第六話 ~元帥閣下との日々~
「私が『首狩り皇女』こと、帝国第三皇女にして帝国元帥、エレーナである!」
それはそれは見事なドヤ顔でエレーナ様がそう宣うと、パーティ会場全体から数百人分の拍手が鳴り響いた。
今日は母親の形見のドレスに身を包むエレーナ様だが、元が美人だからかドヤ顔を見ても、ムカつくよりもきれいって感想が先に来やがる。チクショウ。
どこの誰が言い出したが知らないが、恐らくは論功行賞での生首持ち込みが由来だろう、エレーナ様を蛮族扱いしてバカにするために生み出され広まっただろう二つ名『首狩り皇女』。
どれだけ注目されることに飢えていたのか、言われた張本人が純粋に喜んで名乗っていることに、発案者はどのような思いを抱くことやら。
そんなことを考えながらも、俺が英雄として話題になったときが思い起こされるようなパーティ三昧のハードスケジュールなエレーナ様の手を取ってエスコートして、主催者であるどこぞの中小派閥の代表者だったと思う――パーティが多すぎて、もはや自分が今どのパーティに出てるかも把握しきれてない――中年男性のあいさつを受け、そのまま貴族たちに代わる代わる囲まれる。
仮にも未婚の皇女様のエスコートをするなんて大役を、どうしてド田舎の男爵家の嫡男がしているのか。
原因は、エレーナ様の元帥叙任が決まった論功行賞の、数日後の朝にあった。
「エエエエエ、エレーナ様!? 新聞! 今朝の帝国報道社の一面見ましたか!?」
「お前も見たか、カール! 帝国報道社、許すまじ!」
エレーナ様の元帥叙任記念独占インタビューとか銘打っておきながら、一面に載ったインタビューの半分以上が俺の称賛の言葉だ。
朝食前にそんなものを見てしまった俺は、慌ててエレーナ様の屋敷へと走っていた。
皇帝陛下が任じたばかりの元帥を直接貶すのはマズいから、遠回しに名声を落とそうとしているのか。
それよりも、これじゃ俺がフェードアウトしようものならそれだけで政治的に大きな意味を持つほどに俺の存在感が増してしまった、どうしよう。
そんなことを考えながらも息を整えた俺は、ようやくおかしなものが見えていることに気付いた。
「ところでエレーナ様。どうして朝から鎧を着こんでるんです?」
「帝国報道社を焼き討ちするために決まっているだろう! 今回の落とし前はしっかりつけてもらわねば。フィーネやハンナはまだ声を掛けられてないが、親衛隊もとりあえずは見つけた二十人ばかりに準備させているぞ!」
新聞社への焼き討ちはマズい気もするけど、そう言えば新聞社が読者を煽って焼き討ちさせるような時代だった。
いやでも、抗議は必要か。
「カールの話の大半を削るなんて許せん! しかも、良いところばかり狙って削るなんて! あれではカールの凄さの半分も伝わらんではないか! ちゃんと書くって言ったのに、約束やぶりだ!」
止めた。
エレーナ様を全力で止めた。
みんな百年以上ぶりの生きて叙任された元帥の話が知りたいのに、その部下の話を延々と聞かされ、きっと上司にも色々と言われながらも出来るだけエレーナ様との約束も生かしつつ、かと言ってエレーナ様が出来るだけ目立つように頑張った見知らぬ記者のことを思って必死に止めた。
本当に、もうちょっと調子に乗ってくれませんかね……。
功績ある部下をしっかり立てるような殊勝さのお蔭で、完全に逃げ道なくなったんですが。
だいぶ前からなかった? それは気のせいだろう、きっと。うん。
そんなこんなでエレーナ様とセット扱いされることになった俺は、二人そろってパーティに呼ばれることとなり、いつの間にか毎回エスコートすることに。
いつぞやのパーティでの、俺とエレーナ様を見たおじいさまの顔は忘れられない。
引きつった笑みに困惑と無表情を加えて割りそこなった、訳の分からない顔だった。
で、そうして再び名の売れた俺にもまた、二つ名のようなものが付くことに。
「流石は『黒き狼の再来』と呼ばれるだけのことはある。この様な立派な跡取りに恵まれ、マントイフェル男爵も鼻が高いだろう」
「いや、まあ。ハハハ……」
黒き狼。マントイフェル男爵家初代当主の二つ名。
ただの中堅商人の子からマントイフェル城の指揮官に抜擢され、自らを引き上げてくれた祖国を失うも、マントイフェル城周辺とズデスレン、さらに男爵位を与えられ帝国に降った人物。
由来について、十倍以上の帝国軍相手に大暴れしたことが初陣の俺と重なるとか何とか新聞には書かれてたけど、数百年前の初代当主以外に中央で名前が通じる人物が我が家に居なかったのが一番の理由だろう。
二つ名が付き、最初のあいさつが終わっても貴族たちに囲まれるってのは、以前の俺と違って、ちゃんと繋がりを持つ価値があるって認められたと思っていいだろう。
社交面での心配はとりあえず解消されたんだが、今度はまた面倒な問題が残っていた。
「どうしたんだ、カール。お腹でも痛いのか?」
「……え? いやいや、大丈夫です。はい」
エレーナ様のお屋敷で、エレーナ様の秘書業務も行うハンナから、エレーナ様と二人で明日以降の予定を聞いている夜のこと。
エレーナ様とハンナに心配そうに見られながらも、ハンナに続きを促す。
何を考えていたかと言えば、人事だ。
頭数は別に不足していない。各家の分家筋や本家の次男坊以下何かが名乗り出ており、元帥府の運営の文官や、直卒師団の三つある連隊で二百人規模の兵を指揮する中隊長を任せられるくらいの人材は足りているのだ。
問題は、三千人ほどを指揮する連隊長に、師団司令部の人員。
三千規模の兵を抱えるなんて、ごく一部の大きな家だけ。しかも、実際に運用したことのある者となれば、当主自身か嫡子、もしくは当主の右腕となるような重要な家臣くらい。
分家筋や次男坊以下でも、中央で出世して経験を積んでるのが居れば、マイセン辺境伯の口添えでも得て引き抜けばいい。
問題は、水晶宮事件で粛清人事が行われ、師団や連隊の指揮を任せられる中央のお偉いさんに西方系の人材が居ないこと。
具体的に提示できるような利権なんかがまだ存在しない元帥府では、各家を継げない子たちの就職先ってのが精々の扱いかなぁ。
水晶宮事件の記憶が濃い人間がまだ多いってのも、中央に家の重要な人材を送る上での大きな壁になってるかもしれない。
マイセン辺境伯に口添えを頼むにしても、まだ対価は示せないけど家を支える重要な人材を貸してくれってのは、揉めそうだ。
となれば、非三大派閥系の中小派閥の家の血縁の、中央の軍人を引き抜くとかも考えるべきか。
「あの、エレーナ様。ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん? 構わんが、何ごとか」
そうして入室して来たのは、お屋敷のメイドの少女。
なぜか、少し困惑している様子だ。
「その、マントイフェル男爵家の家臣を名乗るビアンカさまという方と、ヴィッテ子爵家の嫡子を名乗るお方がカール様と、出来ればエレーナ様にお目通り願いたいといらしてるんです。何でも、大至急とのことで」
ビアンカちゃんと言えば、魔法学校時代の伝手で先輩でも引っ張ってこいとちょっと前に無茶ぶりして以来、報告も受けてなかったな。
それが人を連れて来て大至急となれば……!
「エレーナ様! 会いましょう! 今すぐ会いましょう!」
「お、おう……」
エレーナ様の了解も取り、二人をすぐに通してもらう。
そうしてすぐにやってきた二人だが、ちょっとおかしくも見える。
ヴィッテ子爵家の嫡子を名乗っていただろう俺より少し年上に見える軍服姿の少女は堂々としているのに対し、ビアンカちゃんは真っ青だ。
エレーナ様とも知らぬ中ではないし今更ここまで緊張する理由もないと思うが、どうしたんだろうか。
「あ、あの! こちらは、ナターリエ・フォン・ヴィッテ。ヴィッテ子爵家の嫡子で、私の魔法学校時代の先輩なんです。その、私より年下なんですけど、飛び級で先輩なくらい凄いんです! 飛び級自体が十年に一人くらいなんですけど、その中でも特に優秀だって評判だったんです! しかも、生徒会長だったし! お兄さんたちが戦死して嫡子にならなかったら、そのまま一流の研究者になってたって惜しまれるくらいに凄いんです!」
うんうん。
優秀なのはいいことだ。
「そ、それで、卒業後は中央軍に勤めて、士官教育を受けた時に師団司令部での参謀勤務経験もあってですね。あとあと、家を継ぐための箔付けに軍に入ったら優秀すぎて異例の大出世して、今は魔法騎兵中隊の隊長で、中央軍中佐なんです! それで、中隊ごと直卒師団に移っても良いと!」
魔法騎兵中隊か。
希少な魔法兵の中でも、馬上での詠唱についての特別な訓練を受けたものしかなれない便利兵科。
魔法兵のように工兵的な使い方も出来るし、矢や石のような消耗品を用意しなくても中長距離から攻撃可能で、しかも馬に乗って高速で戦場を駆け回り、魔法攻撃で隊列を乱した敵に斬り込みもする。
事実上元帥の私兵でも、中央軍の中での人事。
しかも、先例からすれば、与えられた枠内であれば、元帥と引き抜かれる部隊の指揮官が同意して引き抜きに待ったがかかることはないと言っていい。
「そして、お父上のヴィッテ子爵も中央軍で将軍をなさってて、師団長で、良い人で、私も昔色々と助けていただいたことがあって、それで……それで……!」
「もう良いよ、ビアンカ。後は僕が自分で言うから」
なぜか泣き出すビアンカちゃんに、俺やエレーナ様、ハンナは呆然とするしかない。
そんなビアンカちゃんを下がらせた少女が一歩踏み出し、口を開いた。
「エレーナ皇女殿下、そしてカール様。お初にお目にかかります。僕は、ヴィッテ子爵家嫡子のナターリエ・フォン・ヴィッテと申します。殿下に対し、我がすべてを捧げます。その代わりに、我が父の冤罪を晴らし、命を救うための力をお貸し願えませんでしょうか」