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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第6章 竜と少女の夏休み その7




ニュージュが落ち着いた頃には、太陽は随分と西に傾いていた。
夕焼けが始まるほどではないが、斜めから降る光線は昼よりも幾分穏やかである。


「…ふむ、何が汚いのか、私にはさっぱりと理解できぬな。私は生まれてこの方ユグドラシルの樹液しか食していないのだ。ユグドラシルの樹液から生まれたエリクシールが汚いわけがなかろう」


「…その事は、もういいです‥。命を救ってもらったわけですから…」


そう言いながらも、少女は幾分不満気だった。子供とはいえ、女心というものは中々に難しい。


「では、最後は私の家へと案内しようか」


「家? 世界樹様のところに帰るの?」


「いや、ユグドラシルの洞の中は仮宿なのだよ。今、新居を作っているのだ」


私とニュージュはゲーコに別れを告げる。別れ際にゲーコは「ゲコー!」と鳴いた。


「またね!…だそうだ」


手を降るゲーコに、ニュージュは小さな手を大きく振り返していた。








巣の門の前には、二人の巨人がまるで門番のように立っていた。


私ほどの大きさが在る二人の大男である。巨人族を見るのは初めてなのだろう。空の上からそれを認めたニュージュが「すごく大きな人間がいる!」と驚きの声を上げた。
二人の巨人も直ぐにこちらを見つけた。


「おぉーい竜さまぁ、待っとったべぇ」


「こ・・こ、こんにちわ、りゅ・りゅ・りゅう様。…お、おや? そ、そ、その、娘っ子は、だ、誰なんだな?」


ファゾルトとファフナーの大声に目をくるくると回していた少女を紹介する。

巨人達は「まるで赤子のようじゃあ、めんこいのぉ、めんこいのぉ!」と、豪快に笑った。


「めんこいって何?」と、そっと私に聞いてきた少女に。「可愛らしいということだよ」と教えると。顔を隠すように、俯いた。


「ところでふたりとも、今日はどうした?」


待っていた、と言う以上は何か用事があるのだろう。
ファゾルトとファフナーは、「ああ、そうだそうだ」といいながら、2人で何やら巨大な四角い箱を担いできた。


「新築祝いだべぇ」


「りゅりゅ、りゅう様の財宝入れるのに、ちょ、ちょうどいいと思うんだな」


2人の運んできた物は、私の肩程の高さはある巨大なタンスであった。

一体どれほど大きな木から切り出したのだろう。幾重にも広がる年輪は、有機的で複雑な模様を描いており、若いニスの光沢が明るい輝きと独特の匂いを放っていた。

また、見た目の美しさだけではなく、非常に機能的でもあるようだ。
タンスには合計20程の大きさも様々な引き出しが取り付けられおり、財宝を種類別に分けて整理しておくのにピッタリである。
引き手の金具には精緻なブロンズ細工も施されている。


「これは…、素晴らしい! このタンスこそが私にとっては何よりの財宝だよ! ファゾルト、ファフナー! ありがとう! ありがとう!」


先代の竜の残した財宝には興味はなかったが、このタンスにしまうことを考えると、何だかワクワクとしてしまう。これほどの逸品は、彼等を除いてはだれも作ることが出来ぬであろう。


「これっ!? 作ったの? 巨人さんが?」


ニュージュの驚きは、もはや今日何度目のものとなるのだろうか。タンスを見上げながら、感嘆のため息をついていた。


「中も確認させてもらってもよいかな?」


二人の巨人はもちろんだと頷いた。

私は一つ一つタンスを開けて、じっくりと中まで隅々と観察する。


ニュージュが私の様子を見て、「何か探してるの?」と聞いて来たので、「何もないことを確かめているのだよ」と答えた。


うむ。不純物リザードマンは混じっていはいないな。


私はもう一度、二人に礼を言った。


「そういやあ竜さまぁ、トーテムポールはどうなったぁ?」


「ああ、ここ数日少々立て込んでいてな。あまり進んでいないのだよ。良ければ少し見てもらえないだろうか?」


「お、お、お安いご用なんだな。」


トーテムポールの土台となるファゾルトとファフナーの像、その最後の仕上げを2人の指導の元に進めていく。

作業を進める私達を、ニュージュの青い目がじっと見つめていた。


「やってみたいのか? ニュージュよ」


ニュージュはしばし逡巡した後に、コクリと頷いた。


「ふむ…、余分な木なら削りだした残りがいくらでもあるのだが…」


「竜様ぁ、娘っ子の爪じゃあ木は彫れんべやぁ」


私の彫刻にはノミは使っていない。竜の爪はどんなノミよりも鋭く、道具を使う必要がないからだ。巨人たちが腰にぶら下げている仕事道具も、それぞれがニュージュの体の大きさ程は有り、彼女がソレらを扱うのは不可能である。

どうしたものかと悩んでいると、ファフナーがこんなことをいいだした。


「ね、ね、粘土なら娘っ子でも、なな、なんか作れると思うんだな」


二人の巨人はその場で土を掘り始めた。

穴が巨人の膝丈程度に深くなった頃、「これだ。これだ」と言って、灰色のベタリとした土を大きな両手で掬いあげた。

ニュージュの体よりも大きい粘土の塊が、ドンと彼女の目の前に置かれた。


「これなら娘っ子の手でもなんでも形が作れるべな」


「す、す、好きな物を作るといいんだな」


ニュージュは粘土は初めて見たようで、人差し指で恐る恐るとソレを触ると、その弾力と柔らかさに驚いていた。
しかしその後、彼女は粘土を前に全く動かなくなってしまった。


「どうした? 何か問題でもあったか?」


迷子のような少女の瞳が私を見上げる。


「好きな物って、何を作ればいいの?」


…ふむ。太鼓のように気の赴くままに叩けというわけには行かぬか。


私には、ニュージュの問いに答えを与えることはできない。

竜は世界で最も知識のある生き物ではある。が、それはあくまで知っているだけに過ぎない。
閃きや機転といった知恵の部分に関して言えば、経験の浅い私はまだまだひよっ子なのだ。

しかしそれでもよいのだと今は思っている。そういう部分は、経験豊富な友が補ってくれる物なのだから。


「さ、さ、最初は、さ、皿やコップが、かか、簡単でいいんだな。」


「んだんだ、ろくろはねえからあんまり綺麗にはならねえべが、それもそれで味があっていいもんだべえ。」


「コップ? コップを作れるの? …これで?」


ニュージュは灰色の粘土の塊を信じられないという表情で見つめる。

ほう、只の粘土ではなく胎土であったか。


「その土はな。焼けば硬くなって、そなたの知るようなコップや皿に変わるのだよ。そうであるな? ファゾルト、ファフナー。」



二人の巨人が泥まみれの笑顔で頷いた。



ニュージュは粘土から拳程の大きさの塊を2つ程ちぎり取ると。眉根を寄せて真剣に何かを作り始めた。
巨人達は、「もっと練った方がいい。」などと、基本的な所だけを指導する以外は、全てニュージュの好きにさせていた。


果たして、ニュージュが作っていたのは二つのコップだった。

不格好で歪なコップではあったが、なるほど確かに味わいがある。


「二つ、作るのだな」


少女が頬を赤らめながら、答える。


「その…、一つはハーピーさんに、お礼。服、貸して貰ったし」


「…なるほど、きっと彼女も喜ぶだろうさ」



ニュージュが作った二つのコップを、巨人達は形を崩さぬよう、板の上にそろりと載せて持ち帰った。乾燥させた後、窯で焼いておいてくれるらしい。
素焼きが終わればまた持ってくるから何色にしたいか決めておくようにと言い残すと、二人はいつものように豪快に笑いながら工房へと帰っていった。


ニュージュは大柄の二人の姿が見えなくなるまで見送った後、ポツリと言った。


「友達…、一杯いるんだね」


どこか寂しそうなニュージュに対し、私は堂々と答えてみせる。


「うむ、少なくとも、そなたと同じ数はいるな」


私の言葉の意味が解らなかったのだろうか。ニュージュはこちらをキョトンとした瞳で見上げてきた。


「気がつかなかったのか? 今日、そなたが出会った私の友人達は、既にそなたの友人でもあるということに」


「あ…っ」


「そしてニュージュ。私もそなたのことを友達だと思っているよ」


少女の瞳からポロポロと涙がこぼれていく。
本当によく泣く子だ。しゃくりあげながら下を向いて泣いていた。



長く楽しい一日が終わり、黄昏が世界を支配している。

夏とはいえ夜は冷える。人間には幾分寒いかもしれぬ。


私はトーテムポールの削りカスや、枝を集めて火をおこすことにした。
煙の筋が紫色の空へと昇っていく。空には既に、一等星達が煌めいている。





「予言‥、間違いだったのかな…」




座ったまま、炎をじっと見つめていたニュージュがふと、そんなことを切り出した。


「予言とは?」


私の問いに、ニュージュは答えるべきか答えないべきか、しばらく悩んでいたようであったが、ゆっくりと、遠慮がちに言葉を紡ぎ始めた。


「もう、10年も前に、刻詠みの巫女様が予言なされたの。世界を滅ぼそうとする悪い竜が現れるって」


「ふむ? 私はこの世界が滅んで欲しいなどとは、つゆほどにも思っていないよ」


「それは、うん、私にもわかったの。‥だから、予言は間違いだったのかなって‥。全部‥、間違いだったらいいなって‥。その‥、予言の続きも」


「ほう? それはどんな続きだ?」


再びの長い沈黙の後に、ニュージュは絞りだすようにこういった。


「…世界が滅ぶ代わりに、世界樹様が滅ぶんだって。その竜と一緒に」


「なんだとッ!?」


ニュージュの言葉は決して聞き逃がせるものではなかった。


今なんと言った? ユグドラシルが滅ぶだと?


「あっ、でも、違うの! 竜って決まったわけじゃなくて。予言にも意味の分からない所があったし…」


「ニュージュ! 教えろ! どんな予言だ!」


私が滅ぼうが滅ぶまいが、そんな事はどうでもいい。



ユグドラシルが滅ぶ。



その言葉と恐怖が、私の頭をぐわんぐわんと打ち鳴らしていた。


ニュージュは「予言とは必ず的中するわけではない」と、何度も前置きした上で、人間の巫女が残したという予言を諳んじ始めた。



「世界の外より訪れし災厄、殻を破り、星の全てを喰らわんとす。されど聖樹はその運命を裏返す。星の流す血は聖樹の血となり、星の死は聖樹の死と変わる。聖樹の亡骸を肥やしとし、人は悠久の繁栄を得るであろう」



その言葉は、私にとってどれほどの衝撃となっただろうか。みじろぎすら出来ず、呼吸することも忘れていた。


「あっ、で、でも外の世界ってところがよく解らなかったの! 刻詠みの巫女様も、意味がわからないって言ってたらしくて! ちょうど予言の年が竜の寿命と重なったから。次に産まれて来る竜に違いないって、そういう話になっただけで…。それに、さっきも言った通り、予言も絶対じゃないから!」


ニュージュが、必死になって弁明する。『予言は絶対ではない』ニュージュはそう言ったが、私にはその予言が真実であることが理解できた。


「間違いない。ニュージュよ、それは…、その災厄とは…」


外の世界から来たもの、その言葉の意味が解るものなどいないだろう、別の世界の存在を知っている者を除いては…。




「…その災厄とは、私だ」





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