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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第4章 竜はやがて巣立ちを迎える その5





「ふふふっ、おかえりなさい同居人さん。今日はとても楽しまれていたようですね」 


ユグドラシルの元へと帰ると、彼女は開口一番そう言った。うむ、確かにとても楽しかったが、一体どうして…。


「お二人の歌、とてもお上手でしたよ。」


なるほど、確かに我らの歌は島中に響いていたであろうから、ユグドラシルが聴いていない道理はないだろう。ではまずは、ゲーコとの仲直りについて話そうか。


今日のユグドラシルとのおしゃべりは一際楽しかった。
私は今日の出来事だけではなく、この4日間を振り、返り思ったこと、感じたことを全て話した。


この4日間、ラミアに、ハーピーに、リザードマンの巫女に、二人の巨人に、ゲーコに。皆に助けられて、立派な巣を作り上げることができた。

私一人では、例え何年かかってもあのような素晴らしい巣を作ることは出来なかっただろう。



私はこの世界で最強の竜である。


しかし、ラミアのように良い土地を知っているわけでもなければ、ハーピーのようにどこで山菜がとれるかを知っているわけでもない。


リザードマンの巫女のように広い人脈をもっているわけでもないし、ファゾルトや、ファフナーのように器用に何かをつくることもできない。


ゲーコのように長い穴を掘れるわけでもないし、ましてや、ユグドラシルのようにその慈愛あふれる枝葉で、皆を包み込む存在になれるわけでもない。



私は最強の竜である。しかし私の友達は、私よりもずっと強いのではないだろうか。



ユグドラシルは私の言葉に一つ一つ相槌を打った後に、最後にこう、答えてくれた。


「皆、いろいろな役割を持って生まれてくるのだと思います。全てを一人でできる生き物など誰もいません。だから皆、手を取り合って生きていくのではないでしょうか」 


わたしは、ユグドラシルの言葉を大切に胸にしまう。


私も、ユグドラシルも、もはやそのことにふれない。
もはや巣はできてしまった。これ以上必要なものなどないし、引き伸ばすこともできぬ。



そう、巣立ちの時だ。


ユグドラシルにこれまでの日々を感謝して、問う。


「貴方のために、何か私にできることはないだろうか?」


私が皆から何かをもらったように、私も彼女に何かを返すことはできないだろうか。

ユグドラシルはしばらくの間考えて、


「では………」


彼女の願いに、私はいささか拍子抜けしながらも、「是非に」と答えた。


今日は早くに眠らねばならぬな。



最後の眠りは、いささかこの場所が広すぎるように錯覚した。












「ほら、太陽ですよ」


ユグドラシルは、この朝の空気のように、瑞々しく、透き通った声で私に言う。

彼女の願いとは、一緒に朝日を見て欲しいというささやかなものだった。


私がうけた恩に比べればなんのことはない。こんなもので恩をかえしているなどとは決して思えない。
しかし、伝わってくる感情から、彼女が本当に喜んでいるのだとわかる。


「私、この世界が大好きです」


彼女の「大好き」だという言葉に、私の心臓はとくんと鳴いた。

私も彼女に「この世界が好きだ」とこたえようとしたのだが、私の声は巻雲のように千切れて消えて、なぜか言葉にはならない。


私はただ、無言で世界を、彼女を見つめ続ける。

変わり続ける空の色は、朝焼けの終わりが間近である事を告げている。


時は決してとまらない。同じ朝は二度と訪れない。


無言で寄り添うこの時間、それももうじき終わるのだろう。




そして私は、巣立つのだ。





半時ほどか、あるいは刹那のことだったのか、空は無慈悲なまでに曇りない青に染まっていた。

太陽はギラギラと白い。もはやこれは、朝日ではない。




「気に入って、いただけましたか?」



何か返答せねばならぬとは思うが、焦れば焦るほどに言葉が見つからず、頷くことで答えを返した。それでもユグドラシルは嬉しそうに、柔らかな声音でこういった。



「自分が好きなものを、他の方も好きだといってくれることは、こんなにも嬉しいものなのですね」



私は彼女に何か答えたいのだが、声を胸からぎゅうとつかまれたように、言葉を放つことができない。
まとまらぬ頭では、竜のテレパシーで考えを伝える事もできはしない。



「同居人さん」



彼女は私をいつもそう呼ぶ。



「貴方と出会って、一緒に過ごしたこの6日間、私は本当に楽しかったのですよ」



私は無言で彼女の言葉を聞く。



「朝起きたら挨拶をして、わたしの樹液を本当においしそうに召し上がってくれて、夜には色々とおしゃべりをして、おやすみなさいのあとには一緒に眠って。そうして今日は、一緒に朝日を見てくれて‥」



彼女はそこで少しだけ間を置くと、



「もし…、もしも、もう会うことがなくなったとしても、私のことを忘れないでいただけますか?」



消えそうな声で、そんな事を言ったのだ。




「ユグドラシル!」




気がつけば私は叫んでいた。ユグドラシルは突然の大声に驚いたようではあったが、「はい」と答えて、わたしの言葉の続きを待つ。

わたしは今、何を彼女に何をいうべきなのか、今、何を言おうとしているのか。

今までユグドラシルの前では何度か醜態をさらしてきたが、今日ほど頭が混乱しているのは初めてのことだ。

何を彼女に伝えたいのか、私自身その正体がまったくわからないのだ。


しかし今、この場で彼女に何かを伝えないと、彼女がそのまま遠くへと消えてしまいそうな、そんな得体のしれぬ不安を抱いてしまった。


「ユグドラシル、私は…」


忌々しき言葉よ、私の口を塞ぐな!

私は今何を思っている? なにを彼女に伝えたい?


「私は、あなたのことが…」


わたしの心の声はようやく言葉になり始める。

僅かに湿った雑巾から水滴を搾り出すような、か細い言葉ではあったが。


「あなたのことが…」


しかしすぐに、何をいうべきなのか、何を言おうとしていたのかがわからなくなってしまう。


「あなたのことが‥、とても」


とても、とても、なんなのだ? 何を彼女につたえようとしているのだ。
わからない、頭がぐるぐるとなって、わからない。


「と‥ても…、とても…」


「とても?」


とてもだけを繰り返す私に、彼女は優しく続きを促す。情けなくも続く言葉がわからぬのだ。


「とても、とても…」


ええい! 言うことを聴かぬ我が口よ、言うことを聞かぬならもぎ取ってしまうぞ!


「と…ても、とて…も」


我が口よ、言葉を放て、放つのだ! 

頼む! 私の胸のうちに秘められたその言葉を! 

ユグドラシルに伝えるべき、その言葉を!




「とと、とても…、ト、トテモ‥トト、トテ、ト、トーテムポールをつくるのだ!」




私の口からは、思いもよらぬ言葉が生まれていた。


「とーてむぽーる…ですか?」


一体何を言おうと考えていたのか、気がつけば私は、日の沈む方角の大陸に住む原住民たちの民芸品の名前を口にしていた。

言った私ですら意味の解らぬ言葉を、ユグドラシルはしばし考えた後に、


「ああ、なるほど! 新しい家の守り神を作られるのですね? ふふふっ同居人さんは信心深いのですね」


と、解釈してくれた。


「ごめんなさい。私、てっきり同居人さんの巣が完成したものだと勘違いしていたのです。そうですよね、前にヒュドラさんの住んでいた場所ですから、魔除けのおまじないは必要ですよね」


そういってユグドラシルは、なにやら自然に納得してくれた。そして最後に、



「では、トーテムポールができるまで、もうしばらくご一緒ですね、同居人さん。‥ふふふっ、完成したら私にも是非見せてくださいね」



と、言った。




この日から、私はトーテムポール(大作)を作ることとなる。

随分と高くなってきた太陽を見上げ、今日もいつもと変わらぬ一日が始まるな。と、私は思った。






















ここは人の住む世界。話は数日前に遡る。


竜とユグドラシルが見つめていた朝日の方向、竜達が住む島から、東に1000キロ離れた大陸に聖王都と呼ばれる都市がある。


何十万という人口を抱える首都の中央には、街を見下ろす巨大な聖堂が聳え立っている。
日中は敬虔な巡礼者であふれるこの大聖堂も、夜は海の底のように暗く、静まりかえる。




この闇の中、陽炎のような蝋燭の明かりが、3つの人影を浮かび上がらせている。


一人は赤い法衣をまとった男。ダルマチカと呼ばれる衣は、金糸で美しい刺繍が施されており、男が相当に高位な聖職者であることを示している。

もう一人の男は、赤い法衣の男の前に跪いている。
黒いローブに、その身はすっぽりと覆い隠されており、真っ暗な闇の中で、日焼け知らずの青白い顔が仮面の様に浮かびあがっている。

男の傍らには、一人の少女が控えている。
年の頃は十歳を少し超えた頃であろうか、少女の細いはずの右腕は、複雑な意匠が施された巨大な灰色の物体で覆われていた。


灰色の何かは少女に不釣り合いに巨大であり、人によれば、少女がそれをもっているというよりも、少女がその何かから“生えている”ようにもみえるかもしれない。


「陛下、遠読みの巫女が確認いたしました。今朝、新たな竜が生まれたと」


黒ローブの男は膝をついたまま、暗く、幾分しわがれた声を発する。


「やはり、刻読みの巫女の予言通りということか…」


陛下と呼ばれた男は、言葉の最後に重たい息を乗せた。
黒ローブの男はため息の邪魔をせぬように、暫くおいて言葉を続ける。


「準備は整っております、明日にでも、ここ聖都より出港する事ができましょう」


「そうか、全ては順調であるか…」


黒ローブの男は肯定するように一度深く頭を下げると、傍らの少女へと目線を移す。


「いかな真竜だとて、生まれたばかりの赤子。コレは竜殺しを必ずや成し遂げてくれるでしょう」


“コレ”とよばれた少女は、なんの反応も返さぬまま彫像のように立っている。
灰色の瞳は何も映さず、右手の何かのみが鈍く光ったように見えた。


「世界樹を救うためとはいえ、このような少女を犠牲にせねばならぬとは…」


法衣の男はせめてもの償いだと少女に祝福を授ける。






「聖樹ユグドラシルよ、あなたの忠純なる戦士に大いなる慈愛と加護を与え給え」








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