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第48話 :セルス*コア
「コア?」

空を飛んでいると、不意に彼女の声が聞えた気がした。

『何だ?どうかしたか?』

驚いたようにアルが俺に問いかけてくる。

「今、コアが俺を呼ばなかったか?」
『いや、聞えなかったが。』

俺の耳には確かに聞えたんだ。それはそれは切なそうに、俺の名を呼ぶコアの声が。

「・・・・・・アル。マスターズスクールへ飛んでくれ!」
『何だよ急に。』
「嫌な気がするんだ。急いでくれ!」

その声を合図にアルが急旋回してもと来た道を戻っていく。
“私・・っセルスがどこにいても、好きだよ”
そんな声がまた耳の奥で響く。あの日、彼女が俺にくれた言葉。
空を何よりも早く駆けていくドラゴンよりも、もっともっとと急かされる心。
もしもこの世に運命の神ラスティが本当に存在するのなら、俺と彼女を出会わせて。
今会わないといけないんだ。そんな気持ちがアルに伝わるのかアルも伝わったようで、より一層速さを増して空を切った。

**

「ねぇ、おじいちゃん。」

先生からの言葉はどうしても引っかかるの。
確かに伝説になりたい。だからって背伸びをする必要はないと思う。

「私は・・・」

リース先生は反対したが、他の先生が賛成して私は実習現場へと行く事になった。
この年では異例だといわれていた。だけど、ルキアは白竜だから、私は伝説のマスターだという事で決定されてしまった。
実習現場とは、戦争が今もなお続いている所。学校を離れて、私はそこで全てを学ぶらしい。

「その前に、会いたい人がたくさんいたの。
ちょうど今日がおじいちゃんの命日でよかった。」

戦地で学ぶ事はたくさんある。もちろん、学校で学ぶよりも短期間で蜜が濃い事を学べる。
そんなことくらい、私にだって分かる。
だけど、その代価として払うものが危険だなんて。

「次は・・・もう来られないかもしれない。」

会いたい人がたくさんいた。伝えておきたいことがたくさんあった。
私にはあまりにも大きなことに思えて仕方ないの。

「リラでしょ。ロイでしょ。それと、クレズ。おじいちゃんに・・・・・・セルス。」

約束したのに。ごめんって誤りたかった。
もう戻ってくる事はできない。そんな風に思うのはおかしいと思う。
だけど、怖いの。怖くないなんて言えないよ。

『あたりまえですよ。』

この世の墓場と呼ばれるエンプティには似合わないほど美しいルキアの声。
あの日、私の前からいなくなったエルクーナよりもずっと、美しく思える。

「セルスに会いたい。行きたくない。ここでいたい。怖いの!
・・・・・もう二度とここには来られないって思うと。リラの声も聞けなくて、ロイやクレズとも笑えなくて。
ハイドン省長官とカルティエさんの結婚式にもいけない。
何より・・・・・セルスにもう二度と会えないなんて。笑えないなんて。一緒に空を飛べないなんて・・・・!!」

私は弱い。

『コア・・・』
「私は弱いの。こんなにも、弱くて・・・臆病で・・・。」

誰かがいなければ、笑う事も出来ない。誰かがいなければ、強くもなれない。

「なんて・・ちっぽけな人間・・・。」
『あたりまえですよ。』
「だけどっ・・っ!私が目指すのは・・・伝説のマスターなのに・・・。」

大好きだから。会いたい、最後かもしれないから、会いたい。
こんなにも臆病者が、伝説のマスターなんかになれるわけない。

『伝説のマスターだって、きっと同じですよ。』
「え?」
『人間とは不思議な生き物だと思います。特に、ドラゴンマスターは。』

真っ白の彼女の羽が、墓場の風を柔らかに変える。

『1人でいれば何も出来ない、ちっぽけで弱い生き物なのに。
大切な人が出来るだけで、大切な人がいるだけで、考えられないほど強くなる。』
「でも・・・」
『私があなたの傍にいます。・・・私じゃあなたの“大切な人”にはなれませんか?』

そんな分けない。ルキアがここにいてくれるだけで、今にも崩れそうな体はしっかり足を立てている。
零れだしそうな涙は、かろうじて目の端にしがみついて留まっている。
私ってこんなにも強いんだって、思わせてくれる。

「大好き、ルキア。」

こんな言葉でしか伝えられないのがもどかしいよ。

『私もですよ、コア。・・・・あなたは運命の神ラスティを信じますか。』
「え?」
『昔この地におられたという、運命の神ラスティを信じますか?』

緑の草も、白い花も何もない。通っていく風さえも、死を思わせる唯土ばかりが広がるその場所でルキアが言った。
運命の神ラスティは、皆に平等に運命を運んでくるといわれる伝説の神様。

「どうだろ・・・。」
『運命の神を信じて下さい。我々ドラゴンに彼女を疑うものはいません。』
「ドラゴンは神を信じぬく生き物だからね。」
『いいえ、それは違いますよ。』

ドラゴンの属性は神族。その昔は神にのみ使えた清き生き物だと記されている。
そんなドラゴンは今でも神を疑う事はなく、ただひたすらに信じている。
そう思っていた私におかしな答えを投げてきたルキアに私は首を傾げた。

『ドラゴンが信じぬいているのは主です。』
「・・・え?」
『主が神などいないと仰るのなら、神は存在しないと信じます。』
「ルキア・・・」
『貴女が右へ進めと言って、神が左へ行けと仰っても。
私は右へ進みましょう。神よりもドラゴンが信じるのは主なのです。』
「ルキアはそんな必要ないんだよ?神を信じてもいいんだよ?」

私はルキアに約束したもの。自由と真の絆を与えるって。
たとえ未来がどうなろうとも、私はその約束だけは破らない。

『私が運命の神を信じるのは、貴女に出会えたからですよ。
それに、それは無理強いされてではありませんよ、コア。私は自ら貴女に従う。』

蒼い目が、優しく撫でるように私を見つめてくる。
真っ白の肌に良く映える青は海よりも明るく、空よりも深い。

「ありがとう、ルキア。」
『いいえ。・・・・・ほら、運命の神が貴女に幸運を運んでくる音がしますよ。』

ルキアがその美しい目で空を仰いだとき、頭の上から何かが羽ばたく音がした。
水色の空に転々と白い雲。その空から舞い降りてくる運命の神の贈り物は黒い翼を広げる。

「ルキア・・・」
『はい?』
「運命の神は・・・、いるんだね。」
『はい。』

会いたかった。会いたくて、会いたくて、会いたくて。
ただ笑顔が見たかった。声が聞きたかった。たとえそれが最後になろうとも。

「セルス―――――――――――」

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