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肩章の騎士

作者:arun
 更科早紀は日本国某農業県の農家の長女である。
 東京都から離れた田舎県の、更に県庁所在地から車で軽く2時間はかかるド田舎に居を構える、代々農業を営んできた筋金入りの農家である。
 そんな早紀が何をとち狂ったのか異世界のトーセン王国に救世の巫女として召喚されたのは、丁度彼女が25歳の頃だった。
 大学も卒業し、そろそろ家を継ぐための手伝いを本格的に、というところだった。
 収穫しかけの茄子を片手に、早紀は農作業着のままで忽然と遺跡のような場所に立っていた。足元が明るいと思って下を見ると、不思議な光の魔法陣のようなものがくるくる動きながら消えていった。
 周囲にはゆったりとした裾を引き摺るような全身白一色の服を着ている人間達がいて、一斉に早紀に跪き、こうのたまったのだ。

「救世の巫女、御光臨感謝いたします!」

 と。


***


 別室で自分も全身白のワンピース(巫女服だそうだ)に着替えさせられ、話を聞く。
 トーセン王国の危機は流石はファンタジーだった。
 ハズーレンという名の、魔王と呼ばれる胡散臭い存在がいて、魔物を用いて人間を脅かしているというものだった。
 救世の巫女の役目は魔王を討伐する勇者を導く事。早紀は数ヶ月で異世界での生活に慣らされ、即行で勇者と共に魔王討伐に放り出された。

 勇者はトーセン王国の騎士だった。名はヒット・ウィナー。金髪碧眼のちょいマッチョなイケメン。彼は早紀が召還される前にこれまた胡散臭い聖剣とやらに選ばれた可哀想な人物である。

 旅の仲間を増やし、辛酸を舐め、苦労をして魔族を倒し、果ては魔族四天王等という中二全開な幹部を下し、魔王城まで辿り着いて魔王を倒した。そこまで2年かかった。

 魔王を倒した後、やっとトーセン王国に帰還。
 王から歓迎とお褒めの言葉を頂く。

 旅の仲間の魔術師や神官はそれぞれ王国に取り立てられた。
 勇者ヒットはと言えば、王から魔王討伐の功績を称えて爵位と肩章を授与された。
 男爵家から公爵へ。王の近衛隊長に任じられた。異例の出世である。
 異世界で軍属の階級を示すのは服飾で細かく取り決められているが、とりわけ王から授けられる特別な肩章はとても名誉なことだとされていた。
 『肩章の騎士』と言えば、騎士の中でも花形なのである。
 王宮のパーティーでは、さっそく吟遊詩人がリュートを掻き鳴らして『トーセンの勇者、肩章の騎士ヒット』のサーガを謳っていた。他人事ながら聞いていてかなりこっ恥ずかしい。自分が題材にならなくて良かったと早紀は心底思った。

 救世の巫女であった早紀はこの世界に残って栄華を極めるか、元の世界に帰して貰えるかどちらか選べた。
 しかし早紀は迷わず帰る事を選んだ。この世界に残れば、まず間違いなく王の妾か王子の側室へGOだったからだ。冗談じゃねぇ、という気持ちだった。
 それに車も電化製品もウォシュレット水洗トイレもテレビもパソコンもない世界で何故好き好んで暮らさねばならないのだ。
 一緒に苦労を共にしたヒットの事は好きになりそうだったけれども、そこは抑えて涙を飲む。
 所詮自分は帰る身である。現代日本の便利な生活>>超えられない壁>>恋、であった。

 ただ、2年間も束縛された事だし、勿論身一つでは帰らない。苦労した代金は貰って行くつもりだ――金塊で。
 元の世界で換金してウハウハな生活を夢見ながら、早紀は帰る準備が整うのを指折り舞っていた。


***


 そして、当日。大きなどんでん返しが早紀を待ち受けていた。
 召還された場所で、来た時の農作業着の姿で、周囲を神官と光る魔法陣に囲まれながら、彼らが唱える送還呪文を聞く。魔法陣の輝きが増し、後数秒で発動する、となった時。

 ヒットが神殿兵士をなぎ倒しながら乱入。
 恐ろしい跳躍力で神官達の頭上を飛び越えると、魔法陣の中に入って来たのだ。
 魔法陣が発動して光に包まれ、視界が奪われる。

 早紀が気がつくと元居た畑に立っていた。
 ただし、隣には場違いな綺羅綺羅しい騎士服のヒット・ウィナー。
 我に返った早紀が何考えてんのと迫ると、ヒットは早紀の手を取って跪く。

「早紀よ。貴女の居らぬ世界など考えられぬ――私と結婚してくだされ!」

 早紀は頭を抱えて大いに迷い戸惑ったが、情熱のままに着いて来てしまったものはしょうがないし、そうさせた責任を取る為にもプロポーズに頷いた。
 取り合えず彼を畑から十数メートル離れた実家に連れて行くことにする。

 2年もの間行方不明になっていた娘がひょっこり帰ってきた事で、実家は大騒動になった。騒ぐ親を宥めすかして事情を話し、警察の捜索届けも家出だったという事で取り下げて貰う。早紀も両親と警察に迷惑をかけたので頭を下げた。

 それが済むとヒットの処遇である。
 早紀はヒットと結婚するつもりだが、戸籍がない。
 幸い、早紀の家は地方議員と縁続きであり、色々相談に乗って貰い、便宜を図って貰った。
 彼の戸籍や身分証明といった事柄は、多少の家裁での面倒な手続きはあったものの概ね平穏に取得できたのである。
 彼に記憶喪失を装って貰って、更科家が身元引き受け人として保障すれば良かった。
 幸運だったのは、送還陣に組み込まれていた何かが働いたらしく日本語もペラペラなので、外見こそは外国人だが、国籍は日本だったのだろうと判断された事である。

 戸籍の問題はこのように解決した。次は結婚の許可である。
 両親の意見で、結婚は待ってもらって取り合えず様子見を、という事になった。

 しかし最初こそは戸惑ったが、彼らが大歓迎ムードになるまでそう時間はかからなかった。
 何せ、異世界の人間、特にヒットは元下っ端の騎士。肉体的に現代日本人農家よりも遥かに強靭だったからである。
 魔族と戦ってきたのは伊達ではない。
 更に聞けば、ヒットの実家は半士半農であるらしく、農作業も問題なかった。寧ろ、大いに助かった。
 ヒットは体力も力も、機械の無い異世界であっても人一倍だったのだ。

 農家にとって婿候補としてこれほどの逸材はない。
 それに金髪碧眼のイケメンである。
 また、ヒットが日本の便利な電化製品や水道、ガス、自動で蓋が開くトイレ等でいちいち驚きはしゃいで感動するものだから、両親は尚更彼を可愛がった。

 金塊も無事換金したし、生活資金はたっぷりある。
 早紀とヒットが結婚する流れになるのに時間はかからなかった。


***


 早紀は実家が農家(自営業)でよかったと心底思った。
 これがサラリーマンの家なら彼の働き口はまず見つからないと思う。

 ヒットは朝から晩まで良く働いた。
 半年で父の指導の下、畑の中限定だがトラクターの運転が出来るようになった。
 毎日読み書きを学び、頭も良かったのか一年半で車の免許を取得。
 その半年後には大型免許も取った。
 ご近所付き合いも愛想を振り撒き、卒なくこなしている。

 その一年後に挙式を控え、全ては順調だった。しかしある日。そんな彼が、現代社会に巣食う、ある悪魔に魂を売り渡してしまったのである。


***


 偶然買い物をした品物に印刷されていた、それ。
 ヒットがこれは何かと聞くので教えてやると、やってみたいという。
 丁度年賀状の余りを切手に変えたものがあったので、それで出してみた。

 すると、数ヵ月後。
 届いてしまったのである。

 買えば数万円する、懸賞の当選品であるノンオイルフライヤーが。

 ヒットはノンオイルフライヤーの値段を聞くと、目を輝かせた。

「早紀よ。日本は色々な便利なものがあり、まことに天国であるな。物を買うと、豪華な品物が貰えるくじ引きが出来るとは! 何と素晴らしい仕組みがあるのだ!」

 一頻ひとしきり感動している。
 確かに異世界の商人は、ぼったくるし、騙すし、サービス精神皆無だし、むしろ売ってやってるみたいな態度だし、それに比べたら情報収集目的とはいえ、懸賞を開催する現代日本の商人は遥かに素晴らしいとは思うが。
 ビギナーズラックのアハ体験で味を占めたな、と早紀は少し嫌な予感がした。
 ヒットは一度のめりこむと止まらないからだ。

 案の定、それからが大変だった。

 ヒットは魔王にさえ屈しなかったのに、物欲……懸賞という悪魔の魅力には抗えず、魂を骨抜きにされ、買い物に行く度に懸賞付きの商品を買うようになった。
 勿論食品で消費できるものと釘を刺しては置いたが、日本の食品企業はいつでも何がしかの懸賞をやっている。しかも性質の悪い事に、ちょくちょく当たったりするのも彼を懸賞にのめり込ませてしまったのである。
 ここ数ヶ月の間に、彼は高級メロン、ビール1ダース、ヨナナスメーカーを次々と当てていた。
 恐らく彼の名前も当選確率にちょっぴりだけ影響しているのかも知れない――ヒット(当たり)なだけに。
 実績があるだけに尚更彼を止められなかった。両親はニコニコして協力する始末。
 スーパーでレジ打ってる顔見知りのおばちゃんが、彼のことを『懸賞さん』と呼んでいるのを聞いてしまった。
 これでは肩章の騎士ならぬ懸賞の騎士である。いや、農民か。

「懸賞の為に物を買うんじゃなくて。要る物を優先させて買って、それにたまたま懸賞がついてたら応募するぐらいでいいのでは?」

 早紀がそう言うと、

「早紀よ、生活を懸賞に合わせるのではない――懸賞に生活を合わせるのだ!」

 何かかっこいいことを言い出した。末期である。

「早紀よ、私とて色々考えているのだ! 全国区に公布されている懸賞よりも、アグリンコープ等の地域スーパー限定の懸賞の方がより当たりやすい気がしている!」

「さいですか……」

 既に彼はパソコンやスマホを使いこなして情報収集が出来るまでになっていた。
 早紀は処置なし、と呆れつつも、彼が幸せならまあいいかと思った。
 畑にたわわに実った茄子を収穫する。

 ふと、一昔前のテレビ番組を思い出した。
 せめてもの意趣返しに、今日の夕食は懸賞の騎士に敬意を表して茄子三昧(なすびざんまい)にしてあげよう。

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