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2日後にはもういない






(せい)先輩、先に来てたんですね?」
「女性を待たせるものじゃないよ、少年。私よりも十分は早く来るべきだったな」
「俺だって十分前行動したつもりだったんですけどね」
「私もそうだ」
「ってことは、俺は十分前の十分前行動をすべきだった、と」
「少年から大人へなるための一知識だ。よく覚えておきたまえ」
「そうします」
 俺の方から呼び出しておいて遅れてしまうのは、確かに申し訳ないことだった。
 夕暮れも終わりかける薄明りの下、美しく整った顔立ちをしたその人がが窓を開けた。
「流石に寒いな。でも少し空気を入れ替えないと良くないぞ」
 凍える程の北風。3月とは言えまだまだ桜は咲きそうにない。先輩の腰まで届いていた透けるような黒髪が、桜の代わりに一斉に靡いた。
「で、相談と言うのはなんだね?」
 優しい笑顔。包み込むような慈悲の眼差し。主張を止めない冬の風に触れる頬が、茜に色付き、微笑んだ。
「もう、十ヵ月です。約一年。俺がこの学校の生徒になってから、随分経ちました」
「あっという間だったろう?」
「いや、長かったです。とても長い一年間でした」
 この空気。寒空の向こうでは運動部の連中が子犬の様に騒いでいる。グラウンドは遠く、時折聞こえるホイッスルの音も微かなものだった。
「ふむ。窓を閉めよう。寒いからな」
 喧騒は止み、俺と星先輩は箱の中に密閉された。それでも手が凍えそうだった。
「友達がいない訳じゃないんです。まして、別にイジメを受けてるだとか、無視をされてるとかでもないんです。いたって平和。なんてことないんですよ」
「ただ?」
「そう、ただ……」
 適当な席に座ると、その机には遊びの予定のメモが書いてあった。古いものだった。
「楽しくないんですよ。クラスの連中とバカやって、騒いで、遊んで、笑って。心の底では全然楽しめないんです。作り笑顔。手作り仮面。ホント、何も無い時間だけが過ぎていきました。本気になれないんです。子犬と遊んでやっているみたいで」
 とてもじゃないけど、星先輩の目を見ていうことはできなかった。
「なるほど。私は君の相談を良く受けるが、他の人に何かを相談されることはほとんどない。それでも、だ」
 机のメモに手が添えられた。僅かに机が軋むと同時、星先輩が机に乗り上げた。クロスに組まれた白い足に目が行き、つい目を逸らした。息を呑むくらいに美しかった。
「良くある悩みだろう」
「え?」
「おそらく、感度の強さはどうあれ、割と多くの者が持つ感情だろう」
「そう、ですか?」
 意外。星先輩が困っている。常に道を示し続けてくれた、先輩が、だ。
「星先輩は、こんな風に悩んだことはないんですか?」
「ない」
 きっぱりと言い放った。
「私は私の人生に対して常に全力だ。人付き合いに対しても。君のように手を抜いたりは、決してしない」
「でも、良くある悩みだって」
「私は特別だ」
「そうですか……」
 実際その通りだ。現実味がないくらいの美貌ながら、この人はあまりにも『生きている』のだ。命の炎。心に強さ。前を見据える黒の水晶。
 桁が違うのだ。とても追いつけない。届かない。
 あまりにも人間的過ぎて、人間離れしてしまっている。
「少年、さっき言ったな。『子犬と遊んでやっているみたい』と」
「えっと、言いましたっけ?」
 覚えていないけれど、言ったかもしれない。普段から思っている事だったから。
「そこだよ。君は自然と、級友達を下に見ている。そのつもりがあるのかないのか知らないが、子供っぽいと感じてしまっている。そんな節がある」
「あります、そんな節。やっぱりそう思うのが良くないんですね」
 答えなんて最初から分かり切って――
「違う。相手が子供っぽいと感じてしまうなら、仕方がない。実際の精神年齢がどうかは分からないが、君がそう思うのなら、もう否定はし切れないだろう」
「え!? えっと、なるほど。確かに。良くない良くない、対等に見よう、とか思っても無理。無理やりですもんね」
「とすると答えは一つだ。子供と全力で遊べ」
「……できるかな、相手が相手だから全力になれないんですが」
「できるさ。君の心は大人になってしまったから恥ずかしがっているだけなんだ。でも、こんな時間はすぐに終わってしまい、本当に終わってしまったら、子供として全力で遊ぶことはできないんだ。それを忘れずに、悔いのないように楽しめばいい。自然と童心に帰れるぞ」
「分かって入るんですけど、ね。こんなバカなことができるのも今の内だ、ってことくらい。そうなんですけど……」
「よし、じゃあ練習だ。今から私とするぞ。とてもくだらない遊びを」




「魔王! 犠牲になった我が友の、母の、父の、戦士達の魂の安らぎのために! 全人類の平和のために! 勇気の剣を掲げ、私は今日、お前を倒す!」
「ふはッ、ひィッッはっはッはッはッはッッ!! そのひ弱い細腕でッ! いったいなァにができるというのかッ!? この魔王にぃかすり傷でも与えられるとでも思ったのかァ!? この魔王の指を見よッ! パッチィィィィィンッ!! これを鳴らすッ! するとッ!」
「な、なに!? 西の王から授かった勇気の剣が!? 独りでに折れた!?」
「勇気ッ! それは尊いワードッ! お前の様なつまらない人間がァ、軽々しく使える言葉ではないッてことなのだァッ!!」
「な、なんだ!? 魔王の周りに青白い炎が現れたぞ!?」
「勇気ッ! それは尊い言葉だッ! この重みのある言葉は、この魔王にこそふさわしいィィッ! この世の死、全てを知り、制御し、心さえも捧げ、最後に残るのが、そうッ! 勇気ッ! 我が悪しきプライドは、勇気を手にし、人間どもを支配できる力を手に入れたのだァッ!」
「そんな!? 勇気が悪の力を増長させている、だと!? そんなバカな! 勇気は正義にこそ見方するんだ! 悪を許しはしないはず!」
「いい加減現実を見たらどうだッ! 全ての善と悪を食い尽くしたこの魔王の持つ勇気がァ、今お前の目の前で一つの自称善を壊そうというこの光景をッ!」
「なんだ!? 青の炎が、魔王の頭上で一つになったぞ!?」
「バーンッ! バーンッ!! バーンバーンバーンッ! 意思もゴミも、跡形もなく燃やし尽くすゥッ! 無に帰れッ! ムーンライト・ブルー・フレイムゥゥゥゥゥウウウウウァァァアアアアッッッ!!」
「青い炎が龍の頭になって、私に噛みついてきたあああ!! うわあああ!」
「あひゃッ、だりゃあッはッはッはッはッはッはhhッ!! グッドバイ、取るに足らない人間。予想通り、とってもつまらなかったぜ……。

 おい、少年、もう少し頑張れないのか? さっきから恥ずかしがりっぱなしで、全然本気じゃないだろう?」
「すんません、いくらなんでも恥ずかしいです。充分頑張ってるつもりなんですけど……」
「いいから、もっと楽しんでみろ。ほら、続きをやるぞ

 んッ!? なんだッ!? この魔王の放った炎の向こうで、今何かが動いたぞ!?」
「……、勇気」
「なんだとッ!? まさかこの人間ッ、我が究極の炎魔法を耐えたというのかッ!? そんな、バカなッ!?」
「温いぞ魔王! この程度の冷えた息吹じゃ、私の胸に灯る命の炎は消えはしない!」
「ぬわぁんということだァッ!? こんなヘッポコピウーな人間が、なぁぜ生きていられる! 我は魔王であるぞッ!? いったい、どぉいうことぬぁんだッッ!?」
「まだ気づかないのか! この剣を見よ!」
「こ、これは!? 刃のなくなった先端部分に我が炎が宿り、炎の剣となっているッ!?」
「勇気、それは尊い言葉だ! だからこそ、この言葉を使う時は、覚悟がいる! でも、それは死ぬ覚悟じゃない! 生きる覚悟! 守る覚悟! 前を見据える覚悟! それらの自分で作った想いから逃げ出さないこと! それが勇気! そしてこの剣は、持ち主の勇気パワーのゲージがマックス値に達した時、すごい力を得るのだ!」
「すごい力……だと!?」
「そうだ、すごいぞ!!」
「き、さまッ! もっとマシな言葉回しはなかったのかッ! バーンバーンバーンバーンバーンッ!」
「無駄だ! すごい力を前に、魔王の炎は効かない!」
「なんということだッ! 我が炎が全て剣に吸収されたぞッ!」
「私の勇気の一撃を受けてみろ! 必殺!」
「く、来い! 我が究極の氷魔法で全てこ――」
「すごいすごいアタッッッックゥゥゥッゥ!!」
「ギョワアアアアアアアアアアアアアアアアア!! まだ喋ってる途中だったのにぃぃぃぃぃぃいいアアッッッ!!




 ふむ、後半はだいぶ熱が入っていたな、少年」
「必死過ぎて台詞変になっちゃったんですけどね」
「いやいや、その調子だ。よし、次をやるぞ」




「あぁ、ニュリエット! あなたはどうしてニュリエットなの?」
「トニオ! そういうアナタはどうしてトニオなのか! アナタが蝶であったなら、二人の運命を分かつこの鎖をすり抜け、永久と共にあのレインボーの向こうへ羽ばたいていけたのに!」
「ニュリエット!? 私が腸ですって!? 私はあなたの得た食物を消化し続ける、奴隷の様な女だと言いたいの!?」
「トニオがドレスのような女性!? そう、アナタ……、

って待ってください。先輩が演じてるトニオって、ロミオって男なんじゃないんですか? なんか星先輩の作ったこの台本、おかしくないですか?」
「ロミオ? 何を言う。私はトニオだ。この物語はトニオとニュリエット、どちらも可憐な女の子。百合百合しいものなのだ。問題ない」
「俺も女……」
「さぁ、続けたまえ。奴隷とドレスを聞き間違えたところからだ」
「ドレスのような女!? そう、アナタ……、まさに純白のドレス。揺らめく花弁の様に、踊る妖精の様に。あぁ、トニオ、もう少し笑っておくれ! もう少し祈っておくれ! この運命の扉を開ける鍵となっておくれ!」
「ニュリエット!? 私がカニですって!? 私が横歩きしかできんくて泡を吐く、そして北海道で美味しいのがとれるような使い捨ての女だって言いたいの!?」
「トニオは北海道へ行きたいのかい!? 轟々と降り頻る雪の真ん中、一人悲しそうに佇むアナタは、そう、まさに美しい! 美のために雪が飾るのではない、スノウと美がアナタを飾るのだ。そうだろう、トニオ」
「ニュリエット!? スネ夫飛びが私を飾るですって!? 何よスネ夫飛びって! 『ママー!』とか叫ばなければならない訳!?」
「トニオ!? 私の未来の娘のママになってくれるのかい!?」
「え! よ、喜んで!」
「……。



え、台本これで終わりですか!? これって百合にする意味あったんですか!? 短くないですか!?」
「魔王の方で力を使い果たしてしまってな。こっちは適当になってしまった。その……うん、すまんな。次のは気合を入れなおすから」




「犯人はお前だ! 現場にあった土偶を持っていったのは、付着した血痕を上手く拭き取ることができなかったからだな! だがな! あれを破壊することに躊躇したな! そこがお前の落ち度だ!」
「なンだっよ、ッたくオイテメッ、刑事さんの恰好した姉ちゃんとォ! そンだけ言うンじゃァ、証拠ッ! 実物ッ! それは用意してンだろうなァ!? 俺ン血がこびり付いて、落ちねェッて言う、その土偶ッ! タクヤと俺の親友の証ッ! 土偶ッ!!」
「それはお前が良く知っているだろうが! ないッ! お前が粉々にぶっ壊したからな! だが! お前が躊躇ったお蔭、お前が中々土偶を処分すんのが遅かったから、お前の負けだ! タクヤを殺したのは、自称親友、お前だ!」
「ンだとコラッ!! 良いから見せろッてンだろォが! モノだよッ!」
「そもそもあの土偶にお前の血が付いたのは被害者ともみ合ったからだ。タクヤを殺害した後、お前は慌てて全部持ち去ったんだ! 血のこびり付いたもんを全部! そして処分! だが思い出の品だった土偶だけはなかなか捨てきれずにいた! そんな中私の捜査が伸びてきて、お前は意を決して土偶を処分したんだ!」
「はァンッ!? 土偶に続いて、周りのものありッたけとかぬかしやがッたなァッ!? ブツ! モノ! 俺が処分したそれ全部ン中の何一つゥ、お前はそのカケラもカスも持ッてきてねェだろォがよォッ!! おい姉ちゃん、いい加減にしねェとぶン殴ンぞォオラァッ!!」
「おいおい! それこそ公務執行妨害! 別件逮捕からの圧迫取調室で、お前は罪をボロッボロと吐くことになるぞ! でもそんなもん時間の無駄なんだよ! お前はもう逮捕が確定しているんだ!」
「なンだとォオイッ! 確定!? 決定!? そんな馬鹿野郎な話あンのかァ!?」
「これを見てもそれが言えるか!? ビシッ!!」
「逮捕状ッ!? そ、それはッ!? お前が手に持ッてンのはッ!? 俺の顔面のめの前にバーンッと広げたそれはッ! 紛れもねェ!! 俺の逮捕状じゃあねェかッ!!」
「そうだ! 分かったろ! お前は言い逃れるない! 大人しく、私の話を聞いていろ!」
「な、な……くそッ! クソクソクソクソクソッ! あァもォ分かッた分かりました理解しましたでござンすよォッ!!」
「分かればいいんだよ」
「で、刑事の姉ちゃん、俺はヘマをしたンだッてなァ? どンなだよ? あァン?」
「あの土偶はお前とタクヤの旅行先で買ったものなんだろう? あれは材料から手作りでな。中が空洞で、叩くと独特の良い音がなるんだよ。その道の伝統工芸だ。あの職人さんにしか出せない音だ。それを買い取ってな。お前んちのトンカチと同じもので叩き割ってみた。良い音がしたな。録音済みだ。聞くか。パリーン。どうだ、良いだろ?」
「……。で、なンだよ? 音? そンなもンがどうした? ブツは綺麗に跡形もなくなくなッてンだぞ? ましてや音だ。残ッてるわけねェだろ?」
「お前さんよ、ご近所付き合い、してるか?」
「し、してねェよ。必要もねェな」
「だから知らないんだろうが、お前の部屋のお隣さん、」
「それが何だよ?」
「お隣さん、大学生なんだが、昼間っからお友だちとスカイプで通話してたんだと。集音広めのマイクで、窓全開で。そしたら隣で土偶を割る音、聞こえたんだと。そのデータ、警察が拾って、同じマイクで土偶の割れる音を録音。ピッタリ重なったというわけだ」
「そ、そんな……そんなのが……ブツ、証拠、に、な……なンのかよ?」
「ならない。でもよ、部屋調べられて困るのはお前だろ? あの土偶、粉塵が飛びまくるんだ。お前の部屋中にばら撒かれてる筈だ。実力行使で調べらえれる前に、さっさと自主しろ」
「……あァ、だって。くそォ、そンなァ……。なンで、こンなことに……」
「何があったんだ? 親友を殺すほどの何が?」
「……貧乳が良いか、巨乳が良いかで意見が分かれたのがことの発端でした――




 ことの発端ショウもないですねぇ!」
「いや、大事なことだろう? 私が男だったら殺人事件になるレベルだ」
「なんでこんなので逮捕状がでたんですか?」
「国家権力だからだ。もしくは私の権力だ」
 星先輩が台本を置き、身体をしなやかに机に乗せた。
「まだあるが、どうする? 続けたいか?」
「いやぁ、もういいかなって思います。なんだか顔の筋肉がすごく疲れてしまったんですよ」
 俺は両手で顔を解しながら、また適当な席に座った。
「ふむ、だいぶ疲れているようだな。ところで、この一年君がそんな風に顔の疲れた時はあったか?」
「ないですよ。こんな変な風に大げさな演技しないですもん、普段はこんな風にならないですよ。やっぱり慣れない部分を動かしたからですね。演技って大変だ」
「おっとっと、少年、勘違いをしているぞ」
「勘違い? 何のです?」
 先輩は机からピョコンと飛び降り、振り返った。
「確かに慣れない部分を動かしたが為に、君は疲労している。それは合っている。だがその疲労、演技によるものじゃないぞ」
「違うんですか? じゃあ何でしょう?」
「それはな……」
 そっと。俺の頬に、星先輩が柔らかな手を触れてきた。突然のことにドキっとし、寒くもないのに身体が震え上がった。
「君が一年ぶりに、本気で笑ったからだよ」
「あ……」
 とても納得の行く。体育祭と言い学園祭と言い、クラスの連中とバカみたいに騒いでも、あれは所詮作り笑顔だった。
「おかしいな、さっきのも、最初は苦笑いだったり作り笑顔だったりしたはずなんですけど」
「私が頻りに言っていたからな。もっと楽しめ、と」
「で、いつの間にか本当に楽しくなっていた訳ですか、俺。そんな、バカな……」
「そういうもんなんだ。大人だって童心に帰る。本気で楽しめば良い。笑えばいい。君は楽しくなかったんじゃないんだ、恥ずかしかっただけなんだ」
 確かに、最後は楽しかった。こんな下らない台本だったけど、業とらしい演技だったけど、この下らなさがクセになっていた。
「あは、あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
「はは、気に入ってくれたようで嬉しいぞ」
「ってことは、そうか、俺はここ一年ほとんど笑ったことがなかったんですね!」
「そうだ。君はお地蔵さんのような顔をしていたからな。笑わないとそのままカチカチになってしまう所だったと思うぞ」
「先輩が俺がカチカチ化しそうなのを助けてくれたんですか! あっはっは、ありがとうございます! はっはっは、笑いが止まらなくなっちゃいましたよ」
「どうだ、久々に大笑いした気分は」
「なんだか肩凝りがとれましたね。キレイサッパリしました」
「そうだろう。人間、なんだかんだ言って元気なのが一番良いわけだ。っはっは、私に相談して正解だった様だな。君の悩みの半分は解決したようなもんだ」
「もう半分、友達とうんぬんって奴は自分でなんとかできそうです」
「はは、そいつは良かった。じゃあ頑張れよ、少年。またいつでもこうやって相談しに――」
 言いかけた星先輩が、ハッと我に返り、俯いた。
「電話で相談を受けるくらいならできるだろう。じゃあな、少年」
 そのままクルリと回れ右。スタスタと教室を出ていこうとする。
「待ってください」
 このまま帰しちゃいけないと思った。何でもいいから呼び止めなくてはいけないと思った。
「なんだい?」
「えっと、先輩は明日卒業したら――」
「京都で一人暮らしだな」
「えっと、寂しくないんですか」
「寂しいさ。当たり前だ。君はどうだ? 私がいなくなったら寂しいか?」
「ええ、まあ」
「私も、君やみんなに会えなくなるのは寂しいな……」
 冬の風が窓を叩き、ガタガタとうるさい。耳も目も、意識を先輩の後ろ姿から離せなかった。
「明後日にはこの町を出るつもりだ。荷物はとっくにまとめてある。新幹線のチケットもあるぞ」
「早いんですね」
「あぁ、そうだな」
 机四つ分。それが俺と先輩との間にある距離だった。机も椅子も、教壇も、全て静止した世界で。止まった時間が包んでいた。
「君は、どうしてこの時期に、この相談を持ちかけてきたんだろうな?」
「先輩の姿も見納めですからね」
「そうだな。私も可愛い後輩の相談も今日が最後だと思ったから来たわけだ」
「これからは友達に相談しなきゃいけませんね。そのためには友達ともっと深い仲にならなければいけませんでした。だから、今日こういう相談を持ちかけたわけです。どうすればいいのか、って」
「正しいな。でも、無理してその友人ともっと仲良くなる必要はないからな。本気で楽しんでみて、楽しかったら良し、そうでなかったら、うん、切ってしまうのも手だろう。そうやって探すものだよ、友達は」
「そうはならないと思いますけどね。今つるんでる奴等と上手くいきそうです。だって、自分に素直になることを覚えましたから」
「素直なことはいいことだ。君はまだ高校生をあと二年も続けられるんだ。素直な子供のままでいようじゃないか」
「最後に、素直になったついでに聞いていいですか?」
「なんだい?」
 このまま胸にしまっておくつもりだった。けど、この人がいけないんだ。俺が素直になってしまった。素直になったのに、言わないままじゃ、絶対に後悔する。
「さっき言ってましたよね」

――私も、君やみんなに会えなくなるのは寂しいな……

「言ったな」
「俺は、あなたにとって『みんな』の中の一つに過ぎないのか、俺と『みんな』を明確に分けて、特別なのか。それを聞きたいです」
 先輩が振り返った。久しぶりに見る顔だった。
「俺は、あなたを特別だと思っています。

 好きです」




あとがき

 この物語、プロット上はたったの三行しかないものだったんですよ。
 主人公が相談を持ちかける。
 ヒロインがそれに応えて雑談する。
 良い雰囲気になった所で最後告白する。
 それだけ決めて、勢いで書いてみたら突然キャラクターが魔王と勇者になって戦い始めたり、謎のラブストーリーを始めたりしだして、びっくりしました。

評価や感想は作者の原動力となります。
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