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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第6章 竜と少女の夏休み その6



「…な、何だったの? アレ?」


ニュージュは塞いだ耳から手を恐恐こわごわと離す。


ふむ、トランスミュージックは彼女には少々早すぎたか…。


芸術とはしばしば難解である。

芸術とは“ウケル物”を創ればそれで良いというわけではないからだ。


芸術は作り手と受け取る側が共に未来へと歩んでいく物だ。
新しい作品は、観客に新しい世界を発見させる。新しい世界は、さらに新しい作品を産む。

作り手と受け取り手が、絡み合って転がるように進んでいく。それが芸術の在り方なのだ。


「あれが音楽という物だよ。ニュージュよ」


「お、音楽…?」


可哀想に、今まで音楽も知らずに育ってきたのだな。

ならば彼女に教えよう。音楽というものがどういうものかを。

芸術の世界では“アフタートーク”や解説も含めて作品なのだから。


私とゲーコは、二人がかりでニュージュに音楽とは何かを教える事にした。



「いいかね、まずは音楽の始まりから語るとだね…」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


「…そして楽譜の発明により、音楽は一層の発展を迎えるわけだが…」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


「…しかし楽譜のない伝承音楽というものも世界には存在していてね…」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


「…帝国の支配地が広がれば広がる程、音楽も交じり合い、変化していくわけなのだが…」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


「…一口に音と言っても、そもそも世界には何百種類という楽器があり…」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


「…以上が音楽というものだよ。わかったかね?」

「ゲーコゲコ?」



「わ、わかりません!」



私とゲーコの音楽史講座は、少女には難し過ぎたようだ。


‥ふむ、困ったな。音楽を知ってもらうための授業が既に難しいとは、一体どうやって彼女に音楽を教えようか。


私が考えあぐねていると、ゲーコが任せろというジェスチャーで自分の胸を強く打った。


「ゲーコゲコゲコゲコ」


「なるほど、習うより慣れろ…か。確かに一理あるな。うむ、任せるぞゲーコよ」


ゲーコはニュージュの前へと進み出ると、顔を突き出し、先ほどのように喉をプクーっと膨らませる。

突然目の前に広がった巨大な白い頬袋に、ニュージュはビクッと体を縮めて、二歩ほど後ずさった。


「ニュージュよ、怖がる必要はない。それが楽器だ。さあ、力いっぱいゲーコの喉袋を叩きなさい」


「た、たたく…? こ、コレを…?」


「案ずるな、ゲーコは強いぞ。そなたが思いっきり叩いた所で痛みなど微塵も感じぬよ」


ゲーコは私の言葉を力強く頷く事で肯定した。


「さあ叩け! 思いきりだ! 遠慮などするな!」


暫くニュージュは躊躇していたが、私が「さあ! 叩け! 叩くのだ! 力いっぱい!」と迫り続けると、目をギュッと瞑って、右手を大きく振りかぶった。


前に向かって振り下ろされた手の平が、薄く大きく引き伸ばされたゲーコの喉袋を確りと捉える。



ポーーンンッ



高く弾むような音が響いた。


「あ、あれっ?」


ニュージュはゲーコから生まれた音に驚いていた。


「い‥、痛かったよね?」


口を閉じて喉袋を膨らませたままのゲーコは、目を細めながら首を左右に振ることで、少女の気遣いを無用の物だと教えた。


「どうだ? ニュージュよ。面白いものだろう? さあ、もっと叩いてみなさい」


ニュージュは再び、今度は右手と左手で交互に打つ。


ポーンッ ポーンッ


と、今度は2つの音が生まれる。ニュージュは自分の両手とゲーコの喉袋を目を丸くしながら見比べていた。


「叩かれるのって、もっと嫌な音がするのに…」


「…うむ、ゲーコの頬は楽器だからな。嫌な音などしないさ。手という物はな、嫌な気持ちだけでなく、楽しい気持ちも作ることができるのだよ」


叩かれた事があるのか? などと、聞くつもりはない。辛いことを思い出させるよりも、楽しいことを知ってもらいたいのだから。


「楽しい気持ち‥?」


「さあ、もっと叩いてみなさい。自分の好きなように、思うがままに」


ニュージュはコクリと頷くと、ポンッ ポンッ ポーンッ ポンッ ポンッ ポーンッと、ゲーコの喉袋を続けて叩いた。


明るい軽快な音が弾む。ニュージュの手に合わせて、音が生まれる。

すると今度は、別の場所を別のリズムで叩き始めた。

叩く場所を変える度に、タイミングを変える度に、変わっていく音と旋律にニュージュはただただ驚いていた。




彼女は気付いているだろうか。口元に浮かんでいる自分の笑みに。


今感じている気持ちが『楽しい』という気持ちなのだと言うことに。




一時間ほど、ニュージュは夢中になって太鼓を叩き続けていた。


しかしもはや体力が限界なのだろう。倒れこむように最後の一音を打った後、ペタリと腰を地につけて、ふーっ ふーっ、と、大きく肩で息をした。

小さな額からは汗が大量に流れ落ちていた。


「ゲーコゲコ?」


ずっと少女の為の楽器となっていたゲーコが、口を開いた。

ゲーコの言葉が理解できぬ少女は、私の方を振り返り助け舟を求めてきた。


「楽しかった? と、聞いているのだよ」


ニュージュはゲーコの方を振り返ると、「うんっ‥うんっ!」と、何度も頷いた。


「ゲーコゲコ」


「良かったね。だそうだ」


頷きながら少女の目から、もはや今日、何度目になるかも解らぬ涙がつぎつぎとこぼれ落ちる。

良く泣く赤子は健やかに育つとは言うが、もはや赤子ではない少女にも当てはまってくれるだろうか。



少女の顔からポロポロと零れる涙と汗を見ながら、私はふと思い立った。


「喉は乾いていないか? ニュージュよ」


「あ‥、う、うん…」


「そうか、エリクシールで良ければいつでも出せるが、飲むか?」


「エ、エリクシールッ!? そんな…、エリクシールなんて、実在するわけが!」


エリクシールという言葉に、ニュージュは大きく否定の声を上げた。
無理もあるまい。その製法は何千年も前に失われていたはずなのだからな。


「在るのだよエリクシールは。知らなかったか? 古代兵器から開放される唯一の手段を」


ニュージュはハッとなって右腕を見た。自分が古代兵器に体を蝕まれていたことを、今ようやく思い出したといった様子だった。


「古代兵器に心を喰われた者を救えるのはエリクシールだけ……」


「その通り。知っていたか」


呆然と紡がれた言葉を、私は肯定した。ニュージュが私の目を見上げる。


今日、一日中少女と共にいたが、彼女とは今初めて、確りと目を合わすことができた。


「…さて、エリクシールとはな、世界樹の葉と真竜の生き血を使い、複雑な工程を重ねることで精製することが可能ではあるのだが…」


「あ‥、わ、私…」


少女の目が動揺に揺れる。悪しき竜が自分を助けたという矛盾に気付いたのだろう。


「そんな面倒臭いことをしなくても、もっと簡単な製法を見つけたのだよ」


「私‥、今まで‥、わ、悪い竜だって‥、ずっと」


「ユグドラシルの樹液に、私の体液を加える事によってな…」


「その‥、ご、ごめ…、ご‥、ご」


私は近くに生えていたオオウツボカズラをむしり取った。




ジョボボボボ




「さあ、これがエリクシールだ。好きなだけ飲みなさい」


「ごご‥、ご、獄炎よ! 煉獄より解き放たれし黒き焔で忌まわしき世界の全てを喰らい尽くせえッ!」



少女の手から放たれた巨大な炎が、オオウツボカズラごとエリクシールを蒸発させた。



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