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人の見方について
作:君塚正太


 人の見方について

 私はこの論文を今までに積み重ねてきた経験則から、理論的体系にし、それを述べたいと思う。
 私は最初に表題の意味を断っておきたいと思う。この表題の意味はそのまま人を観ることを意味し、それは始めてあった人から長年連れ添ってきた友人にまで及ぶ。この事をまず念頭においてもらい、この論文を読んでいただければ、幸いだと思う。
 さて、私はこの論文の出だしに第一印象を挙げる。この第一印象とは至極厄介なものである。それは時には幸に働き、時に不に働く。私はそのことを常々感じる。例えば、私がある人と始めて会ったとする。その時にその人はぐうたらで作法もなっていない。そして私は当然のごとくその人の印象を最悪であると覚える。しかし私がそう思いつつ、違う友人と会い、その人のことを話すと彼の見解はまったく違う場合がある。彼はその人と付き合いも長く、格好は悪いが根は良い人であると言う。私はそういう目にしばしば遭い、ひどい驚きを感じることが多かった。私はそういう時一体どのような現象が起きているのか?と、しばし悩んだ。だが結局のところこの謎解きはひどく簡単に解決する。人の良し悪しは第一印象では判断できないのである。もし判断できるとすれば、それは才覚の部分だけである。これは観相学によるが、その人の意志が強ければそれは目の力強さとなって現れ、また意気消沈していればそれは目の濁りとなって現れる。これは皺や顔全体の印象となって現れることもある。とはいってもこの観相学には強い感受性と鋭い観察眼が要求される。だからこの問題を解くにはそれなりの資質が無ければ、無理だ、という話になる。したがって私はこの問題にはあまり深入りせず、話を本筋に戻したいと思う。
 昔、私は礼儀作法の授業で先生に事あるごとに第一印象は大切であるといわれた。これは重要な会議で要人などに会うときに大切だと教えられた。しかしこれはごく限られた範囲でしか通用しない。なぜならこの猫をかぶった礼儀作法は、その人と親しくなればなるほど剥がれてくるものだからである。私とある人が親しくなり、その結果話が個人的なこと、さらには専門的なことにまで及ぶといともたやすくこの仮面は剥がれ落ちる。それは実地の経験上すぐにわかることである。
 














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