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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第6章 竜と少女の夏休み その5



「ねえ、友達、多いの?」


ラミアの所を辞した私に、ニュージュがそう切り出してきた。

彼女の方から何かを尋ねてきたことに私は内心驚いたが、それを表に出すことはしなかった。


「うむ。友には恵まれているという自覚はあるな」


「そう‥、なんだ」


ニュージュはそれきり黙ってしまった。

会話とは、存外難しいものかもしれなかった。


さて、次は何をしようか‥。トーテムポールの制作の続きを行っても良いのだが、もう少しこの少女に何かしらの経験をしてもらいたいとも思う。


そう思って、気が付いた。

私はどうやらこの少女のことを気に入っているらしい。私がこの島で出会った人や出来事、色々なことを彼女にも知ってもらいたいと思うほどに。


どこへ連れて行くべきか、頭をひねっていたちょうどその時、空の彼方からよく聞き知った鳴き声が聞こえてきた。


「くっくっく‥、次の用事が決まったな」


「次の用事‥?」


「ああ、強敵ともからの誘いだよ」


ニュージュは首をかしげていたが、私の心臓は既に踊り始めていた。


「付いて来い! ニュージュよ!」


遙かなる友の呼び声に向かって、大きく空を羽ばたいた。






そこは黄色い荒野であった。


広い荒野の真ん中に、巨体の私と同じぐらい大きさの、ライバルが待っていた。


「ゲコゲコッ?」


「怖気づいたかと思っただと? バカを言うな。連れがいたのでゆっくりと飛ばねばならなかっただけさ」


「ゲコッ?」


「ああ、彼女とは昨日知り合ってな。審判には調度良いとは思わぬか?」


「ゲーコゲコゲコ」


「くっくっく、判定のいらぬ決定的な負けを教えてやるだと? 見くびるなよ、例え肥え過ぎで咆哮の力が失われても、私のメロディーと音感は健在だぞ?」


「ゲーコゲコゲコゲコ」


「ああ、真剣勝負はこちらとて望むところよ! では行くぞゲーコよ! ニュージュ! 判定は頼んだぞ!」


さあ、二つのソウルの戦いが始まる。


「ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン」


最初は、軽いジャブのような前奏曲、小手調べではあるが、手抜きなどは一切ない。
軽快で歯切れのよい音とメロディーを、私はゲーコにぶつけた。


どうだ? 今度はお前の鳴き声を聞かせてみろ? お前の唯一無二の鳴き声を。



しかし、ゲーコは鳴かなかった。



それどころか大きく息を吸い込むと、口を確りと閉じ、ぷくーっと喉を河豚のように膨らませた。


(ゲーコめ、何を考えている?)


私は疑問に思いながらも、いっそう強く歌を歌う。口を閉じているはずのゲーコから、異様なプレッシャーを感じる。


(歌を、止めてはならぬ)


あの体制からゲーコが何をする気なのか、私には想像はできなかったが、油断をすれば、一気にやられる。そんなジリジリとした焦りと予感があった。


「ミーンミンミンミン! ミーンミンミンミン!」



攻勢のはずの私に余裕など無い。来たるべきゲーコの攻撃にそなえて全力で歌うのみだ。

ゲーコはそんな私を見てニヤリと笑った後に、両手を膨らませた喉に押し当てた。


真逆まさかッ!?


ここに来て私は、ようやくゲーコが何をなすつもりなのかを理解した。



ポンッ ポンッ ポンッ



ゲーコが両手で交互に、限界まで膨らませた喉を叩き始めた。


(これは‥、ドラムのつもりかッ!)


ゲーコは私の鳴き声に合わせて、しかし私の鳴き声を覆い尽くす程の勢いとリズムで、自分の喉と頬袋をドラムに見立てて叩き始めたのだ。


ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ 


しかもそれは只のドラムではない。

ゲーコの作り出す音は大地への祈りをそのまま音にしたようなリズムと、脳をトランス状態へと誘う、だんだんと早くなっていく繰り返される旋律が特徴的であった。


その音に、私の深い竜の知識は心当たりがあった。


「ゲーコ貴様ッ! ジャンベだとッ!?」


ゲーコは私の問には答えずニヤリと笑うと、更なるスピードで頬袋のジャンベを鳴らし続けた。

頬から顎下にかけて、まるでピアノでも弾くかのように、位置をかえながら打ち鳴らしていく。
音階に乏しいはずの太鼓が、自由自在に音とリズムを変えていく。


ジャンベとは、竜が住む島から遥か東南の大陸にあるドラムの一種である。

バチを使わず両手で太鼓を叩く民族音楽だ。
太鼓の皮の部分だけでなく、胴の部分も使い、全身でリズムと音を刻む奏法が特徴的である。南の大陸の原住民達は、祭りの日にはその音楽に合わせて一晩中踊り続けるという。

観客が聞き惚れるための“お行儀のよい”歌とは違い、心臓の鼓動に直接働きかけるような音楽。打楽器のなかではこれほど厄介な相手もないだろう。



ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ 



太陽と荒野に生きる原住民達の生き様を具現化したような音とソウルが大地を轟かせる。


私の単調な鳴き声は、ゲーコのパフォーマンスに瞬く間に押されていく。 



ゲーコがジャンベの使い手だとは私は全くしらなかった。

そして悟った。自分が今までゲーコに手加減されていた事を。

鳴き声だけの相手だと思っていたが、ゲーコの引き出しは私の想像を遥かに上回っていた事を。 


一対一の戦いに置いては手札の数こそがモノを言う。特に実力が均衡している者達の戦いにおいては。

手札を変えて、相手のペースを乱しながらいかに自分のペースに巻き込んでいくか、それが一対一の音楽対決における勝利の方程式である。

ゲーコは私にジャンベを見せたことはなかった。真逆この時のために、ゲーコはジャンベを温存していたのだろうか。


私に切り札を見せぬ為に…。


ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ 


ゲーコのソウルが私のソウルに喰らいついて、噛み砕く様を幻視する。



「ミーンミンミンミン!(訳・舐めるなぁッ!)」



弱気な幻想を気合の声で吹き飛ばす。


ゲーコよ! 竜に対して手加減をしていただなどと、愚かな思い上がりだったと教えてやろう! 


世界最強の竜として、全身全霊を持って貴様を迎え撃ってやる!


体の一部を楽器にできるのが自分だけとは思うなよ?



ギーーーーーーーーッ



ゲーコのジャンベの狭間を、長い音が突き破る。雑音の集合で生まれた音は、しかし独特の風合を持って辺りに響く。


ギーーーーーーーーッ


もう一度。右手の後は左手だ。
鎖骨から股下へと私の巨体の長い音源を、竜の爪が凹凸に震えながら駆け巡っていく。

鱗が生み出す溝を爪がなぞることで音が生まれる。


「ゲコォーッ!?」


「知っていたかね? 流石は我がライバルだ。そう、これはギロだよ」



ギロ、という楽器がある。

竜のいる島から遥か南西の大陸に生きる部族に伝わる楽器だ。

ギザギザが彫りこまれた瓢箪や木の筒を細い棒でこすり合わせて音を生みだす物であり、棒が溝を叩く時の、「ガリッ」という雑音が集合して全く別の音を作る趣深い楽器なのだ。

早く擦れば高いチャッという音がなり、ゆっくりと擦れば低く長いギーーッという音がなる。
音の高低の表現には向いていないが、軽快なリズムで聴衆を誘う、ドラムとはまた別種の打楽器である。


肥えてしまった私の体では、音の反響は作り出すことが出来ないが、強い魔力を宿した硬い竜の鱗と爪を強く擦り合わせることで、本物のギロをも凌ぐ力強い音を創り出すことに成功していた。

並の爪と鱗では、この激しい摩擦に耐えきれぬだろうが、私は真なる竜である。



真竜の鱗と爪を舐めるなよ?



ゲーコの額に汗が浮かんでいた。


民族音楽には民族音楽を。

ゲーコが遥か東南の大陸の音を使うならば、私は遥か西南の大陸の音を選ぼう。

人間で言えば乳首とアバラにかける部分の鱗を、私はギターのように5本の爪でかき鳴らす。


ギーーーーーーッ チャッ チャッ チャ

ギーーーーーーッ チャッ チャッ チャ


両手を交互に、上下に動かしながら、時には長く、時には短く。魔力を宿した竜のギロが荒野に力強く響いていく。

しかしゲーコとてそれに簡単に屈するような使い手ではない。私のギロに対して渾身のジャンベで挑んできた。


ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ

ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ


私達は自然にステップを踏みながら、音楽にあわせて、三拍子のリズムで移動していく。


右前、左前、後ろ  左前、右前、後ろ


一歩半進んで一歩下がるステップは、私とゲーコとの距離を除々に近づけていく。

テンポはどんどんと上がっていく。

私は胸を、ゲーコは喉を。
両手をほぼ同時に、しかし確実に交互に動かしながらリズムと音を刻んでいく。


ギーーーーーーッ チャッ チャッ チャ
ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ


上がり続けるテンポに、奏者である我ら二人が共にトランスへと入っていく


ギーーーーーーッ チャッ チャッ チャ
ポンッ ポコンッ ポコンッ ポココココ


音と音がぶつかり合い、塊をなし、もはや私の出した音なのか、ゲーコの作った音なのか判別がつかなくなっていく。

音が絡みあい、融け合って、加速していく。

もうこれ以上の速さは無理だと、両腕の筋肉が悲鳴を上げた時、ステップを踏みながら、前へ前へと移動していた私とゲーコの肩が触れ合った。


気がつけば、我らは互いがぶつかり合う位置まで前進していたのだ。


(どうやらここまでのようだなッ!)


私は両手の爪で最後の長い一掻きを生み出す。



ギーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

ポココココココココココココココココココココッ!



ゲーコも私の意図するところを正確に読み取る。



チャッ! チャッ! チャッ!
ポンッ! ポコッ! ポンッ!



同時に重なった終末の三音。 


そして荒野には、再び静けさが蘇える。


私とゲーコは右手でパンッとハイタッチをした後に、しっかりと互いの手を握り合った。


互いの健闘を称える一瞬の融和。

しかし勝負とは、勝ちと負けが決せられるもの。

私とゲーコは審判役のニュージュの方を同時に振り向いた。




「ニュージュよ! どっちの勝ちだッ!?」
「ゲコォッ!?」








審判役を頼んておいたはずのニュージュは、何故か両手で耳を塞いだまま、膝で頭を抱える体育座りで俯いていた。





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