夜20時の来訪者
前回のやり取りから程なく。
しばらく音沙汰が無かったから、喜んでいたのに、奴はやっぱり連絡してきた。
「今から一時間後に行くから、予定を空けろ」
ご丁寧に、「この時間だったら空いてる」というのをキッチリ覚えていたように。
しょうがない。腹をくくりますか。
あちらだって、仕事なんだろう。オイラが書類を出さないと、自分の仕事が進まないんだろう。
「分かりました。お待ちしています」
ドナドナドナ~ ドナ~♪
外は、冷え込みを感じる冷たい雨なのに。
寒そうな顔一つみせないで、相変わらず鉄火面な崩れない表情のままご登場された。
コイツ、サイボーグじゃないの? 夜(しかも、20時)だってのに、髪のセットも崩れてない、疲労の顔とかも出てない。
あー気色悪。そんなに仕事が好きなのかしら。そんなに提出期限が(実は)迫っているのかしら。
前回、電話で「じゃ、切るわよ」と一方的に言って以来、初めて会う。
黙って向かい合っても難なので、とりあえず、もう一度、言い訳をした。
削減起案書なんぞ、書いたことがない事。
対象項目すら挙げ切れず、頭が整理出来てない事
「話は分かった」
ここ、人んち(正確には、人の部署)なのにね。尊大にソファーへ身体を預けて此方を見ている。ちょっとは、慎ましくしなさいよ!
他所のお宅(正確には、アタシの部署)なんだからっ!
日本人離れした背の高い身体は、ソファーが足りないらしく、若干もてあまし気味な姿勢なのが、正直、(ソファーが)可哀想な気がした。
「武藤課長からは、どんな指示が出ている?」
余ってる足を優雅に組んで、まるで自宅でくつろいでるようなお姿。手にもってる持ち込んできた書類をみながら、隙間ついでにこっちをみる態度が、やっぱり、何様!?って思う。
「運営に関わる全部の数字を一旦出してみろ、とのことです。」
なるほど、と言葉では言わないけれど、プリントの向こうで、気配が伝わってくる。
お前、平安貴族のお姫様かっての。顔、見えないのがなーんか癪にさわるのよね。
人んちで、家主よりもくつろがれている上に、この目上目線。
分かる?アタシのこのイライラ。
「俺は、お前ほど倉庫稼業は分からない。だが、金の流れは、お前より知ってるつもりだ。」
一旦前置きをして、奴は身体を起こした。
「『経理』というのは、金の流れを分かりやすく説明した言語みたいなものだ。事業所には、帳簿に載る数字と、載せてない数字、二種類が必ず存在する。」
目上目線はまだ続く。
「違いは分かるか?」
違い?
「前者は、報告したほうがいい数字。後者は何だと思う?」
なんかこの構図、部下と上司じゃな~い?? まぁしょうがないよね、分かんないアタシが悪いんだから。
「報告できない数字…って訳じゃないですよね? 報告しない理由とかあるの…」
なんだろう。答えはなんだろう。
試されてる帰来もうすうす感じながら、なぞかけの答えがすっごく気になる
ちょっと考えて、思いつきで言ったのは「料理と材料みたいなもんかなぁ?」
たとえば、ラーメンを作るとしても、スープと麺がいる。
麺を作るにも材料がそりゃ勿論要るわけだけど、レシピには、『小麦粉』とか『水』とか大雑把なことしかかいてない。
でも、ホントは お店ごとに「○○産の××さん宅作成」とかこだわりとか由来がある。
あるんだろうけど、表記する必要が無いから、書かない。
高くても、こだわりがあれば買ってしまうのが、職人さんだろう。載せきれない情報・載せ方が分からない数字。それが、「載せてない数字」の意味なのでは?
ラーメンという例え話に、クスっと笑われたけど、こっちは必死だ。
怒りたくなったのは、忘れて、今は、答えが気になって仕方ない。
「ひとまず。俺の正解は『内訳』だ。お前の答えも、間違いではない」
なるほど。だから…
「経理課に言えば、俺でも『材料』はわかる。ただし、なぜその『材料』を選んだのかは、お前しか分からない。算出の基準から当たってみるなら、少しは道が開けるか?」
武藤の親父さんの言っている意味は分かった。でも、そんなこと言ってもなぁ
数字にならないものを数字にするのは、骨が折れるよ?
「今の運営に口を挟むつもりは無い。さっきも言ったが、俺は、現場に関しては、素人だ。ただ、内訳を見直して、そこに改善が可能かどうかから、考えればいい」
今までで一番ソフトな言い方をして、そして。「手を貸してやる。見てられん」ちょっとだけ、協力姿勢を見せてくれた。
つられてチョットだけ。この俺様チーフ殿と会話してもいいかな、って気になった。
…ちょっとだけ、ね?
それとね、一瞬だけ怖い顔が緩んだのが見えたとき、「やっぱ カッコいい顔してるなぁ」と思ったのは、ここだけの話。
うっ、口が滑った。認めてしまった
今のなし!なし!! なしでお願いします!!