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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第6章 竜と少女の夏休み その4



ハーピーと別れた後、狩りへと向かう事にした。


「血と肉は好まないのではなかったのですか?」


狩りに向かうと言った私を、ニュージュは山猫のように目を吊り上げて睨んできた。


「ああ、私は食べはせんよ。強き母と、その子供の為にだ」


ニュージュは訝しげに私を睨み続ける。


「まあ、付いて来れば解るさ」


私は空に向かって羽ばたいた。


空からは獲物の姿がよく見える。前回と同種の巨牛の姿も目に止まったが、同じものばかりでは芸もない。何か別のものが良いだろう。


目を凝らしながら地上を眺める。竜の卓越した視力は、雑草の種類や木々の葉っぱの形まで見分けられる。

小さな野池の水面に、不釣り合いな程の大物の魚影が揺らめいていた。

確かラミアという種族は、魚も好んで食べるという話であったか。


私は空高くから狙いを定めると、池の中へと飛び込んだ。


大きな魚影の正体は、人間の大人よりも大きな特大のオオナマズであった。
これほどの大きさならば一匹で十分だろう。仕留めた獲物を担ぎ上げ、ラミアの住む岩場へと向かう事にした。

ニュージュは、自分の数倍はある巨大なナマズにしばらく目を丸くしていたが、名を呼ぶと、慌てて後をついてきた。





「壮健か? ラミアよ」


「竜の御方! 貴方様のお陰で何一つ不自由なく過ごしておりました」 


その言葉に偽りの無いことは、彼女の姿が証明していた。
前回彼女に与えた巨牛は彼女の体に確りと肉をつけていた。腹の子供も前回会った時よりも、更に大きくなっている。

竜の縄張りの中にいることで外敵に怯える必要も無かったのだろう。
釣り目がちだった目尻は穏やかに下がり、一週間前に会った時よりも、随分と柔らかい印象を受けた。
紫色の長い髪は美しく梳かれてあり、彼女の本来の艶と輝きを取り戻していているように思えた。


「竜の御方…、そちらの人間は‥?」


ラミアは私の隣にいたニュージュに気づくと油断なく構える。
魔法にも長けているラミアの事だ。少女の内からあふれる並外れた魔力を感じ取ったのだろう。


「ラミアよ、案ずるな。彼女は悪い人間ではない。貴方にも、貴方の子にも、害を加えるような真似はせんよ」


「そうですか、貴方様がそう仰られるのであれば安心でございます」


そう言うと、ラミアは警戒を緩めた。
私への義理立てか、それとも本心からそう思っているのかは、私には解らなかったが。


「さてラミアよ。ナマズは好きか?」


背中に背負ったオオナマズをラミアへと差し出すと、彼女は恥ずかしげに俯きながら、「はい」と答えた。


「気に入ってくれたようで私も嬉しいよ。では、一週間後にまた来よう」 


ナマズを手渡し、立ち去ろうとした私ではあったが、ラミアに呼び止められてしまった。

今からナマズを焼くから、昼食を共にしないかと言うのだ。


折角の申し出ではあるが、樹液によって潤っている私はナマズ等には興味はない。

丁重にラミアの申し出を断ろうとして、そこでふと思い立った。



「私は良いから、この少女に馳走してやってくれぬか?」



・・・・・・・


・・・・・・・



「はいどうぞ、人間さん」


ラミアはそう言って、串にさした大きな一切れをニュージュへと差し出した。岩塩と胡椒の実と香草で味付けされたそれを、少女はおずおずと受け取った。


ラミアの料理は見事な物だった。

黒曜石のナイフで手際よくナマズを三枚に下ろすと串に次々と刺していった。ナマズは寄生虫がつくことが在るらしく、生で食べるのは良くないらしい。 

ラミアは魔法でさっと火をおこすと。串に刺したナマズの肉を炎の周りに円形に並べ、いぶすように焼き上げていった。
ポトポトと脂が落ち、その度に火が激しく燃え上がったが、それも計算の内なのだろう。カラリと焼けた表面が火で炙られる度に香ばしい匂いを放つと、私の鼻をくすぐった。


ラミアの料理がコレほどのものとは思わなかった。いつか私も、馳走になりたいものだと素直に思えた。

今は樹液のみで生きている私ではあるが、いつまでも赤子のようにソレばかりを飲んでいるわけにもいかぬだろう。
今はもう少しユグドラシルの樹液に甘えて置きたい所だが、少しづつ乳離れをせねばならぬとは私とて思っていることだ。


ナマズの串焼きを受け取ったニュージュは、串の両端を手で持つ形で、最初は小さな小さな一口を、その後は夢中でナマズを食べ続けた。
余程腹が空いていたのか? と思ったが、どうやらそういうわけでは無いらしい。少女の瞳からはポロポロと涙が溢れ落ちていた。

あっという間に串を丸裸にしてしまった少女に、ラミアは無言で、串焼きをもう一本手渡した。

無言ではあったが、母だけが持つ事ができる優しい目をしていた。


「美味しいか? ニュージュよ」


私の質問に、ニュージュはぶんぶんと首を上下に振って、


「おいしい…、おいしいよ…」


と泣いていた。

その様は、まるでこれが美味しいという言葉の意味なのだと、初めて理解しているようにも見えた。

彼女が今までどんな食事を摂ってきたのかは私にはわからぬが、食の喜びとは縁遠いシロモノばかり食べて来たのであろうことは、容易に想像はついた。



ニュージュが二本目の串を食べ終わった頃を見計らい、私はラミアに尋ねる。


「ラミアよ、腹の子は元気か?」


「はい、おかげさまですくすくと育っております。あと一週間もすれば産まれるのではないかと」


「ほう! ほう! それは素晴らしい! 赤子が楽しみであるな!」


ラミアは卵を産んだ後、それを膣の中で育てる卵胎生の生き物である。

生まれてくる子供は親と同じ姿で生まれてくる。彼女の子供であれば、きっとかわいい赤子が産まれるであろう。


「…赤ちゃん?」


ニュージュは私とラミアを見比べながらそう言った。

…ふむ、どうやら勘違いをしてしまっているようだ。私が否定しようとすると、先にラミアが口を開いた。


「残念ながら、竜のお方の子供ではありません。もしそうであったならばもっと幸せになれたでしょうにと、そう思ったことは何度かありますが」


ラミアはそう言いながら私に微笑みかけた。妖しい唇の端を僅かに持ち上げながら。

ラミアの冗談は、私には少し過激にすぎる。


「赤ちゃん、ここにいるの?」


ニュージュの目はラミアの腹に釘付けになっていた。ラミアの大きく膨らんだ腹に。


「触ってみますか? 人間さん」


「えっ? い、いいの…?」


ラミアが微笑みながら頷く。子供とは言え人間の子に腹を触らせるなど、ラミアは既にニュージュのことを信頼しているようだ。

ニュージュは恐る恐ると、脆いガラスでも触るかのように、ラミアの腹をなでた。

球状に膨れたラミアの腹は、安い言葉ではあるが生命の神秘を感じさせる。


「あっ、今ドンって」


「ふふふっ、最近よく蹴るのですよ。以前はその元気も無かったのですけどね。優しい方のお陰なのです。…竜のお方も、よろしければ是非触ってくださいまし」


私はニュージュの手の平の反対側から、人差し指の指先だけでラミアの腹に触れる。

トンッという、軽い振動が私の指にも伝わった。なるほど、確かに元気な子だ。





「あっ‥、また、ドンって」





少女を見下ろすラミアの瞳は、まるでもう一人の娘を慈しんでいるような、母の瞳だった。







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