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第82話 :コア
夢を見ているような気がした。
真っ白なその場所で、私は大好きな人と何度も手を繋いで、何度も笑ってた。
そして今日は、私たった一人でその場所に立っていて、私の上に広がるのはルキアのいない空。

「ルキア?」

いつだって傍にいてくれたルキアがいない。
名前を呼んでも、心で来てと願っても、その旋律の届かないほど遠くにいるのか全く来てくれない。
どれほど遠くても、旋律が届かないときなんてなかったのに。ルキアは私の傍にいない。

「・・セルス・・」

ふと思い浮かんだのは、遠い海を渡った違う国にいるセルスの名前。
もうずっと会っていない。毎日のように顔を合わせていたのに、毎日のように声を聞いていたのに、もうずっと聞いてない。
会いたいかと聞かれれば、即答する。会いたい。

「ここ・・どこ?」

どうして私は一人なの?どうして誰もここにいないの?
会いたい人はたくさんいるのに、どうして私は一人でこんな所にいるの?
私は白い光で赤竜とそのマスターを、殺してしまった。
赤竜は眠る前に微笑んでくれた。他に方法はいくらでもあったはずなのに、私が未熟だったから、こんなことになった。
もし私がもっと強ければ、二人は笑いながら空を飛んでいられたかもしれないのに。
私は彼等から空を奪い、地を奪い、命を奪った。

「・・私・・・」

これが伝説のマスターになる道なのだろうか。

「おじいちゃん・・・」

そうだ、ここはおじいちゃんとよく来ていた場所だ。
でもおじいちゃんはとなりにいない。手も繋いでない、笑う声もない。
下を向いていた顔を、何かの音にバッと顔を上げた。

「・・おじい・・ちゃ・・?」
『コア。』

幾度も呼んでくれた声、もう何年も前に途絶えてしまった声。
記憶の中で響き続けることしか出来なかった声が、耳に届いた。

『こんな所に迷い込んだのか。』

私は迷い込んだの?ここはおじいちゃんと一緒に散歩した場所じゃないの?
聞きたいことがたくさんあった。だけど言葉は何も出なくて、ずっと口をパクパクさせているだけ。
そんな私におじいちゃんはゆっくりと近づいて、微笑んだ。
会いたかった、声を聞きたかった、抱きしめて欲しかった、傍にいて欲しかった、また、手を繋いで歩きたかった。

「・・お・・じい」
『コア。大きくなったな。』

涙なんかもうずっと溢れていた。夢でも何でも良かった。でも、これは夢じゃない。
私はおじいちゃんのいる場所に来たんだ。

「会いたかった・・・っ」

ようやく出てきた言葉におじいちゃんはそっと手を伸ばして私の頭を撫でてくれた。
しっかりとしたその腕や、焼けた肌、傷ついた手に、強い目は老人なんて者を感じさせない。
お父さんに、そっくりだ。

「会いたくてッ・・私・・っ・・」

言いたい事はたくさんある。大好きな人と別々の道を歩いたんだとか。
ルキアという白竜の綺麗なドラゴンと契約したんだとか、空を飛ぶのはとても気持ちいいよとか。
私幸せだったよって言いたかった。今も幸せだよって。
私は戦って、私は目指して、私は守りたい者を作って、人を傷つけてしまったと。
こんな私に伝説を継ぐことなんかできない。赤竜の言葉が心の中で響いてやまないの。

『大きくなったのは、中身もじゃな。』
「え・・っ?」
『お前の心の声は全部伝わってきとる。白竜のマスターになれて、よかったな。ルキアというのか?いい名じゃ。
自分で選んだ道だろう?大好きな人について行かずに自分の目指すものを選んだのはいいことじゃよ。
わしは全部見ていた。コアの傍から離れてもずっと見ていたからな。』

私は大きくなんてなってないの。まだ幼かったあの頃の私のままで、
ずっと誰かに守られて、誰かを傷つけることでしか大切な人を守ることが出来ない。

「私はッ・・・」
『わしはグレーナさんと約束したんじゃ。』
「お母さんと・・?」
『この子をきっと、自分の道を突き進んで自分が目指したものを超えられるようにすると。』
「私が・・選んだ道を?」
『その約束を果たされたとき、わしはきっと彼女の隣に眠ることになる。』

お母さんの隣の場所は、この世の楽園と呼ばれる、テパングリュス。
おじいちゃんはまだその約束を果たせていないから、この世の終わりと呼ばれるエンプティに眠っている。
私が道の途中でこの道に進んだことを後悔して、伝説のマスターになるどころか、一人前のマスターにさえなれていないから。

「もしかしたら、一生・・おじいちゃんはお母さんの隣にいけないかもしれない。」
『不安か。』

おじいちゃんは小さくそう言って私に微笑みかけていた。
不安、そう、不安。これから彼等のように何人もの人を傷つけてまで進んでいける自信がない。
誰かを傷つけなければ得られないものなら、そんなものいらない。

「大切な人を傷つける人にも、大切に思う人がいる。
私は・・私はその大切な人を守ろうとする人達を傷つけて、伝説を継ぎたいわけじゃない。」
『わしが永遠と地獄の行き場エンプティに眠ることになってもか。』
「うん。・・・寂しいなら私が行くから。私がおじいちゃんの傍に行くから、
私に人を傷つけてまで自分の欲しい物を手に入れろだなんて言わないで。」

風もないこの場所で一人でいるのが寂しいのなら、
エルクーナもいないこの場所で一人でいるのが嫌なら、私がここに来るから。
だから人を傷つけても、その人の大切な人を哀しませても、伝説のマスターになれだなんて言わないで。
そういうのなら、私は簡単に伝説なんて捨ててしまえる。

『エルクーナはいるんじゃよ?ずっとわしの傍にいるんじゃ。だから寂しくはない。
もしも今お前が、誰かを傷つけてでも伝説を継ぐと言ったなら、わしは無理だというつもりだった。
誰がこんなに育ててくれたのじゃ?わしのいなくなった世界で、お前がこんなに大きくなっていたなんて。』

そんなの一人じゃないよ。

「おじいちゃんと、ルキアと、セルスと、リラとロイと・・・クレズに、ルアーにジェラス・・・、それとお父さん。」
『・・あいつに会えたのか。』
「おじいちゃんにそっくりな眼だった。」
『運命の神は微笑みおったか。』

おじいちゃんはここで、出会えることを願ってくれていたんでしょう?
だからきっと運命の神は私とお父さんを引き合わせてくれた。
ルキアとセルス達と私を引き合わせてくれた。誰かの小さな願いをかなえるために。

『コアが目指す伝説のマスターへの道は、これからこんなことばかりじゃぞ。仲間の誰かが命を落とすときだってある。
わしはそれでもその命を背負って償うことは、目指すものになることじゃと思ってきた。
悲しいことや苦しいことばかりの世界で、お前は人に何を与えられる?』

おじいちゃんはやっぱり、私の目指す人だ。
おじちゃんはそんな事を考えながら、たくさん傷ついて、傷つけないようにして、エルクーナと空を飛んだ。
私はその背が思わせるものに、いつも惹かれていた。

「私が・・与えられるもの・・」
『お前を思うものに、お前が与えている物を、他のやつにも与える。そうすれば、悲しみだけの世界ではなくなる。
大切な人が死んで悲しみを映す瞳に、お前がしてやれることをしてやるんじゃ。
だから諦めてはならない。空を飛び続けろ。』

おじいちゃんは誰かを傷つけてしまったとき、そう思いながら進んできたんだね。
おじいちゃんも、きっと何度も悔やみ、何度も涙を流したんでしょう?
それでも進もうと思ったのは、待っている人がいるから。
それと傍には、エルクーナがいたからでしょう?

『会えてよかった。いつまでもこうしていたいと思ってしまうな。』

私もいつまでもおじいちゃんとこうしていたい。
傍にいて、笑いあって、手を繋いで・・・家に帰ろうか、と歩いていたい。
だけど、私はここにいるわけにはいかない。
ここは夢じゃなくて、きっとおじいちゃんの魂が作り出した場所。私はそこに迷い込んだだけ。
だけどここにい続ければ、きっと私の心臓は止まってしまう。そしてここから帰ることはできなくなる。

「私もだよ。だけど、ルキアが待ってる。ルキアの命を背負ってるから、私はここにい続けることはできない。」

ルキアと空を飛ぶことを選んだ。戦うことを選んだ。だから、私は留まり続けるわけには行かない。
赤竜とあのマスターが生きていたこと、私は絶対に忘れない。
それがどんな生き方でも、絶対に忘れたりしない。彼らが存在したこの世界がどれだけ変わっても、絶対に。

『あぁ、そう言うと思ったよ。ここに迷い込んでくることがもう二度とないようにな。』
「いつか必ず、お母さんの隣に眠らせてあげる。ちゃんと会いに行く、2人に。」

もう夢の終わりに近づいている。
私はそっとおじいちゃんの手に触れた。ギュッと握ると暖かい。
おじいちゃんの手は伝説のマスターの手で、私の憧れるものをもっている手。
空を飛び続け、幾度も傷つき、傷つけて、悔やんで、苦しんで、哀しんで、それでも進み続けていた手。

「おじいちゃん・・大好き。」
『わしもじゃよ、コア。』

その言葉が最後だった。
プツリと音を立てて、その世界は私の目の前から消えた。
真っ暗な世界を漂って、私は目を閉じた。すると遠くから小さく私の名を呼ぶ声がした。
ルキアでも、トレスでも、ルアーやジェラス、ブレイズでもない声が私を呼ぶ。

「――――コア――」

この声は私の大好きな人。

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