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野良怪談百物語

湯気が教えてくれる

作者: 木下秋

 子どもの頃一人で風呂に入るのが怖かった、なんて人は結構いると思う。


 ……何を隠そう、私もそのうちの一人だ。


 大人になってからだってそうだ。特に、テレビやら映画なんかでホラーものを見た日の夜なんかは。


 何が怖いって、頭を洗っている時。後ろが気になって仕方がないのだ。


 ――思うに、色々な条件が重なることによって、恐怖が演出されてしまっているのだ。


 まずホラーものを見た日の夜。誰もが暗闇そのものに敏感になり、背にした暗い脱衣所が気になってしまう。


 次に風呂場。“水場は集まりやすい”なんて話は有名で、嫌な想像が頭をよぎる。


 それだけでなく、“一人”、“無防備な全裸という状態”、“頭を洗う時に目をつむる”、“静寂せいじゃく”、“正面の鏡(後ろを間接的に見ることができる。つまり、見てしまう)”、“ちょうど人一人が立つことができる、後ろの空間”。これらの条件が重なり合うことにより、不安と恐怖が高まってゆくのだ。


 そんな精神的に弱まっている状態にいると、人は不思議なものを見やすくなってしまう。




 私はこんな体験をしたことがある。




 それは私が大学生だった時。友人達と私の部屋に集まり、ホラー談義をした日の夜のことだった。


 時刻が零時を回り、友人達が帰ると私は部屋の片付けをした。


 食べ散らかされた菓子やつまみ類の包みをまとめ、テーブルを拭き、ビールの空き缶をゆすぐ。


 体を動かしながら考えていたのは、その日聞いた怪談話かいだんばなしだ。私の通っていた大学は地方出身者が多く、私の友人達もそうであった。彼等が話す怪談はその出身地ならではのものが多く、私にとっては新鮮な、興味深い話ばかりであった。


 彼等のなまりのある特徴的な話口調はなしくちょうは、その怪談にリアリティを持たせた。きっとその地方で脈々と伝わってきたのであろうその話は、今までその話をしてきた人間達の想いがこもっているようで、信じられないような、あり得ない話であっても、とても馬鹿にはできない重みがあった。


 そんなことを思いながら、風呂に入った。その時になってようやく気がついた。あぁ、まずい。なにか楽しいことを考えなければ。と。


 私がホラーや怪談に興味を持ち始めたのは、高校を卒業した頃くらいからだった。しかし、基本的に幼い頃から“怖がり”だったのだ。


 それに、その時住んでいた場所というのも、築三十年は越えていようという古いアパート。「ここにはなにか、憑いてますよ」なんて言われたら、なんの疑いもなく信じてしまいそうな外観の建物であった。


 しまったなぁ。怖い。なんて思いながら頭を洗い、シャワーで泡を流していたのだが、ふと、鏡に映った風景に違和感を感じた。


 しかし、何か怖いものが映っただとか、そんなものでは無いのだ。ただ、不思議だった。


 私はゆっくり、振り向いた。


 私の後ろの空間で、湯気が渦巻いていた。


 その時、季節は冬だった。シャワーから出た熱いお湯が、もうもうと湯気を立てている。


 しかしその湯気が、私の後ろで不思議な渦を巻いていた。換気扇を回しているわけでもなく、風なんて入ってきてもいないのに、である。


 私はなんだか不思議な気持ちでそれを眺めていた。しかしよくわからずに、そのまま気にせず体を洗い、湯に使って風呂を出た。


 気付いたのは、寝巻きに着替え、布団に入った後だった。


 ――あの、湯気の渦がかたどった空間。あれは、人の形であったのだと。


 思えば思うほど、そう思えた。地面から木のように生え、徐々に広がり、上に向かうと細くなる。あの形は、人であった。


 あの時、私の後ろには見えない誰かが、立っていたのだろうか。


 そのような経験はその日の、その一度だけであった。

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