雲一つない青空。
斜め上から照りつける太陽。
こんな日はガムを噛むに限るんだけど…噛めるガムがない。
…やっぱ、ガムがないと口が寂しいなぁ。
「珍しいな。ケイが授業サボるなんて」
「…ウッセーよヒロ。俺だってサボりてー時だってあんだよ」
屋上に寝ている俺を見下すように立っているダチの茶髪頭、『ヒロ』こと宮本 大翔は、俺から綺麗な青空を隠していた。
屋上の常連さんだ。
「珍しいな。ガム卿がガム噛んでないなんて」
「同じような言い回しをするな。…ストックはあるけど、今は噛む気分じゃねぇ」
自己紹介をしよう。
俺は『ケイ』こと水上 桂馬。
高校生活二年目だ。
決して、裏返っても名前は金桂にならない。
通称『ガム卿』と言われるほどガムを噛んでいる…らしい。決して、黒ズクメの呼吸の荒い不審者の格好をしたことはない。
俺はボトルガム(大)を三つ持ち歩いてるのは、別に変だとは思わないんだけどな…
自己紹介中に、ヒロは地べたに寝てる俺の隣に座りタバコに火を点けた。
学生のタバコや酒ぐらいに、いちいち文句は言わない。
…やっぱガム噛みたい。
「ヒロ。ブラック系ガム持ってねぇか?」
「持ってるくせに人にねだるのかコイツは……ナイな。フルーツ系ならあるけど」
ヒロがポケットから出したのは、コンビニでもよく見る、黄色いパッケージをしたレモン味の粒ガム。
…運ワリィな。
「…んじゃいいや」
俺のストックしているガムも、すべてフルーツ系だから…噛まない。
「あのさっ…お前がサボった原因って…朝に聞かれてたことか?」
ヒロが、タバコ片手に心配そうな顔して俺に尋ねてくる。
やっぱ…知ってたか。
俺は上半身を上げ、ヒロから一度断ったガムを奪い取り、銀紙に包まれた一粒のガムを、片手で弾いて口に入れる。
カリッ、と最初の一口が心地よく口の中で鳴る。
…うん、甘酸っぱい。
…うん、噛むたびに、レモンの味が口に広がる。
…うん、やっぱダメだゎ。
「…ケイ!? どうした!?」
俺を見たヒロは、指に挟んだタバコを落とすほど驚いていた。
「…我ながら女々しいだろ? 死んだわけでもなく、難病でもない…ただの一人の女の話が出ただけでこれだよ」
俺は、頬に流れるぬくもりを軽く拭った。
―― 朝、悪意の無いクラスメートがいった一言。
『最近、イスミとどうだ?』
小出いすみ
…俺の元カノ
その名前を聞かなくなって、もう三ヶ月以上たっていた。
「……お前、まだイスミのこと
「好きだ」…」
ヒロの言葉を遮っても、躊躇なく言える。
「…俺はイスミが好きだ。今でも愛してる」
間違えなく、俺はイスミを好きだ。
別れてても、やっぱりまだ……
約一年半前、クリスマスの一週間前の平日。
その日は、ある一人の男子中学生の転機だった。
最初はたまたまイスミからコクられて、その時フリーだった俺は断る理由もなく、流れで付き合っただけだった。
だけど……
受験生だから、少ししか一緒に居れなかったクリスマス
お互いに、校則を破ってプレゼントしあったバレンタインデーとホワイトデー
二月生まれの彼女の誕生日に、『年下』と言われた三月生まれの俺
初めて香水なんかをもらった、俺の誕生日
二人とも違う高校だけど、受かったことに喜び会った
数ヶ月前まで、誰かに渡すことになるとは思わなかった、学ランの第二ボタン
寂しがり屋な彼女に泣かれて、オドオドしたこともあった
彼女の浴衣に見惚れながら、歩き回った夏祭り
お互いの学校の文化祭を見に行っりもした
少し奮発して買った、一周年記念のプレゼント
年越しには会えないからって、電話越しに年を越して、誰よりも早く新年の挨拶をした
…俺達は何度も抱き締め合い、何度も唇を重ねた。
彼女との深く甘い口づけは、俺の中に入り込んできて、俺の心を根こそぎ奪い取った。
いつの間にか、完全なるベタぼれ…一度に何人も好きになるなんて、不器用な俺には出来ない。
時々彼女の口から、俺があげたガムの味がした。
辛いガムが噛めないイスミに、あげるガムはいつも甘いガム。
その味は薄いはずなのに、その甘さは普通のガムよりも、俺の舌を刺激した。
確かに、二人は愛し合ってた。
…でも、逃げられない忙しい日々が、彼女を俺から遠ざけていった。
気づいた時には、メールボックスに彼女から別れを切り出すメール。
理由も原因も書いてない、ただ一言
『別れよ?』
その言葉を見た時、彼女に奪われてた俺の心は、もう元に戻らなくなった…
いつの間にか、俺はヒロに胸ぐらを捕まれていた。
「…そんなに好きなら何で手放したんだ? 男だったら意地でも掴んで放すなよ!!」
ヒロの目には、怒りと悲しみが溢れていた。
…確かに、手放すべきじゃなかったのかもしれない。
だけど…
「……俺はイスミのために、彼女の頼みを潔く受け入れた」
別れる理由も、何一つ聞かなかった。
「情けない俺は、俺自身に嘘を吐いて生きる」
会いたい…抱き締めたい……愛したい。
すべての感情を嘘で包み、嘘で固めた。
「彼女を悲しませたり、困らせたり、傷つけたりしたくないんだ。…好きだから」
たとえ、それが間違った選択だったとしても、それは彼女を愛してたから選択した。
それだけは、否定することの許されない事実なんだ。
「…ったく、お前もバカだな」
不意に、ヒロの掴む力が緩んだ。
「俺はやめろとは言わねぇけど…これからは一人で悩んだり、隠したりすんなよ?」
「ヒロに人生相談ねぇ………これから頼んだぞ、期待してねぇけど」
…頼りにはしてるけどな
「…それにしても、そんだけ好きならフツー電話でもメールでもして、またやり直せばいいじゃんか」
一時はそれも考えたな。
けど…
「…別れた時に、番号もメアドも消した」
「…ハァ!?」
「残ってると俺、絶対にメールするから…」
自分に吐いた嘘を突き通すには、それ位しないと俺にはムリだ。すぐに挫折する。
「……………お前、その愛し方はある意味スゲー曲がってるぞ」
ヒロは、声で呆れたことが分かるぐらい呆れていた。
「文句言うな。友人がストーカーにならなかっただけマシだと思え」
「…そりゃそうだ」
そんなことを気にせずに、俺はヒロから奪ったガムの、その一粒を弾いて口の中に入れた。
「…大体分かったけど、なんでガム噛んでないてんだ?」
「………………それはな」
カリッ、と本日二回目の一口が心地よく口の中で鳴る。
さっきと同じ甘酸っぱい味が、舌を刺激する。
でも…
「『ガムじゃ物足りない』って、嘘つきの舌が泣いてんだよ」
「…………なんじゃそりゃ? てか、また泣いてんじゃねぇよ!」
俺は何度涙を流しても、これからは辛いガムと一緒に甘いガムも噛むだろう。
甘いガムは、彼女とのキスを思い出せ、彼女への愛を噛み締められる、魔法の一粒だから。
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