「ん……、く……」
俺はいまだに痛みが残っている体を無理やり起こした。気を失っていた間に、麻痺の効果は消えていたようだ。
立ち上がろうとしたがめまいが酷く、再び床の上に座り込んでしまう。
仕方なく座ったまま首だけ動かしてあたりを見回すと、俺に背中を向けているインシュヴァルツの姿が目に入った。
伝説の剣を手に、いくつものソードスキルを空撃ちしているようだ。そのほとんどが俺の知っている両手剣用ソードスキルだったが、いくつか見たこともない技があったのには驚いた。
あまり知り合いに両手剣使いがいないとはいえ、俺が知らないソードスキルがあるとは。
インシュヴァルツは俺の視線に気付いたのだろうか。フッ、と微笑み、剣を床に突き刺すと、俺の方に歩いてきた。
「お目覚めかい? キリト君。調子はどうだ?」
インシュヴァルツの質問に肩をすくめながら答える。
この状態を調子がいいと呼ぶのなら、どんなきつい戦闘をした直後でも調子がいいことになってしまう。
「最悪だよ」
だろうな、とインシュヴァルツは一言呟いた。
分かっているなら聞かないで欲しい。
「一応、回復結晶は使っておいたけどね」
その言葉に自分のHPバーを確認すると、確かに右端まで緑のゲージが埋まっていた。もしかすると、麻痺を解除してくれたのもインシュヴァルツかもしれない。
ついでに現在時刻を確認すると、あのボスと戦ってから数分しか経過していなかった。
何時間も経った気がしていたのだが。
「悪いな。あんたには命も救ってもらったし」
そう言いながら俺は頭を下げた。もし、インシュヴァルツがいなかったら、俺はここに存在していなかったかもしれないのだ。
いや、確実に存在していなかった。
あの危機を一人で回避することは俺には不可能だった。体は動かない、HPバーは残りわずか、ボスの攻撃力はかなり高い。
我ながらよく生きていたものだ。
しかしいやいや、とインシュヴァルツは手を振った。
「パーティーを組んだ時点で、メンバーを助けるのは当然の義務だろう。もし俺がキミと同じ状況に陥っていたら、キミは同じことをしてくれていたはずだ」
ごもっともである。何かあったときに味方が助けてくれないのでは、パーティーを組む必要がない。
ただ、俺がインシュヴァルツの立場に立っていた場合、一人でキメラを倒せていたかどうかは疑問ではある。
最近俺のスキルウィンドウに何の因果か加えられたエクストラスキルを使えば、どうにかなったのだろうか。
いや、あのスキルはまだまだ熟練度が足りなさすぎる。ボス戦で使えるほど使いこなしてはいない。
そこまで考え、ふと疑問に思ったことを口にしてみる。
「なあ、アンタ今レベルいくつだ?」
先の戦闘を見る限り、かなりの高レベルなのは間違いない。戦闘中に頭にわいた、なぜボス戦に参加していないのかという疑問も聞いてみたいところではあるが、俺は先にインシュヴァルツのレベルが知りたかった。
冗談抜きでこの男のレベルが俺より上という可能性が大きくなってきたからだ。
インシュヴァルツは、その疑問に答えるか答えないか迷ったのか、しばし無表情になり口をつぐんだ。
しかしそれも束の間。結局は教えてくれた。さっきまでとは少しトーンを落とした口調でインシュヴァルツはこう答える。
「今九十八だよ」
「っ!」
俺は声にこそ出さなかったが、その驚きは半端じゃなかった。
正直なところこのゲームを始めてから最も驚いたことの一つにはいるかもしれない。
俺のレベルが今、ボスを倒したことによって得られた経験値で一上がり、七十一である。
つまり、目の前の男はそれより二十七もレベルが高いことになる。
高レベルになればなるほどレベルアップに必要な経験値の量が増えていくのは、SAOに限らずRPGの鉄則である。
七十一から二十七つレベルを上げるには、一から五十まで上げるだけの、いやそれ以上かもしれない経験値が必要なのだ。
現在三十層あたりでまったりと狩りを楽しんでいるプレイヤーと比べてのレベルならば違和感はないのだが、俺はその取得する経験値の多さからビーターとまで呼ばれているベータテスト経験者のソロプレイヤーである。
これまで戦闘に費やしてきた時間は、ほとんどのプレイヤーを凌駕しているだろう。その俺にここまでレベル差を付けているなんて、本格的にチーターとしか思えない。
こうなると本当に自分専用のファーミングスポットを持っているとしか思えない。
俺の迷宮区での戦闘時間と同じだけの時間をそこに費やせば、それくらいのレベルにはいくかもしれないが……。
じゃあ、と次の質問をしようとした俺の目の前に、インシュヴァルツの手のひらが広げられた。
それが意味するところは一つ。
待て、である。
俺の口が閉じたのを確認すると、インシュヴァルツは言葉を紡いだ。
「キミの質問に答えたのだから、次は俺が質問する番だよ」
そう言われると、俺としては何も言えない。
命を救ってもらった上に、個人情報まで教えてもらった俺が大きな態度に出られるはずもなかった。
「俺とキミの目的は、この剣のはずだ」」
インシュヴァルツが指差したのは、床に刺さったエクスキャリバーである。
彼があの剣をドロップしてから六十秒が経過しているから、今は誰の所有者属性も付いていない。
それは、次にあの剣を取ったプレイヤーがその所有者になるということであり、俺とインシュヴァルツはそれを賭けてデュエルするということになっていたはずだ。
「アンタにやるよ」
だが、俺はそう言った。
俺の答えに少なからず驚いた様子のインシュヴァルツ。それを見て、してやったりと思った俺は言葉を続ける。
「どうせ俺に両手剣は使えないんだ。売り払うって手もあるけど、それはどうにももったいないしな」
そうか、とインシュヴァルツは呟く。
彼はエクスキャリバーを床から抜き、それを自分のアイテムストレージへとしまった。
そしてそのままきびすを返そうとするものだから、俺が驚いたのも当然だろう。
俺は慌ててインシュヴァルツに声をかけた。
「お、おい、ちょっと待てよ! このまま帰るつもりか?」
その言葉に立ち止まったインシュヴァルツは、首だけ俺の方に向けてこう言った。
「いや、もう俺の目的は達成されたし、ここにとどまる必要もないしな」
あまりにも薄情すぎると思わないでもなかったが、今は置いておこう。
どうやらインシュヴァルツは俺がただでエクスキャリバーをくれてやったと思い込んでいるらしい。
そんなわけがないじゃないか。一応俺は装備品にはケチなプレイヤーだ。
「誰がデュエルしないって言った?」
そう、その剣を装備したインシュヴァルツと、戦いたくなったのだ。
レベル差は大きいが、致命的なほどではない。
勝算はある。
恐らくインシュヴァルツは対人戦を全くと言っていいほど経験していないはずだ。もし誰かが彼と戦っていたのなら、謎の強いプレイヤーとして噂になっていたはず。
それに比べて俺はその経験がある。
その差は大きい。
「何?」
完全にこちらに振り向いたインシュヴァルツは、そう口にした。
だからもう一度分かりやすく言ってやる。
「その剣使ってデュエルしろって言ってんの、アンタにさ」
ほう、とインシュヴァルツの目の色が変わったのを俺は見た。
「俺に勝てるとでも?」
口元に笑みを浮かべながら、こんな挑戦的な言葉を向けられ、俺もニヤリと笑い返してやる。
インシュヴァルツに言い返す言葉は一つ。
「当然」
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