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シーナくんのつくりかた! 作者:すみやき(明日から休講です。)
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第四話 楽しい携帯の使いかた

 第四話 楽しい携帯の使いかた



「まっかなーおはなのーとなかいさんはー」
 塙さんは季節はずれの鼻歌を歌う。今はまだ五月だというのに。
「そうだよ。シーナくん時代はトナカイ!」
 また意味不明なことを。
「というわけで私は今日はトナカイになります」
「はいはい。頑張ってなってください。夢はきっと叶うよ」
「うーん。がんばるー。シーナくんも頑張ってね」
 僕はどう頑張ればいいかわからない。とりあえず強く生きていこうと思う。
「とりあえず私は角が必要だと思います」
「角?」
「うん。トナカイには角がつきものです」
『つきもの』の意味が少し違うと思うんだが。
「というわけでシーナくんなんか角になるようなものちょうだい」
「そんなもん男のアパートにあるか!」
「あるよー。探せばきっと」
「じゃあ探してください」
「シーナくんが探すの! ここはシーナくんの家!」
「塙さんは居候なんだからちょっとは動いて!」
「いーんだよーだ。あっっかんべー」
 ちなみにあっかんべーをする彼女の年は僕より一つ上である。とてもあっかんべーをする年齢ではないのだが、塙さんのあっかんべーは可愛いので許すことにする。
 僕のアパートでの初デートを期に彼女はちょくちょくこのアパートに遊びに来るようになった。最近はその頻度も増え、ついにはこの部屋に居着いてしまったのだ。つまり居候と化してしまったのである。
「じゃあとりあえずこれでも角にしてなさい」
「わー。ありがとうシーナくん……だけどこれなんだかニンジンみたい」
 これ、ニンジンですから。
「このシーナくんにもらったニンジンを二本頭の上にのっければ……妖怪ニンジンおばけだー」
 トナカイどこいった?
「うらめしやー。お菓子くれないとイタズラしちゃうぞー」
 なんか混ざってないか?
「というわけでお菓子」
 本当にトナカイはどうでもよくなったのか? 初志貫徹って今度国語辞典でひいてごらん?
「じゃあ塙さん。なんか買ってくればいいじゃない。戻ってくる頃にはご飯できてると思うよ」
「私が昼間に買い物いけないのを知ってて言ってるのかあー」
「うん。知ってて言ってる」
 世界中の誰よりもきっと知ってる自信がある。
「シーナくんの人でなしー。シーナくんのヒトデー」
 まあ確かにヒトデは人ではないが。それに僕はヒトデほど再生能力は高くない。っていうか再生能力そのものがない。
「わーん。お菓子食べたいよー。お菓子」
「じゃあちょっと待ってください」
 僕はお昼ご飯作りを一時中断。そして塙さんの要望に答えるべく始めたのは――。
「三分お菓子クッキングー」
「おー。なんかシーナくんがよくわからないこと始めたー。ふざけてやがんなあ!」
「……お菓子食べたくないの」
「食べたい、食べたい! わー、シーナくんかっこいいー。石原ゆうじろうみたーい」
 例えが古いなまた。
「まあいいや。とりあえず、今日僕が使う材料はこれでーす」
「サクマドロップ!」
 塙さんの右手にはいつの間にかサクマドロップが。っていうかそれ僕が食べようと思って戸棚に置いておいたんですけど。
「じゃあそれ食べてればいいじゃん。お菓子だし」
「じゃあ食べてるー。ちくしょうー。またハッカかー」
「まあそれはおいといて、今日使う材料はこのパンの耳です」
「ほうほう。あーハッカの味がするー」
「はい、ドロップ食べてる人は放っておいてさっそく始めましょう」
「そうだ! ほっとけほっとけ」
 塙さんのことだよ!
「じゃあまずは中華鍋に油を注ぎます」
「好みに応じて水を入れてもいいかもしれません」
 入れないでください。
「次にコンロに火をつけます」
「場合によっては付けなくてもいいかもしれません」
 付けてください。
「じゃあ、パンの耳を揚げていきまーす」
「今までの辛い過去を振り返りながら揚げていきます」
 平常心で揚げてください。
「揚がったらキッチンシートを敷いたお皿に盛り付けます」
「目が……目があああああああああ」
 眼科へ行きましょう。
「最後に砂糖を振りかけてできあがりです」
「で、これをいったん捨てます!」
 捨てるな!
「というわけで塙さん! できたよ。『パンの耳揚げたやつ』」
 よく見る料理だけどこれの正式な名前を知らない。
「なんかサクマドロップ食べてたらどうでもよくなった」
「じゃあ僕の苦労はー! いいもん。僕一人で食べるもん。いただきます!」
「あーシーナくん。すねたー。かわいいー。写メ撮ろうー」
 あれ? 塙さん携帯持ってたっけ。そう言えば彼女の電話番号もアドレスも知らない。
「あ、持ってねえ!」
 気づくのおせえ!
「シーナくん。私携帯欲しい」
「そうだね。欲しいね。あーパンの耳うめえ」
「ちょっとそこのパン耳おじさんは私の話を聞きなさい」
 なんかアニメの登場人物みたいになってきたぞ。誰だよ『パン耳おじさん』。日頃どうやって暮らしてるんだよ。
「そう、わしはパン耳おじさんじゃけん。え、何? パン耳欲しいとな?」
 キャラ設定はやりながら徐々に決めていく方針で行こうと思う。
「いらないから私の話を聞いてください。パン耳おじさん。私携帯電話が欲しい」
「ニイハオ」
「いや、意味がわからないよ。パン耳おじさん」
「じゃあ買ってくればいいじゃない」
「いや……あの」
「今ゼロ円携帯とかあるからお金なくても買えるよ? なんなら僕お金貸すし」
「いや、そうじゃなっくて」
「よしじゃあ行こう! 携帯ショップへ!」
「いやあうううう。今、たぶん人がいっぱいいる……」
 軽く涙ぐんでる塙さん。この顔を見てるとちょっといじわるしたくなってきた。
「んで?」
「んでじゃねーよ! 行けねーんだよ外にはあ……」
 知ってます。それでよくもまあ携帯欲しいとかいい出すねこの子は。
「だから……だからあ」
「ごめんごめん。塙さん」
「シーナくん。いじわる」
 塙さんはぽかぽかと僕の肩を叩く。ごめんごめんと僕は塙さんをなだめた。
「そうです。僕はいじわるパン耳おじさんだったんです」
「ばかばかいじわるおじさん」
「そうばかばかパン耳おじさんだったの。それにまだ僕達お昼ご飯食べてないよ。お腹すいたでしょ」
「……すいた。ドロップだけじゃお腹がぺこちゃんです」
「でしょ? じゃあお昼ご飯作るからちょっと待ってて」
「うん。待ってるー」
 まあ僕はパン耳揚げでお腹が一杯なんだけど……。

***

「はー。おなかぽんぽこりんです」
 大盛りチャーハンを二杯も食べればそりゃあぽんぽこりんだろうなあ。
 塙さんは小さな体の割にはご飯をよく食べる。下手したら僕よりも多く食べてるんじゃないだろうか。やせの大食いって本当なんだなって思う。
「おそまつさまー」
「ふー満足満足」
「それで携帯電話買いに行くんだっけ?」
「えっとあと一枚でアガリとなる状態のことをテンパイといいます……か。なるほど」
 思い出したようにコンビニで買ったマージャン開けてるんじゃありません!
「あ、そうだ。シーナくんが買ってきてくれればいいんだ。それを私が使う。グッドアイディア!」
「まあそれでもいいんだけどさ。やっぱり自分で選びたいでしょ?」
「……まあね」
 けど携帯ショップに人が一杯いたら塙さんも大変そうだし。比較的人がいない時間帯というと……。
「閉店間際に行けば人もいないと思うんだけど」
「そうだといいなー」
「よし決定! 携帯を買いにいくのは暗くなって夕飯を食べてから」
「おー」 
 塙さんは拳を上に突き上げるポーズをとる。
「それまで何します。塙さん」
「とりあえず暇だねえ。シーナくん」
「どうしようか。塙さん」
「どうしようか。シーナくん」
「とりあえず暇なときに行く場所と言えば」
「あそこだねえー」



「んで、ここに来たっていうわけ?」
「いえす!」
「やっほー。まーちゃん」
 ここ最近保健室は僕らのデートスポットと化していた。冷暖房は完備されてるし、眠くなったらベッドもあるし、何よりも休みだから人がいない。
「まったく今日はお休みなのよ? あなたたち部活やってるわけでもないのに……。わざわざ何で学校なんか来てるのよ」
 その休みの日というのに三十路は保健室にいる。こう見えて仕事熱心なところもあるのかななんて思ったり。
「いや、光熱費浮くじゃん? ここにいると」
 前後撤回。まったく養護教諭の風上にも置けない人だ。
「それにしても塙ちゃんよく来たわね。頑張った頑張った」
 そう言って三十路は塙さんの頭をなでる。
「うん。そんなに外に人も歩いてなかったし。それにシーナくんが自転車の荷台に乗せてくれたから大丈夫だったんだよー」
「ほっほー。青春の一ページだね。さっさと田舎に帰りやがれ!」
 この人も相変わらず意味がわからないぞ?
「それでまーちゃんはここで何やってるの?」
「ん? ルービックキューブ」
 相当暇なんだなこの人。僕たちがくる前に人がいない学校でひとりルービックキューブをやってたのを想像すると寂しすぎて涙が出てくる。
「まさか塙ちゃん達今日ずっとここにいる気?」
「ずっとじゃないよ。ただ夕飯食べて塙さんの携帯買いに行くまで」
「それずっといることにならない?」
「ならない!」
 僕はキッパリと断言してやる。
「まあいいか。それはそうと塙ちゃん携帯買うことにしたの?」
「うん、パン耳おじさんが買ってくれるんだって」
 そんな約束はしてない。
「じゃあ、あたしにも買ってよ。パン耳おじさん」
 三十路はそう言って僕の方を見た。
「なんで僕だってわかるの?」
「いや見た目がパンの耳っぽいじゃん」
 どんな見た目だ。生まれて初めて真剣に顔の整形手術を検討しちゃったじゃないか。
「あたしは初めてシーナ氏を見たときにね、これはパンの耳の生まれ変わりに違いない、さっそく赤飯炊かなきゃって思ったものよ?」
 嘘付け。赤飯に謝れ、赤飯に! あと別にパンの耳死んでねえだろ。何だよ生まれ変わりって。
「それで何でまた携帯電話を買おうと思ったのよ」
「ん? シーナくんを写メするためだよ! シーナくんのすねた顔かわいいの」
「マジで? ちょっとシーナくんすねてみて!」
「できるか! そんなもん」
「あ、私も見たい。シーナくんー。すねてー」
「シーナ氏。ぷんぷん。ぷんぷん!」
 僕は幼稚園児か! 幼稚園児でも怒るかそんな言い方!
「はい。というわけでシーナ氏をすねさせる会を始めます」
「やんや、やんや」
 勝手に何か始まったよ? ここはスルーした方がいいのかな。
「さて、シーナ氏をすねさせるにはどうすればいいと思いますか」
「はい、はい、はーい」
 万歳をする塙さん。そんなに一生懸命手を挙げなくても他に誰もいないって……。
「はいはい……えっとねー。じゃあシーナ氏」
 塙さんを指してやれよ! 
「シーナ氏がすねるのはどうしたらいいですかシーナ氏!」
「知るか!」

***

「ところでさあ、まーちゃんはどんな携帯使ってるの?」
「ん? 私の携帯? これ」
 三十路が指さしたのは、机の上に置いてある――。
「これ電話だろ? 携帯じゃなくて」
 しかも学校が設置したであろう保健室用の電話である。『1』を押せば職員室につながるあれである。
「だってあたし家いるよりここにいる方が長いんだもん。これで十分なのよ。家でやることっていったら酒飲んで寝るくらいだし」
 絵に描いたようなダメ人間だな。こんな大人にならないように気をつけよう。本当に。
「そもそも健康を指導する保健の先生がそんなだらだらした生活でいいのかよ」
「どこの誰がだらだらした生活してるっていうの!」
 あんただよ。あんた! カップラーメン食べながらネットゲームしてるあんただよ! つーか学校でネットゲームするな!
「いーじゃん。誰も見てないんだし」
 生徒が見てるんですけど。二名ほど……。
「誰にもしゃべんなよ。ばれたらいやだから」
「いや、すでにばれてると思うぞ」
 この状態が他の先生にばれてないはずがない。
「いや、あたし内弁慶だから」
 言ってることの意味がわからないが、要は他の先生の前ではちゃんとしてるっていいたいらしい。
「あ、この際まーちゃんも携帯買ったら? 一緒にシーナくんのすねた顔写メで撮ろうよ」
「携帯自身には興味ないけどシーナ氏のすねた顔の写メには興味あるな。きっとシーナ氏のホルモンがたっぷりで」
 それを言うならフェロモンな? シーナ氏のホルモンって考えてみたらグロいぞ?
「うーホルモン、ホルモンいってたらモツ鍋食いたくなったー。な! シーナ氏!」
 ならねえよ。普通。そこで僕に同意を求めるな。
「携帯ショップ行くのは夕飯食べていってからだよね。塙ちゃん」
「はーい。そうでーす」
 塙さんが両手を挙げて答える。なんでこうも三十路と波長が合うかな塙さんは。付き合いが長いからか?
「よし決定!」
「何が決定なんだ?」
「今日の夕飯はもつ鍋! ここで!」
 ここでということは……。
「まさか保健室で?」
「他にどこがあるってのよ。はいそうと決まれば準備、準備! 塙ちゃんは片づけー。そんでシーナ氏はスーパーにパシってきなさい」
「えっと僕はまだ状況が飲み込めてないんですけど」
「うっせーな。とにかくスーパー行く!」
 そう言いながら机で何か紙に書いてる三十路。生徒をパシらせる養護教諭も日本中、いや世界中さがしても三十路ぐらいしかいないだろう。
「はい! これ! ここにある材料買ってきて!」
 三十路から渡された紙には鍋に使うであろう材料がびっしり書き込まれていた。
「あの……」
「何? お金は後で渡すよ?」
「いやそうじゃなくて、この発泡酒とかチューハイとかも買ってくるの?」
「とーぜん!」
「いや、僕まだ未成年だから!」
「大丈夫! 大丈夫! シーナ氏ふけ顔だからばれないばれない」
 本当に教育者としてどうなんだこの人。さっさとクビになればいいのに!
「ほらとっとと行けー。早くしないとスーパー閉まるよ」
「まだ三時だよ。まーちゃん」
「その昔、コンビニのセブンイレブンは午前七時から午後一一時まで営業してたことからその名が付いたという」
 だから何だ。
「えーい。とやかく言うな。早く行ってこーい!」
「三十路はその間何してるんだよ」
「え、ミクシイ」
 働けよ! ともはや突っ込むのも馬鹿らしいので僕は黙って買い物に向かう。
 っていうか僕は絶対将来結婚したら奥さんに尻にしかれるタイプだな。まあいいか。スーパーのカードのポイントをもらえるなら。これだけの材料を買えばけっこうポイント付きそうだし。
 結局、僕がそのスーパーのポイントカードをアパートに忘れたのに気づいたのは、ちょうどレジカウンターで会計する時のことであった。



「いっただきまあーす」
「はいどうぞどうぞ。いっぱいあるからねー」
 僕の目の前に鍋一杯作ったモツ鍋が白い湯気を立てていた。
 それに加えてスーパーで買ったおにぎりやパン。さらにはプリンやゼリーなどのデザート類まであり、一瞬パーティと見間違うほどだ。
 ただここが保健室だというところで現実に戻されてしまうのが悲しいところ。
「んーおいひい。シーナくんも食べてみなー。美味しいよ。まーちゃんのモツ鍋」
「別にあたしのモツを使って作ったモツ鍋ということではないぞ?」
 わかってるよ、そんなこと。
「じゃあいただきます」
 僕は紙の取り皿に盛られたもつを口に含む。
「う……まっ」
「でしょう? まーちゃん料理上手なんだよ?」
 三十路が作ったモツ鍋はお世辞抜きに美味しかった。少なくとも僕が作るものより数倍旨い。
「まああたしも一応女の子だからね。料理のひとつぐらいできるわよ」
「……まーちゃん。それまったくできない私へのあてつけ?」
「そんなことないない。塙ちゃんだってすぐ料理のひとつふたつできるようになるって」
「本当?」
「保健の先生は嘘付かない」
 それが嘘だろ!
「っていうか……。こんな料理うまいのになんでカップメンばっかり食べてるんだよ?」
「そこに山があるから」
 いや答えになってない。
「じゃあそこに川があるから?」
 じゃあって何だよ。あとこっちに聞かれても困る。
「あ、ていうか。僕達のぶんのお金まだ払ってない」
「あ、いいよーお代は出世払いで」
 意外と太っ腹のようだ。
「十倍返しで勘弁しとくわ」
 鬼か!

***

「よし、お腹いっぱいになったところでそろそろ行きますか」
 あ、そうか。今日は携帯を買いに行くんだっけ。おいしいモツ鍋食べてそれで解散……って流れでも全然違和感感じないけど。
「ちょっと待って! 私まだ牛乳プリン食べてる」
「わかった、わかった」
「急いで食べちゃうね」
 頑張って牛乳プリンを食べている塙さんはなんだか可愛かった。
「そこ! 塙ちゃんに萌えようなんて一億と二千年早いんだよ!」
「……いいじゃん。可愛いんだから」
「かわいいとか人前で言っちゃいけません。本人が聞いてるんですよ。まーちゃん」
「あらいいじゃない。可愛いんだから」
「……そん……な……こと」
 塙さんが涙声になってしまった。……まさかまた塙さんの具合が。
「そんなことない……」
「あーごめんごめん」
 福田先生は塙さんをぎゅっと抱きしめる。
「ごめんごめん……塙ちゃん大丈夫、大丈夫!」
 ぽんぽんと塙さんの背中を赤ん坊にやるようにやさしく叩く。
「う……ごめん……なさ」
「うんうんわかってるわかってる。ちょっと横になろうか?」
「う……ん」
 三十路は塙さんはベッドに寝させると彼女の額に手を当てる。
「うん、熱はないみたいね」
 熱はないみたいだが、塙さんの目からは涙がこぼれている。
「し……なく……ごめ」
 僕は黙って塙さんの頭を撫でる。最近塙さんの具合が悪くなるたびにこうしてやるのだ。
 効果はあるのかどうかはわからないが彼女曰く落ち着くらしい。
 最近彼女が情緒不安定になることは少なくなったものの、やはり具合が悪くならないということはないらしい。けどまさか他に知らない人は誰もいないこの保健室で具合が悪くなるとは――。
「うん横になってれば大丈夫大丈夫」
 三十路は手慣れた手つきで塙さんの介抱をする。僕が塙さんと出会う前からこんな感じだったのだろう。やはりなんだかんだ言っても三十路は養護教諭なのだ。
「最近はこんなことないのにねえ」
 塙さんに聞こえないように小声で話す三十路。いつものようにおちゃらけた顔ではなく、しっかりと保健の先生の顔をしていた。
「前はもっとこんなことあったんですか」
「こんなもんじゃなかったね。それこそ毎時間、毎時間」
「本当に?」
「マジマジ。塙ちゃんが今の状態に落ち着いたのはそれこそシーナ氏が保健室にくるようになってからよ」
 だからシーナ氏には感謝してるの、と三十路は声を潜める。
「まあそれはたまたま僕が塙さんの亡くなった弟さんに似てるってだけで」
 これこそ塙さんに聞こえたらまずいので、僕は三十路の耳もとでささやく。
「それだけじゃないと思うよ」
 福田先生は眼鏡を外した。眼鏡を外した三十路は大人の女性といった雰囲気だった。いつもの眼鏡姿のグータラ養護教諭とは違う。
「いつもありがとう。シーナ氏!」
 三十路は僕に耳打ちした。その瞬間福田先生の息が僕の耳にかかる。
「……先生、近い」
「あら、三十路って呼ばないの。最近気に入ってるのよね。その呼び方」
「気に入らないでよ。こっちは皮肉で言ってるんだから」
「まあいいや。これからも塙ちゃんのことよろしく頼みますわ」
「言われなくても……」
「けどいいなあ。塙ちゃんにはシーナ氏がいてさ。こっちは三十路だから拾ってくれる人がいないよ」
 驚いた。三十路はそんなこといかにも興味なさそうなのに。
「ねえ、シーナ氏。年上のお姉さんには興味ないかなあ」
「い、いきなり何言い出すの」
「んー。いやよく見たらシーナ氏かわいい顔してるよね」
「よく見たらとか、いままでどんだけ適当に見てたんですか!」
 そんなことツっこんでる場合じゃないんだが。気が動転して自分の言っていることがよくわからない。
「ねえ。シーナ氏。あたしじゃだめ?」
 そういうと三十路は僕の手を握ってきた。塙さんと違って暖かい手。
「シーナ氏……」
 福田先生が僕の背中に手を回した。
「ちょっとやめて!」
 僕は叫ぶ。さすがに僕も限界だった。ここで止めなければ自分が駄目になる……。
「どうしたの。シーナ氏」
「こういうことはいけないと思います」
「シーナ氏。あたしのこと嫌いになっちゃった?」
「嫌いになったとかじゃなくて……」
「なったとかじゃなくて?」
「僕は……三十路も好きですよ。もちろん。だけど」
「だけど?」
「僕は塙さんが好きなんです」
「どうして? 塙ちゃんはあなたのことを弟にしかみてないのよ?」
「いいんです。塙さんは僕のことを弟としか見てなくてもいい。だけど僕が塙さんを好きなのはしょうがないよ。今だって一緒に暮らしてるし、僕が頭を撫でてやるとすごい安心してるし……僕の」
 自分が何を言ってるんだかよくわからない。けどあらかじめ用意してたかのようにすらすらと言葉が僕の口の中から出てきた。
「ふーん」
 福田先生は眼鏡をかけ直す。そして一枚の紙を僕に渡してきた。
「これ読んでシーナ氏」
 その紙に書かれていたのが――。
『ドッキリ大成功!』
「……は?」
「てってれー!」
 福田先生が発しているのは紛れもなくドッキリの時の音楽。テレビを見ながら何回聞いたことか。
「シーナくん!」
 ベッドで寝てたはずの塙さんが僕の胸に飛びついてくる。あまりに勢いよく彼女が抱きついてきたので一瞬倒れてしまいそうになる。
「は、何が。どうして……。え?」
「はい。みんなでー『大成功!』」
 ……いや僕もVサイン決めてる場合じゃなくて。
「だからドッキリだってば」
 まったく状況が飲み込めない。瞬きがやたら早くなっているのが自分でもわかる。
「……ってことは塙さん具合が悪くなったのは?」
「もち演技」
「シーナ氏が買い物に行ってる間に打ち合わせしたのよ。ねー。塙ちゃん」
「ねー。まーちゃん」
『ねー!』じゃねえよ!
「それにあたしがシーナ氏に欲情するわけないじゃん!」
 そもそも塙さんが横で寝てるってのにあんなことするわけないってことだ。うかつだった……。
「いやあ見物だったねー。あたしが詰め寄ったときのシーナ氏のあの顔!」
「忘れろおおおおおおおおおおお!」
 自分でどんな顔をしたかはわからないが相当おもしろかったのだろう。
「シーナくんとりあえず落ち着こう? ね?」
 これが落ち着いてられるかっての!
「けどシーナ氏。まんざらじゃなさそうだったよねー」
「嘘。嘘。嘘。ぜ――――ったいに嘘!」
「先生も好きだけどなんて言われちゃって! きゃっ。あたし恥ずかしい」
 僕の方が恥ずかしいわ! 



「ねえねえシーナくん」
「ん?」
 ピロピロピロリーン。保健室に写メのシャッター音が響く。
「えへっ! シーナくんだシーナくんだ」
 塙さんは携帯を買ってそうそう写メをとりまくっている。
「シーナ氏、シーナ氏」
「は?」
 ピロピロピロリーン。
「はは、シーナ氏撮っちゃったシーナ氏」
 三十路も携帯を買ってそうそう写メを撮りまくっている。二人とも同じ機種を買ったらしい。塙さんは黄色で三十路は水色のものだ。
「ん? なーにシーナ氏まだあのこと怒ってるの? だから悪かったって言ってるじゃない! 機嫌直しなよシーナ氏」
「そうだよー。ごめんよー。シーナくん」
 ごめんねで済むなら警察はいらないっての! こっちは本気でびっくりしたんだぞ!
「だからごめんっていっとろうが! 男なんだからそんなぐちぐち言わない!」
「そうだそうだ。シーナくんは男の子だ!」
 これは立派な男女差別じゃなかろうか。もしかしたらこの二人と次に会うのは法廷かもしれない。
「っていうかシーナ氏が迫ってきたらどうしようと思って」
「それはない!」
 本当のことを言うと正直危なかったけど。
「けど私信じてたよ。シーナくん」
「それはどうも」
「まあいいや。じゃあシーナ氏」
「うい?」
「おめでとう」
 そう言って両手で僕の手をがっちりと握る。
「へ?」
「塙ちゃんとシーナ氏にベストカップルの称号を与えます」
「「へ?」」
 僕と塙さんは二人して目をまん丸にする。塙さんも状況をよく飲み込めていないらしい。
「いやあいい恋人同士だね。うん」
 おめでとー。わー。と三十路。
「あれ、何二人してきょとんとしちゃって」
「いや……あの」「恋人って……」
 僕と塙さんはお互いに口を開けて呆然とする。傍から見ればなんておまぬけな二人だろう。
「え、あれ?」
 こんどは三十路が目をまん丸くしている。
「二人って付き合ってるんじゃ?」
「え?」
 僕と塙さんはお互いに目を見合わせる。
「私とシーナくんが」「付き合ってる?」
「まさかそこまで一緒にいて、そんで一緒に暮らして……それでも付き合ってないって?」
「いや……」
 正直意識したことがなかった。
「僕は塙さんが僕のことを弟として見てないと思って」
 そういうと、塙さんは急に静かになってしまった。
「……まーちゃん。やっぱりシーナくんに話してたんだね。まーちゃんも言ってもんね。『塙ちゃんはあなたのことを弟にしかみてないのよ?』って」
「うん。言っちゃった」
 てへっと言って舌を出す三十路。
「うん、僕も聞いちゃったんだ。塙さんの家族のこと」
「……」
「僕が塙さんの弟さんに似てるって」
「うん」
 塙さんはゆっくり頷いた。
「こうじにそっくりなんだ。こうじってのは私の弟の名前ね。死んじゃったけど」
 今の僕にはただただ頷くことしかできなかった。
「初めてシーナくんが保健室に来たとき本当にこうじが来たのかと思ったの。こうじは本当は死んでなんかなくて……。私の前に現れてくれたんだって」
 塙さんは笑っていた。
「変だよね。お葬式も終わって、こうじやお母さんやお父さんが焼かれた骨まで見たのに……。私、心のどこかでずっと信じてたんだ。みんなは本当は死んでなんかないって。私から見えないどこかで暮らしてるんだって」
 三十路も黙って塙さんの話を聞いていた。
「それでやっとこうじが私のもとに来てくれたーと思って……」
 それで僕と接してくれていたのか。人と接することが極端に苦手な塙さんが――。
「シーナくんと話してるとね。こうじと話してるようで本当に嬉しかったの。まーちゃんの言った通り私はシーナくんを弟のかわりとして見てたのかもしれない。ごめんねシーナくん」
「うん……」
 それはずっとわかってたことだった。別にこれは塙さんが悪いことなんかじゃないし。誰も彼女を責めることはできない。
「だけどね。シーナくんが私の家に来てくれたり、私がシーナくんのアパートに遊びにいってるうちにね。弟のことを忘れてる私がいたんだ……。純粋にシーナくんっていう男の子と楽しい時間を過ごしてるの。私」
 そういうと塙さんは僕の目を見る。塙さんの瞳は潤んではいたものの、泣く気配は見せなかった。
「私がね。今もこうやってシーナくんと一緒にいる理由はね……」
 塙さんの声が小さくなる。
「一緒にいる理由は……」
「一緒にいる理由は?」
 僕は尋ねる。
「え、その……」
 塙さんは急にもじもじし始めた。
「き、決まってるじゃない。一緒にいたいの! シーナくんとずっと!」
 塙さんの頬は真っ赤になる。
「あ……いや……その」
 なんだか僕の顔も熱い。
「……ありがとう」
 そう言うのがやっとだった。塙さんは「好き」と言う言葉は使わなかった。それは好きな人がいなくなってしまうから。
 しかし僕に「一緒にいたい」って言ってくれた。これは僕にとって最高に嬉しい言葉だった。「好き」という言葉よりもずっと。

***

「そうだシーナくん」
 塙さんがこっちを見る。
「シーナくん私の携帯番号入れて」
「あ、あたしもー」
「えっと……私からシーナくんに電話かければいいのかな?」
「いや、赤外線機能がついてるからそれ使った方が早い」
「どうやるの」
「貸してみ」
 僕は彼女の携帯を使って赤外線設定を呼び出す。
「じゃあ僕はこれを受信すればいいから」
 僕は塙さんの携帯と自分の携帯を近づける。そして塙さんの携帯から赤外線発信。
「これで無事に携帯番号が……ほら来た」
 僕の携帯に塙さんの携帯番号が登録される。
「ほら、登録されたよ」
「あ、ほんとだー」
 塙さんは嬉しそうにわらった。僕は名前の欄に『塙さん』と入力。
「シーナ氏! あたしも」
「はいはい」
 僕はさっきと同じ要領で福田先生の携帯番号も受信した。登録名はもちろん『みそじ』。
cont_access.php?citi_cont_id=108022677&s
+注意+
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