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ただいま 検品中  作者: 黒田 容子
スピンオフー別編
10/14

オバちゃんたちは 見た!

またまた スピンオフ。

柏木×蕃昌 をめぐる二人のビミョーな間柄を 100人のパートたち(の一部)が 楽しそうに観察しています

読み飛ばして頂いても、支障ありません

ここの物流センターは、だいたい10時ぐらいになると15分程度の休憩が入る

各階フロアの喫煙者たちが、おのおのの紫煙を燻らせ、一服を楽しむのだが…

今日のタバコ部屋は、一味会話が違っていた。


「みた!? 蕃昌さんがドレスアップしてた!!」

駆け込んできた一人が言う。

「みたみた!」「なんか、今日あるの!?」「またあの偉い人、くんの?」


うわさの陰には、女性たちの高らかな笑い声あり。

名前が挙がった人物は、彼女たちの雇用者…責任者である。

自分たちの娘たち程の年頃というのも手伝い、目下何かと世話を焼きたくなる存在だ。朝は早くから、夜は遅くまで。文句も言わずに、楽しそうに働き、気持ちよさそうに笑う彼女が、みな好きだった。

これだけのいい子なのにも関わらず、スタイルだっていい。健康的な肌に、色で荒らしていない生き生きとした髪。その分、化粧はおろか、着飾るの一つもない。しいて言うなら、眉を整えている程度か。


そんな彼女が、ドレスアップ…といっても、作業着でなく、スーツ姿で事務所にいることをいつしか「ドレスアップ」と呼ぶようになった。


滅多にない「ドレスアップ」

大概、先々に決まっていた来客の到着や彼女自身の外出がほとんどだ。


「ウエストがキュってなって お尻もぷりっと…」全員がため息を吐く。

自分が娘だった頃を美化しても、あんなにスタイルが良かっただろうか。

でも、一つだけいえることがある。

「あのぐらいの歳には、結婚していたわよね」「2番目が生まれた歳かな」

思い思いの自叙伝を振り返れば、恋愛など、とっくに卒業している。今の時勢でいう「勝ち組」であり、自分たちの職場の娘は「負け組」という構図が出来上がる。

「お嫁、行かないのかしら?」「せっかくの美人なんだから、毎日 ああでもいいのに。」

職場の七不思議には、早い順序で登場できるであろう事実である。


「じゃあ。また、本社の素敵な彼、くるのかしら」

この頃、本社の社員が頻繁に来所してくる。乗り付ける車の格といい、着こなしているスーツの質といい。会社案内に名を連ねる重役…にしては若すぎる…ではないにしろ、側近かもしくは、候補者なのだろう。見るからに、名のある御曹司のように見える。

立ち振る舞いのスマートさといい、隙のない立ち姿といい。ブルーカラー揃いの物流センターには、非常に際立って目立つ来客だった。

…が、持って生まれたものなのか。冷ややかな顔立ちが纏う雰囲気故に、だれも、近づけないでいる。現に、雰囲気通りの冷徹な指示を秘めて、この頃頻繁に来所しているらしいとの、噂だけが先行している。


「あの二人、どうなんだろうね。」

明らかに、あの男を避けている我らが娘。「出さなきゃいけない提出物があってさ~」出来れば、話したくないらしい。常に、逃げ回っている。それは、周知の事実だ。

ただ。

「来ても空振りが毎回じゃあねぇ…」

どことなく、男が寂しそうに帰っていく姿を全員が一度は見ているため、もしかしたら?と我らが娘の縁談に迄、なってくれないかと気がかりなのだ。


ふと一人が思い出す。

「あ、来るって言ってたわ」ホント?そうなんだ~ と一斉に黄色い声が上がる。

言うまでもなく『もしかして、二人とも実は気があって、実は照れてるだけ』という、願望めいたお目出度い観測論なのだが。

…が、それもまた長く続かず。また別な声が「蕃昌さん、陸運局行って、そのまま労働基準監督署へ行くって行ってたわよ」都合の悪い真実が浮上し、歓声は一気にしぼんでしまった。

歓声の静まりとともに、感情も鎮まったのか。各々が休憩の終了を悟り、一斉に彼女たちは 持ち場へ帰っていった。



残されたのは、彼女たちより後に休憩を取った各リーダーたち。

「へー」

女性たちの噂は、話半分で聞いているが、残り半分はたまに信じていたりする。

「…ちっ! ざんねーん」一人が、言葉とは裏腹に、思い当たる何かがあるのか、ほくそ笑んでいる。

「なんだよ、楽しそうだな」残りの4人が失笑した。

「フフフフ、ま~ね~♪」

気色悪い笑い方だとは思いつつも、手にしている煙草が残りわずかになった辺りで、彼らもまた、各々の持ち場へ帰っていった。




とあるフロア、噂の男が、その上司とともに現れた。

「おつかれさまでーす」

一人の男が、噂の男を出迎える。

「僕、このフロアのリーダーやってます」人のよさそうな笑い方をしながら、同時にその脳裏で、先ほど口にしなかった、したり笑いの中身を思い出す。

そして、一言。隣のパートへおもむろに指示を出した。

「あ、さっきの件、蕃昌サンへ直接確認してくれる?」

目の前の男が、一瞬身構える。

(予想通りですねぇ~ あー面白い)

「うんうん、直接来てもらって目視で確認してもらってよ。 僕の決済じゃGO出せないからさ」

(さすがに、2回目は立て直しちゃいましたか。じゃあ…)

「そういえば、1階にいたかも。急用って言ってたから、今すぐ行かないと会えないかもよ?」

(フフフ、慌ててるんですね! そのため息、誤魔化せてませんから)

彼の娯楽は、今日も順調に満喫できていた。

ただし、万物全てにいえることだが、「名残惜しいところで止める」のが、一番の至高といえる。

(今日は、この辺で止めておきますか)

作っていた表情への緊張を一層強めながら、彼は言った


「僕、次の作業分のピッキングリスト取りに離れるんですけど、いいですか?」

彼の信条は、「仕事は 速く楽しく美しく!」そして、人には言わないが「逃げ足は速く!」であった…




ふう…

噂の男が、トラックヤードに立ち上る灼熱の陽炎を見ながら、何度目かのため息を吐いた。

その視界のさきには、男の用件本来といえる人物が、ケータイ片手にやりとりをしている。その風景を、数人のパートが物陰から見ていた。


「蕃昌サンも逃げ回ってますね」

「本社の重役来所の予定が入った瞬間、今日の午後の予定を組みましたからね」

「いくらなんでも、夕方までには帰ってきてくれるよね?」

「偉い人たち帰った途端、帰ってくるんじゃないですか?」

「…その場合、むしろ、出かけない気がするけど。」


全員の視線に気付くこともなく、彼女は駐車場を堂々と闊歩しながら、ケータイで会話をしている。時折浮かぶ笑顔が、明るい話題なのだと悟られる。

一陣の風が吹き、歩きながら揺れていた長い髪が、また一段と高く揺れた…


「おーい、柏木君。」

噂の男が、上司に呼ばれ振り返った。そして、「只今、そちらへ向かいます」短い一言ともに、その場を後にしていった

表情は分からなかったが、どこか寂しそうで、そして嬉しそうだったと思ったのは、その場の背中が語っていた



「柏木さん、呼び戻されちゃいましたね。ターゲットとのコンタクト、失敗!」

「あーあ。蕃昌サン、出掛けちゃうんだ~ 無駄足になるね~」

「いやいや、作戦はまだ失敗と決まったわけではないよ。…最後の最後、駐車場で捕まるってこともありえるよ」

「じゃあ、蕃昌サン、逃げ切れるのかっ!!よし、勝負!!」

今日も、物流センターは 嬉々として活気に包まれていた。


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