「なんなのよこのダンジョンは!」
アスナはそう叫びながら巨大なカマキリ型のモンスターに全力で細剣用単発技、≪ツインクル・スター≫を叩き込んだ。
その流星が瞬くようなソードスキルがモンスターを串刺しにする。
直後、モンスターは雄たけびを上げながら大量の光の粒、ポリゴンに分解されて爆散した。
モンスターがポリゴンとなり四散する所を初めて見た人間はそれを美しいと形容するかもしれない。
しかしそれを己の目で確認したアスナは、全く心が躍らなかった。
それどころかため息を一つついてしまう。
何故なら、同じモンスターがアスナの周りに大量に次々と湧いてくるからである。
なんとかHPはポーションによって緑を保っている。つまり、体力的には全快の状態ということだ。
だが、この世界にはメンタルというものも確実に存在している。
むしろ、戦いに一番必要なものはそれなのかもしれない。
今、お世辞にも可愛いとはいえないモンスターに大量に囲まれ、アスナの精神状態は最悪だった。
それでも再び剣を一振りし、今度は数匹まとめてこの世界から葬り去る。
ここがゲームの中で本当に良かったとアスナは思う。
それがせめてもの救いであるとも。
もしもここが現実世界だったならば、虫たちの体液でアスナの体は酷いことになっていただろう。
そんなところなど、想像したくも無い。
その気持ち悪さもそうだが、もしそうなれば確実に剣を振る手は止まってしまうだろうからだ。
しかし仮にもアスナは最強と称されるギルド、血盟騎士団の副団長。
一部のプレイヤーからはその細剣術の素晴らしさから、≪閃光≫という異名で呼ばれているほどのトップレベルの剣士。
たとえ現在の最前線フロア、第五十六層に生息しているモンスターと遭遇してすら安全マージンは楽に取れているようなプレイヤーである。
実際に昨日もフロア攻略のためマッピングをするべく、五十六層の迷宮区に繰り出したばかりだ。
その時に大量のモンスターと遭遇しバトルすることになったが、ここまでの疲労は感じなかった。
もちろんそれが数人のパーティーによる戦闘だったから、ということもあるだろうが、理由はそれだけではない。
最上層、ということはそこに出現するモンスターは今の時点で最強のモンスターのはずである。
だが、現在アスナが戦っているモンスターは、五十六層に出現するモンスターより数段レベルが高く設定されてあった。
本来ならばこのようなことがありえるはずもないのに。
ここは五十六層ではないからだ。
現在、アスナがこのような状態に追い込まれている理由を説明するためには数時間前に遡らなければならない。
場所は五十層。攻略組に大きな痛手を食らわせたあの多腕型ボスがいた部屋だ。
見た目は仏の様な顔をしているくせに、そのいくつもの腕から繰り出される攻撃は早く、手数が多かった。
しかも一つ一つの攻撃が異様にダメージが高かったため、HPがイエローゾーン、レッドゾーンに差し掛かったプレイヤーたちが相次いで結晶を使い緊急離脱。
アスナを含めた数人のプレイヤーたちだけが援護部隊が到着するまで戦線を支え、何とかボスを倒すことに成功した。
戦線を支えた一番の功労者はアスナも尊敬する血盟騎士団の団長、ヒースクリフである。
激しい猛攻を受け続けながらもそのHPがイエローゾーンにならなかったことは、近くから見ていたアスナでも信じられなかった。
それも彼の名が伝説となる手助けをしたわけだ。
同じ五十層にある効率よく経験値が稼げる狩場で狩りをしてきた帰りだった。
そういう狩場のほとんどがプレイヤーたちに公開されており、もちろんそこは人気スポットだ。
普通は列に並び、待ち時間を退屈に過ごさなければならないのだが、珍しく今日は人が少なかった。
これ幸いとばかりに数時間も連続で狩りを続け、パーティーの全員のレベルが上がってしまった。
そこからわざわざ 街に戻るよりも、ボスの部屋から上の層に上がり、五十一層の街に行った方が早いとアスナが判断した上での行動だった。
そして五十一層に上がるゲートに入る直前、アスナとパーティーを組んでいたKoBのメンバーの一人が、あるものを見つけたのである。
それは隠しダンジョンへの入り口のようだった。
どうしてすでに攻略された層にも関わらず、いまだに見つかっていなかったのは不思議だったが、ボスとあれだけの死闘を繰り広げた後、誰もろくにボスの部屋を探っていなかったゆえのことだろう。
もしくは、ボスを倒した後数日経ってから現れるものだったのかもしれない。
どちらにせよ、これまでのボスの部屋でボス以外の物が見つかったことはなかったのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
「副団長、どうします?」
その問いへ答えるとき、アスナは迷ってしまった。
本来ならば、団長へ報告の後、それなりの人数でダンジョン攻略へ踏み出すべきだ。新しいダンジョンの攻略はそれなりに危険をともなう。
そこがどれだけ低レベルな場所だったとしても、このゲームでは万が一にもHPをゼロにしてはいけないのだ。
しかしそのときのアスナは、自身の強化と、一刻も早くこのデスゲームをクリアすることが一番の目的だった。
そのためには数々の無茶もしてきた。
だからその時も、同じ判断を下してしまったのだ。
自分のプレイヤーとしての実力があればば大丈夫だろうという安易な考えを持ち出し、こう答えてしまったのである。
「少し中を探ってくるわ。あなたたちはここで待機していなさい。いいわね?」
その言葉に、数人のパーティーメンバーたちが顔を見合わせた。
彼らもアスナの実力は十分に分かっていたが、いくらなんでもソロプレイは危いことが多すぎる。
この世界にはそのほとんどがビーターと呼ばれているソロプレイヤーたちが少ないながらも存在するが、彼らの死亡率は低くない。
それに見合ったものを得ていることも事実なのだが。
だからこそメンバーの一人がアスナに対してもっともな進言をした。
「しかし副団長、お一人では危険だと思われます。我々も一緒に行った方が……」
そこでアスナはうん、と言うべきだったのだ。
しかし彼女は団員の気遣いを無下にした。
「別にいいわ。すぐ戻ってくるから。そうね、やっぱりここでパーティーを解散するから、一人は本部に戻って、団長にこの扉のことを報告しに行って。他の二人はここで待機。これは命令です。いいわね」
命令と言われれば引き下がるしかない。それが組織というものの中での上下関係であるからだ。
アスナに危険だと進言したメンバーはまだ何か言いたげではあったが、結局は口をつぐんだ。
もちろんアスナとて、ソロで行動することが危険だとは承知していた。しかし、いつでも自分にくっついてくる護衛にうんざりしていたのも事実である。
だから、一人で探ってくるなどという無茶な提案をしたのだが、結果的にそれは間違いだったことにアスナはダンジョンに入ってから気が付いた。
ガシャァアアアアアン
「え!?」
アスナは思わずそう呟いていた。
ダンジョン内に足を踏み入れた瞬間、いきなり後ろの扉がしまってしまったのだ。
辺りは即座に暗闇に飲み込まれ、アスナの視界が奪われる。
アスナは振り返り、ゆっくりと手を伸ばした。
扉と思われる冷たい物体に手が触れると、アスナはそれを思いっきり押す。
しかしその扉はびくともしないどころか音を立てることさえなかった。アスナの筋力パラメータをもってして開けられないということは、設定上そうなっていると考えるのが妥当だろう。
「まさか……、トラップ?」
しかし、そうではないようだった。扉が閉まった直後に、アスナがいる場所に明かりがともされ、下へとつながる階段が視認できるようになったからである。
ろうそくに灯された炎が暗い階段を映し出す様はどうにも不気味だ。
下まではっきり見えないところが特に。
「おーい、聞こえる?」
だめもとで扉の向こうに声をかけてみたが、返事は無い。どうやら声は外にはつながらないようだ。
連絡が取れないならば仕方が無い。やはり一人で入るべきではなかった。
今更ながらそう思い、転移結晶を使おうとアイテムウィンドウを開く。
その中から青色の結晶をオブジェクト化し、使おうとしたのだが。
「使えない? どういうことよ!」
どの転移結晶を使おうとしても、≪仕様不可≫の文字が現れる。
そこから考えられることは一つ。ここが迷宮区でもまれにしか見られない結晶無効化空間のようだった。
結晶無効化空間とは、文字通り、結晶が使えない空間のことである。
転移結晶のみならず、回復結晶も使えないので、瞬時でのHP回復ができないのだ。
ポーションでは回復にある程度時間がかかるため、強力なモンスターが出現した際、非常に危険度が増してしまう。
しかしそれは大体一部屋単位のものであり、ダンジョン全てが向こうか空間だったことは例がない。
アスナは回復結晶も確認してみて、ここが結晶無効化空間であることを再確認する。
「ふぅ~」
大きくため息をつき、自分の選択が間違っていたことをもう一度認識した。やはり、一度自らが本部に戻って団長に報告するべきだったのだ。
しかし後悔しても後の祭り。戻れない以上、進むしかない。
アスナは自分にそう言い聞かせ、下へ続く階段へ足を伸ばした。
少々肉付けが足りないかとは思いますが、一応仕様のつもりですのでご了承を・・・
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