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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第6章 竜と少女の夏休み その8



「異世界という物があってな…、私はそこから来たのだよ」


異世界について多くを語る必要はない。蝉の生に語るべきこともない。


「世界の外より訪れし災厄とは、異世界から来た私の事を指すのであろう」


事実だけで十分なのだから。自分がその災厄だという事実だけで。


「血と肉を食する事ができなかった私は、ユグドラシルの樹液を毎日飲んでいたのだ。こんなにも肥え太る程にな」


両手を広げ、ぶくぶくと太った醜い身体を見せつける。


「その予言、私が世界樹の樹液を吸い尽くす。そういうことなのであろうな」


ニュージュの顔に絶望の色が浮かぶ。信仰心の強いニュージュの事だ。世界樹が滅ぶという言葉に悲嘆したのであろう。


「ニュージュよ、案ずるな。原因が分かっているのならば、元を断てば良いだけのことだ」


「元を断つって‥」


ニュージュが更なる絶望の瞳で私を見上げる。

古代兵器ですら通用しなかった生き物を滅ぼす方法など想像もできないのだろう。血がエリクシールとなっている今の私の体は不死身に限りなく近いのだから。


「なあに、首でも飛ばせば流石に私も死ぬだろうさ。世界で最も硬い竜の鱗と言えども、竜の爪ならば貫ける」


「だ、だめっ!」


ニュージュが私にすがりついて止めた。今この場で自分の首を飛ばしてしまおうかと思っていたが。‥ふむ。確かにそのような事、子供の前でするべきことではないな。


「では海にでも行こう…。離れてくれぬか? ニュージュよ」


ニュージュが泣きながら首を左右に振る。

何故離してくれぬのだ? 私はそなたの大切なユグドラシルを滅ぼそうとしている生き物なのだぞ。


そなたと私の、大切なユグドラシルを滅ぼす、悪しき竜なのだぞ。



「お待ちください我が君よ! その予言、本当に正しいのでしょうか?」



凛とした声が私を止めた。沢の水のように透き通った、涼しげな声であった。


巨人達が新築祝いにと持ってきたタンス。その引き出しの一つから声が聞こえた。


「我が君よ。その予言、誤読なさっている可能性はないでしょうか?」


僅かに開いた引き出しの隙間から。真っ白な手が生えてきた。

空っぽであったことを確認していたはずのタンス。その中から這い出てきた者を見て、私は気がついた。


「なるほど…、二重底であったか」


狭い隙間からヤモリのようにぬらりと這い出てきたのはリザードマンの巫女だった。

彼女は引き出しから上半身だけのぞかせると、高い位置からニュージュを見下ろした。


「ニュージュさん、で宜しかったでしょうか? 話は全て伺っていましたが、その予言の信憑性はいかほどの物でございましょう?」


ニュージュは突然現れた第三者にしばらく目を丸くしていたが、恐る恐ると答える。


「今代の…、刻詠みの巫女様は、予言は外した事がないとは…、聞いています」


「では予言の誤読でしょう。我が君がユグドラシル様を滅ぼすなどと、馬鹿馬鹿しいにも程があります」


リザードマンの巫女は、人間の巫女の予言をあっさりと切り捨てた。


「リザードマンの巫女よ。誤読ではない事は私が一番わかっている。あの予言の文言。あれは私そのものだ」


「ならばわかったような気になっているだけです。我が君よ、幸せの塊のような我が君が災厄などであるはずがありません」


そう言って、今度は私の言葉をピシャリと切り捨てた。その自信は何処から湧いてくるのだろう。金色の強い光の目が、私の眼を確りと見つめてくる。


「ワタクシには、時を読むような力はありませんが、生き物の持つ生命の力は感じることができます。我が君がこの世界に現れて以来、ユグドラシル様の生命力が衰えた気配など一向にありません。それどころか、日に日に喜びに輝いているほどです」


そういえばリザードマンの巫女にも不思議な力が宿っているのだと、ファゾルトとファフナーから聞かされていたことを思い出した。


「そもそも、いくら我が君が立派で逞しいお姿をなされているとはいえ、ユグドラシル様の大きさと比べてみれば蝉と巨木程の違いが有ります。ユグドラシル様が枯れ果てるまで樹液を飲みつくすなど、不可能だとは思いませんか?」


言われて私はようやく気が付いた。ユグドラシルが滅ぶということで、随分頭が動転していたようだ。
確かに蝉がどれだけ樹液を舐めようとも、木が枯れてしまうようなことはない。樹液とは、太陽の光と大地からの水で毎日新しく精製されるものなのだから。


私は“蝉”という言葉を使ったリザードマンの巫女を見る。
金色の瞳が私をまっすぐに見つめ返す。

生命の力を見ることができるという彼女。あるいは魂の色まで見通しているのだろうか。私の魂が蝉の物だと知ってなお、こうも私を信頼し、信仰しているのだろうか。


「…それにしても、我が君に体液を啜られるなど…。羨ましい。羨ましい。ああ、羨ましい」


うむ‥、やはりそんなことは無いかな。


「す、すみません! リザードマンの巫女様! 貴方は予言の本当の意味に! 災厄の正体に心当たりはおありですか?」


沈黙を続けていたニュージュが声を上げた。その目には先程までの絶望はない。何かを見出したような、希望の光が宿っていた。


「いいえ、私にはとんと想像もつきませぬ。ですが…」


リザードマンの巫女は、ちらりと視線を島の中央の方角へと向ける。


「予言の真意を知っている御方には、心当たりがあります」


「本当か! リザードマンの巫女よ! 誰だ! それは誰なのだ!?」


リザードマンの巫女がふーっと長い息を吐く。爬虫類特有の縦に大きく割れた目が、ゆっくりと伏せられた。


「我が君は…、本当に女心の解らぬ方なのですね」


その声は、どこか呆れているような、あるいは何かを諦めたような、複雑な物だった。その後急に声音を優しい物に変えると、こう言った。


「“短い間でしょうがよろしくお願いしますね”“枯れてもなお、誰かの為にあることができるというのは、私もとても素敵なことだと思います”“もしも、もう会うことがなくなったとしても、私のことを忘れないでいただけますか?”」


「それ‥は…」


誰の言葉かなどと尋ねる必要はない。彼女の言葉だ。

彼女の言葉を、私はいつも大切に、胸の中に仕舞ってきたのだから。


「ユグドラシル様はきっととっくの昔に気付いていらっしゃったのでしょう。あるいは、最初から宿命づけられていたのかもしれませんが…」


自分が愚かだと悟った。ユグドラシルは私に何度もヒントを与えていたはずなのだ。伝えようとしていたはずなのだ。


自分の死を、運命を。


夜の帳は既に完全に落ちていた。木の枝が赤い焚き火の炎の中でバツンと爆ぜた。


「行きましょう我が君よ、ユグドラシル様の元へ。ユグドラシル様は全てを知っていらっしゃる筈です」


「ああ! いこう、彼女の元へ」


我ら三人は、ユグドラシルの元へと向かう。少しでも早く向かう為に、ニュージュとリザードマンの巫女を私の背に乗せて。


夏の大三角形の下、急ぐ私の翼が夜を駆ける。


空を飛びながら、ふと、些細な疑問が湧いた。


「そう言えばリザードマンの巫女よ。なぜそなたがユグドラシルの言葉を知っていたのだ?」


私の記憶が確かであれば、彼女はそこにいなかったはずだが…。


「私、潜むのは得意ですの」


…なるほど、よくわかった。


地上に振り落とそうかとも考えたが、ニュージュも背中にいた事を思いだし、やめた。












新たな巣からユグドラシルのいる場所まではそれほど離れてはいない。五分も飛べばユグドラシルの元へとたどり着く。


私の背から降り立ったニュージュを見て。「良かった。二人共仲良くなられたのですね。本当に良かった」と、ユグドラシルは我が事のように喜んでいた。

貴方という方は、どこまで他の生き物に優しいのだろうか。


「ユグドラシルよ」


「はい、何でしょう? 同居人さん」


なぜ、自分が滅ぶと解っていて、そんなに明るい声が出せるのだろう。 


「ニュージュからな、予言を聞いたのだ。貴方に纏わる予言を‥」


思い当たる事があるのだろう、ユグドラシルに宿る空気がガラリと変わった。私は刻詠みの巫女が残したという予言を、一語一句、そのまま諳んじる。



「『世界の外より訪れし災厄、殻を破り、星の全てを喰らわんとす。されど聖樹はその運命を裏返す。星の流す血は聖樹の血となり、星の死は聖樹の死と変わる。聖樹の亡骸を肥やしとし、人は悠久の繁栄を得るであろう』…ユグドラシルよ。この予言の意味が、解るか?」



それはどれほど長い沈黙だったろうか。

長い長い沈黙の中、気の早い鈴虫の鳴き声が聞こえてくる他は、息遣いさえも聞こえなかった。

凍ったような時間の中、ユグドラシルは小さく、「はい」と答えた。



「では、災厄とは‥、何だ?」



二度目の長い沈黙のあと、ユグドラシルは自分を滅ぼすその者の名を、私に告げた。




「星が、落ちてくるのです。赤い星が」





夜空を見上げると、夏の大三角形の中央にあったあの赤い星が、昨日よりも僅かに大きく輝いていた。





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