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アインクラッド
告別
 インシュヴァルツはキリトとアスナから教えてもらったあるダンジョンへと向かっていた。
 場所は第一層。黒鉄宮の地下。そう、少し前にキリトとアスナがユイと一緒に訪れた場所である。
 インシュヴァルツは、そこの情報をキリトからメッセージで受け取った。なんでも、俺たちは一回行ったけどほとんどダンジョンの中見てないから、いいアイテムが落ちている可能性が高い、ということだった。
 そのメッセージに興味を引かれて、インシュヴァルツは二年ぶりに第一層に戻ってきたのである。
 キリトは軍のプレイヤーの横暴が過ぎている、と言っていたが、街を見渡す限りそんなことはなさそうだった。軍のトップが入れ替わったと言う話を聞いたが、そのせいだろうか。
 数分ほど歩くと、インシュヴァルツは黒鉄宮の入り口の前へと辿り着いた。自然と、ここでヒースクリフと待ち合わせたことを思い出してしまう。
 実を言うと、インシュヴァルツがこのゲームに囚われてから、ヒースクリフとの接触はあったのだ。
 そのときインシュヴァルツは一言たりともヒースクリフ、茅場を責める言葉は言わなかった。
 死んでもこのゲームがやりたい、といったのは本当だったし、茅場が与えてくれた初期ステータスのおかげで、死ぬ可能性など、ほとんど無かったからだ。
 ヒースクリフはこう聞いてきた。もし、ログアウトしたいのならそうすることはできるが、どうする? と。
 インシュヴァルツの答えは明瞭だった。断る、と。
 今ログアウトしたら二度とこの世界に戻ってこれなくなるだろう。それこそ、死んだほうがましだ、そうインシュヴァルツが言うと、ヒースクリフはそうか、と言い、インシュヴァルツの前から姿を消した。
 それからヒースクリフには一度も会っていない。もちろん、彼が茅場晶彦だ、などと誰かにばらす気は毛頭無い。
 むしろ彼には感謝しているほどなのだから。
 などと長考していると、門兵に訝しげな目で見られたので、意識を現実に戻す。
 そしてインシュヴァルツは門番をしている軍のプレイヤー一人に声をかけた。
「シンカーさんとやらに会いたいんだけどね」
 その門番は、何様のつもりか、とでも思ったのだろうか。ぶっきらぼうな口調で答える。
「会う約束とかはされてますか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。キリトとアスナの知り合いが来た、と言ってもらえればすぐにでも通してもらえると思うんだけど」
 門番は見るからにめんどうくさそうな顔をしながらも、一応シンカーに伝言を伝えに行ってくれた。
 待つこと数分。さっきの門番がインシュヴァルツの所へ走ってきた。
「お待たせして申し訳ありません! シンカーさんの所へ案内しますので、ついてきて頂けますか?」
 どうやら客人になんて態度を取っているんだ! とでも怒られたらしい。まあ、案内してくれるならそれに越したことは無い、ということで、インシュヴァルツはそのプレイヤーの後についていった。

 もちろんこんなファンタジーめいた城にそなえつけのエレベーターなどあるわけも無く、上に行くには階段を使わなければならない。
 SAOの中には、高い建物はそう無く、インシュヴァルツは黒鉄宮に入るのは初めてだったため、数階にもわたって階段を使ったのは久しぶりのことであった。
 とはいえ、ここはあくまでゲームの中。現実とは違い、階段など苦にもならない。こちらの世界に慣れてしまうと、向こうに戻ったときのギャップが激しいだろうな、というのはインシュヴァルツが最近思っていることだ。
 数分ほど階段を上っていると、黒鉄宮の最上階、軍の最高責任者、シンカーのいる部屋へと辿り着いた。
 インシュヴァルツを案内していたプレイヤーが、部屋の扉をノックする。すると、どうぞ、という声が中から聞こえた。
 インシュヴァルツが部屋に入ると、窓際の机の前の椅子に、一人の男が腰掛けていた。彼がシンカーなのだろうか。何というか普通のおじさん、といった風体で、とても軍のトップとは思えない。
 インシュヴァルツは、門番を叱ったのはシンカーの隣に立つ長身の女性プレイヤーだと推測した。銀色のポニーテールと、強そうな意志の光を持った空色の瞳が、鋭くも整った顔によく似合っている。
 戦士、というならば、彼女のほうがシンカーよりもその言葉にふさわしい気もする。
 シンカーが一度頷くと、案内してきてくれたプレイヤーは部屋から出て行った。それを確認して、彼は口を開いた。
「始めまして。MTDのリーダー、シンカーです。こちらは副官のユリエール君」
 隣に立っていた女性が頭を下げる。インシュヴァルツも挨拶に応えた。
「始めまして、インシュヴァルツです」
 手を出してきたシンカーの手を握り返す。手を離した後、シンカーはさて、と前置いて口を開いた。
「お話がある、ということでしたが」
 インシュヴァルツはええ。と答える。彼は、会話の前に色々とはさむことは好きでない。だから今回も単刀直入に本題を切り出した。
「この城の地下のダンジョンを攻略させていただきたいのですが」
 シンカーは少なからず驚いた表情を見せた。しかし、彼の隣にいる副官はまったく表情を変えていないように見える。
「どこでその話を聞かれましたか?」
 おや? とインシュヴァルツは内心で首をかしげる。キリトとアスナの知り合いだ、ということは伝わっているはずなのだが。もしかするとあの門番、シンカーにそのことを言っていないのだろうか。
「キリト君に聞いたのですが……。伝わっていませんでしたか?」
 その言葉を聞くと、シンカーは笑みを浮かべた。
「いえ、ちゃんと伝わっていましたよ。ですが一応確認しておきたかったので」
 と、いうことはさっきの驚いた表情は演技だったのだろうか。それにしてはやけにリアリティのある驚き方だったが。
 インシュヴァルツがそんなことを思っていると、ユリエールが頭を下げた。
「申し訳ありません。シンカーがどうしても自分の演技が通じるかためしてみたい、と言うので……」
「お、おい。それは言わない約束だろう!?」
 いきなりあわてふためくシンカーを見ながら、インシュヴァルツは申し訳なさそうに口を開く。
「で、話のほうはどうなりました……?」
 シンカーはその言葉に顔を赤くする。それが他人の前であわてふためいたことに対するものか、ユリエールと仲がいいところを見せてしまったことに対するものなのかは分からないが、ユリエールの顔も赤くなっている所を見ると、おそらく後者なのだろう。
「すいません、お恥ずかしいところを……。実をいうと、この軍は近いうちに解散するつもりなんですよ」
 おだやかに言うシンカーに、インシュヴァルツは少なからず驚いた。全プレイヤーの約三割もの人間を抱え込む組織を解散するのは、そう簡単なことではないからだ。
 組織の中でも賛成意見だけではないだろうに。
「それは、なぜです?」
 インシュヴァルツの問いに、シンカーはゆっくりと答える。
「この組織はあまりにも大きくなりすぎました。たった一人のプレイヤーが全員に規律を守らせることなど到底できなくなるほどに。そのせいで色々な方に迷惑をかけてしまいました」
 深い後悔の念を見せながらそう言ったシンカーだったが、すぐに先のおだやかな顔に戻った。
「ですから、別に我々に許可を求める必要はないのですが、私たちは違うことに心配しているんですよ」
 シンカーの言葉に、ユリエールが追随する。
「キリトさんやアスナさんのお知り合い、ということはそれなりのレベルでいらっしゃるのは分かるのですが、それでもソロで、というのは……」
 確かに、ソロプレイというのはいつでも危険がともなう。それは、プレイヤーが強くても同じ。しかし、インシュヴァルツにそれがあてはまらないのは本人が一番良く知っている。
「安心して下さい。60層程度のモンスターなんて、私にとっては1層のモンスターとそう変わらないものですし、そのダンジョンのボスモンスターとやらはすでに倒したのでしょう?」
 もちろんこれはキリトからの情報である。なんでも90層レベルのボスモンスターがいたらしい。インシュヴァルツとしては是非とも戦ってみたい相手ではあるが、すでに討伐されたらしい。
 どうやってキリトがそのボスモンスターを倒したのかを聞いてみたかったのだが、結局彼は教えてくれなかった。
 結局、二人はその言葉に納得したのか、地下のダンジョンへ入る許可をくれた。ダンジョンの入り口まではユリエールが案内してくれ、インシュヴァルツがダンジョンに入るまで見送ってくれた。
 インシュヴァルツは二人に礼を言い、地下へ続く階段を下りていった。


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