物は、俺の喉を冷たく潤してくれた。
 美味い。
 ただの水がここまでおいしく感じられたのは久しぶりかもしれない。
 空腹は食事を最高級のものへと変化させる。
 評論家っぽく名言を作り出してみたところで、ヒースクリフの声を聞いて我に返った。
「この店のお勧めを教えてくれないか?」
 メニューを読みながら奴はそう言ってきた。
 この店のメニューは確かに多い。だから、始めて来たプレイヤーは、その多さに何を頼んでいいか悩んでもおかしくないが。
「あんたはこのゲームのことなら何でも知っているのかと思ったよ」
 俺のその言葉に、フッと少し笑ったヒースクリフは、呼んでいたメニューをテーブルに置くとこう言った。
「残念ながら、アインクラッド内の全ての飲食店と、そのメニューを覚えることは私にも不可能だった」
「まあ、そりゃそうだな……」
 ん? だった、ということはやろうとしたのか?
 そんな恐ろしい考えが浮かび、恐る恐る聞いてみた。
「まさか覚えようとしたことがあったのか?」
「ああ。十六層あたりで諦めたがね」
 そんなことを覚えて、何の得になるのだろうか。
 いや、確かにおいしい店が分かるというのはこのSAO内では大切なことだとは思うけれども。
「今はそんなことはそうでもいいさ。お勧めを教えてくれ」
 そういえばそう頼まれていた。
 俺がお勧めしたいメニューはいくつかある。
 しかしそれを全て頼んで食べきることは一人では不可能だと思われるので、試行錯誤した挙句、俺が一番好きな品を教えた。
「この、きのこのクリームパスタってのがオススメ。クリームソースがたまらなく癖になる」
 そうか、とヒースクリフは呟くと、テーブルに備え付けのブザーを鳴らした。
 十秒と経たずにウェイトレスが飛んでくる。
 ヒースクリフがパスタを頼むと、俺も同じものを頼む。飲み物は俺がアイスティー、奴が赤ワインをボトルで頼んだ。
 ちなみに、代金はその時点で俺の財布から引き抜かれている。
 ワインがやけに高い気もするが、おごると言ったのは俺だ。文句は言うまい。
「昼間から酒なんか飲んでていいのか?」
「ギルドの仕事に差し障りが生じるほどは飲まないさ」
 ボトル一本では酔うことは無い、ということなのだろうか。
 現実世界ほどではないとはいえ、この世界でも酩酊感は存在する。
 ここでは酒を飲むための年齢制限なんてものは存在しないため、俺も以前ビールを中ジョッキで飲んだのだが、二日酔いに苦しんだ。
 さすがに五杯も飲んだのがいけなかったらしい。
 頼んだものが出てくるまでに、そう時間はかからなかった。
 いい香りがするパスタが俺とヒースクリフの前に置かれる。
 アイスティと、ワインクーラーがそれぞれの前に置かれたところで、俺たちは食事を始めた。
 左手に持ったスプーンの上でパスタを取ったフォークを回し、ちょうどいい大きさに整えてから口に入れる。
 きのこがたっぷり入った白いソースが麺と絡まりあい、絶妙なまろやかさと味を再現している。
 こういうおいしいものを食べている時は、決まってここが本当にVR世界なのかと疑ってしまう。
 この味が脳を刺激しているだけで感じられているというのが、どうにも信じられない。
「なあ、ヒースクリフ」
 二人の皿が半分くらいになったところで、俺は目の前の男に切り出した。
 奴はワイングラスを傾けながら、目を俺の方へ向けた。
「なにかな? キリト君」
「今度の正月に起きるイベントを知ってるか?」
 ヒースクリフは一度口を開きかけたが、結局何も言わなかった。
 そして少し眉をひそめてから再び口を開いた。
「いや、そんな話は聞いたことが無いな」
 やはりこの男でも知らないことはあるものである。
 まあ、あのクリスマスイベントのボスを倒した人間だけにこのイベントを知る権利が与えられるのだから、ヒースクリフが知らないのは当然と言えよう。
「実はそういう情報を手に入れてね。その日にある隠しダンジョンが現れるらしいんだよ。知り合いに声をかけてみたんだけど、空いてる奴がいなくてさ。よかったら一緒に行ってみないか? あんたがいれば百人力だし」
 食事の誘いに乗ってくれたのだし、もしかしたら、と思ったのだが、残念ながら断られた。
「大いに興味をそそられる話なのだが。実はその日はギルドでイベントをやるらしいのだよ。あまりそういうのは好きじゃないんだが、団長がいないと話にならないと言われてね……」
 そう言いながら苦笑しているところをみると、どうやらヒースクリフも色々と苦労しているようである。
 その後に、知り合いが、とか呟いたような気がしたのだが、俺の気のせいだろうか。
 それからは食事が終わるまで会話はなく、食べ終わったころにヒースクリフがこう言った。
「ごちそうさま、キリト君。おいしかったよ。また誘ってくれ」
 奴はそう言って立ち上がると店から出ていった。
 最後に奴が何かしらの言葉を呟いていた。
 いい目になったな、という風に聞こえたのは、またも俺の気のせいだろうか、いや、確かに奴はそう言ったのだろう。
 俺も続いて店を出て、借りている宿屋に戻った。
 部屋の中に入り、ベッドに寝転ぶ。
 直後、強烈な睡魔に襲われた。
 ここ数日、ろくな睡眠を取っていなかったからだろう。
 しかし、少し前まで睡眠不足で頭痛にさいなまれるような状態になってさえも眠ることはできなかったのだ。睡眠が取れなかったのは仕方が無い。
 だが、今は睡魔の心地よさに身を預けることができた。心のつっかえが取れたからだろうか。数分とたたないうちに俺は深い眠りに落ちていった。


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