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シーナくんのつくりかた! 作者:すみやき(明日から休講です。)
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第六話 シーナくんのつくりかた

 第六話 シーナくんのつくりかた

     1

「どーはどーなっつのどー。れーはれれれれれー♪」
「最後までちゃんと歌えよ。歌詞知らないわけじゃなかろうに」
「いいんだよーだ」
 いつものようにべーっと下を出して塙さんは笑う。それだけならいつもと同じ放課後の保健室なのだか、今日は何故か三十路がいない。おかしい。三十路が好きなゲームの発売日はまだ当分先だしな……。
 そんなことを思っていたら保健室の扉が開いて三十路が入ってきた。
「あたしが仕事をさぼってゲーム買いに行くような女に見える?」
 三十路は僕が思ってたことをずばりと当ててみせる。さてはエスパーか何かだな。
「「見える」」
 僕と塙さんは同時に答えた。そして僕と塙さんはお互いの顔を見合わせて笑った。塙さんと息が合うことが嬉しくもあり、そしてなんだか恥ずかしかった。
「はいはい。お暑いお暑い。いよっ憎いね。このアベック!」
 今時『アベック』なんて誰も言わねえよ。つーかその言葉使ってる人初めて見たよ。
「んで、何かあったのかよ。サボってないんだとしたらさ」
「うっせえな。仕事だよ。労働者なめんなよ?」
 ちゃんと働いてる人に失礼だろ。三十路が労働者だったら日本国民のほとんどが労働者になるぞ。
「うるせえな。脱税はしてねえから文句いうな」
 それえばることじゃないし! というか人として当たり前だ!
「ちょっと塙ちゃんに話があるんだ」
「私に?」
「そう、だからシーナ氏は出てけ」
 なんで僕だけ? しかももうちょっと言葉選べよ。養護教諭のくせに生意気だ。
「うるさーい。いまから私と塙ちゃんは女同士の大事な話があるから男子は外でサッカーしてこい!」
 ああ、そっち系の話か。
 なんかそんな言い方で外出されるの小学生の時以来だぞ? あったね。小学生の時の男子と女子の体育の時間の謎の別行動。忘れ物取りに行ったら女子に死ぬほど怒られた記憶がある。いやあ懐かしい。
「思い出に浸ってないでさっさと出てけー」
 わかりますよ。出て行きますよ。家出してやる。こんな家二度と戻るか!
「おめえの家ここじゃねえからァァァァ」
 と、怒られたところで僕は保健室を後にする。
 しかしそれにしても保健室を出ても何もすることが何もない。本当にサッカーをやるには敵チーム含めて二十一人足りない。まあサッカーをするつもりは全くないんだが。
 僕は廊下をぼーっと歩きながら、いままでは一体僕は何をしていたんだろうってことを考えていた。
 ……そうか。よく考えてみたら僕はずっと塙さんと一緒にいたんだ。昼休みも放課後も、授業を受けているとき以外はほとんど彼女が近くにいたんだ。
 どうやら僕は塙さんがいないと何もできないらしい。まるで猫型ロボットがいない時の昼寝が得意な眼鏡っ子のように。

***

 結局、僕はやることもないので家に帰って一人テレビを見ていた。
 なんだか寂しかった。
 一人暮らしを初めてすぐの時でさえこんな気持ちになることはなかったのに。今にも軽く泣いてしまいそうだ。
 そういえば塙さんをおいて一人で帰ってしまったけど大丈夫だろうか。今になってそんなことを思ってしまう。
 三十路が送ってくれるだろうか。もし、三十路の都合が悪かったらどうしよう。
 僕はテレビの電源を落として立ち上がる。迎えに行かなきゃ……。というか迎えに行きたい。そして塙さんに会いたい。
 僕は塙さんに会いたくてたまらなくなっていた。
 今すぐ塙さんに会いたい。塙さんに会いたくてたまらない。僕には塙さんが足りない!
 僕は着の身着のまま飛びだそうとしたその時玄関のドアをノックする音が聞こえた。
「どうもー塙ちゃんの隣の晩ごは……ん!」
 ドアを開けるとそこには見慣れた女の子が立っていた。走ってきたのか息が切れて呼吸が荒い。 
 玄関で塙さんの姿を見たとたん僕は彼女を思いっきり抱きしめていた。いつもの彼女の匂いが鼻孔をくすぐる。そして僕は安心感に満ちあふれた。
「塙さ……ん。」
「どっどうしたの……。シーナくん」
「塙さ……ん。君がいなくなって、この部屋はずいぶん広くなっちゃったよう」
「わ、私にはいつもの五畳の部屋にしか見えないよ。シーナくん」
「うわーん。うれしくなーい。僕は二度と塙さんといっしょに暮らさなーい」
「わかった、わかった。シーナくん大丈夫大丈夫」
 塙さんはそういって僕の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「……なんかいつもと立場違うよね」
「うん。僕もそう思う」

***

「うっそ……」
「嘘じゃないもん」
 僕はカレンダーを確認する。
 うん、どうやら今日はエイプリルフールではないらしい。
「なんで信じてくれないかなー」
 塙さんはほっぺをぷっくり膨らませている。膨らんだほっぺたを指で突っつけばどうなるだろうなんて考えたけど。ほっぺを膨らませている塙さんがなんだか無性に可愛かったのでそのままにしておいた。
「だって……」
「だって?」
 塙さんが僕の顔をのぞき込む。ああ、そんな顔で僕を見ないで。また抱きついちゃうじゃないか。
「ん……とよしっ。まず一回整理しよう」
 ここは気持ちを一旦落ち着かせよう。
「うんうん。整理してごらん」
「まず、僕は先にこのアパートに戻りました」
「そう、勝手に戻りやがりました。私をおいて」
「はい、塙さんをおいて……」
 本当にそれは申し訳ないと思っています。なんて謝罪の言葉を述べて良いやら……。
「反省ができているならよろしい」
「それで僕は一人この部屋にいたのです」
「ふむふむ」
「するといきなり寂しくて寂しくてたまらなかったのです」
「なるほどー。シーナくんうさぎだもんね。うさうさシーナくん3号だもんね」
 確かにうさぎだったかもしれない。本当に寂しくて死にかけたんだもん僕。
「そう、その時はうさうさシーナくん3号だった」
 まあ一号と二号の行方はこのさいどうでもいいということにしょう。
「そして僕は塙さんを迎えに行こうとしたわけです」
「得意なウサギ跳びでね」
「そう得意なウサギ跳びで。僕はウサギよりもウサギ跳びが早いからね」
 もちろん嘘。そもそもウサギがどのくらいの早さで飛ぶか僕知らないし。小学校の時の飼育小屋のウサギを思い出す限りそんなに早いイメージはないんだけど。
「すごいじゃん。ヒーローじゃん。いっそ州知事とかになっちゃえよ。シーナくん」
「まあ州知事になるのは米国国籍もってないからとりあえず後回しにするとして……。僕がドアを開けようとした瞬間に塙さんがいた」
「私に抱きついちゃったんだね。あのときのシーナくんけっこう可愛かったよ」
「ありがとう」
 僕は塙さんの頭をご褒美になでてあげる。にゃうーんと猫化した塙さんを見て何故か癒されている僕がいる。
「それで僕はてっきり三十路に送ってきてもらったんだと思ったんだけど」
「うーんとね。教員の健康診断がないとかあるとかで、私を送っていくのが無理らしかったんだ。それでシーナくんに迎えに来てもらおうとしたんだけど……携帯に電話して」
 ……あっ。別に飛び出して行かなくても塙さんからの電話を待ってればよかったんだ。そんなこともわからなかったのか僕は。
「でもね。一人で来たの。ここまで……」
 そう、僕が信じられないといった理由がこれだ。
「えっと……一人で」「うん! 一人で!」
「電車にのって?」「うん。電車に乗って!」
「泣いた? 具合悪くならなかった? 僕が恋しくなかった?」
「全然そんなことなかったよシーナくん!」
 最後の質問はしなければよかったな。思ったよりも精神的なダメージが大きいぞ? どうした? 僕?
「それで今ここにいるってことは」
「うん。無事についたんだよ! やったあ!」
 塙さんはそう言って僕に抱きついてきた。よっぽど嬉しいんだろう。
 それにしても塙さんから抱きついてきてもらって助かった。また意味もなく僕から抱きついてるところだった。
「……おめでと。塙さん」
「うん。えっとね。シーナくんそうしたらね。……お腹空いた!」
「わかったわかった。じゃあ夕ご飯にしようか」
「うん」

***

 全く夕飯の支度に全然身が入らなかった。
 塙さんが一人でここのアパートに来ることができた。一人で歩き、一人で電車に乗ってここまでたどりついたのだ。僕の手を借りずに……だ。
 もちろん塙さんが一人でここまでくるようになったのはものすごく嬉しい。嬉しいはずなんだが……。なんだろう。だんだん僕は塙さんにとって……必要のない人間になってしまっているのではないかと思ってしまったのだ。
 そんなことを考えてると料理なんて出来たもんじゃなかった。そんな心境で料理をしていたから当然のように僕は作っていたハンバーグを焦がしてしまっていた。
 なんだか怖かった。
 塙さんが僕から離れてしまっているように感じた。確かに僕は彼女にどこにもいかないと約束した。しかしそれは塙さんが僕にどこにも行かないと言っているわけではない。それはただ僕が一緒にいるという約束をしただけであって、塙さんはいつでも僕から離れていっていいということになる。
 僕は塙さんのなんなんだろう。ハンバーグの焦げたところをなんとか修復しながら僕はそんなことを考えていた。
 確かに塙さんは僕を好きと言ってくれた。そして僕は彼女にキスをした。
 僕と塙さんは恋人同士だ。じゃあ……塙さんは僕のものなのか。その答えが未だにわからない。
 僕は彼女を拘束してはならない。それは絶対しちゃいけないことだって思っている。
 ただ僕と出会ってから塙さんは活発的になっている気がする。今日なんて僕がいなくても一人でうちまで帰ってくることができたのだ。それは本当に喜ぶべきことなんだろうけど……なんでだろう。喜びよりなんだか不安の方が大きくなっていっている気がする。そしてなんだかいやな予感がする。何でといわれても困るけど……とにかくいやな予感がするのだ。

 思うとこの時点で僕は何かを感づいてしまったんだと思う。後にこのよくわからない嫌な予感が的中してしまうのである。



 放課後、ホームルームが終わった僕は保健室へと向かう。
 塙さんはたまに一緒に授業を受けることができるようになったのだが、ここ最近は教室に来なくなっていた。
 それでもいつもはお昼を一緒に食べるから彼女の顔は毎日見ることが出来るのだが、今日の昼休みに限ってめったにない委員会活動なんかがあった関係で今日はまだ塙さんの顔を見ていないのだ。
 僕は保健室の扉を開けて彼女の指定席であるソファーを見る。
 ……いない。そもそも保健室には誰もいなかった。三十路もどうやら留守らしい。
「あれ……シーナ氏」
 僕が一人ソファーに座っていると三十路が保健室に入ってくる。
「誰もいない状態でかぎを開けとくとか不用心にもほどがあるんじゃないの?」
「……確かに、あたしのPCがとられたらどうしよう」
 心配の矛先が違う気がするけどまあいいか。
「今日だれもいなんだね」
「そうだね……塙ちゃんもお休みだし……」
「休み?」
 初耳だった。というより朝はちゃんと僕が学校まで送っていったのだ。なのに……休み?
「そう休み。準備とかあるんじゃない。いろいろと」
 準備? 思ってもいない単語が次から次へと三十路の口から飛び出してくる。
「……準備? 準備って何」
 その言葉を聞いて三十路は目を丸くした。どうやら本当に驚いている様子だ。
「もしかして聞いてない……?」
 彼女にしては珍しく声が裏返っている。
「聞いてないって……何が」
 三十路はあちゃーといった顔をした。声には出していないものの顔を見ればわかる。
「いやっ何でもない何でもない」
「……いや何のこと? 準備って何さ」
「いやー今日は良い天気だねえ」
「とぼけるな!」
 そもそも今日は朝から曇っている。夜は雨がぱらつくって天気予報士が言ってたぐらいだ。
「……とぼけてなんかないさ。今日のあたしはおかしいんだ。シーナ氏。わかってよ」
 三十路がおかしいのはいつものことだ。逆に今日の三十路はおかしくなんかない。そのおかしくないことがおかしいのだ。
「三十路頼むよ……。本当のこと言ってよ。お願いだよ。この通り」
 僕は三十路に頭を下げた。三十路に頭を下げたのはこれが初めてかも知れない。
「……今日のあたしは変だ。変だから普段言わない一人ごとをこれから言うよ? 恥ずかしいから聞かないでよ。シーナ氏」
 そういうと三十路は外を向いて独り言を言い始めた。僕は黙って三十路の独り言を聞く。三十路がすべての独り言を聞いた。僕は聞いたことを後悔した。そしてひとつのことを学んだ。知らないほうが良いことも世の中にはあるんだってことを――。

***

「シーナくん。ただいまー」
 塙さんが僕のアパートに入ってくる。今日もどうやら独りで僕のアパートまで来ることが出来たらしい。
「おーい。シーナくーん。やってきたよー。私が」
 僕は何も言わない。そして彼女の顔も見ない。いや、見ちゃいけない。
「ねえねえねえねえ。シーナくん聞いてー」
 見ざる聞かざる言わざる。僕は日光の猿だ。猿になるんだ。
「ねーねーねーにゃあ!」
 猿になれ猿になれ猿になれ。
「私ねー。また一人でここにこれたんだよ。電車にのって。ひとりで」
 塙さんは嬉しそうに僕の顔を見る。
「ねーねーシーナくん?」
「……う」
「う? 何シーナくん? う?」
 口をすぼめてみる塙さん。いや見るな見るな。
「うううううきいいいいいいいいいいいい」
 僕は……猿になった。
「どっどうしたのシーナくん」
「う……きー」
 我慢ができなかった。僕は塙さんに抱きついてしまっていたのだ。
 本当は彼女を無視するつもりだった。そして僕が怒っているところを塙さんに見せつけるつもりだったのだ。
 しかしできなかった。僕は塙さんを無視することができなかった。怒るところを見せつけることもできなかった。
 彼女を無視してそして彼女を怒るつもりだった僕は何故か塙さんの胸で泣いている。
 自分でも情けないと思う。男はめったに泣くもんじゃない。そして人前で泣くもんじゃない。ましてや愛する女性の前で泣くなんてもってのほかだ。
 だけどもう限界だった。
「シーナくんどうしたの」
 よしよしと塙さんは僕の頭をなでてくれる。その手の感触がとても優しくて、さらに涙が止まらなくなった。
 どうしても泣かずにはいられなかったのだ。そして信じることが出来なかった。塙さんが僕の前からいなくなってしまうなんて――。

     3

「……ごめんね。シーナくん」
「……うん」
 塙さんの手はすごく気持ちよかった。そして彼女の手が暖かくなってることに驚く。出会ったばかりのころはあんなに冷たい手をしていたのに――。
「言い出せなかったんだ……。私が引っ越すってこと」
「知ってた」
「まあちゃんから聞いて?」
「……違う。違うけど知ってた」
 自分でも支離滅裂なことを言ってるのはわかっていた。ただ三十路から聞いたことはただの彼女の独り言だ。勝手に僕が彼女の独り言を盗み聞きしただけの話なんだ。だから三十路からこの話を聞いた訳じゃないってことはあながち嘘ではない。
 三十路から塙さんの転校の話を聞いたときにはわけがわからなくなった。嘘だと思いたかった。三十路もこれは独り言だと言っていたし……。
 しかし三十路の顔が悲しそうだった。それを見ただけで三十路が話していることが嘘じゃないってことは明らかだった。
「……しょうがないよ。お婆ちゃんが大変なんだろ」
「……うん」
 塙さんの両親が亡くなってから今通っている学校に通うまでの間、塙さんと一緒に暮らし、面倒を見てくれたお婆ちゃんが入院した。だから塙さんは引っ越すと――。そして彼女がお婆ちゃんの看病をすると……。そう三十路は言っていたのだ。
「ごめんね」
 塙さんは何度も何度も僕に謝る。
 そうか……。つらいのは……一番つらいのは塙さんなのかもしれない。今日の今まで引っ越すことを言えずにいつものように僕に接してくれていたのだ。そう思うとよけい僕の胸は苦しくなった。
「引っ越しはいつなの?」
「……一週間後」
 ずいぶん急な話だった。一週間なんて言ったらあっという間だ。
「……ごめんね」
 もう僕は泣くのをやめた。
「それまで一緒にいよう。ね。どっか行こうよ。どこがいい?」
 あと一週間しか――ではない。あと一週間も一緒に居られるのだ。その間楽しくすごせばいいじゃないか。塙さんも一人で僕のところにこれるようになったんだ、残された時間は二人でいろんなところに行けるはずだ。
「……私ここがいい」
「ここって」
「うん、ここ」
 それは僕のアパートを意味することを僕はわかっていた。彼女がそう言い出すことは僕もなんとなくは予想できていた。
「私とシーナくんてこの部屋にずっといたでしょ。だからお別れの日までずっとここにいいたいんだ」
「……それでいいの塙さん」
「うん。それでいい」
 塙さんは大きく頷いた。

***

 僕と塙さんは一週間学校を休んだ。そして何をするわけでもなくずっと部屋に二人きりでいた。
 二人とも涙をこらえきれずに泣くこともあった。二人で泣いたら、そのたびにお互い頭をなであった。
 幸せだった。この幸せがいつまでも続けばいいのにと思った。
 しかし、時の流れというものは残酷なものだ。一週間という時間はあっという間に過ぎた。僕が今まで生きてきた中でもっとも早い一週間だった。そしてとうとう塙さんの引っ越しの日が来てしまったのだ。
 僕は彼女の荷物を引っ越し業者のトラックに運ぶのを手伝った。彼女の部屋の荷物は家具自体は少ないものの、本の数が半端な数ではなかったので運ぶのが大変だった。
 それでもどうにかして、すべての荷物をトラックに運び終えるとトラックは僕らをおいて行ってしまった。
「行っちゃったね」
「……うん」
「あの……シーナくん」
「うん」
「最後にさ。シーナくんの部屋に行きたい」
「わかった」
 僕らはもぬけの殻となった塙さんの部屋を後にした。

***

「やっぱりシーナくんの部屋だー」
 塙さんはソファーにとびつく。僕は彼女の横に座る。
 何も話さなかった。 
 最初に彼女と会ったときの保健室を僕は思い出していた。だけどそのことは彼女には話さなかった。
 最後の時間なんだから話すことはいっぱいあるはずなのに。僕達二人は黙ったままだった。
 ずっと僕らは座ったままで二人だけの時間を楽しんでいた。そしてどれくらい時間がたっただろうか。
「さてと」
 塙さんがゆっくりと立ち上がった。
「私そろそろ行くね」
 塙さんの「行くね」という言葉の中にはものすごい悲しさとそして大きな強さを感じた。
「うん」
 僕は頷くだけだった。
 本当は他に言いたいことがあった。元気でねとか忘れないでとか。
 あと「行くな」とか――。
 けど僕は何も言えなかった。そんな自分がなんか情けなくって僕は涙があふれた。
 すると塙さんは黙って僕を抱きしめてくれた。そして背中を優しくさすってくれた。
 いつも僕が泣いている塙さんを抱きしめてあげていたのに。
 いつも僕が泣いている塙さんの背中をさすってあげてたのに。
 今は泣いている僕を彼女が抱きしめてくれている。こんな状態になることを今までの僕は予想できただろうか。
「シーナくん」
 塙さんは僕の口に唇を当ててきた。彼女の息があらくなるぐらい僕は唇を押しつけた。
 塙さんとのキスの味はなんだか甘くって。そして少ししょっぱかった。

     4

 彼女がいなくなった後の高校生活はいたって普通でそして平凡なものになっていた。
 授業は普通に聞き、授業が終わったら普通に家に帰る。家に帰ったら普通にテレビを見る。そんないたって普通の生活。
 いつのまにか保健室にも行かなくなっていた。あの三十路が学校をやめたのだ。
 どこへいくのか、そしてこれから何をするのか。何も言わずに三十路は僕の前から去っていった。
 そして僕は普通に勉強し、卒業し、大学へ進学した。
 受験勉強がめんどくさかったのでうちの学校の付属の大学に推薦で進学した。キャンパスが通っていた学校の近くにある関係でアパートを離れずに済んだことも決め手の一つだった。
 そして入学初日、入学式が終わった後、僕は指定された教室へと向かった。どうやら大学でもクラスがあるようで、クラスメイトとの初顔合わせが行われたのである。
 僕のクラス担当であろう初老の教授が学生の点呼をとる。名前が呼ばれたので僕は適当に返事をした。
「えーとこのかたはいらっしゃいませんね。入学初日から風邪でしょうか」
 白髪交じりでいかにも大学教授といった風貌の男はそう言ってからある生徒の名前を点呼する。

***

 僕はその名前を聞いたとたん教室を飛び出していた。自分でも何をしているかわからない。初めての授業中に何をしてるんだって思う。もしかしたら怒られるどころでは済まないかも知れない。でも僕はどうしても行かなければならなかった。
 僕は走る。通り慣れた道を行き、使い慣れた駅に到着する。
 そして僕は回りを見渡した。
 するとホームの近くにうずくまっている人がいた。それは女の人だった。彼女は長い小川の流れのようにさらさらな髪の毛をヘアバンドでひとつにまとめていた。そしてレディースーツを着ていなければ高校生にも中学生にも見える小さな体でうずくまっている。
「大丈夫ですか」
 僕は声をかける。
 すると彼女は顔を上げた。相変わらず小さな鼻を赤くして――。
「うぅ……えっぐっ。しっし……しぃなく」
「大丈夫? …………塙さん」
「……だいっだ」
 変わっていなかった。
 あの時、僕のアパートに始めてきたときに駅で泣きじゃくっていたあの塙秋穂のままだった。
「ほら」
 僕はしゃがんで腕を背中の後ろに回した。
「……おんぶ?」
 そう正解。
「そうおんぶ。入学早々遅刻だよ。塙さん」
「だって……だっ」
「いいから」
 僕は塙さんをおぶる。あいかわらず軽い。
「よし、じゃあ行くよ」
「……うん」

***

 そして僕らは歩き出した。そして僕らが駅を出ようとすると一台の車が止まった。なんだか見覚えがある気がした。そしてドアを開けて降りてくる人物にはもっと見覚えがあった。
「シーナ氏。塙ちゃん」
「み、三十路……」「まー……ちゃん?」
 見間違えようがなかった。僕らを結ばせた張本人、三十路こと福田先生が僕らの前に立っていたのである。それもあのときと同じ白衣のまま……。
「早く乗って! どうせ大学まででしょう?」
「……いや、あの三十路?」
「良いから早く!」
 僕らは三十路に言われるままに車に飛び乗った。
「三十路……何でここに……っていうかいままで何してたんだよ」
「……これ」
 三十路が見せたのは一枚のカードだった。そしてそこに書いてあったのが――。
「教員証明書?」
「その通りだよ。塙ちゃん」
 そのカードに記載されていたのが『教授 福田麻冬』の文字。そしてそこに書いてある大学が――。
「大学へようこそ! シーナ氏! 塙ちゃん!」
 そう、僕がこれから通う大学の名前が書いてあったのだ。
「……まーちゃんが」「大学教授?」
 塙さんも初耳だったようで驚きを隠しきれない様子だった。
「いやあ……塙ちゃんは引っ越しちゃうし、シーナ氏は保健室に遊びに来なくなったしであたしつまらなくなっちゃってさ。だから本職に戻ったんだ。ちょうど研究期間も終わりそうだったしね」
 ってことは三十路はただの養護教諭じゃなかったのか……。
「そしたらさ、入学者名簿にあなた達二人の名前があるじゃない。びっくりしちゃって! だからあたしのクラスに二人を入れといたってわけ!」
 ん? 今なんて言った? あたしのクラス?
「だから、あたしがあなた達の指導教授なの!」
「「ええええええええええ!」」
 僕と塙さんの驚く声が重なりあう。っていうか担当教授はあの白髪の人じゃ。
「あのおっさんは私の代理。聞いてなかった?」
 そういえば誰かの代理とかいってたような。どうでもいいから聞いてなかったけど。
「理由はあたしの寝坊」
 相変わらずだなこの人も。……寝坊ってことは?
「そう今からあたしはあの教室に向かいます。休講にすると私の給料が減るからそんなことはさせない!」
 本当に……相変わらずだな。まあこれがなかったら三十路じゃないんだが。
「というわけでこれからよろしくね。シーナ氏。塙ちゃん」
 三十路はにこっと懐かしい笑顔を浮かべた。
「……私もよろしくね。シーナくん」
 塙さんも笑って僕を見つめている。口元に八重歯をのぞかせて――。本当にあのころと何も変わっていない。
「よし、じゃあぶっ飛ばして教室に向かうからね。二人ともちゃんとつかまっててよ!」
 三十路はアクセル全快にして文字通り国道をぶっ飛ばした。その時に飛んでいきそうになる塙さんを僕は必死に支えた。
「……痛いよお。シーナくん」
 どうやら頭が車の天井にぶつかっってしまったらしい。
 僕は彼女の頭をなでた。ものすごく懐かしい感覚だった。
 ああ、また始まるんだなと思った。そう思うと僕は何だかうれしくて泣きそうになる。
 僕と彼女の普通なようで普通じゃない生活が明日から、そしてこれからもずっと続いていくのだ。
(了)
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  • 最終掲載日:2013/03/29 18:49
完全装鋼士 : レベル0

唐突に異世界へと放り込まれた少年、ナナシ。神の加護によって成り立つこの異世界では、別世界の住人である少年は、あまりにも無力な存在であった。名前を失い、レベルも上//

  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 連載(全64部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2016/04/05 11:00
ログ・ホライズン

MMORPG〈エルダー・テイル〉をプレイしていたプレイヤーは、ある日世界規模で、ゲームの舞台と酷似した異世界に転移してしまった。その数は日本では約三万人。各々が//

  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 連載(全131部分)
  • 4 user
  • 最終掲載日:2017/08/31 20:00
リングリング

三年前、大学生の詩織は、異世界トリップして日本に来てしまった騎士の男をかくまった。彼は無事に元の世界に戻れたのだが、なぜか今度は詩織が彼の世界へトリップ。頼れる//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 完結済(全36部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2014/08/20 00:00
傭兵団の料理番

 僕は料理が好きだ。でも、買い物の帰りにどこかの国に迷いこんで傭兵部隊の料理番をすることになりました。何故こうなったのか分かりませんが、生き残るために美味しい料//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全51部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2017/11/23 21:00
俺の考えた最強のギャルゲーだったらこんなことにはならなかったのに!

春休みが過ぎ、学年が一つ上がる。何かが芽生え、変わりそうな季節。高校2年生の石高禄助は、幼馴染であり腐れ縁な優人と共に、女っ気のない気楽だが何だかちょっと情けな//

  • 現実世界〔恋愛〕
  • 完結済(全74部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2015/10/21 20:07
これが異世界のお約束です!

剣と魔法のファンタジー世界、そこには必ず守らなければいけない『お約束』があった! "殺す覚悟" "KATANA" "賊の襲撃" "ハーレム要員魔王"そして"チー//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全55部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2015/07/30 20:00
それは甘くて、それでいて塩っ辛い。

彼女たちの恋は、甘くて優しい、だけど苦くてそして寂しく、悲しい。そんな短編連作小説です。MF文庫Jライトノベル新人賞二次通過、富士見ラノベ文芸大賞一次通過作品。//

  • 現実世界〔恋愛〕
  • 完結済(全21部分)
  • 3 user
  • 最終掲載日:2014/09/20 17:00
彼はヒーローですか?

魔法がある現代世界の物語、災害という危機にさらされた人類は、それに対抗する為に一つの希望を作り上げた。 それを纏い闘う者たちをヒーローと呼び、彼らは命をふるって//

  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 完結済(全24部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2012/12/13 00:00
やり直してもサッカー小僧

 試合中の怪我によりサッカー選手としての道を絶たれた男がいた。  後に彼が黒猫を助けようとして事故にあった時にその運命が一変する。  目を覚ますと己が初めてサッ//

  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 完結済(全227部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2014/06/15 19:14
ありふれた職業で世界最強

クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全292部分)
  • 3 user
  • 最終掲載日:2017/12/09 18:00
悪役転生だけどどうしてこうなった。

 ファンタジー系乙女ゲーの世界の悪役令嬢として転生したエリザ・カルディアは、貴族の娘にも関わらず恋愛ゲームの世界というイメージからは縁遠い幼少期を送る事になる。//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全228部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2017/10/27 18:25
ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~

どこに出しても恥ずかしい就職浪人の主人公は、ある日不運にも事故死してしまう。 目を覚ますと、彼は異世界に転生していた。 もう二度と怠惰な生活なんて送らない。 そ//

  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 連載(全169部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2016/02/27 22:36
名前のない怪物

2017年7月7日。第五回ネット小説大賞にてメディア賞を受賞いたしました。書籍化及びメディアミックスが決定いたしました。皆様の応援に心から感謝を! 今後も精進し//

  • ホラー〔文芸〕
  • 連載(全206部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2017/11/13 21:08
デビルバスター日記

【デビルバスター】とは人々の生命を脅かす異界の者――“魔”を退治する力を持つと認定された者たちの称号である。この物語は中世に似た異世界を舞台に『女性アレルギー』//

  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 連載(全132部分)
  • 3 user
  • 最終掲載日:2014/01/13 16:02
龍と鑑定士

魔法と芸術により発展した異世界を旅する鑑定士の青年ウェイルは、鑑定中偶然現れた青い髪の美少女フレスを拾ってしまう。フレスの正体はなんと龍であった。妙に懐かれてし//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全500部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2015/11/28 00:00
猫とワルツを

エミーリア騎士団で新しく発足することになった第12旅団。傭兵上がりの副長さんが、上官のボクっ娘にツンデられたりヤンデられたりしながらも必死で部隊を運営する面白く//

  • 異世界〔恋愛〕
  • 完結済(全42部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2017/06/18 05:29
魔王少女と呼吸の生徒会

夏休みの生徒会室で、男子生徒と女子生徒がスマートフォンのアプリケーションソフトで楽しく遊ぶお話です。

  • その他〔その他〕
  • 完結済(全24部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2017/07/08 15:52
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~

 本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全677部分)
  • 3 user
  • 最終掲載日:2017/03/12 12:18
ロリコン彼女

夏休みを目前にして、僕はひそかに片思いをしていた同級生、橘さんに呼び出されて告白を受けた。これから始まる甘い日々に心躍らせるも、何やら橘さんはとんでもない性癖の//

  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 完結済(全41部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2012/11/14 01:14
風呂場女神

「なに、あんた。覗き?」 「水を一杯くれないか」この一見すると全く噛み合わないちぐはぐな会話が、 日本に住むただの会社員、玉野泉と、後に神聖国ヨー ク・ザイの歴//

  • ローファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全4部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2017/04/17 22:50
辺境の老騎士

大陸東部辺境のテルシア家に長年仕えた一人の騎士。老いて衰え、この世を去る日も遠くないと悟った彼は、主家に引退を願い出、財産を返上して旅に出た。珍しい風景と食べ物//

  • ハイファンタジー〔ファンタジー〕
  • 完結済(全184部分)
  • 3 user
  • 最終掲載日:2017/01/01 00:00
打ち砕くロッカ

怒ると強くなるタイプの主人公の話です。

  • ローファンタジー〔ファンタジー〕
  • 連載(全324部分)
  • 2 user
  • 最終掲載日:2017/12/12 00:43
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