第63話 :コア
「ねぇ、ルキア。」
久しぶりに飛んだ空は、朝焼けに薄っすらとピンクに染まっている。
風は心地よく、私達を通り越して行く。
『何です?』
皆が眠っているこの朝の空を、私達だけが独り占めしているような気分になる。
広い広いこの空が、まるで私達だけの世界。
「ルキアは契約するときに、自由と真の絆を欲しがったよね。」
『はい。』
「いつもいつも思うの。私、ちゃんと与えられてる?」
『もう、進む道を見つけたんですね。』
ルキアは私の考えを見透かして、優しくそういった。
私はもう決めたけど、ルキアが私について来る義務なんかない。
その上私は彼女に命令するつもりはないし、彼女には自由を与えると約束した。
たとえルキアが嫌だと言っても、私はここを出て1人で次期王を探しに行く。
「・・・」
『ねぇ、コア。貴女にとって、私に与える自由とは何?』
「それは・・・・ルキアの意思を強制しないこと。ルキアの時間を制限しないこと。」
『それなら・・・それなら、私は私の意志で貴女の傍にいるんです。貴女が決めた道が、私の望む道ですよ。』
全てを見透かして、貴女はいつだってそういう。
その言葉に思い知るの。私がどれだけ幼く小さく、弱い生き物なのか。
「ルキアはここに残ってもいいんだよ。ルキアは向こうに戻ってもいいんだよ?
空を飛んでいても・・いいんだよ?」
これから進む道はきっと、辛く険しい道なのだから。
貴女を連れて行きたくないの。きっとその白い肌は今よりずっと傷つくから。
そんな事になるくらいなら、ルキアにはここに残って欲しい。
ルキアには向こうに戻って欲しい。こんな風に穏やかな空を飛び続けていて欲しいの。
『本気でそんな事を?』
「え?」
『ここに残って、何をするんですか。向こうに戻って、貴女の帰りを待ち続けろと?
貴女を背に乗せずこの空を飛び続けろというんですか?』
貴女は森の奥深くで、その白い肌を土まみれにするほどその地から動かずに眠っていた。
そこに私が訪れて、ルキアは眼を開いた。
「私と出会いさえしなければ、ルキアはそんなにボロボロにならずに済んだのに・・・!」
自分でも身勝手な事を言っているのは分かってる。
だけどね、新しい世界を知るほど、私はちっぽけになっていくの。
『運命の神ラスティを、コアは信じますか?』
あの時はまだ信じきる事はなかった。
だけど、お父さんと出会った時に思った。運命の神ラスティは本当にいるのだと。
「うん。」
『私とコアが出会ったのも、運命の神が出会わせたんですよ。』
「・・・」
私にとって、ルキアは特別なの。
大切で、大好きで、傷つけさせたくない。
『私は貴女の選んだ道を共に飛びたいんです。それを貴女に駄目だと強制することはできない、そうでしょう?』
「ルキア・・・」
貴女はいつだってそう言って、私について来てくれる。
あの森の奥で眠っているほうが、ルキアにとっては幸せだったはずなのに。
ただ目を閉じて、傷つくことなく、風を感じて眠っていられたのに。
『貴女についていくもいかないも私の自由ですよね。だから、私は私の意志で貴女について行く。』
「ありがとう。・・・ルキア。」
私はルキアがいなければ、何も出来ない弱い人間。
新しい世界を見るたびにちっぽけになる私に、力を貸してくれるルキア。
ルキアがいてくれるだけで、私は少しでも強くなれる気がする。
「王家の血を継ぐ者が南にいるって聞いたの。私はその人を見つけて王位につかせたい。
一刻も早く、この国に平和を取り戻したいと思う。」
私はここにただ、送り込まれただけ。
だけど私はたくさんの人と出会ったでしょう?
ルアーにジェラス、フェウスさんやこの村の人々。
その出会いにはたくさんの意味があると知った。私がここに来たのにもきっと、意味がある。
だから私は自分の出来ることを探して、ここに来た意味を見つける。
『さすが、我が主ですね。』
「主じゃなくて、パートナーだよ。私、ルキアのパートナーとして恥じないマスターになりたい。」
『今でも充分ですよ。』
今はまだちっぽけな人間でしかないの。
『ルキアがいなければ、何もできないから』ルキアを欲している。
だけどね、そうじゃなくて。
ルキアがいなくても大丈夫だけど、『ルキアがいれば出来ないことなんてない。』
だから、ルキアに傍にいて欲しい。そう言えるマスターになりたい。
「・・・こんなマスターですが、ついて来てもらえますか。」
この空をどこまでも一緒に飛んでくれますか。
傷ついても、苦しくても、どれだけ遠い道のりでも、ルキアと空を飛んで行きたい。
『もちろんです。』
朝の太陽がだんだんと昇り始め、薄いピンクだった空はだんだんと青へと変わっていく。
うろこ雲は白く、空は青く、道は長く。この景色をずっと見ていたい。
ルキアの背に乗って、この暖かな場所から、この景色を見た事をずっと忘れない。
こうやって進み続けたい。忘れたくない景色を、思い出して、
振り返りながらも、私がここにいる意味を見つけるために進み続けたい。
――――――――ルキアと一緒に。




