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事故と今の夢
作者:東野佳奈子
 昔の話。穿り返して話すのも心が病むが、書き留めておきたい。事実は、隠せない。

 当時小学六年生だった私は、ある事故に遭遇した。柔道事故だ。某柔道教室で稽古をつけていた私がいた。それほど強くない。実績も高々と掲げられるほどはない。ただ、武道が好きだった。中学にあがったら部活は吹奏楽部だったが、体育の選択授業では毎回剣道を選んでいた。柔道という選択肢がなかったからだ。あれば無論柔道にしただろう。
 だが、事故が起きた当日に限って私は具合が悪く、稽古を休んだ。思わぬ情報が私の耳に飛び込んだのは、事故がおきた早々だった。
 M君が意識不明だって――
 私は耳を疑った。具合が悪いにもかかわらず、布団から飛び起きて根掘り葉掘り訊いた。何で? 柔道やってて怪我したの? 先生は? 彼は大丈夫なの――? 色々考えている間に涙が出てきた。同じ道場の仲間が、意識不明。なぜそうなったのかは数日後に聞いた。
 死なないで――ただその一心で彼の快復を願った。後日、彼が入院しているという病院へ道場の仲間全員でお見舞いへ行った。彼はICU――集中治療室にいた。いくつもの機械に囲まれ、それなしでは命がもたないという状態だ。そして、彼をこの状態にしてしまった張本人である指導者は姿をみせない。私はそれに少なからず憤りを感じた。家まで行って殴りこんでやろうかとも考えた。それぐらい、私の気持ちはどうかしていた。だが、楯突いたところで何の解決にもならない。あとは警察の捜査と裁判に委ねるしかなかった。
 さらに事故から数ヵ月後県警のほうから連絡があり、事情聴取をお願いしたいのでS警察署まで来てほしい、とのことだった。来てほしいとは言ったが、その後訂正され、ご自宅まで向かわせてもいいですが、と言われた。家までスーツ姿の刑事が来るのは正直抵抗があった。いくらパトカーではないとは言えど、近所の目が気になった。そしてやはりS警察署まで私が出向くことにした。
 取調室は小さかった。ドラマでやるような取調室を想像していたわけではないが、想像以上に狭いところだった。刑事は一人。それに私と親一人で、計3名での事情聴取だった。「本当のことを話してね。柔道場で事故がおきたときにいなかったみたいだけど、それ以外の活動でいいから事実を答えてね」そういわれたのは鮮明に覚えている。言われなくとも、正直に答えるつもりでいた。
 ドラマで見るような生半可な取調べではなかった。室内はとても殺風景で、少し怖くもあった。刑事の目にやどる眼光は鋭く、目を見て話すのは少し辛かったほどだ。それでも確かに私は目を見て話した。考えれば考えるほどM君の元気な姿が瞼の裏に映り、目をしばたかせないと涙があふれてきた。あのときの私はまだ幼かったので、刑事の問いに対して的確な答え方ができていたかはわからない。だが、あの時私は私なりに精一杯話した。
 柔道の技をかける上で大切にしなければならないことがあった。武道はある意味護身術でもあるが、柔道は人を殺すためにできたものではない。即ち、投げた後に投げっ放しということだけは禁じられていた。とはいえ、自分よりも大きな相手とやったときは投げた後に持ち上げるのは大変だった。だが、禁じられているものは禁じられている。私はその決まりを厳守した。頑張って持ち上げて、相手が怪我をしないように頑張った。
 なぜその事故がおきてしまったかといえば、指導者がその禁じられていたことを犯してしまったからに他ならない。つまり、自分よりも小さな相手を本気で投げて、そのまま投げっ放しにした、ということだ。私は許せなかった。一指導者である貴方がそんなことで事故を起こしてどうするのだ、とぶん殴ってやりたかった。起きてしまったことは仕方がないのだが。
 数年の歳月をかけて、この柔道事故は一件落着した。警察による裏づけ捜査、裁判へ向けた準備、全国柔道事故撲滅運動の活動など、やらなければならないことが山のように残っていたから、それほどの歳月がかかったのだという。
 事故発生後、指導者の警察から検察庁への書類送検までにかかった歳月、約2年3ヶ月。私は今でもその事故を、事故を起こした指導者を嫌っています。ふざけるな、と言ってやりたいところです。
 その事故が、私の夢を少しだけ築きました。警察になりたい。その思いが募りました。私は医者になるほど頭は良くないです。ですが、犯罪を捜査するとか、こういう事件を少しでも減らしたいという思いがあり、夢は警察です。
 今ではだいぶ築き上げられました。日に日に警察に対する思いは積もっています。その一方ではもう一つの夢があります。M君のような全身麻痺を、どうしたら改善できるのだろうか。その思いもあり、もう一つは理学療法士です。
 私の夢は、その事故一つで大きく成長しました。こんなきっかけが人生にあるからこそ、人はこうして頑張って生きていけるのかなあ、とふと思いますね。
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