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蝉だって転生すれば竜になる 作者:あぶさん
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第4章 竜はやがて巣立ちを迎える その4




翌朝、目が覚めた私はまっすぐに新たな巣に向かうことにした。


どうもここ数日、誰かに合うたびにことが上手く運び過ぎるきらいがある。

これまで色々と手を加えては来たものの、トイレまでつくってしまえば流石に巣は完成である。それ以外に必要なものなど、もはや竜の知恵をもってしても思いつかない。

今回は誰にも相談せず、一人で作業を進めるべきだと、そう考えた。


さて、今から巣の傍にトイレを作るわけなのだが、これがそう簡単にはいかぬものだ。

何が難しいかと言うと、上水道と下水道、2種類の水の道を作らねばならぬからだ。穴をほってハイおしまいでは芸がない。


快適な家を作るためには、手間などは惜しんではいけない。また、上水道は飲み水や体を拭く水にも利用ができるだろう。


最初の問題は、いかにして綺麗な水を確保するかにある。

近くの川から水を引いてきてもよいのだが、あまりたくさんの水を引き寄せてしまうと川に住む生き物たちの生態系にも影響を及ぼしてしまうかもしれない。
それに、雨季で川が氾濫してしまうと巣まで水浸しになる恐れもある。

となると、地下水を掘るのが最良の選択ではあるのだが、果たしてどうやって地下水を掘り当てればよいものか…。


そんな事を考えていた時に、ふと背中に視線を感じた。遠い岩陰から、誰かがこちらをこっそりとうかがっているようだ。



「ミーンミンミン(訳・そこにいる者よ。誰だかは知らぬが、私に何か用かね?)」


岩陰に隠れていた者は私の声にビクリと反応する。その後しばらくの間を置いて、ようやく姿を表したその者は、



「ゲコォ…」



と鳴いた。







巣の前で、私とゲーコさんは微妙な距離感を保ちながら、差し向かいに座っている。


私達の間には重い空気が横たわっている。まるで空気に鉛でも混じっているかのように息苦しい。


私からゲーコさんに語る言葉は思いつかなかったし、ゲーコさんもまた、私に伝えるべき言葉を見つけられないのだろう。


わたしたちはただ、沈黙を続けることしかできなかった。


間を持て余し、視線は自然に彷徨ってしまう。

ゲーコさんは前にあった時よりも随分痩せてしまっていた。皮膚も乾き両生類特有のぬめりを失ってしまっている。


ひょっとして、あの日からろくに餌を食べていないのではなかろうか。私がユグドラシルの樹液で毎日腹をみたしていた間に…。


このあさましき身が恥ずかしい。あの日、私はゲーコさんをいったいどれだけ傷つけてしまったのだろうか?

ゲーコさんの体に雄の印を認めてしまったあの時、私は喚きながらその場を逃げ去ってしまった。ゲーコさんに、なんの言葉も残すこともなく。

あれはなんと卑劣な侮辱ではなかっただろうか?


生き物は、必ずしもその身体的性別と精神的性質が一致するとは限らない。
魂と肉体の不一致とは、本人ではどうしようもできぬ病なのだ。

蝉の魂と竜の肉体を持つ私が、なぜゲーコさんの苦しみを理解しようとはしなかったのだろうか?


私にはゲーコさんを妻とすることはできない。

しかし、同じ種類の悩みを持つものとして、友となることはできたのではないだろうか。 


私は自身を省みる、省みて、今何をするべきか考えた。


そして、考えるまでもないことに気がついた。私がゲーコさんの為にできる事など、たった一つしかないのだから。


「ミーンミンミンミン」


歌を歌おう。親愛と友情の歌を。

言葉なんていらない。音が、詩が、旋律が、我らの友情を繋いでくれる筈だから。


「ゲーコゲコゲコゲコ…」


ゲーコさんも歌を返す。
しかしあの時のような低く力強い音ではなく、どこか恐る恐るといった風合いのものだ。ゲーコさんの歌は自信と力をすっかり無くしてしまっていた。


こんなにもゲーコさんを追い詰めてしまった自分が情けない。

情けないが、しかしだからこそ謝ってはならぬと心に言い聞かせる。


何と言って謝るというのか? 雄だとは思っていなかった?
馬鹿馬鹿しい、雄だとか、雌だとか。いったいそこに何の意味があるというのだろうか?


真の友には性別など関係ない。
われらはこれから友になるのだ。我らは友になれるはずだ。


どうした、友よ? お前のうたはそんなものではないだろう?


私の歌についてこい、ゲーコ! 友の間に遠慮などいらぬ!


「ミーンミンミンミン!」


奏でるものは挑発の旋律、音楽とは合わせるだけではつまらない、時には反発しあってこそ、新しい音楽が生まれるのだ。

さあ、どうしたゲーコ? 私はもっと強く歌えるぞ?


「ゲーコゲコゲコゲコ!」


ゲーコは私の意図を正しく察し、力づよい歌で答えてきた。

そうだ! これが音楽だ、友よ! ならばこの旋律はどうだ?


「ミーンミンミンミン!」

「ゲーコゲコゲコゲコ!」


私の音に、ゲーコは寸分たがわず付いてくる。

自然と口に笑みが浮かぶ。
やはりゲーコは本物だ。私の音に付いて来て、あるいは凌ぐことすら可能なのは、目の前の友、いや、強敵ともただ一人なのだから。


「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


今日の音楽はヘビーメタルでいってみようか、シャウトとシャウトの間にある本物のソウルを聞いてみないか?


「Min minminmin!]

[Gek gekgekgek!」


イッツ・クール! ザッツ・オーライッ!

私とゲーコの歌が島中に響きわたる。我らの魂の叫びは誰も止めることはできやしない。


「ミーンミンミンミン」

「ゲーコゲコゲコゲコ」


歌うことは楽しい、しかし誰かと歌うことはもっと楽しい。

友を見つけることは嬉しい、しかし友と仲直りすることはもっと嬉しい。



「ミーンミンミンミンミンミン……」

「ゲーコゲコゲコゲコゲコゲコ……」



歌って、歌って、歌って…。

気がつけば、私達は大地に横たわって大声で笑っていた。



空は青く、真っ白な雲が風に吹かれて飛んでいく。

真夏の太陽から光線が羽のように降り注いでくる。



女だとか、男だとか、蝉だとか、竜だとか、そんなことは、とてもちっぽけなことではないだろうか。


寝転がった大地が暖かい。私たちは仰向けになったまま握手を交わす。

仲直りの握手もとても暖かい。


今度はラップでも歌おうか? と提案すると、ゲーコは


「ゲッKO!」


と、力強く頷いた。


その後、われらは他愛もないおしゃべりをする。
今、トイレを作っている最中なのだと話すと、ゲーコは自分にも手伝わせて欲しいと名乗りでてくれた。


トイレは一人で作るつもりだったのだが、友の厚意を無碍にするわけにもいかぬだろう。わたしが「では頼む」とお願いすると、ゲーコは任せてくれと、胸を張った。


ゲーコは巣の周りの幾つかの場所でうつ伏せになり、何かを探り当てるかのように大地に耳を当てていった。
私はただ、ゲーコの邪魔をしないよう、息を潜めて見守るだけだ。

ゲーコは、なんどかそれを繰り返した後に、とある場所で立ち止まった。


するとゲーコの口に、いや‥、舌にか? 力強い魔力が込められているのが私にはわかった。

ゲーコの舌先が青白く輝き始める。そしてそのまま‥




「ゲーコォオオオッ!」




気合の一声とともにゲーコの舌がうねりを上げながらドリルのように伸びて行く。
赤い舌が、削岩音を上げながら厚い岩盤を突き破っていく。
ギュルギュルと伸びていくそれは、果たしてどれほどの長さになっているのか、想像もできない。

暫くして、ゲーコがニヤリと笑うと、ようやく舌が巻き戻り始めた。

最後に舌が口の中に収まったと同時に、なんと、大量の水が地面から溢れ出てきた。

驚く私を尻目に、ゲーコはそこから少し離れた場所に移動して、もう一度同じように舌で地面をえぐった。

最初の穴から溢れでて出てきた水は2つ目の穴に吸い込まれて流れていった。


一体何をしたのかと尋ねると、一つ目の穴は地下にある水脈とつないだと。
そして二つ目の穴は排水用に、1キロほど離れた場所にある川まで伸ばしたのだと言う。


ゲーコの言葉には驚くしかなかった。
ゲーコはまさかあれだけのことで、この巣に上水道と下水道を通してしまったというのか。
あとは適当に大地を掘れば、トイレでも風呂でも簡単に作る事ができるだろう。


私はゲーコを褒め称える。歌だけではなくこんな特技まで持っていたとは。


私の爪では大地をえぐることはできても、長い穴を通すようなことはできはしない。


ゲーコは私の賛辞にくすぐったそうに目を細めながら、





『掘るのは得意だから』





と答えた。


ゲーコは、他にも穴を掘りたくなったらいつでも私の力になると言い残して、自らの巣へと帰っていった。ゲーコのような友がいて、私は本当に幸せ者だ。




その後は一人で作業を続けた。

上水道と下水道を溝でしっかりとつなぎ、その間に大小3つの穴を掘る。

一番上の小さな穴が水飲み場。2番目の大きな穴が体を洗うための水おけ用。3番目の中くらいの穴が排泄用だ。


ゲーコがもっとも大変な作業をしてくれたおかげで、2時間もたたぬうちにそれは完成した。
巨人たちの作った立派な門に比べれば、お世辞にも恰好のよいものではなかったが、まあ、及第点と言えるだろう。




こうして、巣を作り始めて僅か4日。


楽しく、学ぶことも多く、友も増え、非常に凝縮された4日間であったが、私の新しい巣は遂に完成した。



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