「おや、誰もそんな名前は出してないが」
インシュヴァルツがそううそぶくと、シャトーは右手で髪をかき回しながらとため息をつく。
「僕がそれだけのアカウントを持っていることはあなたとフィーランさんしか知らないんですよ……。あなたは男で彼女は女だ。それだけで誰だか分かりるんです……」
「そのインシュヴァルツって奴が誰かに話しているかもしれないじゃないか」
「あなたはそんな自分にとって不利益なことはしないでしょう。使える駒は簡単に手放さないはずだ」
インシュヴァルツは自分の真横に顔があるシャトーという男に少なからず感心した。
スパイなんて胡散臭いものをやっているだけあって、ある程度の頭の切れは持っているようだ。
ALOでのシャトーに直接会ったことは一度か二度しか無いにも関わらず、インシュヴァルツという男を良く見ている。
「分かった、認めよう。確かに俺はインシュヴァルツだ。俺がここにいる理由を説明する前に聞いておくが、中将ってことはかなりやりこんでるな、シャトー」
インシュヴァルツはALOにログインしたとき、とりあえずフレンド情報を確認している。しかしずっと、シャトーというプレイヤーがフレンドリストから消滅していることは無かった。
つまり、彼のMSOで今持つアカウントはコンバートしたものではないということだ。
ALOで八つものアカウントを所持している男である。今更他のゲームのアカウントまで持っていたところで別に驚きはしない。
「ええ、そうですね。このゲームがリリースされた直後から始めてますから。それが何か」
それを聞いたインシュヴァルツが何かを思いついたようににやりと笑う。直後、隣のシャトーにだけ聞こえるように最小限の声で言った。
「あれだけ慌てたんだ。あまりアカウントをいくつも持っていることを他人に知られたくは無いんだろう?」
インシュヴァルツの声に何か身の危険を感じたのか、シャトーは引きつった表情で小さく頷く。
「なら、それをばらさない代わりに俺に協力してくれ。そうしたら俺がここにいる理由も教えてやる」
「……協力というのは?」
「難しいことじゃない。俺にこのゲームでの戦い方を教えてくれるだけでいい」
その申し出が意外だったのかシャトーは目を細めたが、少し考えると、分かりましたと頷いた。
「別にそれくらいなら弱みを握られていなくても教えますよ。でも、わざわざそう言うってことは――――」
やはりこの男、中々切れる。
「色々と口外して欲しくないこともあるんでな。取引ということにしておこう」
「了解しました。なら尚更、人のいない所に行くべきですね。ちょっと待っていてください」
シャトーの切り替えは早かった。彼はそう言うと司令部一階に設置してあるソファー周辺にたむろしていたプレイヤー集団に向かって歩いていく。
恐らく知り合いなのだろう。シャトーは彼らに向かって何かを話すと再びインシュヴァルツの元に戻ってきた。
「パーティーに誘われていたんですが断ってきました。他のゲームの大物をちょっと案内しないといけないって言いましてね」
「俺が大物か?」
肩をすくめるインシュヴァルツに、シャトーは今更何を言ってるんですか、と苦笑する。
「あなたが大物でないなら、誰がそれに当てはまるんです」
付いてきて下さい、というシャトーに言われてインシュヴァルツは彼に付いていった。
シャトーはミッションカウンターの前まで来ると、慣れた手つきで備え付けの端末にはめ込まれているタッチパネルを操作し始める。
数多くのミッションが表示されているそれを高速でスライドさせ、彼は一つのミッションにタッチした。
すると瞬時にドラゴンの様な大型生物の立体映像が表示される。どうやらこのモンスターの討伐がミッションのクリア条件ということなのだろう。
シャトーはインシュヴァルツに向かって振り向くと一応という風に尋ねた。
「結構難易度の高いミッションですけどいいですね? レベルの低いモンスターと戦っても僕もあなたも意味ないでしょうし」
「ああ、問題ない」
インシュヴァルツが了承すると、シャトーは再びパネルを操作してそのミッションを受諾した。
直後、彼はインシュヴァルツに向かって一枚のカードを差し出してきた。
差し出されるままにインシュヴァルツはそれを受けとる。
「これは?」
「フレンドカードっていって所謂フレンド登録するためのものです。これがあるとなかなか便利なので交換しておきましょう」
それを聞いたインシュヴァルツは自分のメインウィンドウを表示すると、≪フレンドカード送信≫という欄を選択し、自分の手のひらの上に青い半透明のカードをオブジェクト化させる。
「ほら、これでいいのか?」
「ありがとうございます。後はパーティーへの参加要請を送りますので、受諾していただければ」
言うや否やインシュヴァルツの視界の端に新規メッセージを知らせるイラストが点滅した。
それを開いてYesを選択すると、パーティーメンバーということなのだろう、シャトーという名前とレベル、そしてHPが視界の右下に表示された。
「レベル二百……ですか」
右下に視線をやって一瞬がくりとうな垂れたシャトーだったが、すぐに表情を改める。
「じゃあこっちに来て下さい。ワープ装置を使って星間移動シャトルに行きますから」
ミッションカウンターの左側に見えている緑のワープ装置に向かいながら、インシュヴァルツは聞き返した。
「シャトル? ワープでそのままミッション開始ポイントに移動するわけじゃないのか?」
「そうじゃないんですね、これが。まあ見ていてください。星間移動は本当に圧巻ですよ。これに魅せられているプレイヤーが結構いるほどですから」
「そうか。それは期待できそうだ」
笑みを浮かべながら、インシュヴァルツはグリーンの光に足を踏み入れた。
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