ほんの三日前。十二月二十五日のクリスマスに起動したメッセージを俺はまたも聞いていた。
昔キリトが参加していたギルド、≪月夜の黒猫団≫の一員だったプレイヤー、サチが録音したメッセージ。
それを聞いて、初めは泣いた。涙が枯れるかもしれないと思うくらい。
もちろん本当に泣き続けるのなら、SAOの中で涙が枯れることは無い。
しかし、俺はそう長いこと泣き続けることはなかった。
そのメッセージが、サチが死んでから自暴自棄になっていた俺の心を優しくほぐしてくれたからだ。
月夜の黒猫団が全滅したのは俺のせいだ。サチが死んだのは俺のせいだ。ずっとそう思い続けてきた心を。
でも彼女はそれは俺のせいじゃない、と言ってくれたのだ。
もちろん、それをサチの言うとおり彼女のせいだと納得することは俺にはできない。
俺の犯した罪というものは確実にある。
俺の行動が彼女や他の皆を苦しめてしまったことは事実だから。
だが、サチと、ギルドの皆と出会えたことを無駄にしないためにも、精一杯、この世界で生きていこうと、この世界を楽しもうと決心することができた。
そう思わせてくれたメッセージを聞き終わった後、俺は≪背教者ニコラス≫を倒したことによって入手したアイテムを一つ一つ確認していた。
アイテムストレージの中にいくつも並ぶアイテムをスクロールする。
数十秒後、俺の目が上から何行目かに釘付けになった。
「ん?」
そう呟いたのは、そのなかに珍しいものを見つけたからである。
それは≪エクスキャリバー≫、というアイテム名で表示されていた。
それだけ見ると、かの有名な伝説の剣かと思われる。
俺はその名前を見てかなり興奮したが、オブジェクト化してみると、それは一つの文書だった。
目の前で羊皮紙が広げられ、そこに書かれている文字が浮かび上がる。
〝みごと背教者を打ち破りしプレイヤーにこの情報を与える。かの伝説の剣が、一週間後、年が一つ切り替わる日に、この世界に顕現するであろう。この剣を是非とも入手し、そなたの右腕とされるよう〟
最初にこの三行があり、さらに、その伝説の剣が入手できるという一月一日にだけ出現する隠しダンジョンの場所が記されていた。
「って、後四日しかないじゃねーか」
この文章を組み込んだプログラマーは、例のボスを倒した直後にこれを開くと予想して、七日後と記したのだろう。
しかしその予想に反し、俺はそうしなかった。
蘇生アイテムが数秒間しか使えないという事実に打ちひしがれ、悠長に取得アイテムを確認する時間は無かったのである。
少し前までなら、ただ自分を強化するためだけにダンジョンを攻略しようとしたであろう。
そして、そこで入手した剣も、ただの強い武器としてしか認識しなかったに違いない。
しかし今の俺は、自分しか知らないと思われるこのイベントを、純粋に楽しもうと思うことができた。
俺は自分のその感情に気付き、本来のVRMMOとしてのこのゲームの楽しみ方を久しく忘れてしまっていたことに気付く。
それは今まで普通のMMOをやっていたときに感じていたこと。
「こりゃ、サチにはどう感謝してもしきれないな」
一人で少し苦笑する。
同時に瞼の中に彼女の笑顔が浮かんだ。
ありがとう。
心の中でそっと呟く。
さて、どうしようか。
そうこれからのことを考えてみた。
自分しか知らない情報である。もちろん一人で行くのもいいだろう。
しかしせっかく入手した情報だ。口が堅そうな親しいプレイヤーに一緒に行かないかと声をかけてみてもいいかもしれない。
そう思い、数人の顔を思い浮かべた。
ピロン
ちょうどそのとき、メッセージが届いたことを教える音がキリトの耳に伝わる。
メッセージ欄を開くと、一件の受信メッセージがあった。
差出人はクライン。文面はこうである。
〝あー、なんだ、キリト。お前ェはレベル上げとかで忙しいのかもしれねぇけどよ。今度の正月、俺の泊まってる宿の一階の店に知り合い集めて、カウントダウンパーティーやるんだよ。よかったらお前ェも参加しねぇか?〟
そのあとに、パーティーに参加する面子の名前が連ねてある。
一読してみたところ、残念なことに、俺がさっき思い浮かべたプレイヤーの全員の名がそこにあった。
「まったく、分かりやすいことしやがって」
そう呟きながら俺は苦笑した。
ボスとの戦闘後、どんな顔をしていたのか自分では思い出せないが、よほどひどい表情だったのだと思う。それを心配してこのメッセージを送ってくれたのだろう。
気遣ってくれたクラインに素直に感謝し、メッセージを返信する。
〝悪い、正月には一つ予定が入ってる。カウントダウンはできないけど、何とかして行けるようにするから、うまいもん用意してまってろよ! ありがとな〟
このメッセージを受け取ったクラインがどんな風に驚くのだろう。
それを直に見れないのは少々残念ではあったが、大体想像は付くので、まあいいとしよう。
さて、この隠しダンジョンに向かうには、それなりの準備をしておかなければいけなさそうだ。
難易度が低いということはあるまい。
≪背教者ニコラス≫を倒して得た情報だ。ダンジョン攻略はあのボスを倒すよりも難しいかもしれない。
ボス戦で使い切ってしまった回復結晶とポーションを補充するため、俺は三日振りに四十九層の街に繰り出した。
NPCが経営する店で、一通りのアイテムをそろえる。
選んだアイテムを購入したとき、何かの生理的欲求を感じた。
腹がすいているのだ。
そこで俺は、何日も食事を取っていないことに気が付いた。
現実と違ってここはゲームの中だ。何も食べなくともHPが残っていれば死にはしない。
しかし空腹感というものは発生するのだ。
それが出てくるメカニズムについては俺も知らない。誰か専門家に聞くといいだろう。
とにかく、この空腹感をどうにかしないとやってられない。
どうして気にしなかったら気付かないのに、気付いてしまうとこうも気になるのだろうか。
どこかに何か食べに行こう。
そう思って店から出たところ、思わぬ奴に遭遇した。
おや、といった風に俺の方を向いたその男は、レアなモンスターよりよっぽど遭遇率の低いプレイヤーだった。
暗赤色のローブの背に、後ろで束ねた長髪を流している、歩いているだけで強大な威圧感を振りまいているその男。
血盟騎士団団長、≪神聖剣≫ヒースクリフである。
ここは人通りの少ない通りだからそう注目はされていないが、奴が待ちのメイン広場などの姿を現したらギャラリーが出てくるほどだ。
それほどまでに伝説級の奴なのである。
その男に俺はどうも、と手を上げた。
「珍しいな、あんたが街をうろついているなんて。騎士団本部から動かないプレイヤーなのかと思ってけど」
「私とて人間だ。ずっとひとところにとどまっているわけではないよ」
よく言う。NPCよりこのゲームのシステムに詳しいく、NPCよりNPCらしいとまで言われている男が。
だが、ここで会ったのも一つの縁だ。
断られても仕方が無い、と思いながら、ヒースクリフに一つ提案してみる。
「なあ、これから飯食いに行くんだけど、あんたも一緒にどうだ? なんだったらおごりけど」
ヒースクリフは少し考え込むような素振りを見せる。
眉を潜めたその顔に、俺はやっぱ無理か、と思ったのだが。
ヒースクリフは予想外の返答をした。
「よし、君のおごりとなれば行こうじゃないか」
提案したくせに、俺は心底驚いた。
今までこの男が誰かと飯を食っているなんて想像もできなかったからだ。
それなのに俺がその張本人となるとは。
「本当にいいのか? ギルドの仕事とかは」
「休憩くらい取れる程度には仕事をしているさ。店を選ぶのは君に任したよ」
「あ、ああ、分かった」
口元に笑みを浮かべているヒースクリフを見ながら、俺は頷いた。
少しこの男への印象が変わったかもしれない。
決して固すぎる人間では無かったということだ。
「この先に結構いけるレストランがあるんだけど、そこでいいか?」
「もちろん。構わないよ」
ヒースクリフが了承したのを確認して、俺は奴をいきつけのレストランに案内することにした。
実は数ヵ月後、キリトは再びヒースクリフを食事に誘うことになるが、その時気軽に彼を誘えたのは、この日の教訓があったからである。
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