普通、基本じゃない?
外様将軍:柏木 公は、本日此方でご公務を終える予定らしく。
「『電算』だしてみろ」
ご帰還する様子も見せず、まだ事務所に残っていた。
早く帰ってくれないかなぁ? リーダー格のパートすら寄り付きたがらない怪訝な空気、アタシの身が持たないわよ。
「『電算』ってなに?」
何気なく聞いた一言に、アイツの顔が固まった
「知らないのか?」そんなことも、というような 小ばかにした顔
「知らない。」
「へぇ、チーフで『電算』しらない奴がいるとは 驚きだな」
いちいち頭にくる言い方する奴だ。
「『電算』ってのは、うちの会社が全社で使ってる経理システムだ。 どこの部署にも『電算』が入ってるパソコンが1台は必ずある」
本当に知らないんだな、と 鼻にかけるような言い方が本当にむかつく。
コイツ、後で車に十円傷でもつけてやろうか。
「見たことが無いなら、見せてやる」
デスクの端にある固定電話を 手繰り寄せて どこかに電話をしはじめた。
「秘書課の柏木だ。そっちのチーフは… あぁ 物流部にいる。ここのPCに電算入れろ」
今のは、本社?本社の総務課なんかの直通電話なのかな。
てゆーか よく 電話番号暗記してるね、あたしゃ 4桁ですら限界だよ
「申請書? は? 各事業所には1台『電算』が入っているのが当たり前だろう?
入れてないのは、システム室の怠慢だろう? さっさと入れろ。使用者は、蕃昌チーフだ。
IPアドレスいうぞ。10分以内に入れろ。以上だ」
ガチャっと一方的に切る電話。
アンタ、そんなんじゃ 社内に敵だらけじゃないの?
大体、夜の20時半とかに電話してきて、さっさとインストールしろとかいう神経が、人に嫌われるわよ?
アタシ以外に コイツを嫌いだろう奴がいるのが分かり ちょっと一安心して、柏木を見る
「なんだ?」
「いや」
「俺は コーヒー買ってくる。」
まるで、空けるから留守を頼むぞ、という言い方を感じて改めてやっぱり「コイツむかつく」を再認識した。
分かってるけど再確認ってやつだ。
何度も言うようですが、奴は秘書課です。ここは、物流部の社屋です。アタシの社屋です。
他所の子は、あっちなんです…!!
数分後、半分おびえたような声のシステム室から電話が掛かってきた
「あの~ ユーザーIDとパスワードをご連絡しに…。」
夜の八時半に、ご丁寧なこった。外線出たのが運のツキだったね「遅くに、ごめんね、ありがとね。夜、予定とか入ってなかった?大丈夫?」丁重に謝った後、こっそり聞いてみた。
「ねえ、秘書課のチーフって いつもあんなんなの?」
電話の相手は 勘弁してくださいと言わんばかりに 声が及び腰になってる
「あんさ、アタシ 最近 あの男に張り付かれてるんだけど、
これって『アタシって かわいそうな人』って名乗ってもいいんかしら?」
ちょっとおどけて笑ってみた。今度は、乾いた笑い声が聞こえたので、肯定と受け取ることにした。
あー やっぱそうか。
コイツは 誰にでもヤな奴なんだなぁ よしよし。
自分の考えが 誰かに肯定されてもらえるのは 嬉しいもんだ。
さてさて。
戻ってきた外様将軍:柏木 公は、私の分まで缶コーヒーを買ってきてくれた。
しかも、知ってか知らずか、ブラックが飲めないアタシのために? カフェオレを。
倍加速で、ご機嫌が良くなったのは、ここだけの話。
モノに釣られた単純なアタシでゴメンなさい。
「通常、俺たち本社が見てる表がこれだ。」
ぽんぽんぽん、軽いタッチなのに 画面がめまぐるしく代わり、
一瞬で 細かい数字がシャッターのように表示された。
「ぜんっぜん 意味わかんない」
「だろうな」
相変わらずむかつく一言は 缶コーヒーに免じて、今は噛み付きません。
そこは寛大な処置してツカワス。
「このセンターが経費として計上してるのが ここの数字だ。」
分かるか?と見る目と視線が重なる
ズサっ 眼球が凹んだ気がしたほど、衝撃受けた。
色見本に出てくるような 鮮やかな焦げ茶の瞳が、いやに目に付く
その言い方が、むかつくはずなのに、今回は 瞳がものすごくインパクトあったから 一瞬 返事に詰まった
今の衝撃が 世に言う「目力」と気が付くまで 少し時間が掛かってしまった
我に返ったのは、冷や水を浴びせるような いつもの一言だった。
「俺に見とれるな」
むかつく…! 超!むかつく。悲しいことに今回は図星なので、なおさらむかつく。
その言い方が、発想が特に。よくもまぁその発想へまっすぐにたどり着けるわね?
アンタ、どんだけ自分にうぬぼれてるのよ
どんだけ自分が イケメンだと思い込んでるのよ
気持ち悪いわよ、そういうよくわかんない自信
缶コーヒー効果、切れましたフラグ、立ちましたかもよ
「ホント嫌な奴だけど、仕事になると真剣になるのね。」
これでも、声音は抑えて話をする。
「だから、今 固まってたのか。失礼な奴だな」
鼻で笑うような顔が、余裕染みてて やっぱり気に食わない。
「ったく、どっちが? 私、こうみえても真面目に仕事しているのよ、不謹慎なのはどっちなのよ?」
「表情ひとつで不謹慎とかいう奴が よっぽど 不謹慎だとおもうがな。 俺からしてみれば 質の悪い誤解だ」
ああもう! マウスを持っていた手が、缶コーヒーに変わり、フフフと気取った笑い方するこの男、やっぱ 気に入らない!!
「いちいち癪に障るわね、『見とれる』以外の言い方してくれれば こっちも こんなに蛇足させないわよ」
「あるのか、他に」
あー、気に入らない気に入らない。あー、気に入らない…!!
「『面食らう』とか『呆気にとられる』とか、言い方あるでしょ?野暮なお人ね、貴方も」
「野暮って、お前、実年齢いくつだよ? 今さら聞かない単語だぞ」
どーにも、苛められてる気がする。コイツ絶対Sだ。絶対、この売り言葉の買い言葉、楽しんでる。
そしてしばらく。
「ま、受け流せないぐらいウブな女ってのが よく分かったよ」
くっくっく、と喉奥で笑われて、結局 やり込められてしまった
まぁ
実は、見とれたんだけどね。はい、すんません。ぺこり
わかってよ! 素直に認める女子がどこにいるってのよ!
そこ、突っ込まないわよ!
もう、困らせないでよ!
あー、ヤダヤダ。
アタシが悪かったことになり(勿論、私が悪いんだが、謝る気は起きなかったので 謝っていない)
『電算』の使い方は 教えてもらえた
役に立つんだか、どうなんだかなぁ。
その辺は いまいち未だ分からないんだが、知っておいて損も無かろう。
あのまま放置されてたら、数字の波に放り出されて、それこそ遭難必至。路頭に迷わずに済むよう、あそこまで付き合ってくれたのは、感謝してる。
こういう『ツール』を知ってる上に、いとも簡単に手配してくれる柏木の存在は、
子憎たらしいが 物流センターとしてはありがたい。
個人的にはむかつくが、立場としては お礼のひとつも言うべきなんだろう。
「柏木さん」
腹の中では 散々 あの白身のセロリノッポとか、勘違い野郎とか 好き勝手に言ってるけど
今の一瞬だけは 腹の中でも「柏木さん」と呼んでやることにした。
「ありがとね」
どんな顔して、ありがとうと言うか迷ったけど、
年上のリーダークラスのパートへ 労うように、立てるように。
そして、これからも、よろしくを 込めるように。
語気に、謙虚さを出来るだけ込めて 言葉を出した。
「助かりました。」一礼するのは、それだけじゃ 気持ちが伝えきれないと思ったから
そう、アタシは コイツが嫌いだけど、パートのみんなを守る立場としては
コイツを嫌いになるわけにはいかない
顔をあげた時の柏木さんは、読めない顔していたけど いい方にとることにした。
皮肉のひとつも、今回は甘んじて聞き入れるつもりだったけど、何も言わなかった
まぁ、なんだ。
何とかの情けだとか 優しさだとかとして受け取ることとして。
駐車場まで(実は、初めて!!)見送ったとき、ふと言われた。
「お前、あんまり目を合わせて話すなよ」
ん? さっきの事?と無言で尋ねる私自身がもう目を合わせてる
「何でですか? 大事な会話って、目をあわさないと言葉以上の気持ちって、伝わらないじゃない?」
事実、アタシ自身が、自分と目をあわさないパートを信用してない。
毎朝の全体朝礼でも、目を合わせ返してくる人が誰で、視線をそらしたり泳がせた人が誰で、は 把握するようにしている。
絶対に、何か抱えてると思うから。私と向き合えない事情が何か…自信が無い、やる気が無い、違うことを考えている、今の朝礼で疑問が残っている…理由が絶対あるはず
視線をずらしたのは、柏木さんのほうだった
「まあいい。」
またくる、と言って それこそ、それっっきりで帰っていった。
変な奴。
思わず、口に出してしまったか、おぼつかないけど、帰っていったのを見届けたかのように物陰から、パートたちが「帰った…んですよね」と出てきた。
みんな私の目をみている。
うん、フツー 会話の基本は、目をあわせるわよね?
まぁなんだ、本社の男ってのはモニターに出る数字としか、目を合わせないのかしら。
うん、やっぱり変な奴。