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シーナくんのつくりかた! 作者:すみやき(明日から休講です。)
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第五話 楽しいキスのしかた

 第五話 楽しいキスのしかた



「キスをしませんか?」
 僕が昼飯の準備をしているときに毎度毎度のことながら塙さんが変なことを言い出した。
「何ですかいきなり?」
「キスをしませんかといいました」
「ところで塙さん。シチューとカレーどっちがいい」
「……しちゅー」
「よし、じゃあ今日のお昼はホワイトシチューね」
「わ―――い! しちゅーだ、しちゅーだ! って人の話を聞けー!」
 なんかいやに今日は食いつくな。
「キスするんだよキス。恋人同士はキスをするのです。わかったら返事をしよう!」
「みゃぎゃー」
「はい、お返事ありがとう。シーナくん」
 あれも返事に含まれるらしい。
「だけどさ。塙さん聞いて」
「はい、聞きますよ。私は聞きますよ?」
 そういって耳をすませる塙さん。
「『恋人同士はキスをする』なんて誰がいってたのさ」
「祖母の遺言です。シーナくんの」
 謝れ! 祖母の久子(75歳 アスパラ農家 もちろん存命)に謝れ! 
「ところでシーナくん」
「まだ僕の話は終わってねえ!」
「わかったわかった久子には粗品を送っとくから」
「何だよ。粗品って」
「アスパラ」
 嫌がらせか!

***

「まあアスパラと久子はおいとくとしてさ」
 おいとかれたよ。ばあちゃん。
「私はキスをしたことがありません」
 そんなことは聞いてません。
「初キスです」
「けど間接キスだったらしてるよ?」
 弁当の時だったり、ホットミルクの時だったり。
「間接キスと直接キスは違うんだよ。シーナくん」
 へー。そーなんだー。びっくりだー。
「なんで棒読みなんだよー。ちゃんと聞きやがれー!」
 じゃあ聞くよ。しょうがないなあ。やれやれ。
「なんでそんないやいや聞いてますよ的な態度かなあ?」
 うわっ。楽しみすぎてしょうがない! 早く塙さんのキスについての話しが聞きたいなあワクワク! 
「そんなに聞きたいのかあ。まったくしょうがないなあ」
 しょうがないのはどう考えても塙さんのほうだ。
「たしかにこの前の間接キスはシーナくんの味がしました」
 まあ、あれはホットミルクの味だと思うけど。
「そこで私は考えたのです。直接キスはどんな味がするのかなあって」
 それでキスをするなんて言い出したのか。
「ねえ。シーナくんどんな味がすると思うー?」
「初キスはしょうゆの味ってきいたことがある」
「……ロマンもへったくれもねーじゃねーかよー! ばーか! 死んじゃえ!」
 ぽかぽかと僕の胸元を叩く塙さん。
「なんで聞いた話なのに僕が死ななきゃあかんのさ」
「しょうゆ味なんて言うからだよ! しょうゆ農家の人に謝れ」
 しょうゆ農家のみなさんごめんなさい。まあ『しょうゆ農家』っていうものが存在すればの話だけどさ。
「う~ん。どんな味なんだろう。ねー、まーちゃんはどう思う?」
「んー。どうでもいいんじゃね? ところでシーナ氏。このポテチもうないの?」
「あー。そこの戸棚にあともう一個……って何で三十路がここにいるんだよ!」
 テレビを見ながらポテチを食べているのはどっからみても三十路こと福田養護教諭だった。
「気づくの遅い。それに教師が生徒の部屋に入って何がわるいのよ」
 いや、悪いだろう。常識的に考えて。
「あたし黙って聞いてればずいぶんと面白い話してるじゃないのさ」
 黙って聞いてないでさっさと部屋から出て行け。
「あー。教育者に出て行けとか言ったー。いけないんだー」
 黙れ。僕はお前を教育者とは認めない。お前は三十路という存在でしかないのだ。っていうか勝手に生徒の部屋に上がり込んでポテチ食ってる教育者が何処にいる!
「まあいいや。でキスのことだっけ?」
 よくない。勝手に先に進めるな。
「じゃあ、あたしのキスの話をして差し上げよう」
 結構です。
「聞きたい。聞きたい。聞きたーい」
 塙さんが両手を挙げる。無邪気だなあ塙さんは。僕はそんなものに一ミリも興味がないってのに。
「まったくしょうがないなあ。そんなに聞きたいんなら話すしかないなあ」
 僕の意見は無視なようですね。まあいつものことだけど。
「あたしの初キスは中学二年生のときだった」
 本当に語り始めたよこの人。つーかこの人の中学生時代ってことはまだ戦時中だったころの話か。
「どうやったら戦時中に生まれた人が今三十路になるのよ。っていうか三十路じゃねえって何回言わせるの!」
 黙れ。三十路。不法侵入者の分際で。
「まあとりあえずあたしの話を聞きなさい」
 まったくしょうがないなあ。聞いてやるよ。話が終わったら教えてね。
「中学校時代あたしは吹奏楽部にいたのね」
「でその部員の男の子と初キスか……。やるね。まーちゃん」
「いや、その初キッス相手はうちの弟です」
 ……吹奏楽部のくだりいらねえ。
「弟? なんでどうして弟?」
 塙さんは興味津々な様子。
「あ、あたし弟激ラブなのは知ってるよね」
 知らねえよ!
「初めて聞いた……」
 どうやら塙さんも知らなかったらしい。
「で、弟が好きでしょうがなかったんだけど……。ある日朝ごはん食べて……食後のお茶を淹れたら茶柱が立ってたの。これはもうキスするしかないじゃん?」
 いや、その理屈はおかしい。
「そんで、したわけよ。キスを」
「ふむふむ。それでそれで?」
「んーと。しょっぱかったんだよね」
「しょっぱかった?」
「んだんだ。ごっつうしょっぱかっただ!」
 キャラを定めろ! キャラを!
「まあその時朝ご飯にイカの塩辛が出たのはあんまり関係ないと思うけどね」
 明らかにそのせいだよ! 関係大ありだよ! それ一択だよ!
「けどよくその時の朝ご飯なんて覚えてるねまーちゃん」
「だってその塩辛がきっかけであたしは保健の先生になったんだもん」
 なんでそんな意味不明な嘘をつく!
「で、あたしの話はどうでもいいのよ。問題はあなた達よ」
 本当に三十路の話はどうでもよかったよ。
「一緒に暮らしててまだキスのひとつもしてないと」
「まーねー」
 いや、塙さん。まーねーじゃなくってさ。
「そもそも何で三十路にとやかくい言われなきゃならんの?」
 そういうのは自分のタイミングでするもんじゃないの?
「だってもう塙ちゃんとシーナ氏は誰もが認める恋人同士です」
 まあ主に三十路にしか認められてないけどな。
「キスのひとつもしてないなんてお母さん、許しませんよ!」
 お前に産んでもらった覚えはねえよ。三十路。
「まあ……母親に向かってなんてことを……」
「落ち着くんだ母さん。小さいときに、かまってやれなかった責任が私たちにもあるんだ」
 父親役、塙秋穂でお送りするらしい。もう勝手にやってくれ。そして本当に終わったら僕に教えてくれ。
「何よ。あなたなんて毎日遅くまで飲んで帰ってくるくせに……。それでたまに休日があると思うとゴルフで一日中いないじゃない!」
「男には付き合いというものがあるんだ!」
 いつまで続くんだこの茶番。
「あなたはこの子に一度でも父親らしいことをしましたか!」
「ええい、うるさいっ! 誰のおかげで飯が食えと思ってるんだ!」
 いいかげん終われ。
「あなたはいいわよ。会社という逃げ場所があって。私なんか毎日家とスーパーの往復で。もうあなたの妻でいることに疲れました」
「お、おまえ……」
 なんちゅう展開だよ。
「Question! How many people in this room? 」
 英検の問題じゃねえんだよ! 例文としてありえんだろ。そもそも日本語だったし!



「というわけでキスをしなさい」
 何が、というわけでだ! 茶番劇やっただけじゃねえか。
「キスをしないままではこの先の将来、社会の荒波に飲まれてしまいます」
 全く関係ないと思うんだが。
「そこで先生から課題を出したいと思います」
 いきなり教育者ぶったよこの人。
「教育者ぶったわけじゃなくて教育者なの!」
 さいですか。どうぞ続けてください。教育者さん。
「今日は日曜日。世間一般はお休みです。まあ、あたしはこうして働いているわけですが」
 どう見れば働いてるように見えるんですか。僕にわかりやすく教えてください。聞く気は全くないけど。
「無論、塙ちゃんとシーナ氏も今日はお休みなわけです」
「そーだよー」
「そこで課題です。今日中にキスをしなさい。以上」
 課題?
「ちょっと待て」
「はい青のシーナ氏。さあ何番!」
 アタック25の回答者じゃねえんだよ!
「別にさあ。キスって強制するもんじゃないと思うんだけど」
「強制するものです」
 ああ……もうこの人に何を言っても無駄らしい。
「じゃあそういうことで! がんばってねー」
「ちょっとどこ行くんだよ」
「決まってるでしょ? 今日は日曜日だよ」
 いや、全くわからないけど。日曜日に何があるのか。
「中央競馬に決まってるだろ!」
 なんてこと言うんだ、教育者! そして別にそんなことは決まっちゃいねえ。
「しょうがないじゃない。あたし競馬で稼いだお金で生活してるんだから」
 学校で働いてる人のいうことじゃねえ!
「というわけで。アディオス。アミーゴ!」
「あ、まって。まーちゃんこれおみやげ」
 そう言って塙さんはなにやら平べったい物体を三十路に渡す。
「ん? 塙ちゃん何これ?」
「まーじゃんだよ。この前コンビニで買ったんだ!」
 結局飽きたんじゃねえかよ! どさくさにまぎれて処分したよこの人!
「ありがとう! 今日誕生日なんだよ。……誰かの」
 自分のじゃねえのかよ! 別にどうでもいいだろ!
「じゃあまたね。お二人さん」
 コンビニのマージャンセットをにぎりしめた三十路が僕の部屋から去っていた。……なんだかなあ。
「シーナくん!」
 塙さんが僕に抱きついてくる。
「キスしようね。キス今日中に! 絶対しようね! 約束だからね!」
「う……うん」
 塙さんは笑った。
 それにしても今すぐにしようって言わないあたりが塙さんのかわいいところだな。

***

「というわけでシーナくん」
 僕と塙さんは正座で向かい合っている。
「私とシーナくんは今日中にキスをするわけですが……キスをする前にすることがあります」
 そんなのあるのか?
「あるんです。それはずばりっ!」
 どうやら日曜六時からの長寿アニメの委員長キャラを真似ているらしい。これがびっくりするくらい似てない。ここまで来ると奇跡だね。
「チキチキ第一回キスってなーに? 選手権ー!」
 いぇーい! と塙さん。何? この僕との温度差は。
「と、いうわけで選手権だよ。シーナくん」
 まず何がどう選手権なのかを教えて欲しい。
「んーとね……。気分!」
 まあそんなところだと思ったよ。
「というわけで調べよう。シーナくん」
「……キスについて?」
「そうです。キスについてです。というわけで辞書を持ってきました」
「ずいぶん準備がいいんだな」
「そうでしょそうでしょ。シーナくんほめてー」
「はいはい、えらいえらい」
 僕はいつものように塙さんの頭を撫でる。
「にゃあ……」
「はいはい、えろいえろい」
「にゃあ……。いや、えろくないえろくない! なんてこと言うかな! この子は!」
「一文字違うだけなんだけどな」
「一文字違いで大問題だよ!」
 別にえろいことは悪い事じゃないのに。
「えろくないのはよくわかったからさ。辞書使えば?」  
「そういえば忘れていたのです。この辞書を使ってキスを調べようと思ったのでした」
「じゃあさっそくやってみてください」
「よし、じゃあ引いてみよう。えーとキス……キス。キス科の硬骨魚の総称で――」
 なんてわかりやすいボケかた!
「わかったからちゃんと辞書を引きなさい」
「わかったよ。ちゃんとひきゃーいいんでしょ? ひきゃー」
 何で投げやりなんだよ。自分から始めたくせに。
「『①接吻。口づけ。②ビリヤードで、一度振れた球と再びふれあうこと』」
 まあそのまんまだよなあ。②は違うとして。
「よし、シーナくん」
「辞書を引いてキスの意味がわかったかい? 塙さん」
「うん。ビリヤードをやろう! いますぐ」
 何でそうなる!
「故人いわく、ビリヤードは体にいいよ。ほととぎす、だそうだ」
 何が何だか、わからねえよ。しかもキス関係ないし。あと「だそうだ」じゃねえよ! ほととぎすに謝れほととぎすに!
「というわけでシーナくん!」
 塙さんの言おうとすることはだいたいわかる。
「あいにくだがビリヤード用品一式はコンビニには売ってないぜ?」
「今回はそうじゃありません。この家にあるもので代用します」
 ほうそれはとてもお財布にやさしいですね。けど元一人暮らしの男のアパートにそんなもんがあるとは思えないのだが。
「じゃんじゃじゃーん。これがビリヤードで使う棒代わりです」
 塙さんが手に持って得るのが――。
「それ麺棒だよ?」
「そうともいいますが、今日はビリヤードの棒なんです」
 キューとか言うんじゃなかったかな、あの棒。それにしちゃあ短くないか?
「いいんです。そんなものは若さでカバーしなさい」
 できねえよ。便利だな『若さ』。
「んで、ビリヤードの玉は?」
「まああわてなさんな。シーナくん。焦る気持ちはわからんでもないが」
 いや別に焦ってないって。
「そこで登場しますのはこちらです。どうぞー」
 そして玉がわりに塙さんが手に持っているのが――。
「それタマネギじゃん」
 どうみても僕がスーパーで買ってきたタマネギだ。そのタマネギを塙さんはにこにこ笑いながら抱えている。
「これをボールがわりに――」
「却下」
「なんだよー。代わりにするったらするんだよー」
「食べ物を粗末にしちゃいけません」
「してねーよー。ただビリヤードの玉に使うだけだよ」
「それがダメなの! 早く冷蔵庫に戻してきなさい」
 塙さんは「はーい」と言ってしぶしぶ台所の方に向かった。


 
「えーと。シーナくんのせいでビリヤード大作戦が失敗に終わったわけですが」
 別に僕のせいじゃないし、作戦だったのも初耳だぞ?
「シーナくん、大変です。キスをするタイムリミットまであと十一時間を切りました」
 カウントダウン始めたよ。この人。
「別に三十路の言うとおりに今日中にしなくったっていいんじゃ?」
「するの! 今日なの! 課題は絶対なの! 嘘ついたらハリセンボンになっちゃうの!」 そんな呪いは初耳だ。
「私達のすべきことはひとつ!」
 ぎゅるるるるるるる。僕に聞こえるぐらいの大きな音を立てて塙さんのお腹が鳴る。
「……シーナくん。お昼ご飯にしない?」
 まあ確かに僕らのすべき事ではあるな。

***

「さてシーナくん! お昼ご飯も食べました! さあレッツ! キスミー!」
 英語としてあってるのか? それ。
「ていうかさ。今日は塙さん発案のゲーム大会じゃなかったっけ?」
「あ、そういえば」
 僕のテレビの前にはテレビゲームがスタンばっている。
「とりあえずゲームやろうかシーナくん」
「キスは?」
「……まずはゲーム」
 塙さんの意志の弱さには本当に感心するなあ。

***

 四時間後。
「ちくしょー! なんで勝てないんだー」
 塙さんはそう言うとゲームのコントローラーを放り投げる。
「だって野球のルール知らないのに無理矢理野球ゲームしてるんだから」
 さすがに無理があるよなあ。
「わかった。勝てないのはダルビッシュがホームラン打たないからだ」
「ダルビッシュは投手なんだからホームラン打たなくていいの!」
 まあもちろん打ってもいいんだけど。
「むううう。中田ヒデを起用!」
 いねえよ。
「そうか。もう引退したもんね」
 引退とかの問題じゃなくてスポーツそのものが違うんだよ! 中田ヒデはサッカーだ。
「じゃあ中田コージの方でいいや」
 コージの方もサッカーだ。なんで名前知ってるのにスポーツ自体を知らない!
「じゃあジーコ呼んでこい!」
 それは監督だ! しかも呼んでこいってどういうことだ。
「じゃあセンターバックを松井に!」
「わかったわかった。もうゲーム大会は塙さんの勝ち! お疲れ様でした」
「え、私? ……私なんですか? やったあ!」
 なんでそんなにわざとらしいんだか、今の僕のは理解できない。
「あ、シーナくん。大変だ!」
「どないした?」
「キスのタイムリミットまであと七時間だよ?」
 本当にカウントダウンしてたのね。
「さあ、シーナくんキスしよーよ。バイザウェイ! ワンス、アポン、ア、タイム!」
 最後の英語は言ってみたかっただけだろうな。まったく意味が通ってないし。
「ちょっと待て! 夕飯の準備が先だと僕は思う」
「ふ……ん。シーナくんあたしとキスしたくないんだ」
「そんなことは……ないけど! いいの! 僕は夕食の準備をするんだ! この世界の馬鹿野郎!」
「あ、シーナくんが世界のせいにしたー」
「そうさ! 悪いのは世界だ!」
 そう言い放ち台所へと向かった。



実は僕はさっきから塙さんとのキスをためらっていた。理由は単純。キスと言われても何をしていいのかわからないのだ。僕も彼女同様キスをしたことがない。
 どういうときに、どんなシチュエーションで、どういう風にすればいいのかが皆目見当がつかないのだ。
「シーナくん。じゃあ夕食は何なの?」
「カレーかシチュー」
「それお昼と一緒じゃない?」
「あ……」
 しまった。そんなことを考えながら料理してたら昼食と全く同じことをしてしまっていた。
「すいません。どうやらカレーになってしまいそうです」
「いいよー。シーナくんの作るカレー美味しいから」
 屈託のない笑顔で塙さんが笑う。僕はこの唇にキスをするのか。
 ……いや、今は料理に集中だ。うん。集中。集中。
「シーナくん焦げてるよ?」
 本当に集中しろー僕ー!

***

「さて夕食のカレーも食べ終わりました! キスのタイムリミットまであと五時間を切りました!」
 デザートを食べながらカウントダウンを始める塙さん。
 僕は結局カレーを作ってる時も食べてる時もずっとキスのことを考えていた。どういう風に切り出せばいいんだろう。どういう感じでキスをすればいいんだろう。
 そしてそのあとどういう話をすればいいんだろう。
 時間が経てば経つほど緊張が増してくる。
 僕も塙さんとキスはしたい。それはもちろん塙さんのことが好きだからだ。しかし……。なかなか一歩が踏み出せない。キスをするのが怖くて仕方がないのだ。
 しかしいつまでもこうやって踏みとどまってる訳にはいかない。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ! 戦わなきゃ! 現実と! よし! 今しかない。 今行かなきゃいつ行くんだ! こういうのは勢いしかない!
「あ、塙さん!」
「すぅ。すぅ――――」
「へ?」
 僕がキスをしようとした相手は既に寝息を立てていた。
「な、なんだよー」
 僕は文句を言うが熟睡中の塙さんの耳には届かない。それにしてもよく寝るよなあ。塙さんも。まあ元々人と付き合うことができなかったのに今僕とこうして過ごしているのだ。疲れがたまって当然かもしれない。まったく人がキスしようと思ったらこれだもんなあ。寝てたらキスできないじゃ――。
 ん? いや。待てよ? これは逆にチャンスなんじゃないだろうか。
 寝ている塙さんにキスをすれば今まで考えてたシチュエーションも気にしなくていい。そしてそのあとに何を話せばいいかなんて気にする必要もない。
 よし……。そうと決まればさっそくミッション開始である。僕は顔を塙さんに近づける。
「すぅ――――」
 塙さんの寝顔をまじまじと見たのはこれが初めてかもしれない。
 この顔に……この唇に……。今から僕はキスをするわけである。おもわず心臓が高鳴ってしまう。



 僕は唇を重ねていた。夢中だった。そして必死だった。
「!」
 僕はびっくりして重ねていた唇を離した。塙さんの目がゆっくりと開いたからだ。
「……お、起きてたの?」
「起きてたよ?」
「もしかして寝たふり?」
「もしかしなくても寝たふり」
 僕の顔が真っ赤になっていくのがわかった。一部始終を塙さんは見てたわけだ。
「シーナくん。ありがと」
 塙さんは手を伸ばして僕を引き寄せると自分から再び唇を重ねた。彼女の口からは吐息のように声が漏れる。いつのまにか僕は塙さんの体を強く抱きしめていた。

***

「しちゃったね。シーナくん」
「しちゃいましたね」
 僕と塙さんはお互い向き合っている。本当に何を話していいかわからない。
「どんな味がした?」
 塙さんがそう聞いてきた。
「覚えてない」
 嘘じゃなかった。あまりに必死で覚えていないのだ。ただわかるのが僕と塙さんがキスをしたということだけだ。
「そうか。私はねー。やっぱりシーナくんの味がしたー」
「……そう。よかった」
 カレー味とかだったらどうしようかと思った。ていうかキスをする前にカレー食べるとか……。そのときはキスのことで頭が一杯でそこまで考えることができなかったのだ。
「よかったねシーナくん。またキスしようね」
 塙さんは笑った。
「また……か。そうだなまたいつか――」
 僕がそう言いきる前に塙さんの唇が僕の唇に重なっていた。僕は塙さんを抱き寄せる。
 二回目のキスは一回目よりも長く、三回目のキスは二回目のキスより長かった。そして僕は唇を離す。
「どんな味がしましたか!」
 塙さんは再び聞いてきた。今度は僕も余裕があったので彼女とのキスの味を感じることができた。それはカレーの味ではない。かといって塙さんの味ではない。
 僕の二度目のキスはデザートのバニラアイスの味がした。
 けどそんなこと塙さんに言えるはずがなかった。
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