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雨あめ、フレフレ

作者:いつつつ
           

 【その日】もやっぱりつまらなかった。私、杉原瞳は小学校五年生、初夏の日射しにへきえきしながら下校している途中だった。学校からの帰りみち、青葉に透かされた日の光を見つめ、眩すぎて眼をふせた。学校から家までは少し歩く。今日はテストが終って、早く下校出来た。テストの内容は難解なうえにミスを誘うものばかりで、正答をもとめるのが難しい。いや、テストのみならず、勉強も難しくて、授業に全然ついていけない。それでも私の通う小学校はママたちにとってはいわゆるブランド校で、休むとか行きたくないと言うと、決まっていい顔されなかった。
「別にいじめられている訳じゃないんでしょう」
 そうママは言うけれど、私はいつも首を振ってしまうけど、本当はちょっとだけ、ある。 
いじめ、というか、話しかけてくれる人がいないのだ。よく言われるボッチ、という奴だと思う。私はどうも、女の子たちがつくる派閥とか、グループの輪から外されてしまったらしい。もう五月なのに、クラスの誰とも一緒にお弁当が食べられなくて、担任の先生にも心配されてしまった。
 お友達って、いったいどうやって作るのかしら。お友達が出来たら、もっと学校生活が楽しめるだろうか。いつも笑いあい、悲しい時は泣きながら、友情を深めていけるんだろうか。ずっとお友達のいない私には、よくわからなかった。

 そうして私は、その日も帰り道を下を見ながらとぼとぼ帰っていた。私以外の下校班の子たちは、みんなで一緒に帰っていっちゃったから、私はひとり。頭の中では、悲しい会議が行われていた。ずばり、
【明日の運動会が休みにならないか】
ということを議題にあげていた。
 頭の中の小人たちがやんややんや騒ぎ出す。このままでは一人ぼっちの運動会、それを応援に来たママに見られてしまうよ。
それをなだめながら、
(明日雨が降るといいのに)
そう強く思った。だけれど明日の天気予報も晴れなのは知っていた。
 帰ってもどうせ宿題やって明日に備えなさい、そう言われるのが分かっていたから、私はわざと遠回りして帰ることにした。
 こんな寂しい帰り道、私はその洋館の前で足をとめた。それはちょっと奥まったところ、裏道にあった。木造みたいだけれど、日に焼けたのか外観が黒くて、住んでいる人は嫌にならないのかしら、そんなことを考えるほどだった。ふつうだったら通り過ぎるけれど、その洋館に看板が出ていて、なんだか通りすがることが出来なかった。【雨屋 ご自由に】、と書いてあった。お店屋さんなんだあ、と思いながら、私は足を踏み入れていた。
「こ、こんにちはー」
 ドキドキしながら、私はおかっぱの黒髪を揺らして、雨屋の中に入った。中は天井が高くて、床は白黒の市松模様で、思っていたよりずっと洒落ていた。
「あ、あのー」
 昼下がりの日の光射し込むその洋館に、私は一人で入って、さっそく手持無沙汰になってしまった。誰もいないのかしら。出た方がいいのかな。そう悩む間に、
「……いらっしゃい」
と小さな綺麗な声が聞こえた。振り返ると背の高い、腰までの黒髪を風に吹き遊ばれる、黒いワンピース姿の女の人が立っていた。長い前髪の隙から見えるその顔は女優さんみたいに綺麗で整えられて、思わず驚くほどだったけれど、私は先に暗い瞳が気になって、あんまり直視できなかった。
「こんにちは」
 私が挨拶すると、その雨屋の女主人は、次にはこんなことを口にした。
「あなた、少しお茶する時間、ある? 」

 私は黒いカーテンの折りたたまれた、日の陰るカフェのような場所に招かれた。そこには白いテーブルが何個も置かれて、それに足の長い赤い椅子が合わせてつけられて、私は一番眺めのいい場所に座らせてもらった。そこからは遠く街並みと、海が見られた。
「今日は白波が立っているわね」
「ここから見られるんですか?」
 女主人の話に私も目をこらすけれど、全然ここからじゃ白波なんて見られない。もしかしてこの人、人間じゃないんじゃないだろうか。なんだか人間にしては、綺麗すぎて、実在しているように思われないもの。見えぬものが、見える存在なのかも。
「あたりよ」
 私はびくりと身を震わせた。あれ。私今、何も言ってない……。
「褒めてくれてありがとう。だけれどあなたもとってもキュートよ」
 心の中を、読まれた? この人、やっぱり人間じゃないんだ! 女主人がにっこりと笑った。
「実はね、私は雨女なの。名前はミエル」
「あめ、おんな?」 
 私が疑問に思い繰り返すと、そう、と雨女ミエルさんが顎をひいた。
「私は雨を降らすことが出来るのよ。それで私、雨飴を売っているの。雨女の作る飴よ。舐めると、不思議なことが起きるの」
「何が起こるんですか?」
「ふふ、舐めてみる?」
 私はちょうどミエルさんの出したキャラメルの溶けたホットミルクを飲み干したところだったから、その、七色の、角の柔らかな飴をすぐ口に運ぶことが出来た。美味しい。ホットミルクも美味しかったけれど、この飴もキャラメル味で、美味しい。すると、舐めてすぐ。
「わあ」
 外は晴れ渡っていたのに、どこからか黒雲が押し寄せて、瞬く間にどしゃぶりになった。
「もしかして、これが雨女さんの力?」
「ミエルでいいわ」
 ミエルが本当に美しく笑った。
「この飴、なかなか使えるでしょう。あなたが、雨が降らないとピンチになる時に舐めたらいいわ。必ず降るから。誰にもあげないつもりだったけれど、あなたには特別にあげる」
「あ、ありがとうございます。でも、いいの?ミエル」
 私が戸惑いながら訊くと、ミエルが今度は寂しそうに微笑んだ。
「本当はあげたい人が、ない訳じゃなかったんだけれど、もういなくなってしまったわ。だから、いいの」

 ミエルの力は本物だった。洋館から帰って、ママにがみがみ言われながらベッドに入って、眠って、次の日。開催か決まる六時前に、私は飴を何粒も舐めた。すると、スコールみたいに雨がざあざあ降って、運動会はみごとに中止になった。嬉しくて、連絡網で言い渡された宿題も苦にならなかった。

「ミエル、ありがとう。おかげさまで助かったよ」
 午後からは雨も途切れたから、私はまたあの洋館に行って、ミエルのカフェでお茶をした。変わらぬ黒いワンピースのミエルもこころなしか嬉しそうだった。私が作った飴が役に立って嬉しいわ、と言った。私はまたお礼を述べた。
「ねえミエル」
「ん?」
「ミエルが本当に飴をあげたかった人って、お友達?」
 私の問いかけに、ミエルが軽く眼をつむる。
「そうよ、お友達だったの。たった一人の」
「だった、って……」
「私から離れたの」
 どうして。私がミエルに寂し気な視線を送る。ミエルが困ったように笑う。
「私が雨ばかり降らせて、仲間うちでも煙たがられていたから。その子は晴れ女で、いつもその子が来ると、私の雨はやんで虹が出たの。私たち、本当に仲良しだった。だけれどもう、雨はやまない」
 そうミエルが言うのを、私は悲し気に聞いた。ミエルのこと、その晴れ女さんも好きだったんだろうな。だけれどミエルが、みんなから嫌われていたのを自分で知って、それで自然に離れたから、どうしていいか分からないのだろうな。そう思った。

 なんだか気分が滅入って、通常授業が始まっても私は、毎日ミエルの飴ばかり舐めていた。その日も、ひとりぼっちの教室のお昼休み、一人で飴を舐めていた。外は真っ暗になるほど激しい雨が降っている。わ、雷まで降ってきた。
「雨、すごいね」
 私が思わず顔をもたげる。そこにはクラスメートのうちでも一番優しいって評判の、ももこちゃんが立っていた。クラス委員でもあって、少し豊かな頬が緩んで、見るからに優しそうな女の子だった。
「あのね」
「うん」
「最近雨ばっかりだから今、みんなでてるてる坊主作ろうかって話なの。よかったら、一緒に作らない?」
 私は驚いて、しばらく口を開け放していた気がする。嘘、本当に? 冗談じゃなくて? 
 私に話しかけてくれたの? 
 私は思わずにっこりして、うん、と言った。
ミエルの力はすごい。本当に、この飴は【雨が降らないとピンチになる時の】飴だったんだわ。私はみんなの輪に入って、楽しくお話しながら、てるてる坊主作りに夢中になった。

「それでね、ももこちゃんは近くで花畑を見つけたらしくって、晴れたらみんなで行こうねって約束したの」
「それはよかったわね」
 放課後、夏の夕日射し込むミエルのカフェで、私が嬉しそうに報告すると、ミエルも一緒になって喜んでくれた。
「もうじき作り置きの飴もなくなりそうだったの。もう、でも飴なんてなくて大丈夫ね」ミエルがそういうのに、私はふいに寂しくなって、尋ねた。
「ごめんなさいミエル……その飴、本当はあげたい人がいたのに」
「気にしなくていいのよ」
 ミエルが優しい笑みを浮かべる。余計に私は切なくなって。
「ミエル、私になにか出来ることはない? 私、あなたに恩返ししたいの」
と告げた。ミエルが首を振る。
「いいのよ。たまにこうしてお茶しに来てくれたら、それだけで嬉しいわ」

 ――次の日に、事件が起こった。
この日はクラスの調理実習だった。私はももこちゃんと他のお友達と一緒に、野菜炒めとお味噌汁作りに精を出していた。先生がみんなに声をかけて、火の扱いに気をつけるように指導する。
 そんな時だった。
クラスのわるが、何かお調子者ともみ合いになった。二人とも冗談のつもりだったんだろう。相撲みたいになって、ふざけていた。先生の叱る声が飛ぶ。そこで、一人の子が加減していた火に、お調子者の手がぶつかって油をふき取る用のキッチンペーパーが太い輪のまま飛び込んだ。
「わ……」
 焦ったお調子ものが逃げようとして、あやまって火の近くの油を横に転がした。ああ、危ない! そう思った瞬間に、火は悪魔みたいに膨らんで、天井を焦がした。
 火災報知器が鳴って、みんな先生の叫びとともに調理室を飛び出した。先生たちがみんなを逃がしてから消火器を持ち出したけれど、火はやはりやまないみたいで、私は心臓がばくばくした。やがて炎は窓を飛び出して、いよいよ大きくなりそうに見えた。みんなが校舎を飛び出して、校庭に集まってくる。火の勢いは止まらない。
「どうしよう、瞳ちゃん。先生たち、大丈夫かな」
 ももこちゃんが涙ぐんで私の手を握る。そこで、私はふとあの飴のことを思い出した。
「ももこちゃん、協力してくれる?」
 うん、と言うももこちゃんに、私はあの飴を手渡した。
「これは?」
「奇跡を起こしてくれる、ふしぎな飴なの。私を信じて、舐めてみて」
 私の真剣な顔に、ももこちゃんも頷いて、飴を口に入れた。私も手を握り返しながら、飴を舐めた。すると。
 爆発音の響いた校舎に、激しい雨が降り注いだ。まるで火の勢いを食い止めるように。屋根まで届いた炎は突然の雨に打たれて、勢いを見る間になくした。その時には消防車もやってきて、見事火は消火された。
その時に、ふしぎなことが起こった。火が消えたのを見計らったかのように、雨がやんで晴れ間が出てきた。そうして七色の、本当に綺麗な虹が空をつないだ。まるで私とももこちゃんの手みたいに。
 私たちはみんなで笑いあった。

帰り道、このお礼を言おうと私はあの雨屋に寄ろうとした。入口の見える裏道に足を踏み入れる。
その時、私は確かに見たのだ。あの洋館に入る、虹色のワンピースを纏った、美しい女の人を。
(あれは、もしかして……)
 私はそれが誰だかわかったから、何も言わないで踵を返して、おうちに向かった。なんだかとっても、幸福な気分だった。
             了

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