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出会いは六つの星の下で
作:維緒理



第9話


 産婆の悲鳴に似た声に一階でニダの出産を祝っていた人々の顔に戦慄がはしる。

 六つ星、それは体に六つの痣を持つ者。

 世の中を滅ぼす大きな災いをもたらすとして、いつの頃からか六つ星の痣を持つ子供を殺すのが慣習となっている。今では少しの痣でも念のためにと命を取られる赤ん坊がいるくらいだ。

 周りが急に静まりかえったので二階からのニダの激しい泣き声がルキウスの耳に届いた。それを旦那が懸命に慰めている。

 ドアの軋む音がして、産婆が赤ん坊を抱いて一階へ降りてきた。その後ろからニダの夫が力なくついて来る。二人とも陰気な顔だ。これから起こることを何も知らない赤子だけが老婆の腕の中で元気に泣いており、対照的な風景だった。

 六つ星の赤子の登場に階段下で二階の様子を伺っていた人々は一斉に後ずさる。そんな中、ラウドだけは人ごみを掻き分け赤ん坊に近づく。ルキウスもそれに続いた。

「これは六つ星ではない。殺すな!」

 ラウドは赤ん坊の痣を見て叫んだ。ルキウスは今まで見たことがないラウドの強い口調に驚きつつも、生まれたての赤子の痣を覗き見る。大小さまざまな痣が六つ、確かに腕にある。しかし六つ星の子供の末路は知っていても実際に六つ星を見たことがないので本当に違うのかルキウスには判らない。

「村に災いがおきても良いのか!」

 産婆は半狂乱で子供を外へ連れ出そうとする。それをラウドが必死に止めていた。

 今や食堂内は産婆に従う者や避けるように逃げる者、どこから聞きつけたのか一目騒ぎを見ようと駆けつけた者で混乱をきたしていた。

(俺も、ニダの子供に死んで欲しくない)

 ルキウスも一緒に産婆を止めようとラウドに近づこうとした。が、慌てふためく人波に揉まれ、なかなか思うように進まない。

「どいて、どいてよっ!」

 ルキウスは声の限り叫んだが、大騒ぎの室内で声はかき消されてしまう。そんな中、ルキウスの目の端に恐れ逃げ惑う人の肘が蝋燭にぶつかるのが映った。それはとてもゆっくりとした速度で床に落ちていくように見えた。

 倒れた蝋燭の火が近くのカーテンに移り、勢いよく一気に赤い火柱を立てる。

「火事だ!」

 それに気づいた周りの人はさらなる混乱に陥る。おかげで消火活動も儘ならない。

(火事…火!)

 人々をあざ笑うかのように広がっていく炎に、ルキウスは自分の体が恐怖で動かなくなるのが分かった。

 その火は厨房の油に燃え移り、俄かにその範囲を広げていく。

「それみたことか、やはりこの子は災いの子じゃ」

 産婆は勝ち誇ったかのように高らかに言うと、火事から逃れようと逃げる人ごみに紛れて外へ出て行った。ラウドもその後を追って行く。

(俺もいかなきゃ。でも…足が動かない!)

 早くしなければ、と思えば思うほどルキウスは動けなくなっていた。目は火から離せない。

 不意に耳元で女性の声が聞こえた。 

「あなたは逃げて…生きて」

 最後に母さんは俺を抱きしめ、崩れるように倒れていった。その時の声だ。

 六年前に住んでいた自宅は火事にあい、ここの食堂と同じように火の海と化していた。

「いやだよ、一緒に早くにげよう」

 侍女のナラが無理やり引き離すまでの間、母の体に何回も叫び、体を揺らしたが、母からの反応はなかった。

 ナラに引っ張られながらも振り向いて見た母は、巻き上げる炎の中に包まれていた。手入れが行き届いた艶やかな黒髪といつも好んで着ていた黒い服が赤い炎と相まって際立ち、こんな時であってもやはり母はとても美しかった。

 命からがら逃げ出したルキウスは、ナラに連れられるまま彼女の実家へ行き、しばらくそこで過ごした。その火事が放火で、母と共に父も兄も亡くなったこと、まだ犯人が分からないということをナラに告げられたのはしばらくたってからだった。

(狙われたのは俺の家族だ。その犯人はまだ捕まってはいない。ここに俺が生きていることが知れたら、俺を殺しに来るかもしれない。俺のせいでナラにもナラの家族にも迷惑がかかったら嫌だ)

 ルキウスは大好きなナラから離れることを決意し、内緒で家を飛び出した。丁度悲しみを堪えて気丈にふるまうのに疲れた時期でもあった。

 それ以来一人で生きてきた。

(あの火事のせいで俺の大切なものからすべて引き離された。家族も家もナラも! そして俺にできることは逃げることだけなんだ)

 時を経て、火はルキウスにとって死と破滅の象徴となっていった。

 柱が倒れる音でルキウスは思い出から引き戻される。先程とは比べ物にならないほど辺りは火に包まれていた。

(怖い…。もう、立っていられない)

 熱気による熱さと圧迫感から息苦しいのにも関わらず、恐怖心から足が震えてその場にしゃがみ込んでしまった。

 ぼやけていく視界の中に黒い人影か際立って見えた。それはこちらを見ると急いで駆けつけてきた。

「死にたいのか、はやく外へ出ろ」

「ラウド…」

 ただただラウドを見つめるルキウスの腕を掴み引き上げようとするが、ルキウスは立ちあがることができなかった。

「しっかりしろ」

 そう言ってラウドはルキウスを抱き上げた。ルキウスを抱えているのにもかかわらず、ラウドは軽い身のこなしで炎から脱出する。

 ルキウスは両手をラウドの首に回してしがみついた。彼から伝わる心臓の鼓動が、だんだんルキウスを落ち着かせていくのが不思議だった。

(こんなに人に触れるのって久しぶりだ)

 あまりの心地よさに、ルキウスは暫くラウドの首筋に顔を埋めた。同時に安心感も湧き上がってくる。

(火事のせいで、俺、変なんだ)

 ルキウスはそう結論付けた。そうでなければ、困る。

 ラウドも無理に引き離すことはせず、火事から離れた今もそのままでいてくれた。落ち着かせようとしてくれるのか、髪を撫でてくれる。その手つきがたどたどしいのが少し意外だった。


「そうだ、ニダは?」

 暫くすると普段の思考能力が戻ってきて、ルキウスは慌ててラウドから身を放し、照れ隠しに少しぶっきらぼうに言った。なぜもっと早く思いつかなかったのだろう。そんな自分に苛立った。

「そういえば、見ていないな」

「じゃあ、もしかしたらまだ中かも」

 急に焦燥感にさいなまれた。子供を奪われた上、火に巻き込まれるなんてかわいそう過ぎる。

「俺、助けなきゃ」

 ルキウスは威勢よく言い、燃え盛る食堂へ向かったが、やはり足がすくんでしまう。

(しっかりしろ、俺)

 そう叱咤するが、体は動かない。

 不意に髪をくしゃりとされ、振り向くとラウドが隣に立っていた。

「お前はそこにいろ」

 ラウドはルキウスに脱いだケープを渡すと、近くにあった水をかぶり、火の中へ消えていった。

 それを見ていた群集からはどよめきが上がる。しかしルキウスにはなぜか確信があった。

(大丈夫、ラウドはちゃんとニダを連れてきてくれる)

 程なくしてルキウスの思ったとおり、背中にニダを乗せてラウドは戻ってきた。周りからは歓声と喝采の拍手が湧く。しかしニダはぐったりとして動く気配がない。

「ニダ、しっかりしてよ、ニダ!」

 母の時と重なる。あの時は幼く何もできなかったけれど、今ならできることがある。

「ラウド、はやく宿まで運んで」

 混乱したこの場所では何もできない。

「医者へ連れていくべきだ」

 ラウドの意見にルキウスはいきまいた。

「こんな知らない街で、この混乱の中医者なんて探せないよ。いいから宿へ連れてって!」

 あまりのルキウスの剣幕にラウドは驚きを見せたものの、食堂の近くに取っていた宿へ彼女を連れて行ってくれた。

 宿内は外の喧騒とは打って変わって物静かだ。ベッドにニダを横たえさせ、ルキウスはラウドをふりかえる。

「はやく魔封じを外して。俺には治す力があるってヴェルマが言ってただろ」

 ラウドは複雑な表情を浮かべ、迷っている。ルキウスはラウドに詰め寄り、叫んだ。

「絶対あんたから逃げないから。逃げたら一生魔封じされてもいい。だから早く!」

 ここまで言わないと信じて貰えなくなった今までの自分の行動が嫌になったが、今は一刻を争う時だ。

 ラウドはルキウスの瞳を見つめていたが、頷くと魔封じを外してくれた。

「ありがとう」

 絶対ニダを助けたい。気持ちを集中させてルキウスはニダに向かった。












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