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マジカルヒロインムーンベル!

作者: 赤雪トナ

 眼下には、雲と地上の星ともいえる電気の明かり。見上げると空の宝石といえる星々と柔らかな明かりを放つ月。

 上下からの明かりを一身に浴びて、夜闇をまとう十五歳ほどの少女が、先端に真円を描く乳白色の宝石をあしらった杖を片手に空を飛ぶ。身の切るほどに冷たい風は少女に触れる寸前に、すっきりと目が覚めるほどの涼しさに和らいでいた。

 烏の濡れ羽色の艶やかな長髪が二つに括られ、尻尾のように風に揺れる。色白な肌はほんのりの赤みを帯びて、少女に色気を与えている。意思強き目は最高級の黒真珠を思わせる輝きを持ち、誰もを惹きつける。誰もが整っていると認める容姿は緩く笑みを浮かべ、少女が上機嫌だと示す。

 白を基調とした衣服は夜分に目立つ。けれど空を飛んでいる少女の周囲には誰もいないためどんな姿だろうと関係ない。

 たった一人だけの空を満喫するようにコートの裾を風にはためかせ、自由に楽しげに飛びまわった少女は徐々に速度を落とす。

 ピタリと空中に停止した少女が桜色の唇を開き、耳心地のいい声でなにごとか呟く。そして杖を振るうときらきらと光る粒が少女に降りかかり、少女の姿を消し去った。

 次の瞬間、マンションのどこかの一室に姿を現す。

 だれも触っていないのに勝手にカーテンが閉じられ、外から中が見えなくなる。

 さらに少女の姿がぶれる。ぶれが戻ったときに現れたのは少女とは絶対いえない人物。十七歳ほどの男だ。

 その男はベッドに倒れこみ悶えていた。顔は真っ赤で何かを恥じているらしい。

 それなりに騒々しかったが、家人が注意にくることはなく夜が明けた。


「おはよー」

 テンション低く少女から男へと姿を変えた人物が、挨拶しながらリビングへと足を踏み入れる。

 挨拶を返すのは料理を運ぶ母、新聞を読む父、トーストをかじることを一時中断した妹。

「昨日も大活躍だったみたいだな」

「ドウイタシマシテ」

 顔を引きつらせながら父に応えた。

「あまり無茶したら駄目よ」

「できたらやりたくないんだよ、本当に!」

 母に応えた言葉には切実なものが混じっている。

「えっと、お疲れ様」

 二歳下の妹からは心を込めた労わりの言葉が贈られる。

 それに弱い笑みで返す。

「新聞読むか?」

「ヨミタクナイデス」

「今日も載ってるの?」

「ほれ」

 父が差出した新聞を妹は受け取る。

 広げられているのは社会面だ。そこには大きくムーンベル土砂を止める! と書かれていた。土砂が起こすはずだった被害、その予想総額などが書かれているが妹には興味はない。興味があるのはムーンベルがどこでなにをしたのかだ。

「土砂災害止めたんだ」

「うん。見回りのために飛んでいたら偶然な」

「青森かぁ。遠いね」

「ここ九州だからな。本当に遠い。

 そこまでいったんならお土産くらい買って来い」

 父が気が利かないなと言う。

「無茶いうな!

 無駄に知名度あるんだから、買ったりしたら大騒ぎだよ!」

「その知名度生かしてお土産もらうとかさ」

「やれるか!」

「はいはい、あなたも鈴太郎も賑やかなのはそこまでにしなさい。

 早くご飯食べないと学校に遅れるわよ」

 母の言葉で鈴太郎と呼ばれた魔法少女(?)は落ち着きを取り戻し、ご飯を食べ始める。

 つけていたテレビから「月刊ムーンベル今日発売!」と聞こえてくるのを必死に聞かないふりをしながら。

 買ってこなくちゃねという母の言葉は聞かなかったことにしたかった。



 ここは我々の世界と似た世界。違いは魔法があるということ。そして世界中がほんのりおバカ。

 誰もが魔法を使える。それは空を飛んだり、火を生み出したり、土の中を移動できたり、分身できたり、絵を実体化できたりとまさに魔法。

 不思議な事象ではあるが、便利というには程遠い。魔法という万能になりうる事象を扱う、それならば魔法主体の社会を築けているはずだ。しかし世界には科学が溢れている。

 それは人々が扱えるのは、魔法の欠片にすぎないから。一人に一つ。これでは社会の基礎となるには心もとない。だから人々は利便性を求め科学を進歩させてきた。己が持つ異能は個人の特徴の一つだという認識で。

 その中にあって古来より例外があった。一つしか使えないはずの魔法を多く使いこなす存在。時に男または女の姿で世に現れ、災害を防ぎ害悪を倒してきた。正義と言えるかもしれない存在。全ての害を防いだわけではないが、それでも世界に降り注ぐ害を確実に減らしてきた。

 古来より言い伝えられる英雄。その現代版が鈴太郎の変身するムーンベルだ。

 小さい友達から大きな友達まで幅広い人気を持つ、また幾多のファンクラブを持つ魔法少女なのだ!



「「行ってきまーす」」

 兄妹の声が玄関から家屋へ向けられる。

 制服に着替えた二人は高校と中学校に行くため家を出た。五分ほど一緒に歩いて、別れた。

 友達をみつけ元気に走っていく妹を見送り、鈴太郎も歩き出す。

 さらに五分ほど歩いたところで声をかけられる。

「おいっすー鈴太郎!」

「おはよう、加奈」

 声をかけてきたのは幼稚園からの友達の吉田加奈だ。クラスまでは同じではなかったが、それでもずっと同じ学校なので仲はいい。そして鈴太郎がムーンベルだと知っている数少ない一人だ。

 鈴太郎がまだ小さい頃にこんな魔法が使えるのだと自慢したことでばれている。若さゆえの過ちだ。そのときに二人だけの秘密と言ったおかげで周囲にばれずにすんでいる。

 鈴太郎がムーンベルだと知っているのは家族のほかに加奈ともう一人の友達だけだ。たくさんの人に話して回らなかった小さい自分を、鈴太郎は全力で褒めてあげたい。

 変身のことは誰もが好意的に見ていた。そこに同情や笑いの感情が多く込められているのは隠しようもない、隠してもない。

 妹のなつめは小さい頃は自慢だったのだ。兄が正義のヒロインだと、大きく言いふらしたかった。両親にアニメのヒロインも秘密にしているから、と止められ誰にも言うことはなかったが。

 それが大きくなるにつれ、気持ち悪いという感情を持った。ネタではないかぎり、女装している男を普通は気持ち悪がる。しかし親から説教され、そんな感情は一切なくなった。なぜなら気づいたからだ。なにに? きついと耐えられるものではないと。自分が変身するとしてその姿を思い浮かべ、多くの人の前で「マジカルヒロインムーンベル! 月に照らされ参上です!」と宣言する姿はとてもイタイものだった。

 傍から見る分には面白く憧れるところもあるかもしれないが、実際にやってる鈴太郎にとっては恥以外なんでもない。

 それに気づいたとたん兄にとても優しくなった。人を思いやることは大事と大いに思い知った。

「昨日も活躍したそうじゃない」

「やめくれよう」

「ごめんごめん。

 でも人命救助はいいことだよ」

「そこは同意だけどなぁ。せめてヒーローならまだ我慢ができたっ」

「いい加減諦めて受け入れたら?」

「無理」

「だよねぇ」

 何度も繰り返してきた問答なので、そこに重苦しさは少ない。

 テンションが低い鈴太郎を引っ張る形で加奈は校門をくぐり、教室へと移動する。今年は同じ教室なのだ。

「おっはよー!」

 加奈が元気に挨拶する。鈴太郎のテンションの低さを吹っ飛ばそうという意図もある。

 クラスメイトも口々に挨拶を返してくる。

 鞄をそれぞれの机に置いて、授業に必要なものを取り出していく。

 教室中からは昨日のムーンベルの話が聞こえてくる。買った月刊ムーンベルを広げている者もいた。

 それによって少しだけ上がった鈴太郎のテンションが下がっていく。その様子を見た加奈は苦笑するしかない。

「相変わらずだな」

 鈴太郎の話しかけてきたのは教室に入ってきた男子生徒。名札には二年二組相川勇司と書かれている。ここは二年三組なので、別のクラスの友達なのだろう。

「俺の恥ずかしさがわかるだろ? ほっといてくれ」

 この相川勇司もムーンベルの正体を知る一人だ。付き合いは中学校からだ。

 鈴太郎が自分からばらしたのでもなく、なにかへましたわけでもない。勇司の持つ魔法が原因だ。

 勇司の魔法は「探しもの」。物や人を探すことのできる魔法だ。なんでもかんでも探せるわけではない。手に触れたものだけ、という制限がついている。

 魔法には便利すぎるものもある。勇司の魔法もその一つ。そのような魔法には扱いを難しくするためか制限がついていることが多い。

 鈴太郎の魔法「魔法少女に変身」もその強力さから多くの制限がついている。むしろこの制限のせいでマジカルヒロインムーンベルになってしまっているのだが。

 話を戻す。

 勇司は魔法を使い、暇つぶしをすることがある。使ったお金がどこに流れていくのかなど、魔法で調べることもあるのだ。それが巡り巡って自分のもとに返ってきたことがあると鈴太郎は聞いたことがあった。その暇つぶしで友達が今どこにいるかを調べたことがある。多くの友達は家にいたが、鈴太郎だけは運悪くムーンベルとなって外国にいたのだ。それだけならば移動系の魔法を使ってそこにいると考える。

 勇司は鈴太郎の魔法を知らなかった。鈴太郎が秘密にしているということもあるが、人は自分の持つ魔法を隠す傾向にある。便利な魔法だと、それ目当てに悪人が近く寄ってくることもある。それを警戒している。最悪国家に狙われる可能性も否定できない。事実ムーンベルは秘密裏に国に狙われている。

 勇司はちょっとした好奇心で鈴太郎の魔法が知りたくなったのだ。その日から何度も鈴太郎に魔法を使い、どこにいるか調べていった。そして気づいた。ムーンベルと鈴太郎の動きが一致していることに。あとは鈴太郎にかまをかけて確認したのだった。

「何か話そうぜ、気が紛れるかもしれないだろ?」

「何かって?」

「ここに月刊ムーンベルがあるわけだが」

 鈴太郎は確信した。この友は止めを刺しにきたのだと。ちょぉっとSっ気があるのは事実だ。

「燃やしていい? ってか燃やさせろ」

 目がマジだ。一切の迷いが感じられない。

「駄目だ。金払ったんだからな。

 それに18禁の同人誌じゃないだけましだろ?」

 この男、鈴太郎にこういうものもあるとわざわざコミックマーケットに行って18禁同人誌を買ってきたのだ。

 触手に絡め取られる自分を見て、鈴太郎は泣いた。本気泣きだった。数多くの18禁同人誌が出ていると知った鈴太郎は修羅になりかけた。コミケ会場を潰そうと考え、自由に変身できないことを嘆いた。あれほど本気で自ら変身したいと考えたのは、今まで生きてきて初めてだったらしい。

 ほかにパンチラを喜んでいる連中もいると知ったムーンベルが、スパッツをはくようになったのは当然の成り行きだ。

「やっぱり買ってたんだ」

 加奈が二人に近づいてきた。

「おうよ」

 当然とばかりに頷く。

「あんまりいじめるなよ〜。こう見えて繊細なんだからさ」

「フォローは吉田の管轄だ」

「人任せかい」

 裏手で勇司の胸に突っ込む。

「それで今月号にはなにか特別なこと載ってる?」

「載ってないでくれたらとても嬉しいです」

「残念っ。ついに身体データの計測に成功したらしい。身長体重は言うに及ばず、スリーサイズも載ってるぞ」

「……俺体重計とか乗ってないんだけど?」

「そこは計算でどうにかしたんだろうさ。高名な学者とかが集まれば、写真からでも計測できるんじゃね?」

「無駄な労力使いやがって」

 心の底からの言葉だ。

「どれどれ……バスト85センチ!?」

 雑誌を覗き込んだ加奈はそこに書いてあった数字に驚く。

「大きいなおい」

 ムーンベルの身長は160センチに少し届かない。それでいてバストサイズは外見年齢の平均を上回っている。

 加奈は自分の胸を見る。そこにあるのは平均に届かないなだらかな胸。俗に言う貧乳? 加奈の瞳にめらりと嫉妬の炎が揺らめいた。

「確かに常々大きいとは思っていたわ。でもこうもはっきりと数字に表されるとね……。

 これはもう天罰を与えよという神の啓示じゃないかしら!?」

「力説されても。俺だって俺だってっ好きであんなのにっ!」

「俺は鈴太郎の願望が現れていたんだとばかり……」

 火に油を注ぐとはこういうことだろうか?

「そうなの? ねえそうなのね!?

 鈴太郎はちっさい私を見て笑ってたのね!」

「んなわけあるか!」

「だったら今度から小さくしなさい!」

「できたらやってる! というかあれになりたくもない!」

「私達の願いをあっさりと達成しているのに、それの価値に気づかないなんて」

「気づきたくもない!」

 気づいたら気づいたで大変なことになる。向けられる生温かな感情が冷たいものになるのは間違いないだろう。

 エスカレートしていてわりと大声なのだが二人は気づいていない。運よく主語が抜けているので、鈴太郎がムーンベルだとは気づかれていない。

「そろそろ止めとかないと教室中の注目集めてるぞ」

 原因の勇司がしれっと止めて二人の口論が止まる。

 こちらを見ているクラスメイトにはなんでもないと手をふり誤魔化した。

「朝から面白かったからこれはもう用済みだな」

 これいくらで買う? と勇司は近くにいた男に売りに行く。もともとの半額で売り、満足気な顔で二人のもとに戻ってくる。

 鈴太郎をからかうためだけに買ったのだろう。半額分損しても楽しめたのでそれでよしと思っているようだ。

 加奈は呆れ、鈴太郎は友達止めようかと半ば本気で考えている。

「ムーンベル関連でからかうとほんと面白いことになるよな」

「ううっこの悪友に天罰をぉ」

「よしよし、いつか天罰下るよ。貧乳の神様が下してくれるっ」

 それは誰に対して罰が下るのだろうか。

 


 学校から帰り、母の手にある月刊ムーンベルを見なかったことにして、テレビを見たり夕飯を食べたり宿題をやったり風呂に入ったりして自室に戻った鈴太郎を衝動が襲う。

 それはたびたび感じている衝動で、そのつど抵抗し負けている衝動だ。


 天に月が輝くときセカイは一人の少女を呼ぶ。

 目覚めよ、呼応せよ、出現せよ。

 セカイはお前を必要としている。

 お前を待っているものがいるのだ!

 いでよっ平穏の鈴を鳴らす者よ!


 体の中からこれに従えと叫ぶものがいる。

 鈴太郎の抵抗はじょじょに小さくなり、ついに己の魔法を使う。

 鈴太郎の姿がぶれて、ムーンベルが現れた。

「今夜も登場っムーンベル!

 私の魔法で困ったことも解決よ♪」

 抵抗はなんだったのかと思えるほどに満面の笑みでビシッとしたポーズを決めた。

 この声は家族にも聞こえていた。

 その反応はというと、ああ今夜もお疲れ様、といったものだ。何度も聞いたので慣れていた。十年前、初めて聞いたときは何事かと慌てたものだ。

 ムーンベルは窓から飛び出て、今夜も月光の下、夜空を舞う。

 いつも始めは何も考えずに空を飛ぶ。そのうちムーンベルの困ったことセンサーにビビッとくるものがあり、その反応に導かれるまま現地に向かうのだ。

 ムーンベルが今夜の事件に遭遇するまでまだ時間がある。その間にムーンベルとなる魔法の制限でも説明しておこう。

 鈴太郎は嫌がっているが、ムーンベルは非常に強力な存在だ。そのようなものに変身するのだから制限も厳しいものとなっている。

 まず月が出ていないと駄目。雲に隠れていたり、新月だったりすると変身はできない。しかし一度変身した後に月が隠れても変身は継続する。太陽が出るまで変身し続けることが可能だ。

 次に性格が変わる。鈴太郎はまったく乗り気ではないが、ムーンベルは自らの姿に何の疑問もなく、むしろノリがいい。観客の声に応え、手を振る、ポーズを決めるなどは当たり前。握手やサインやちょっとしたインタビューも受けたことがある。さすがに正体をばらすようなことは喋らないが、好きな食べ物とか今はまっているものとか喋ったりした。そして家に帰って落ち込む。勇司にからかわれてさらに落ち込む。

 次に変身時やなにか魔法を使うときは、声を出して使わなければいけない。特撮やアニメのヒーローたちと同じように。これも変身を解いたあと精神的にダメージがくる。

 最後にこれは制限とは違うが、行動全てが自分の意思なのだと思い知らされる。性格は変わるがベースはあくまでも自分。自己判断で行動している。これが作られた人格でその人格が勝手に演じたというなら、自分に対して言い訳ができる。でも自分なのだ。魔女っ娘な行動言動全てノリのいい自分。男子高校生で魔女っ娘。とても痛かった。

 これは鈴太郎にとっての制限であり、ムーンベルにとっては制限でもなんでもない。むしろムーンベルたらしてめていると言ってもいい。

 これらの制限のおかげでムーンベルは世間から魔法少女として認知され、数多くのファンを持つこととなっている。ムーンベルとしては満足なのだ。

「むっ!? 東京郊外に反応あり!

 月明かりの直通路ムーンゲート!」

 山口上空から東京上空へと瞬間移動する。誰に聞かれていなくとも魔法の名は宣言しなければいけない。だが魔法自体の名は適当でよく、そのときの気分によって名前が変わる。

 ムーンベルが姿を現したのは東京郊外。眼下には特撮で使いそうな採掘場。現代の塔である高層ビル群ははるかかなた視界の隅にちろっと見えるだけ。

 地上には、見慣れた連中がわさわさと集まっている。ムーンベルと対立するいくつかの組織の一つで間違いない。

 なにかしているという様相ではない。だが放っておくと悪さするのは今までのことからわかっている。

 高度を下げていくとやがて向こうも発見したのか、少し離れていたところにいる撮影班がカメラをムーンベルに向ける。

 リーダー格の紳士風な老人が口を開く。

「やっときたな!

 もう少し早く来てほしいものだ。老いた身には寒風がきつい」

「辛いなら悪さしないで家でゆっくりしてなさい。

 それかほかの幹部に任せるとか」

「坊ちゃんのため、悪事を働こうとするのは止められんな。悪事を働こうとすればお主が現れるからな。

 ほかの幹部は私生活が忙しく、今回動くことができるのはわししかおらんかった。

 それに今回動かぬと、準備期間などの関係で次の順番は二ヶ月ほど先になってしまう。

 それでは坊ちゃんを待たせすぎてしまう」

「順番?」

「うむ。ほかの組織と話し合って決めた順番だ」

「……そんなことしてたんだ」

「そういったチームワークを少しくらい発揮せんと、互いの目的を遂げることができないからの」

「私が言っていいかわからないけど、ほかの組織と協力するっていう選択肢はないの?」

「わしらだってそれくらいは考えた。

 だが利害関係から、協力はしないほうがいいと判断した。

 作戦中に味方のふりして後ろからドンっなんていうことになりかねないからな。

 話はこれくらいにしようじゃないか。

 そろそろ始めようっ」

「うんっ」

 ぐっと杖を握り締める。

「ではっ今日こそはお主を捕らえて坊ちゃんの嫁とさせてもらう!」

 この敵対している組織名は捕月団。目的はムーンベルを捕らえて首領と結婚させること。首領がムーンベルに一目惚れして設立された組織だ。

「いつもと同じく断る!」

 いつもどおりの問答だ。

 今は女の身なれど元は男。ムーンベルとなっていることを満喫してはいるが、男だという自覚はある。だから求婚? を受け入れるつもりはない。

「ならば戦い勝利し捕らえるだけよ!

 ゆけっ今回のアルバイト怪人!」

「ラジャッ!」

 昆虫を模ったきぐるみを着込んだ男が全身タイツの雑魚キャラを従えて、ムーンベルへと歩を進める。老人は戦いに巻き込まれないようにするため、撮影班のところまで下がる。

 この戦いの記録はあとでマスコミに提供されたり、編集しDVDで発売されるので、怪人役の人は正体を隠すためきぐるみを着込む。各々の魔法も相まってそれなりに怪人っぽく見える。ちなみに雑魚キャラたちもアルバイトだ。ムーンベルを捕まえるとボーナスが出るので、怪人と雑魚たちは気合が入っている。

 そして戦いが始まる。

 まずは雑魚キャラたちがムーンベルに群がる。雑魚キャラたちは怪人が目立たなくなるので、魔法使用を禁止されている。なので捕まえる方法は己が体のみ。ときどきセクハラ目的の雑魚もいるので油断はできない。

 雑魚を一掃すると怪人の出番だ。

「ムーンベル! ボーナスのため捕まってもらう!」

 本音を隠さず怪人はムーンベルへと迫る。

 途中までは常人のだせる速度だったが、突然速度が上がる。速さが増す魔法持ちなのだろう。

 いつのまにか目の前にいた怪人に構えていた杖ごと押され後方へと勢いよく吹っ飛ぶ。痛そうに手をさする怪人。捕まえたかったのだが、力加減を間違えた。

 切り崩され崖となっている土壁にぶつかる。衝突で巻き起こった土煙の向こうで動く影がある。動きの軽さから重傷は負っていないらしいとわかる。

 とっさに張ったバリアのおかげでダメージは軽減できたようだ。

「今回のアルバイト怪人は速度に特化しておる。その速さを見切るのは大変じゃぞ」

「いたたっ。

 そっちが速さでくるなら、こっちだって。

 ムーンベルスピードスタイル!」

 杖を掲げると先端の宝石から光が溢れ、その光はコートに集っていく。

「おっ新しいコスチュームか!?

 撮り逃すなよ、坊ちゃんがお喜びになるからな」

「はいっ」

 光に触れたコートも光の粒となり分解されていく。

 その粒子は主にムーンベルの足と背に集まる。やがて光は物質として具現化されていく。

 靴は膝下まで覆うブーツへと。背には小さな翼を模った飾り。白の衣服には青のラインが走っている。

「今度はこっちから行くよ!」

 ムーンベルが走る。怪人の出した速度に一歩及ばないがそれでも常人を軽くしのぐ速度で怪人へと迫る。

 怪人は自身の速度で速いというものになれていたのだろう、近づいた勢いのまま振り抜かれた杖を横に跳んで避ける。そして通り抜けたムーンベルの背に向って高速で移動する。

 今度は飛ばさぬよう捕まえることに成功する。しっかりと背を掴み、雑魚キャラにロープを持ってくるように呼びかけた。

 ムーンベルは逃げようと暴れているが、力では及ばないのか脱出はできない。

「このっ暴れるなっ」

「きゃーっ! この人痴漢です!」

「誰が痴漢か!?」

 怪人は思わず手を離してしまった。

「作戦勝ち!」

「痴漢と疑われたら、無実を証明するため思わず手を上げてしまう男の心理をついたいい作戦だ」

 本当にそんな心理はあるのだろうか。

「だが! もう一度捕まえてしまえばいいだけだ。速度はこちらが上、逃げても無駄だ」

 勢いをつけるため一度距離をとり、再度魔法で高速移動する。

 今度は速さがわかっているのでムーンベルも捕まることはない。常に高速で動き怪人の手から逃げ続ける。そして気づく、怪人の移動が直線的なことに。

 怪人の持つ制限は短距離直線にのみ高速移動可というものだった。ムーンベルは自由自在に高速移動できる、この差は大きい。ましてや追いかけられる側だ。逃げ側は逃げることだけを考えればいい、追う側は相手の考えを読みどのように追い込むかも考える必要がある。同じ条件でも差が出ることを、さらに差がついた状態で遂げるには高い実力と根気がいる。

 フィイントを混ぜ、ムーンベルはじょじょに怪人を翻弄しだす。

 やがて度重なる魔法使用で怪人の体力と精神力は尽き果てる。一方のムーンベルは常人とは比べ物にならない体力と精神力を誇るため、まだまだ余裕がみえる。

「ぬふっふっふ〜。

 今回も私の勝ちです!

 では止めのっ」

 戦いの終わりを告げる必殺技を使おうとしたとき巨大アームがムーンベルを襲う。

「甘いっ」

 戦いによって高まっていた集中力のおかげで死角から襲いくる巨大アームを回避することができた。

 アームは小型の空飛ぶ円盤から出ている。いままで一度も出てきたことのないマシンだ。組織のニューマシンだろうか。

「二段構えの作戦とはなかなかやるわね」

 睨んだ先にいた老人は褒められたことを誇る顔ではなく、驚いた表情だ。

「わしは知らん。おそらくイレギュラーではないか?」

 組織との戦いで横槍を入れられることはなかった。なぜなら組織が邪魔する奴らの対処をしていたからだ。自分の作戦中に横取りされることほどむかつくことはない。それを警戒して、作戦前から作戦後までのあいだ周囲を見回る組織員がい邪魔者を排除していた。

「あなたは誰!?」

「おおっ我が主にお声をかけてもらえるとは光栄の極み!」

 本当に感動しているとわかる声が円盤からスピーカー越しに聞こえてくる。

「主?」

 知り合いかと老人が視線で問う。

 ムーンベルはまったく心当たりがない。その表情で老人も知り合いではないと判断した。

「あなたたちなんて知らないわ!」

「それは仕方ありませんな。行動を起こしたのは今日が初めてですので。

 しかし主に対する畏敬の念は以前より持ち続けていました」

「聞いた話だけではどうしたいのかわからんな。

 何が目的だ?」

 新手の目的如何によって補月団としても対応が変わってくる。

「我が組織のトップとして君臨してもらう。ただそれのみ。

 美少女の下にかしずく我ら!

 想像するだけで興奮がっ。

 蝋燭と鞭があればなおよし! 贅沢をいうなら言葉攻めも!」

「全力でお断り!」

 全身を悪寒で震わせてムーンベルは言った。

 ドMの集団のトップに立てと言われている、ムーンベルはそう判断する。そしてそれは間違っていない。

「ならば捕まえ洗脳しトップに立ってもらうまで!」

「ライバルだな。アルバイト怪人よ、あの円盤を落とすのだ!」

「無理っす」

「なぜだ!?」

「俺、空飛べませんし遠距離の攻撃手段持ってませんから」

「なるほど。

 見学するか」

「はい」

 今の会話で補月団側はほっといてもいいと判断し、ムーンベルは新手のみに集中する。

 スピードスタイルはいまだ継続中。そのまま空中に浮き上がり円盤と対峙する。

 円盤は宣言どおりムーンベルを捕まえようと接近する。そのスピードはアルバイト怪人に及ぶものではなく、スピードスタイルのムーンベルよりも遅い。

 これならば余裕とアームを掻い潜り、最大速度で円盤にキック。

 円盤は地上へと落ちていく。

 この隙にムーンベルは使おうとして止められた必殺技を準備する。

「スティックチェンジ!」

 ムーンベルの言葉に反応し杖が形状を変えていく。

 どこがどうなればそれになるという変化を終えて、杖はランチャー形態へと形を変えた。

「月光エネルギーチャージ!

 20%到達!

 いくよ! フルムーンバスター!」

 ランチャーから月明かりと同じ柔らかな光が放射される。

 柔らかな光と表現したが、威力は凶悪の一言に尽きる。以前90%チャージで直径200mの隕石を消滅させたことがある。

 怪人相手ならばいつも20%で撃っている。それくらいでちょうどいいのだ。

 放射されたエネルギー光は、運悪く円盤落下地点にいたアルバイト怪人を巻き込みカラフルな爆煙を上げた。

 アルバイト怪人がやられたので、これにて今日の組織活動は終わりだ。

「撤収〜」

 撮影班もカメラなどを片付けていく。

 帰ろうとしたムーンベルを撮影班の一人が呼ぶ。

「なに?」

「DVDを買ってくれたお客様に抽選でサイン色紙をプレゼントしたいんでサインもらえませんか?」

「いいよ」

「ありがとうございます。

 おーい色紙二十枚持ってきてくれ」

 渡された二十枚にサインをしながらムーンベルも伝えたかったことを話していく。

「二週間後に中間試験があるんだ。勉強したいからこの先二週間活動停止するように幹部に言っておいてくれない?」

「わかりました。きちんと伝えておきます」

 老人に直接言えばいいのだが、彼は新手の組織と活動ローテーションについて話していた。手が放せそうにないので近くにいる組織員に話したのだ。

「試験ですか。こういった活動も大事ですが、私生活も大事ですからね。

 無理しない程度に頑張ってください」

「ありがと。

 そうだ。ほかの組織とも連絡取れるなら、今のこと伝えてくれないかな」

「わかりました。そのことも上に言っておきます」

「できた! これでいい?」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ私は帰るね」

「お疲れ様でした」

 ほかの人たちからもお疲れ様と聞こてきた。

 スタンダードスタイルに戻り、その場を去る。

 その後、センサーに反応した火事を消しムーンベルは家へと戻った。


 時刻は午前四時。

 自室で変身を解き、うっかりサインなんかしたことに悶えたことでこの時刻。

「ね、寝ないと」

 明日いや今日も学校なのだ。少しでも寝て疲れをとりたい鈴太郎はベッドに潜り込む。

 三時間後、なつめにたたき起こされた。

「もうちょっと寝かせて。

 寝たの四時なんだよ」

「自業自得っほら起きた起きた!」

「加奈の同類が寝かせてくれないぃ」

「加奈さんの同類?」

「貧乳仲間」

 きっと寝起きで頭が覚醒していなかったのだろう。普段なら言わないことが口から滑りでた。

 結果、辞書がお腹に叩きつけられる。目が覚めていたら確実にこうなるとわかっていた。

「そりゃバスト85は自慢でしょうよ!

 私のは将来性あるもん! まだまだこれからだもん!」

「人助けしてきたのにこの仕打ち……」

 自業自得っぽい。

 お腹をさすりながら起き上がる。眠気はすっかりどこかへ行った。

「おはよー」

 昨日の朝と同じ光景のリビングに入る。違うのはなつめの機嫌が悪いことだろう。

「眠そうだな?」

「寝たの四時だから」

「忙しかったのか。昨日はなにしたんだ? 火事に関わったことは新聞に載っているが」

「補月団と戦ってた」

 新手のことは黙っていた。からかわれのネタを増やしたくなかったからだ。

「あーあいつらか。

 ここはどう反応すればいいだろうな? 娘はやらんと息巻けばいいのか、大変だなと同情すればいいのか」

「娘さんはなつめ一人だろ!」

「ムーンベルも家族の一員よ」

 母があっさりと言ってくる。

「じゃあやっぱり息巻けばいいんだなっ」

「勝手にしてくれ」

 今日もテンション低く鈴太郎は過ごすことになる。

 いつもと変わらぬ日が始まろうとしていた。

ギャグにしたかったんだけど、なりきれてないなぁ

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのしてて、クスッと笑えるギャグテイストがとっても良かったです。 これからも執筆頑張って下さい。
[一言] 主人公の鈴太郎の境遇にとても心揺さぶられました。ぜひ続編や10年前の初めての変身の話等も書いてもらいたいと思いました。
[一言] 拝読させていただきました(笑 男が魔女っ娘にというのは私も考えたことがありますが、見事に挫折しました(笑 妙に緊迫感がなく、ほのぼのとしていて良い雰囲気のお話だと思いますよ。
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