攻守交代!
「仙堂君、勝負よ!!」
「おう、野球娘。来たな」
バットを片手にもち、セミロングの髪を雑に束ねたいつもの格好で麻美は今日もやってきた。
野球娘の呼び名は彼女が持ってきた勝負の内容からきている。
三本勝負で、一回でも私がヒットを取れたら私の勝ち。
そしたら、仙堂君は私の彼氏になって下さい!
無記名の手紙に呼ばれて行ったはいいものの、そこで聞かされたのは告白の甘い雰囲気などかけらもない勝負宣言だった。
その勝負自体強制ではないから断ることは出来たのだけど、俺が選択したのは受けて立つほう。
別に麻美を嫌いではなかったから、というのもあるが、何より大きかったのは勝負の内容が野球だったからだ。
自慢じゃないが、小学校のころからクラブでやっていた上に、うまくなる為に努力を惜しんだことはない。今では2年生の身ながら期待の星と言われているほどだ。
ちっとも負ける気はしないし、わざわざ俺の得意分野を選んで挑んできたその男らしさを買って受けて立つことにしたのだ。
っていうか、なんであいつ告白の手順をすっ飛ばして勝負なんかはじめたんだ?
全体的に突っ込みどころ満載な流れなんだが、そこが一番の謎である。
「いいよぉー!」
ちなみに麻美は野球が得意なわけでもなんでもない。
すでに五回連続で俺が勝っていて、勝つ可能性はおろか上達の兆しさえ未だ見えない。
大きく振りかぶり、余裕たっぷりで、しかし油断も手加減もせずに投げる。
麻美の場合当たる当たらないというより向いていないからやめとけ、という低レベルぐあいなのだが、手を抜くのはポリシーに反するので全力で投げる。
今日も掠ることすらせずに三球を投げ終わる。今日も俺の勝ちだ。
「ほれ、今日で六回目だぜ、この勝負」
もういいだろ~?、という苦笑交じりの俺の本音になどちらりとも気付かずに麻美はふくれっ面をしている。すっかり機嫌は底値を割っているようだ、怖い怖い。
「ぜぇったいやめないもん、私が勝つまで続けてやるんだからねーっだ」
それはむしろ勝負する意味なくね………?とすごく疑問だったのだが、聞いたら聞いたで女心が分かってない!と怒られそうだ。
下唇を突き出して拗ねる麻美は、誰が見ても聞き分けの悪い子供で。
これが付き合う付き合わないのかかった勝負だってこと忘れてるんじゃないだろうか、こいつ。
ふつうは好きな人の前では多少なりとも取り繕うもんだろう。それが初々しくて可愛いと言えばかわいいのだが、素直というか何と言うか……これまでどれだけ色恋沙汰に縁がなかったのかが窺える。
「ほら、今日はもういいだろ、帰んぞー」
わしわし、といつの間にか解かれていた髪をかき乱す。小動物を撫でるような感覚だったのだが、ほわっと石鹸の爽やかな匂いが鼻を届き、そこに女子を感じた。日光を受けて輝く髪が思いのほか柔らかいということにも初めて気がついた。
クラスのほかの女子が巻き散らす甘ったるい媚びるような臭いは嫌いだったが、麻美のそれはとても心地いい。
渋々、といった体でのろのろと腰を上げた麻美の横をゆっくりと歩く。
「まったくっ、仙堂君は私がどれだけ好きだか知らないから、そんなふうにこう、どうでもいいですー、みたいな態度でいられるんだよ、ふーんだっ」
そんなチープなラブコメみたいな言葉を当人の前でぽんぽこ吐くこいつもどうかと思うが。
一片のにごりもなく放たれたさりげない「好き」に吹きだしそうになる。
無防備で、真っ直ぐで、扱いやすくみえるけれど実は強敵。
「あー! もう、ちゃんときいてる?」
身長差のせいで上目遣いになっている。形のいい眉をぎゅっと寄せて見つめてくる麻美が何だかまぶしくてくらくらする。今日は日差しが強めだから、なんて言ってみたところで言い訳にしかなりそうもないのは分かり過ぎるくらい分かっている。
本音を言えば、かなりぐらっときた。ちょっと前から怪しかったとはいえ、とどめを刺された気分だ。
こいつにとってはなんてことのない行動に心が躍ってしまうあたり、俺も相当重症だな。
「なあ、今日で6回連続で俺勝ったよな」
「そーだけど、何、自慢ー?」
どうせ詰んでるなら、こいつも道ずれにしてやろうじゃんか。
「そろそろ、攻守交代してもいい頃合いだろ?」
「えぇ?」
「だから―――」
今度は俺が攻める番、ってこと。
こんな茶番をしている間に、俺まで本気になってしまったようだ。
ひのた様からファンアートを頂きました!
↓とっても可愛らしい二人か描かれています♪ぜひぜひどうぞ。
最後までお読み頂きありがとうございます!
さわやかな恋を演出してみましたが、いかがでしたか?
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またどこかでお目にかかれることを楽しみにしております。