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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第6章 竜と少女の夏休み その3




「同居人さん、同居人さん」


腹が満ち、ゆるりと腰を落ち着けようとした私に、ユグドラシルが呼びかけた。

どうかしたのかと尋ねる前に、生まれたばかりの山猫のような、高く、震えた声が投げつけられた。


「な、な、何をしているのですか! 悪しき竜よ!」


声の方を振り向けば、兵器にその身を侵されていたはずの、あの少女が立っていた。
気丈な言葉とは裏腹に、体は小刻みに震えている。

無理もない。竜と相対して、怯えぬものなどいるわけがない。

それでも精一杯の胆力で、こちらを屹っと睨んでくる姿には、見た目の年齢にそぐわぬ芯の強さが伺えた。


今、少女の目の光は兵器に取り憑かれていた時の何も映さぬ灰色ではない。

人本来が持つ、血の通った、生きた目をしていた。


「ミーンミンミンミン?(訳・ふむ、体はもうよいのかね? 人の子よ)」


「‥えっ? なにっ? この言葉?」


「ミーンミンミンミン(訳・まさか竜が言語を持たぬなどと、思っていたのかね? だとすればそなたの勉強不足か、人間の不遜な思い上がりというものだよ)」


少女は両手で自分の耳を塞ぎながら、こちらを得心のいかぬ顔で見つめてくる。

人は自分の見たいものしか見ないとは言うが、それは耳も同じことらしい。
竜が言葉を操るという事実を、少女は信じようとはしなかった。


「(同居人さん、同居人さん。貴方の鳴き声にびっくりしているのではないでしょうか)」


ユグドラシルが私にこっそりと、葉が擦れ合う程度の囁きで教えてくれた。


なるほど、そういうことか。

竜の言葉は言霊を持つ故に、わざわざ人語を話す必要などないのだが、聞きなれぬ竜の言語と、頭に入ってくる内容の齟齬に少女は戸惑っているのだろう。
ここは一つ、人の流儀に合わせてみるか。


「‥ふむ、ではこれで良いかな? 人の子よ」


受け継いだ知識の中から人の言葉を選んで話すと、少女はホッと息をついた。
もっとも、私に対する警戒までは解くことはなかったが。


「さて、まずはそなたの質問に答えようか。何をしていたと問われたならば、食事を摂っていたとしか答えられぬよ」


少女は“食事”という言葉にビクリと肩を震わせた。青い瞳が、私の大きな牙を捉えると、畏れの色を浮かべた。


「安ずるな。そなたを喰らおうなどとは思ってはいない。そもそも私は、血と肉を好まぬのだよ」


「りゅ、竜が人肉を好まぬなど、見え透いた嘘を! 悪しき竜よ!」


安心させようと語った言葉は、逆に少女に一層の警戒を与えてしまったようだ。少女は体を山猫のように屈めると、ジリッと後ずさった。


「嘘ではないのだがな‥。そなたがまだ生きている事が、一番の証だとは思わぬか?」


少女の瞳が揺れる。自分の言葉と起きている現実との齟齬に気付いたのであろう。

少女は何かを言い出そうとして、しかし口を噤んだ。


「さて、人の子よ。こちらからも質問をしてもよいかな? 悪しき竜とはどういうことかね? 私はそなた達人間を害した覚えなどはないし、これからもそんなつもりはないのだが」


この生においてなんら恥じる生き方をした覚えのない私は、少女の目を見ながら堂々と告げた。


少女が怯む。


真のある言葉というのは時にどんな武器よりも鋭くなる。少女の狼狽が私には手に取る用にわかった。


少女は何かに祈るように、頭と心臓と臍の三点を三本の指で結んだ。


ふむ…、あれは確か世界樹に加護を求めるまじないであったか。


300年前の人と先代の竜との大戦では、人族は皆、今の少女のように祈りながら海の藻屑と消えていったことが、受け継いだ記憶に残っていた。


「貴方の言葉には惑わされません! 竜は悪しき者だと決まっています! 先代の竜も、生贄を、毎年七人も! それに刻詠みの巫女様が…」


「人間さん、今代の竜はとても優しいお方ですよ。悪しき竜だなんてとんでもない」


私の言葉を決して聞き入れようとはしない少女に、どうすればよいものかと手を焼いていると、ユグドラシルが少女の言葉を斬る形で、助太刀をしてくれた。

助かったぞユグドラシルよ。‥しかし優しい等と、照れるではないか。


「えっ‥? さっきの声の人? 頭に響いてくる‥、何処から…?」


少女は辺りを見渡しながら声の主を探していた。その様は、まさにユグドラシルと初めて出会った時の私そのものであった。


「ここですよ、小さな人間さん」


少女はなおも首を左右後ろへと振っている。うむ。ここだと言われても、最初はわからぬものだ。

一向に気付く様子の無い少女に、ここは一つ“先輩”として教えてやってもよいだろう。


「人の子よ、今、そなたの左手が今触れているであろう? この世界で最も美しく、気高き存在にな。人や竜とて言葉を操るのだ、我らよりも遥かに偉大な彼女が、言葉を解さぬ道理などなかろう?」


「もう、大げさですよ同居人さん。そんなに褒められても、私は樹液しか出せませんから」


「何を言う。その樹液こそが私には何よりの宝なのだよ」


我らのやりとりを伺っていた少女は、ようやくその声の主が何者であるかに気付いたようだ。


「まさか…」


蒼色の小さな瞳が大きく開かれる。



「初めまして、小さな人間さん。私はユグドラシルです」

















「ハーピーよ、そこいるか?」


ゲルの中から、何かがガラガラと転がる音と、水が零れる音が聞こえてきた。

暫くして二つの布が合わさる入口から、ハーピーが亀のように頭だけを出してきた。

私の姿を認めたとたん、ぱっと笑顔が咲いた。青い髪からはぽたぽたと水が滴り落ちている。

‥ふむ、また湯浴みの最中であったか。私はどうにも間が悪い。


テントから覗く頭に指を差し出すと、ハーピーもぐっと頭を私の方へと伸ばして来る。

丸いゲルから首だけを懸命に伸ばすその姿は、やはり亀によく似ていて、愛らしい。


「(おはようございます。竜さん! 遊びに来てくれたのですか?)」


「(いや、今日は少々頼みがあってな。この少女に服を貸してやって欲しいのだ)」


「(誰にですか…? うぇっ!? に、人間!?)」


私の影から出てきた少女に、ハーピーは酷く驚いた。
無理もない、この地に訪れる人間といえば、無謀で野蛮な冒険者か、先代の竜の生贄のみなのだから。


「(案ずるな。そなたに危害は加えぬようにしっかりと見張っておく。できれば湯浴みもしたいそうなのだが、頼めるか?)」


「(あ、は、はいっ! もちろんです! …で、でも見張っちゃ駄目です! 竜さんは外で待っていて下さい!)」


そう言われてはたりと気づく。見張ってしまっては婦女子の着替えを覗く不埒な出歯亀になってしまうではないか。


私は少女の方に向き直ると、ハーピーの家に入るようにと促す。


「服を貸してくれるそうだ。決してハーピーに危害を加えてはならぬぞ。ニュージュよ。」


少女は黙ったまま、おずおずとハーピーの前まで進み出る。
ハーピーもびくびくと少女を見つめている。


小柄な2人は、並んでみるとちょうど同じぐらいの背丈であった。




私を襲ったヒトの名はニュージュと言った。












「せ、世界樹様であられますか! わ、私は貴方の忠実なる下僕、ニュージュと申します!」


ニュージュはそう言って地に両膝をつき、祈りの形で両手を前に突き出しながら、額を地面に擦り付けた。
必然的に丸まった背中は、まるで白いダンゴムシのようである。
先程私に見せた世界樹の加護を求める祈りといい、彼女は世界樹教の熱心な信徒なのだろう。


世界樹教とはこの世界に置いてもっとも力のある宗教である。

一神教の宗教形態が他国を支配する大義名分に調度良かったのだろう。
1000年以上前の事、帝国は世界樹教を国教とし、その他の宗教を布教という形で弾圧した。
そして瞬く間に大陸全土を制服し、千年王国を築き上げた。そう、私に残された知識が語ってくれた。
自分への信仰が、戦争の道具として使われているなどとは、優しいユグドラシルには決して教えられぬことであるが。


ともかく、世界樹教は信者を集めた。


ミクロ的な視点で見れば、清らかで正しい心をもった世界樹教の信者も沢山いるだろうから、決して悪いものではないだろう。

宗教と国を動かすのは極一部の権利階級ではあるが、その宗教を信じるのは、慎ましく誠実に生きている民草なのだから


だがしかし、少女のソレは“狂信”とでも呼ぶべきであろうか。


大地に額をぐりぐりと擦りつけながら心を示すその姿に、私は感動よりも痛ましさを覚えた。


「顔を上げて下さい、ニュージュさん。私は只の樹。誰よりも長く生きてきただけが取り柄の、無力な樹なのですから」


「そんな…ッ。無力だなどと‥、全能なる聖樹様! ああっ! 私の如き小さな存在にお声を与えてくださるなど、勿体無うございます!」


ニュージュの言葉は私にはどこか滑稽に思えた。

彼女は世界樹が自分に語りかけているという事実に、哀れなほどに歓喜していた。


これがまだ幼い少女が捧げる信仰の形なのだろうか? 

ニュージュはまるで地面を掘りだしてしまいそうなほどに、更に深く頭を地に擦り付けた。


「ニュージュさん。私を信じてくださっているのなら、私の言葉も信じていただけないでしょうか? 今代の竜は私が知る誰よりも優しくて、強い心を持ったお方なのですよ」


「ユグドラシルよ、それはあまりにも物言いが大げさ過ぎるという物だ」


「いいえ、大袈裟な事など何もございません。私は心に思ったことをそのまま述べているだけですもの」


「ならばそれは勘違いというものだ。貴方こそが誰よりも優しく、強い心を持っているのだから」


「あら? だったらそれこそ同居人さんの勘違いですわ」


クスクスと笑い合う私とユグドラシルを、気がつけばニュージュが愕然と見つめていた。


大切なモノを取り上げられた子供ような…、いや、母に捨てられた子供のような、そんな目だ。


大きく開かれた青い瞳から涙が一粒零れる。

開けっ放しであった口が、その形のまま、空気を大きく吸い込んだ。



「わ、私はッ! 世界樹様の為にいままで生きてきたのです!」



そして突然、少女は叫び始めた。


「悪しき竜を倒して世界樹様を救えと! その為に! その為だけに生きてきたのです!」


それは少女の口から紡がれるには、苛烈な言葉だった。


「死んでも竜を倒せと! 悪しき竜を倒せと! その為だけにこれまで生きてきたのです!」


これが未だ幼き少女の在り方なのか。
歳の頃は11か12か、今までどのような生き方をしてきたと言うのだろう。


「竜を倒せと、世界樹様を救えと、そう…、言われて来たのです…」


洗脳。という言葉が最も近いか。

幾つの頃からそう言われてきたのかは解らぬが、子供の柔らかくて幼い脳は、洗い流して、別の色に染め上げるのは簡単なことだったろう。


何故、私を倒すことがユグドラシルを救うことになるのかは解らなかったが、少女にとってはそれが唯一の真実であったに違いない。


「竜は悪い生き物なのです…。狡猾で、強大で、残忍で、ヴァルキューレの槍でしか滅ぼせないと…、だから、私は…」


…だから、古代兵器にその身を差し出したか…。

私は少女が無理やり古代兵器と融合させられた物だと考えていたが、実際はもっと残酷な話であったようだ。

幼い子どもに、自ら命を捨てさせる決断をさせるなどと、これ以上にむごい話があるものか。



「それなのに…、それなのに…。何故世界樹様はそのような事をおっしゃられるのですか?」



少女は泣いていた。

過酷な生の中で、ユグドラシルへの信仰だけが少女を支えて続けてきたことは、私にも容易に想像ができた。

家出する母親に縋りつくように少女は泣いていた。


ニュージュの狂気のような信仰を目の当たりにして、ユグドラシルを纏う空気と大地が、悲しみの感情に染められた。

暫くの無言の後、ユグドラシルは優しい声で少女へと話しかけた。


「ニュージュさん…。あなたにお願いがあります」


“お願い”という言葉に、少女は目を剥いて頷いた。「はいっ! はいっ!」と、飢えた犬が必死で尻尾をふるように、次の言葉を待った。


「同居人さんと…、今代の竜と、今日一日一緒に過ごしてはもらえませんか? 一日共に過ごせば、きっと貴方も同居人さんが悪い竜ではないと解ってくださると思うのです」


少女の瞳が愕然と見開かれる。

絶望を宿した眼差しで私を一度だけ見た後に、再び縋りつくようにユグドラシルに視線を向けた。


「私のお願い…、聞いてもらえませんか?」


敬虔なニュージュには頷く以外の選択肢はないだろう。

頷いた時に、涙の雫が地を濡らすのが見えた。

頷きは俯きに代わり、少女は顔を上げる事はしなかった。


「(同居人さん、勝手に話を進めて申し訳ありません。できれば‥、この少女のことを…)」


「(ああ、任されよう。ユグドラシルよ)」


ユグドラシルの言わんとする事は理解できる。私も、この哀れな少女のことを放っておく事などできはしない。


どうにか、この少女の涙を止めることはできぬか。

どうか、この少女に笑ってもらえぬだろうか。


「ニュージュよ。空を飛ぶ魔法は使えるか?」


ニュージュは俯いた頭を更に下へと落とすことで肯定を示した。


「私は特に急ぐ用事はないのでな。どこか行ってみたい場所はあるか?」


私の言葉に一度は首を横に振りかけた少女ではあったが、


「水場に行きたい。体と服を洗いたいから」


と、震えた低い声で答えた。


「ふむ…、それは構わんが‥」


しばし思案する。少女は着替えなど持ってはいない筈だ。

今は夏ではあるが河の水は冷たい。そもそも、洗った後の服はどうするつもりだろうか?


うつむく小さな少女を見て、そういえば我が友のハーピーもこのくらいの大きさであったな。と、思い出した。


「そうだな、私の友人に服を借りると良い」


「友人‥?」


そこで少女は初めて顔を上げた。眉根を寄せて、訝しげに私を見る。


「竜に友人がいてはおかしいかね? 人の子よ。そなたにも友人くらいるだろう?」


私の問には、少女は答えない。


なるほど、やはり少女はこれまで余程過酷な生き方をしてきたようだ。さもなくば、この歳で古代兵器の使い手には選ばれぬか…。

ユグドラシルへの痛ましい程の狂信ぶりも、他に支えてくれる者がいなかった故の必然であったのかもしれぬ。


「では案内しよう。付いて来るがよい」


こうして私はニュージュを連れて、ハーピーの元へとやって来たのだ。







ニュージュがハーピーのゲルの中へと消えてから既に二時間近くが経過している。


私はゲルに背を向けながらも、ずっと聞き耳を立てていた。

時折物音と、稀にニュージュの声が聞こえる以外は、争う様子もなく、緩やかに時間はすぎていった。 


バサリと、ゲルの入口が翻る音が聞こえた。

振り返ればハーピーとニュージュが並んで立っていた。


「ふむ…、よく似合っているではないか」


ニュージュの着る服はハーピーの種族に伝わる鮮やかな民族模様に彩られている。戦闘服などよりもこちらのほうがずっと少女らしい。


ハーピーと人間。種族は違えど、同じぐらいの背丈でよく似た服を着る2人はまるで姉妹のようにも見えた。


「(手間をかけさせたな、ハーピーよ。何も問題はなかったか?)」


「(うん、竜さん! 服の大きさはニュージュちゃんにピッタリだったよ!)」


私の尋ねた問題とは、そういう意味ではなかったのだが、ハーピーの笑顔を見ればそれをわざわざ尋ね直す必要もない事がわかった。


ニュージュの方はというと、きょろきょろと落ち着かなさげに目線を彷徨わせていたが、ハーピーとの距離は近い。ハーピーに対して、悪い感情を持ってはいないことは推測できた。


「では、お礼に今日も空へと行こうか、ハーピーよ」


二度目ともなれば勝手もわかる。ハーピーは翼をはためかせ飛び上がると、私の首にしっかりとしがみついてきた。


「さて、私と彼女はしばし空の散歩に行こうと思うのだが、共にゆかぬか? ニュージュよ」


ニュージュは私とハーピーの間で何度か視線を彷徨わせた後に、首を横に振った。


「…そうか、では暫くそこで待っていてくれぬか?」


無理強いするものでもない。彼女にとって私はきっと未だ「悪しき竜」なのだから。


翼を広げ、空へと飛び立とうとした時に、私の首からふっと重さが消えた。


「あっ…」


ニュージュの前に、白い翼が舞い降りる。ハーピーはそろりと手を伸ばした後に、口をパクパクと開く。



『いこう』



声にはならない筈の言葉が、私にも確かに聞こえたような気がした。

ニュージュが、そろりと手を伸ばす。掠る程度に指先同士が触れ合った後、2人はしっかりとその手を握り合った。


ゲルの中での二時間、会話も成り立たぬ2人がどのように過ごしたのかは私にはわからなかったが。…なるほど、確かに『何も問題はなかった』ようだ。


「では行こうか、三人で」


私は首に二人分の重みを感じながら空に舞う。私の首にしがみつくハーピーと、そのハーピーにしがみつく人の子と。



ニュージュよ、知っているか?


そなたが今手にしているもの。その両手で確りと握り締めている者の名前を。





人はそれを、『友達』と呼ぶのだよ。







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