陽だまり横丁猫かわら版特別紙 【忘年会の知らせ 必須事項 一、餌持参 二、手拭い持参 三、出席の有無は幹事三毛猫まで】
陽だまり横丁にも冬が来た。寒い、寒い。こんな日は真木のおでんにまたたび酒の熱燗にかぎる。 町の見回りを終えて店に帰ると、白い小さな雪玉が突進してきた。
「にぁあ!!ぼうねん会がやりたいにゃ!!」
雪玉だと思ったふわふわの白い毛玉は子猫の白雪で、後ろから来た兄貴分のシマが子猫を咥えて引き取り下がった。
「お帰りなさいミケさん。白雪、ぼうねん会は大人がいないと駄目だぞ?」
「おとな?じぃちゃん?」
「いや、人間じゃなくて、ミケさんとかクロおじとかだよ」
そう注意しつつも楽しそうな響きに縞々の尻尾が揺れている。無言で見つめてくる子猫等に気付いたのか、椅子の上に丸まっていたクロが顔を上げた。
「んじゃあ久しぶりに地蔵のどごさいぐが?あいづも暇してっぺがらよ。そろそろお前ぇ達もいいべ」
確かにそろそろ猫又の力にも慣れないとならないが…………。まずは二本足で歩くところからだろう。シマは歩けるが白雪はまだか?そういえばそろそろシマの尻尾もわかれて良い頃だろう。刺激にはなるか。
「「いくにゃあぁぁぁ!!!!!」」
………と、なると必要なあれこれの手配は?
「ん」
オイ。丸投げかよ。
はしゃぐ子供等に、一言で任せてくるクロ。まぁしかしせっかくなら美味しい物が食べたいしな。仕方ないかと請け負った。
「はぁ、わかったわかった。食い物と飲み物を頼んでくるから先にいってろ。あ、そこらの只猫も連れていけよ」
「ん」
只猫とは名前の通りただの猫だ。そいつ等には食べ物持参としよう。猫集めに行く三匹と別れて、俺は真木に伝えに行った。
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『弁当?あぁ、忘年会か。もう外寒ぃだろ?あ、そうだ! 確かこの辺に………あぁ、あったあった。ミケ!ほれ、これやるよ』
『ぎにゃ!!!』
放り投げられた黒い輪っかを口でキャッチする。ガキッと金属の嫌な音がした。
『………』
金属を噛むのは嫌いだし犬の様な真似も好きじゃない。無言の抗議はキッチリ伝わったらしい。
『わ、悪かったって、そう怒んなよ。使わねぇ五徳貰ったからやるよ。業モンらしいぜ?火鉢と弁当池のそばに置いといてやっから、持ってって使っていいぞ』
『………にゃ』
火鉢か、懐かしい。あれは温かくて好きだ。礼を兼ねて誘いをかけてみた。
『いや、俺池渡れねぇからなぁ気持ちだけもらっとくよ』
そうか?師走は力が増すから行けると思うが、まぁいい。鬼の血を引いていても人は人。軟弱だ。火鉢のみでは風邪をひく。今度、月の酒でも差し入れてやろう。五徳を持って店を出た。
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地蔵のもとへと行くと、陽気なお囃子と共に雪のつもった原っぱで猫達が手拭いを被って踊っていた。今日は雪と只猫を入れるために時忘れの結界を緩めているので、気温は冬だ。 今日ばかりはクロに力を貰い皆二本足で踊っている。 気の早いことだ。
「お料理にぁあ!!!!!」
白雪が抱き付いてくる。 今回白雪にはクロの補助は無い。 しかしもう二本足で歩けるらしい。 子供の成長は早いものだ。 この《狭間の猫又》は普通の猫又とは違って生まれた時から猫又だ。 普通は只猫が修行して猫又になるが、人間の住む《現世》とこの世のモノではないモノたちが住む《月街》の間が《狭間》なのだ。 成り方も違って当たり前だ。
「まだだ。それよりも調達を頼みたいものがある」
「ミケさんそれなンすか?」
「五徳だ。火鉢はあるから炭と鉄瓶か鍋を調達して来い」
「両方じぃちゃんのところにあるにゃ!!」
「ちゃんと借りて来いよ。シマ、ついて行ってやれ」
「わかりました!!行こう白雪!!」
「にゃん!!」
「クロ、料理と火鉢が来たらここに運んでくれ」
「ん」
「俺は酒を用意してくるから火鉢が来たら火を入れておけよ」
り――ん!!りん!りん!りりり――ん!!
「……わかった、わかった。みたらし団子も貰ってきてやるから鳴くな、泣くな」
り――――ん!!
こんな日は本当に只猫に戻りたいと思う。
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「で、コレは何だ?」
戻ってきたら火鉢の火入れが済み、料理も並んでいた。そして見慣れぬモノがいた。
灰色の子猫に見えるが………頭で三本燃えているそれはなんだ?木?蝋燭ではないな。人の呪う様に似ているが……呪われでもしたか?
「お前はなんだ?」
もう一度聞くとその猫もどきが何故か白雪に向かって答えだした。
[ニャ―――]
「にゃ~なの?」
[ニャ―――!]
「ニャ―――なの!!」
[ニャ!]
子猫が分かりあっていた。通じているのか?
「ミケさん、ニャ――だって!!」
通じてないではないか! だからソレはなんだ? どういう意味なんだ? 俺には理解できん。
なのに周りは《ニャ―――にゃ。 ニャ―――なのにゃ。 そうかにゃ? そうだにゃ! なら仕方ないにゃ。 ニャー雪合戦やるにゃ? いいにゃ!!》とやるやる!!と只猫達と子猫等。
灰猫、火は大丈夫なのか?って待て、待て、マテ、待てぇい!! 何遊んでいる!! 何故受け入れている。 理解出来ない。
「シマ、クロ」
名を呼び説明を求める。と、どうやら火をつけ五徳を置いたところ出現したらしい。 ニャ―――は関係なかった。なんなんだ全く。
「で、ニャ―――! ッス!!」
お前もかシマ。と、いうか只猫達よ、何故雪の上に寝転んでいる?
《つめたいにゃ!! 雪強敵にゃ!!》…………敵は雪なのか? 確か雪玉を投げ合うのが雪合戦だと思っていたが? まさかの雪合戦だ。
唖然としていたら火鉢の前に陣取り早速飲みだしていたクロがくつくつと笑っていた。
「くくっありゃ五徳猫だな。 た~しが付喪神さんだったよ~な気ぃしだげんど。 百鬼参加にはまぁだ早ぇんだべ。 まぁ此処さ居りゃ害さねぇがんな大丈夫だ」
クロの台詞にシマが輝いた。あ~今度はなんだ?
「神様!! お~~い白雪!! ゴトウなぁ神様だってよ!!」
「[ニャ―――?]」
「神様? じゃあ、ごとうさまなのにゃ!!」
[ニャー☆]
「拝むのにゃ!!」
……………後藤様?………ってお前はどこの人間だッ!!それを言うなら五徳様だろう。後ろでは既にゴトウ様が連呼されている。定着したな。つーか拝むって、お前等火にあたってるだけだろう。
《雪冷たいにゃ。 冷えるからあっためてにゃ。 火鉢よりあったかい気するにゃ。 雪合戦死ぬかと思ったにゃ。 戦士は頑張るにゃ!!》
只猫達よ、気のせいだ。 火鉢の方が確実にあったまるぞ。 戦士が戦死に聞こえる、逝く前にこっちへ来なさい。
火鉢を囲んで温まる。 次は囲いをお願いしよう。 風が冷たい。
地蔵に団子をやり、熱燗を傾け料理に舌鼓を打つ。 五徳猫はこのまま地蔵に預ける事にした。 子供同士仲良くしておけ。 なんにせよ、今年もよくよく働いた。
「ひえぇぇぇ!!! ど、どうして五徳猫がここに!!」と、挨拶に来た月の猫又が戦いていたが、ひぇひぇ煩かったので月の酒だけ受け取り月に蹴り飛ばした。 おぉ~よく飛んだな。南無南無。
やっと静かになったと思ったらさっきまで騒いでいた猫達も静かになっていた。 今度はなんだ?飲ませろ。酔わせろ。
「ひぇひぇさんかえったの? ごとうさまもいなくなるにゃぁ?」
白雪が耳を伏せてへこんでしまう。 それに習うように只猫達もへこんだ。 何てことしやがる。 せっかくの宴を。 月の奴めもっと強く蹴るんだったな。 うちの奴らは白雪に甘いんだぞ。 見ろこの見事な統治を。 《可愛いは正義だ》次の猫頭も安泰だな。 俺は早く気持ちいい酒が飲みたいんだ。 全く。 うちの奴らは大らかすぎて困る。 見習え月猫め。 うちの子最高、狭間の猫又最強だ。 俺は酔ったようだ。
「五徳猫はお地蔵様と一緒にここにいるから安心して遊んで来なさい」
「やったにゃ!! 遊ぶにゃ!!」
《[ニャ―――!!]》途端に元気になる猫ども、雪合戦はやめなさい。 止めたら踊り出した。 五徳猫よ、お前の頭に手拭いは無理だ。 燃える。 腹にでも巻いておけ、と手拭いを貸してやれば懐かれた。やめろ。 髭が焦げる。 次にやったらへし折るぞ。 やめろ、懐くな。 焼ける。 全く、踊る猫等は陽気に元気だ。
あぁ、今年も平和だった。 来年もそうであればいい。
真木のおでんを摘まみ熱燗を傾け、踊る猫達を見ては笑い楽しみ師走の忘年会は更けてくのであった。
** ** ** 【御仕舞い】 ** ** **