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短編

とある昼下がり、指を絡め合う少女の話

作者:彩芭つづり
 美しい指先が、美しい旋律を奏でる。
 昼休み。たった二人きりの音楽室に流れるのは、モーリス・ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』。
 白魚のようなその指が、真白い鍵盤を撫でるように叩く。ぽろん、と優しい音がした。
 ほう、と息をつく。
「……素敵。ずっと聴いていたいくらい」
「ふふ。ありがとう、ゆな」
 薄いくちびるに上品な笑みを浮かべる月子ちゃんは、大人の女のひとみたいに見えた。
 月子ちゃんはわたしのいちばんの親友だ。高校の入学式で全校生徒や先生、保護者の方々という多くの人の前に立ち、臆することなく堂々とピアノを演奏しきった。その姿がとても格好よく見えて、わたしはそれに強く惹かれた。入学式を終えたあと、一人校門を出ようとしていた彼女に勇気を振り絞って声をかけたことは今でもはっきり憶えている。
 月子ちゃんは幼い頃からずっとピアノを習っていて、たくさんのコンクールで何度も優勝しているらしい。一度家に遊びに行ったことがあるけれど、そのときにも部屋中には数えきれないほどたくさんのトロフィーや賞状が溢れんばかりに飾ってあった。
 確かに、彼女の奏でる音は誰をも虜にさせる魔法みたいな力があると思う。わたしもこの優しいピアノの音がなにより大好きで、毎日昼休み、必ず音楽室に来てはこうして演奏をせがむのだ。
「月子ちゃんって、宝物に触れるみたいに鍵盤を叩くよね」
 彼女はゆるりと首をかたむける。
「そうかしら。自分では意識したことがなかったけれど」
「そうだよ。ピアノが本当に好きなんだなって思うもの」
 鍵盤を指先でなぞる月子ちゃんの手を、じっと見つめた。
「それに、月子ちゃんって、とってもきれいな指をしてる」
 白くて、細くて、美しい。同級生とは思えないたおやかさ。まるで手を撮られることをお仕事にしているひとのよう。だから体育や家庭科の授業なんて毎度毎度冷や冷やものだ。この手が傷つきでもしたら、わたしが泣いてしまいそうになる。
 そんなきれいな手を持つ月子ちゃんがする仕草は、なんでも大人っぽく見える。髪を耳にかける仕草だったり、本のページをめくる仕草だったり、サンドウィッチを口に運ぶ仕草だったり。そういったただのなんでもない振る舞いでさえも、艶やかに色っぽく魅惑的になる。子どもみたいなわたしの手とは大違いだ。うらやましい。
 それでも月子ちゃんは、自分の手をとくになんとも思っていないらしかった。こうしてわたしがどんなに褒めたとしても、いつも涼しい顔をして「こんなの、どこにでもあるただの手よ」と返してくる。そんな反応もまた、月子ちゃんらしくてわたしは好きだった。
 ピアノにそっと寄りかかりながらもう一度、ほう、と溜め息をつく。
「月子ちゃんの手は、ずっと眺めていられる」
「そう?」
「うん。なんだか、女のひとの手、って感じ」
 そう呟くわたしの顔は、きっとうっとりとしていたと思う。
 そんなわたしを見ると、月子ちゃんはくすりと笑った。
「ゆなの手もかわいいわよ」
 突然の言葉に、わたしは目を丸くする。それからふるふるとかぶりを振って、
「わたしの手は、全然だめ。ふっくらしていて子どもみたい」
「それがいいの」
 月子ちゃんがこちらにそっと真白い手を差し伸べる。わたしはこくりと息を飲んだ。ゆっくりと、彼女の手をとる。
「小さくて、すべすべしていて、まるで赤ちゃんの手に触れているみたい」
 月子ちゃんは、わたしの手に頬ずりをした。
「ずっとこうして触れていたい」
 さらさらと触れる頬の感触に、胸の奥がとくりと小さく音をたてる。わたしの指先に、月子ちゃんの柔らかいくちびるがちょこんと触れた。
「や……月子ちゃん、恥ずかしいよ……」
「だいじょうぶ。今ここには、私たちしかいないから」
 そういう問題じゃない。
 そう思ったけれど、言えなかった。月子ちゃんの肌に触れるのはとても心地いい。このままだと止められなくなる。そう思うのに、やめられない。わたしはきゅっとくちびるを噛みしめた。
 月子ちゃんがわたしの手を優しく握る。
「あら、ゆな、少し手が凝っているんじゃない? 揉みほぐしてあげましょうか」
思わず、えっ、と声をあげた。
「い、いいよ、そんな……」
「遠慮しないで。ほら」
「あっ……」
 手のひらに、ぐ、と月子ちゃんの指先が押し込まれる。きゅんとした快感が手から全身に伝わった。
「……どう? ここ、とっても気持ちいいでしょう」
 耳の奥をくすぐる、蜜のように甘いささめく声。熱い吐息を漏らしながら、わたしは体をふるりと震わせた。
 喉が鳴る。汗が滲む。いつもピアノに触れている、美しい旋律を奏でるあの指先が、わたしの手に絡んでいる。心臓がうるさいほどにどきどきと激しく音をたてていた。
 指と指のあいだの薄い膜を、くに、と押される。
「ふ、ぁ……っ、つきこちゃ……」
 自分でも驚くくらい、あまやかな声がくちびるの端から漏れる。縋るように彼女の名前を呼ぶと、月子ちゃんは口もとだけで笑った。
「かわいい声ね。……もっと揉んであげたくなっちゃう」
 少し強い力で、指を手のひらの中心に押し込まれる。今まで感じたことのないような痛みに、びくりと体が跳ね上がった。
「い、た……っ」
「あら、ごめんなさいね。これでも優しくしているつもりなのだけど」
 そう言うくせに、くちびるには意地悪な笑みが貼りついている。絶対に、痛いのをわかってやっている。月子ちゃんはわたしの痛がる姿を見るのが楽しいみたいだった。
「ほら、どう。ここをこんなふうにすると……」
「ひ、ああっ」
 びく、びく、と陸に打ち上げられた魚のように背筋が跳ねる。月子ちゃんはわたしの手をぐいと引き、互いの距離を縮めた。絡める指はそのままに、彼女は目を細めて言う。
「ああ、逃げてはだめよ。おとなしくされるがままになって、ゆな」
「で、でも……っ」
「痛いのは最初だけ。だんだん気持ちよくなるんだから」
 それから月子ちゃんは、掠れた声で囁く。
「だから、私に身を任せて」
 瞬間、凄まじい快楽が体中を駆け抜けた。
 わたしは背中を大きく仰け反らし、高い嬌声をあげる。
「あああっ!」
「……見つけた。ゆなの弱いところ」
 にい、と笑うと、月子ちゃんはわたしが感じる一点を集中的に攻めてきた。信じられないような快感に全身が打ち震える。溢れ出す感情を抑えようと自由なほうの手で口を塞ぐけれど、漏れる熱い吐息は押さえきれなかった。
 わたしは泣きじゃくるような声で彼女に懇願する。
「あ、あっ、そこ、そんなに押しちゃだめぇ……っ!」
「ふふ。かわいい、ゆな。……もっと刺激したくなるわ」
「そ、んなぁ……つきこちゃんの……いじわる……っ」
「そんなの、今に始まったことじゃないでしょう」
 なにを言っても月子ちゃんは指の動きを止めてくれない。身悶えながら、くちびるの端から零れ落ちそうになる唾液をこくりと飲み下した。
「だいじょうぶよ、ゆな。ほら……気持ちよくなってきたでしょう」
「んぅ……、ふ、ぁ……きもちい……っ。もっとぉ……」
 瞳を涙で薄く濡らし、蜜のような愉悦に浸る。爪で優しく引っかかれるのが気持ちよかった。痛いくらいの刺激も、いつのまにか快楽に変わっている。わたしの強請るような声に、月子ちゃんは淑女のように微笑んで指先で甘い刺激を与え続けてくれた。


「……さあ、だいぶ凝りもほぐれたみたいね」
 ふいに、月子ちゃんが言う。ずっと絡めていたわたしの手から、彼女の指先がするりと抜けた。
「あら、目がとろんとしているわね。眠くなってきたの?」
「……うん。月子ちゃんのマッサージ、とっても気持ちよくて……」
 目をこすりながら、ふらふらと壁に寄りかかる。カーペットの敷いてある床に座り込むと、大きなあくびをひとつした。月子ちゃんが「あらあら」と笑う。
「もうお昼休みは終わりだけれど……このまま五時間目をさぼって、二人でお昼寝しちゃいましょうか」
 同じように隣に腰をかけ、そう言う月子ちゃんの肩にそっと頭を乗せる。わたしは顎を引くようにこくりと小さくうなずくと、静かにまぶたを閉じた。
「おやすみ、ゆな」
「うん、おやすみ、月子ちゃん……」
 白い指先が、わたしの細い髪を梳く。
 ぽかぽかと温かくなった手を、月子ちゃんが優しく握った。

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