出会いは六つの星の下で(10/26)PDFで表示縦書き表示RDF


出会いは六つの星の下で
作:維緒理



第10話


 数時間の治療の成果が出たのか、ニダの呼吸が楽におこなわれる様になったのを見てルキウスは安堵のため息をもらした。しかし一度開いた彼女の瞳はうつろで、何の感情も映してはいなかった。すぐにその瞳は閉じられたが、ルキウスの心を締め付けつけるのに十分だった。

 ラウドはルキウスの魔封じをはずした直後、ルキウスのどこにも行かないという言葉を信じた様で、再び町の様子を見に出て行った。暫くして帰って来たが、彼は終始無言で隣の続き部屋へ入っていく。

 ちらりと見た彼の横顔でその子供がどうなったのか分かってしまった。ラウドに声をかけることがルキウスには出来なかった。

「そうだ、ニダが助かった事を伝えよう」

 少しは元気になるかもしれない。ラウドに話しかけるきっかけを掴んだルキウスは、もう一度ニダを見て様子に変わりないことを確かめてから隣の部屋へ向かった。

 ノックもせずドアを開けたルキウスをラウドは驚いた顔で振り返る。彼はとっさに左首筋を手で隠した。

 ラウドは油断していた。ルキウスはニダの治療で手一杯だろうと思い、自分の火傷の具合を見ようと上半身を完全に脱ぎ捨ててしまっていた。

「ニダの意識が戻ったんだけど…ってひどい火傷じゃん、見せて」

 ルキウスはラウドに走り寄った。ニダの事で頭が一杯だったので気づかなかったが、ラウドもあの火事の中に飛び込んでいったのだから火傷して当然だ。

「大丈夫だ、俺よりニダを診てやれ」

「もうニダは大丈夫だよ。あんたも怪我をしているなら怪我してるって早くいいなよ」

 ラウドの鍛えられた肢体に付いた赤いただれを良く見ようとルキウスは腕を掴んだ。ラウドはルキウスを離そうと咄嗟に首筋から手を離してしまった。

 ルキウスの視線が一点に集中する。そして大きな緑の瞳がさらに開かれた。

 銀の髪の間から覗く首筋の赤い印。綺麗な一つの円を中心に、それと同じ大きさの五つの円が同じ距離を保って囲んでいる。整然と並んだそれは痣と言うより呪印に近い。

「これが本物の『六つ星』だ」

 ラウドは何も言わず見つめるルキウスに告げた。緊張して凍ったような声色だ。

 一方、ルキウスはラウドがすぐニダの子が六つ星でないと分かったことに妙に納得していた。本物を目の前にしているのにもかかわらず怖いという感情は起きなかった。

「なせ、あんたは殺されなかったの? クワントの息子だから?」

「いや、クワントの息子でも殺されただろう。俺の場合は久しぶりに生まれた魔封じだったから…」

 ギッ、と突如後ろからの板のきしむ音にラウドは口を噤んだ。二人が息を飲んで振り向くと、ニダが入り口にもたれかかりこちらを心もとない顔で覗いた。

 ルキウスは咄嗟にニダの視線からラウドを隠すように前に立つ。

「ニダ、まだ動いちゃだめだよ」

 力なくうなずくニダにルキウスは安堵のため息をついた。

(よかった、さっきの話は聞かれていないみたいだ)

 もし、聞かれていたらこの一連の事件を六つ星持ちのラウドのせいにして彼を責め立てるであろう。しかし今回、誰よりもニダの子供の命を助けたがっていたのは他ならぬラウドなのだ。

 ルキウスはニダの手を取ると再びベッドへ横たえさせ、手を握った。

「あのね、ニダ。その…」

 子供を亡くした事、そして火事。どう慰めていいか分からず、ルキウスは結局口籠ってしまう。そんなルキウスを見てニダは力なく首を振った。

「六つ星だったのだからしかたがないわ。わざわいの子ですもの」

 ルキウスに言ったものだが、ニダ自身に言い聞かせるような声だった。ニダはルキウスの背後に立ったラウドを見つけると上半身を起き上がらせた。ルキウスも同じく振り返ったが、今ではしっかり服を着込んだラウドが辛そうに端正な顔をゆがめていた。

「炎の中から助けてくれてありがとう」

 ニダの礼にラウドは軽く首を横に振り、傍らに跪いて真摯な瞳をニダに向ける。

「もうこのような悲しみのない世に必ずする」

 ラウドの力強い物言いにニダは驚いたように目を見開いた。六つ星の子を殺すのは、感情は別として、もう習慣として人々に受け入れられている。簡単に変えられるものではないが、ラウドの真剣な様子に彼の言葉を笑わずニダは少し微笑んで頷いた。

 ニダの命の恩人としきりに頭を下げる夫に彼女を託すとラウドはすぐに宿屋の馬屋へ向かった。

「この町を出るの?」

 ルキウスの問いに馬車を引き出すラウドの手が止まる。

「ニダは彼女の夫に託したし、今の俺がここでニダに出来ることはもうない」

 苦しげに縛りだすラウドの声は、いつもの彼からは想像できない程思いつめたものだった。真の六つ星持ちのラウドにとって罪のない子供を助けられなかった町にいるのは辛い事なのかもしれない。

「もうすぐ夜明けだし、早めの出発だと思えばいいか」

 ルキウスはそう明るく言って馬車に乗り込む。ラウドはそれを驚きをもって見上げた。

「はやく乗れよ」

 いつまでも見つめるラウドに照れを感じ、ルキウスの口調は荒くなる。逆にラウドは口端に笑みを見せた。

「本当にこの子にはかなわないな」

「え、何?」

 小声で聞こえない。聞きなおすルキウスにラウドは何も答えずただ軽く首を振ると、馬車に乗り込み、白々と明ける空の下、リドの城壁を外へ抜けていった。

 暫くは無言で馬車を進める。馬が進むごとに焦げくさい匂いもだんだん薄らぎ、無くなっていく。

「ここで止めて」

 突然ルキウスがラウドの握る手綱を隣から引いた。馬は嘶きをあげ急に止まったので、反動で二人の体は大きく揺れる。ラウドは急に止められ不満そうに首をふる馬をなだめ、道の脇へ馬車を止めた。

「どうしたんだ?」

 尋ねるラウドを制して、ルキウスは立ち上がり、後ろを振り返った。遥かに広がる草原の中、リドの町は小さく点のように見える。そして周りに誰もいない事を確認した。

「ここまでくれば大丈夫。その上着、全部脱いで」

 ルキウスは手を伸ばし、俄かに脱がしはじめた。ラウドは一瞬たじろいだが、されるがまま動かない。

 焼け爛れていても綺麗な体に違いなかった。

 ルキウスは静かに手をあてて治療をはじめる。青い淡い光がラウドの肌を辿るたび、ささくれた肌が元に戻っていく。

 地平線から顔を出した黄金色の光に、ラウドの身体のラインがくっきり浮かび上がる。そこには火傷以外の古傷がいくつもあった。

(六つ星のせいでひどい仕打ちを受けてきたのかもしれない。だからこそ本当の六つ星でない子供が殺されるのを見ていられなかったんだよな)

 ニダの子を守る必死さも合点がいった。

 そこでようやくルキウスは思い当たった。

「もしかして俺に協力して欲しいことって、六つ星に関係ある?」

 ラウドは少しの間を置いて静に切り出した。

「ああ。六つ星がある俺が生きているのにもかかわらず、地震や、災害は起きるものの、世の中のすべてを破壊するような災いは起きていない。となると『六つ星』とは何なのかということになる」

 いままで閉じていた瞳を開けると、ラウドは太陽の光で徐々に色を変えていく地平線を睨みながら続けた。

「この『六つ星』は明らかに呪印だ。こんな高度な魔術を使えるのはクワントしかいない。もしそうであるなら六つ星について調べていることを知られると呪を施したクワントにどんな妨害を受けるかわからない。どうしても秘密裏に調べる必要があった」

すべての魔術師はクワントの元で統括されており、下手に協力を求めると情報が漏れてしまうかもしれない。情報が漏れた後、ラウドの末路は想像に難くない。

(だから俺なんだ)

 ルキウスは心の中で呟いた。

 一般人では戦力にならない。魔力はあるが、神殿へ届けていない人物、ルキウスがラウドには必要なのだ。

「はやく呪印の根源を断ち切らないと罪の無い子供が沢山殺されてしまう。殺される方も殺す方も誰一人として幸せになれないのに。しかし、調べた上で六つ星が本当に世の中に害をもたらす存在であると裏付けられたのなら、俺は…」

 ラウドは再び瞳を閉じた。

 飄々として、何事もそつなくこなすラウドが実は六つ星のせいで一人苦しんでいたと思うと、ルキウスは急に親近感が湧いた。ルキウスも一人でいなければならない辛さは十分知っている。

(初めからこの話をしてくれればよかったのに。でも、そうなると自分が『六つ星』であることを明かさなくてはならないか。俺は誰にも言うつもりはないけど、初対面でどんな人かわからないうちにそう打ち明けるのはどれほどの勇気が要るだろう。っていうか無謀だ。六つ星と知れた途端に自分の身に危害が及ぶことの方が多いかもしれない) 

 そう考えると、自分の身に置き換えた時、求める人物がみつかったらやはりラウドのように力に物を言わせてしまうだろうとルキウスは思った。

(俺もそうだけど、ラウドも人との距離をつかむのが苦手なんだ)

 ルキウスは自然にラウドを背中から抱きしめていた。

「ルキ…」

 ラウドの戸惑った呟きが背中を介して聞こえる。

「背中は面積が広いから、こうした方がはやく治るんだよ」

 そう答えたが、実際早く治るかは分からない。ただそうしたかったのだ。この気持ちは同情ではない。

(世の中で俺の存在を認めてくれて、頼ってくれる事がうれしかったのかも。きっとそうだ。だってまだラウドと会ってから日にちが浅い。だから…)

 ルキウスは心に湧きはじめた感情を押さえつけた。

(そんなに早く人を好きになれる訳が無い。俺の性格上ありえない。だから違う)

 恋心を否定した時点で認識したことにルキウスはまだ気づいていなかった。












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