「ねえ、キリト君」
「な、なに?」
寝転んでいる俺に、アスナがいきなり顔を近づけてきたから、顔を少し赤くしてしまった。
そんな俺に、アスナは天使の様な笑顔を振りまきながら、こう聞いてきた。
「その、パーティーの話なんだけど、いらなくなかった?」
「確かに……」
つい興に乗ってしゃべってしまったが、その部分はインシュヴァルツとは何の関係も無かったことに、指摘されて始めて気付いた。
何? ということは自分から思い出したくもないあの忌々しい記憶を喋ってしまったことになるのか?
「まあ、それはいいけどキリト君」
「な、なんでしょう?」
さっきよりさらに近づいたアスナの美しい顔に、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
アスナが近づけば近づくほど、俺は体を後ろに反らすことになり、今はアスナを下から見上げる格好になってしまっていた。
自分が下にいる、ということで、彼女に主導権を握られているような気がしてならない。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「はい」
「何歌ったの?」
ニッコリと微笑みながら、アスナは俺が今最も聞いてほしくないことをピンポイントで聞いてきた。
さすがは俺とアスナ。一心同体である、と開き直ることはさすがに難しい。
あれは俺の二年のSAO人生で、最悪の出来事の中の一つである。
「そ、それはだな……」
当然答えられるわけも無く、自然としどろもどろになってしまう。
そんな俺に、アスナは少し悲しそうに言う。
「キリト君、私達もう夫婦なんだよ? 隠し事は無しにしようよ」
こういうときのアスナは卑怯だと思う。
そんな顔でそんなことを言われたら俺が反論できないことを知っているくせに。
しかし俺は、最後の悪あがきをする。
「それとこれとは話が別だろ……」
「いいから言っちゃいなさい、ほら」
悲しそうな顔はどこにいったのか。再び満面の笑顔に戻ったアスナが俺を小突く。
アスナに促されて、俺は仕方なく小さい声で曲名を口にした。
「≪赤鼻のトナカイ≫……」
アスナがきょとんとした顔で、俺を見つめてくる。
俺の言葉をまだ理解していないようだ。
「正月に?」
「ああ」
「みんなの前で?」
「そうですよ」
俺はそう言ってそっぽを向いた。
実に男らしくなく、実に子供らしい行動だと分かっていても、正面からアスナの顔を眺めていられなかった。
そんな俺を見て、アスナは、ぷっ、と口元を押さえた後、体を折って笑い始める。
「キリト君、それはないよー」
「う、うるさいな。あの時は俺もいろいろあったんだよ」
口を尖らせて言う俺に、アスナは真顔になって、わざわざ俺の前に回りこみ、真っ直ぐ俺を見つめた。
その優しい瞳に見つめられ、俺は尖らせた口を元に戻す。
「サチさん、のためだよね」
「ああ。届いたかな、天国に」
サチより上手くなかったけど、精一杯歌ったつもりだ。
サチが気に入ってくれてるといいんだが。
「届いてるよ、きっと。せっかくキリト君が歌ったんだもん」
「それならいいけどな」
俺は一瞬、サチの顔を思い出した。
それはいままでいつも思い出し、俺に後悔を湧き上がらせていた、モンスターに殺されてしまったときの顔ではない。
俺が彼女に片手剣を教えていたときのあの笑顔だった。
「ねえ、キリト君」
「ん……?」
「ここで歌って見せてよ、≪赤鼻のトナカイ≫」
予想外のアスナの言葉に、俺はおもわずふいてしまった。
行儀が悪いことで申し訳ない。
だが、俺のその反応も仕方が無いと思う。
あれをもう一度歌うことなんて、不可能だ。
「そ、それは無理。絶対無理」
俺のその反応がおかしかったのだろうか。
アスナはまた愉快そうに笑って、冗談、と舌を出した。
その可愛さに、俺は不覚にも、またもや顔を赤くしてしまった。
その顔は反則だよ……アスナ……。