「大丈夫か?」
少し申し訳なさそうにしながらインシュヴァルツは、後ろからの衝撃で床に突っ伏してしまっていた俺を、手を伸ばして起こしてくれた。
まだ痛みはあるが、立てないほどではない。
「ああ、大丈夫だ」
そう答えながらも俺の頭はさっきのデュエルのことで満たされていた。
何が起こったのかということに、やっと頭が追いつき始めている。
「本当に大丈夫か?」
よほど呆けた顔をしていたらしい。本気で心配している顔で、インシュヴァルツが聞いてきた。
まあ、ある意味では大丈夫ではないかもしれない。
デュエルの最中には深く考えられなかったが、いま思い返してみると、彼のユニークスキルはとんでもない代物だと気付く。
分身を作り出す?
それはもう、魔法の域に入っているではないか。
この世界に存在するはずのない、魔法。
俺はインシュヴァルツに何か疑問を投げようとしたのだが、、先に向こうが口を開いた。
「今のユニークスキルだが……、くれぐれも口外しないでくれよ」
それには俺は素直に頷く。もとよりそのつもりは欠片もない。
俺も人に注目されるのはまっぴらごめんである。いや、インシュヴァルツが口外してほしくない理由が俺と同じかどうかは分からないが。
「それにしても強いな、キミは。やはりいままで戦ってきたどのモンスターよりも強いよ。」
と、インシュヴァルツはありがたいことを言ってくれる。
しかし相手の強さを思い知らされたのは俺のほうだ。
「それはこっちの台詞だよ。アンタ、強すぎるぜ……。レベルのこともそうだけど、何をやったらそんなに強くなるんだ?」
「それは秘密にしておこう」
やはり口は堅い。
うっかりと口を滑らすようなプレイヤーではないとは思っていたが、その通りだった。
まあ、たかが知り合って数時間しか経っていないのに、ユニークスキルまで見せてくれたのだ。
それだけで満足するとしよう。
ふと、現在時刻が目に入った。どこからどう見ても、四時過ぎである。
「やばい……。まだ間に合うか?」
カウントダウンパーティーということは日付が変わる数十分前からやっているのだろう。そこから五時間程度経っている。
すでにお開きになってしまった可能性は高い。
「どうした? 何か用事でもあったのか?」
俺の一連の動作を見て予想したのだろう。わざわざ隠すまでもないことなので、俺はインシュヴァルツに説明した。
「実はパーティーに呼ばれててさ。今すぐ行かないと間に合わないかもしれないんだよ……。でもあんたにはまだ聞きたいことがたくさんあるんだけど」
焦っている俺がおかしかったのだろうか。俺にインシュヴァルツは苦笑すると、自分のウィンドウを開き、何かを操作した。次の瞬間、俺のウィンドウに何かのメッセージが届く。
〝『インシュヴァルツ』からフレンド登録要請がきました。登録しますか?〟
俺は迷わずYESを押した。もし彼から申請がこなかったとしても、俺から申請していたのは間違いない。
いや、焦ってそれすらできなかっただろうか。
「キリト君。この先キミが俺を呼べば、一度だけ何でもしよう。ピンチを救うなり、聞きたいことに答えるなり」
「一度だけ?」
「一度だけだ。その代わりなんでもするから、それで納得してくれ」
「あ、ああ」
変な条件だとは思ったが、たとえゲームの中とはいえども、相手の事情をやたらと詮索するのは褒められることではない。
どうしても知りたくなったらそれを聞いてもいいわけだし、と俺は考え、それ以上は何も言わなかった。
「ほら、約束があるんだろう、行ってこい」
「言われなくても行くっての。今日は本当にありがとな。アンタがいなかったら俺はキメラに殺されていた可能性大だ」
「こちらこそ、いいデュエルを楽しませてもらったよ。ありがとう」
自然と俺たちは手を動かし、固く握手を交わした。
別れは惜しいが、仕方がない。
「じゃあ、またな」
転移結晶を取り出しながら手を上げた俺に、インシュヴァルツも手を上げて答えた。
「ああ。また、な」
青い光に包まれてダンジョンから姿を消すまで、俺はインシュヴァルツの姿をずっと視界に収めていた。
転移した先は四十八層の主街区、≪リンダース≫。その、俺の宿屋の一つ下の階層の街に、クラインが泊まっている宿がある。
俺は、自分の敏捷力をこれでもかといわんばかりに発揮し、一分たらずで店の前に到着することができた。
外にいても、店内の騒ぎは聞こえてきた。
どうやら俺は男共の飲み会というものを侮っていたらしい。
どうやらたかだか四時間で終わるものではなかったようである。
俺は一度息を吐き、呼吸を整えた。
このパーティーに参加するために息も絶え絶えに走ってきたなどとクラインに知られたら、からかわれること間違い無しだからだ。
あの男にいいように言われるのは俺としてもごめんこうむる。
俺はギーッという音を立てて店のドアを押すと、その中に足を踏み入れた。
店の中はお祭り騒ぎの真っ最中だった。
ざっと店内を見渡すと、クラインのメッセージにあった通り、クラインとエギル、ギルド≪風林火山≫のメンバー、それから俺がそれなりに親しくしている攻略組の人間数人がグラス片手にわいわいがやがややっていた。
「お前ら、われらがキリトがなかなかの重役出勤でご登場だ!」
最初に俺が来たことに気付いたのはクラインだった。皆の真ん中で、わざわざテーブルの上に立ち上がってまで上手くもない歌を歌っていたクラインは、俺を見るなりそう叫んだ。
俺はクラインが手招きするままにクラインの隣のいすに座る。
本来こういう場には馴染めないはずの俺なのだが、今は不思議とこの空間が心地よかった。
「マスター。これ一杯持ってきてー」
俺が席に着いたのを確認するや否や、クラインが飲み物を注文する。
すぐにウェイター姿のNPCが、透明なスパークリングワインをグラスになみなみと注いで、俺の目の前に置いた。
昔クラインにこれは上手いと言ったことがある代物だ。まさか覚えていてくれたのだろうか。
「ほら飲めキリト!。今日は俺のおごりだからよ」
「サンキュー。ありがたくいただくくよ」
そう言って、俺はワインを少し口に入れた。ほのかな甘さと、炭酸の爽快感が口に広がる。
「それよりキリトよぉ。こんな時間にお前ェ何やってたんだよ」
「あー、ちょっとあるクエストを」
「ならいいけどよ。あんまり無茶するなよな。お前ェが死んだら俺は泣くぜ」
おいおい……。そこまでかよ。
俺は心の中で突っ込む。
正直なところ、お前に泣かれてもあんまりうれしくはない。
「心配すんな。俺もまあ、色々と考えたんだよ。いい方向にな」
「本当か? それならいいけどよ」
クラインも目の前のグラスに口をつける。
いかにも上手そうにビールを飲むクライン。
「あー、やめやめ。こんな話するために呼んだんじゃねぇや」
クラインは顔の前で手を振った。
俺としても話を切り上げてくれたクラインに感謝する。
その話題を振られても、今なら普段通り話せるとは思っていたが、あまりしたい話ではない。
「よしキリト。歌でも歌え」
「は!?」
いきなり無茶なことを言い出したのはエギルだった。さっきまで全く会話に加わってなかったくせに、なんてことを言いやがるんだ、この大男。
しかもその言葉を聞き、周りのプレイヤーたちも皆、やれだのいけだの好き勝手言い始める。しまいには全員で俺の名前を呼びながら手拍子を取り始めやがった。
この状況で断れるほど空気が読めない人間ではないつもりだが、今はそれが恨めしい気もする。
まあ、いいか。こいつらにも借りはあるしな。それくらいはサービスしてやろうか。
「じゃあ歌ってやるよ。俺の歌声に感動しやがれ」
飛び交う口笛に拍手。
俺はそれを手で制し、大きく息を吸い込んだ。
「じゃあ、いくぜ、――――!」
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