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冷酷で高慢な令嬢の恩情

作者:Veilchen
 そう大きな声を出さないでくださいませ。貴方のような方を招き入れて差し上げたのは、破格のことだとお分かりになっていただけないのかしら。平民がこの部屋に足を踏み入れるなんて――きっと最初で最後のことになるでしょう。しかもわたくしが手ずからお茶を淹れて差し上げたのよ。光栄とお思いになるべきだわ。

 お友達のことは、お気の毒には思っていますのよ。だから貴方のお話を聞いて差し上げようという気にもなったの。平民とはいえ大切に育てられたお嬢さんだそうだから、きっとあの処遇はお辛いでしょう。何度かお会いしただけだけれど、とても可愛らしい方だった。わたくしの殿下がお気に召したのも、頷けるというものよ。

 でも、仕方のないことでしょう? 身分低い方々は思いのままに恋をして心のままに妻や夫を選ぶこともあるそうだけれど、王侯貴族の婚姻とは、感情とはかかわりのないものなのですもの。国を背負うべきあの方に、お立場に相応しくない倣いを吹き込んでしまったこと――これは、罪に相当するのではないのかしら。
 分かっています。あの方はただ少し――事態を分かっていらっしゃらなかっただけでしょう。心を寄せる殿方がいて、その方も憎からず思ってくれているようであれば、普通の娘は舞い上がってしまうものなのかもしれません。殿下は容姿もお人柄も大変好ましい方だということ、わたくし自身が一番よく知っていますもの。
 惹かれてしまったこと自体を責めるのは酷ということ、それもまたよく分かっています。

 ええ、本当に。わたくしたちが好んで権力を振りかざし民を虐げるように見えているとしたら、ひどい誤解ですわ。こういう場所だから言ってしまいますが、(ひが)みのようなものさえあるかもしれない。これは分かっていただきたいのですけれど、わたくしだって好き好んであのようなことをしたのではありませんの。ただ、法が定めることに従って粛々と処理した結果のことです。ですから、わたくしが父である公爵に、何かしらの便宜を依頼したなどということはありません。そのようなことは、貴方がたが好まれるお芝居の中だけのことです。……驚きました? 巷でどのようなものが流行っているか、わたくしたちの耳にも多少は入っているのですよ。



 それにしても、お若い令嬢の身で異国にひとりきりなんて、さぞや心細いお気持ちでしょうね。手に職がある訳でも、まとまった財産がある訳でもなし。どうか忌まわしい類の職業に身を落とすことがないようにと願うのですが。
 でも、どんなに残酷に思えても、こうするしかなかったこと、あの方自身が招いたことなのです。たとえその気がなくとも、国を乱したということは大変な重罪なのですから。たとえ未遂であっても、です。

 だから、お静かにとお願いしていますでしょう。あの方にそのようなつもりがなかったことは汲んで差し上げているではないですか。
 王太子殿下に憧れを持つのが悪いという訳ではありません。民が王室へ敬意を抱くのは、むしろ義務でさえあるでしょう。王族が民を慈しむのも同じこと。けれどそれは男女の愛情とは異なるものです。あの方を妃に、などとは殿下のお立場が許しません。それを理解できずに多くを望みすぎたことこそ、あの方の咎なのです。
 王太子殿下の――将来の王の妃ともなれば、政の補佐をするだけの力量や見識はもちろんのこと、王位を盤石にする名家の後ろ盾がなければなりません。前者だけならばまだしも、あの方に後者は持ち得ません。あの方の分を越えた夢は、他の者たちにもあわよくば、という夢を見させてしまったのです。
 本来ならば王にも王妃にも遠い方々も、あの方の気に入るように振る舞えば、未来の国王夫妻のお傍に侍ることができるのではないか、などと考えたりして。そのような方々が何をしたかも、巷では噂になっていると思いますが。
 あの方の逸脱は、他の方々の逸脱をも呼び、確かに国の秩序を序列を乱した――擾乱(じょうらん)の罪に当たるのです。擾乱罪への罰は、死罪か追放刑とは定められています。法を覆すなど、国王陛下でさえ許されないこと。死を免じただけ、慈悲なのです。

 ああ、お茶が冷めてしまっているではないですか。良い葉ですから、どうぞ召し上がって。淹れなおして差し上げましょう。



 あの方以外にも罰せられるべき者はいた――ええ、それも承知しています。王太子殿下はその筆頭とも言えるでしょう。あの方のお心が今少ししっかりしていらっしゃったなら、全ては起きなかったのでしょうから。それに、あの方に群がった貴族とは名ばかりの不心得者どもも。
 でも――言いづらいことではありますけれど――殿下も、他の方々も、関わった者の全てを罰する訳にはいかないことは分かっていただけますわね? どなたも大事なお役目を負った方々なのですもの。そのようなことをしては、それこそ国の乱れになってしまいます。
 わたくしに告発を期待していらっしゃるのならば、残念ながらお応えすることはできません。わたくしも貴族の家に生まれた者として、下の方々よりも広く多くを見て考えるように躾られておりますから。だから、あの方の処遇に心を痛めはしても、それ以上のことはできません。お役に立つことはできないのです。

 あら、そういうことでもないのですか。どういうことかしら、とてもお怒りのご様子だから、もしや殿下に何かする前に、と思ってお話しようと思ったのに。貴方は殿下を恨んではいらっしゃらないの? 一体どういうことなのかしら。



 ――何が仰りたいのか分からないわ。貴方がどうしてわたくしを訪ねてこられたかも。
 言い訳? 貴方のような方に対して、わたくしが何を弁明する必要があるというのですか? このように直接お話していることさえわたくしが特別に許したからではないですか。

 告発? わたくしを? どうして?

 わたくしはこの一件に何も関わってはおりません。ただ傍で、心を痛めながら眺めていただけです。婚約者である方のご乱心と、国が乱れるかもしれない瀬戸際を見て、何をすることもできなかった――公爵家の生まれといえど、わたくし自身は無力な小娘にすぎませんもの。

 父に便宜を図るよう頼んだようなことはなかったと、先ほども申しましたでしょう。あら、これではその気になれば父を動かせるように聞こえてしまったかしら。でも、どちらにしてもなかったことです。第一、わたくしが何を頼んだというのですか?

 婚約者を惑わせた女を許さなかった、なんて。貴方が考えていらっしゃるような、わたくしがそのような悪辣な女であるならば、追放で済ませるようなことはしなかったのではないでしょうか。父に頼むとしたら、あの方を確実に死刑にするように、ということではないのかしら。
 でも、実際にはあの方は異国の地でちゃんと生きているはずです。だって、少し浮かれてしまっただけの女の子に罪を被せて死刑に、だなんて、誰も――国王陛下でさえも望まれませんもの。殿下のお気の迷いをなかったことにするために、誰かを罰しなければならなかった、だから――失礼な言い方だとは思いますけれど――なるべく影響の少ない方に、なるべく軽い刑を、ということになったのですわ。



 わたくしは父や他の方から聞かされただけです。見てきたように聞こえたとしたら、自信を持って堂々と話すようにと教育されているから。地位ある者の言葉は重いがゆえに、曖昧な物言いはしてはならぬと教えられているからです。
 あの方にお会いしたことがある、と――あら、そんなことを言ったかしら。そうでしたか? ならばきっと言い間違えてしまったのですね。だってどのようなことになるか、気になるのは当然のことでしょう? 裁判に関わった方々のお話や、証言の記録――先日までそんなものに浸りきっていたものでしたから。きっとあの方と直接お話したような気になってしまっただけでしょう。

 あの方がいつ国を出たか、ですか。すぐには出てきませんが、もちろん記録には残されているでしょう。何なら調べて差し上げますわ。追放されたとは言っても、追いかけてはならないなどという法はありませんもの。貴方のような方がついていてくださればあの方もお心強いでしょうし、私も安心できるというものですわ。
 あら、記録を見たと言っても判決が出るまでのことですもの。あの方が実際に旅立ったのがいつのことかだなんて、どうして私の関心を惹くでしょうか? 他に考えることもたくさんあるのですもの、ぱっと分からなくても無理もないことではありません? 厭だわ、何だか私の言葉尻をひとつひとつ捕まえて悪いように解釈なさっているみたい。



 まあ、わたくしの知らないことを教えてくださるというのですか。貴方のことは記録にも証言にもちらりとも出た覚えがないのですけれど。なのに、どんな秘密をご存知なのかしら。一度結論が出たこと、覆るようなことはないと思いますけれど――でも、万が一ということもありますね。さあ、どうか仰ってくださいな。

 約束。結婚の。……貴方と、あの方の? 指輪……そんな、玩具みたいな。そんなものが何の証拠になると仰るの? 将来を誓い合う仲だった、それが、何だというのですか?
 ……ええ、そうかもしれません。貴方が仰るのが本当ならば、あの方は殿下を誘惑するようなことはなかったはず。ならばあの方が問われた罪は無辜のものであった、不当だったと仰りたいのですね。ああ、やっと分かってきました。

 けれど、貴方はあの方を信じすぎているのではないかしら。殿下があの方と――身分の違いやお立場にも関わらず――()()()親密に接していらっしゃったのは事実なのですよ。それこそ証人がおりますし、わたくしの耳にも入っていましたもの。ですから――あの、非常に言いづらいことなのですけど――あの方だってお心が変わることだってあるのではないでしょうか? だって殿下は素敵な殿方ですもの。それに、殿下と一緒にいるだけで沢山の人に囲まれてもてはやされて、きっとあの方にとってはこれまでに思ってもみなかった華やかな世界ではなかったのかしら。貴方は職人さんかしら。それとも商人さんかしら。貴方のような方と歩む未来よりも、楽しいことも嬉しいこともずっと多いと思っても仕方のないことではありませんか?

 ――何でもないわ。ちょっとお客様がお茶をこぼしてしまっただけ。ええ、大丈夫だから外していてちょうだいな。

 ふふ、どうして家の者を呼ばなかったのか不思議に思われているようね。多分、貴方はわたくしを誤解していると思うのですよ。わたくしは貴方が思っているような女ではありません。あの方を陥れるなんてしていませんし、こうしてお話しているのもただ分かっていただきたいだけなの。あの方の身に起きたことは、仕方のないことだったと。

 貴方のお話には証拠がありません。指輪だって、あの方に渡す前だったのかあの方が断ったものなのか分からないではないですか。あの方は殿下の振る舞いに困っていらっしゃった? それは、貴方が信じたいことではありませんか? あるいは、貴方の前ではそう言って、気を惹こうとしてみせたとか。
 ねえ、仮に、仮にですけど、貴方のお言葉を事実だと仮定したら、わたくしには動機さえなくなるのですよ。だって、それが本当ならあの方は被害者ではないですか。殿下が全ての原因であるかのように言うのも不遜ですけど、このような場ですから容赦していただくとして。

 わたくしは、殿下のことを――尊敬している、と、言うべきように言うことはできませんわね、残念ながら。あの方のことがあったことでは。愛している? わたくしが、殿下を? まあ、わたくしをそのような女だとお思いになるなんて、なんてひどい。愛だの恋だのは身分低い方々のためのものだと、最初に申し上げたでしょう? わたくしは義務として殿下を支え、あの方にお仕えするのです。もちろんあの方はわたくしをお気に召してはいないのでしょうけど。でも、仕方のないことですわ。高貴な身分に生まれた者は相応の義務を負うものです。まして国を受け継ぐべき方となれば、思いのままになることの方が少ないのでしょう。少なくともわたくしは家柄も教養も――容姿も、王妃の地位に相応しいはず。殿下にも、それを分かっていただかなくてはならないとは思っているのですけれど。

 ――それはわたくしへの侮辱に等しい言葉です。市井の小娘のように、わたくしが愛や恋に目が眩むことがあるなんて……! 嫉妬は、もっとも恥ずべき醜い感情です。わたくしがそのような邪念に囚われるはずはありません。今回のことは、全て殿下が原因です。あの方を憎く思うなんて理不尽にもほどがあるではないですか……!
 貴方のことをお気の毒に思うからこそ、こうしてわざわざ時間を取って差し上げているのですよ。なのにどうして、わたくしを挑発するようなことばかり仰るの? 誰かを悪者にしたいというのは分かります。あの方が――貴方が愛するという方が、その立場に置かれているのがお気に召さないということも。でも、どうしてわたくしを選ばれたの? 身分高い女がそんなに目障りで、気に喰わないというのかしら!

 いい加減になさってください。あの方は――品のない言い方になってしまいますけど――殿下に、絡まれていただけではないですか。婚約者である方の無軌道に心を痛めこそすれ、筋違いの嫉妬だなんて、このわたくしに限ってあるはずがない……!



 違います。今のは、そういうことではありません。貴方があんまり責め立てるから、つい言い間違えただけです。わたくしは、あの方と殿下の間に何があったかなんて知りません。知っているはずがないでしょう!
 同じことを何度も言わせないで。あの方を悪者にしてしまったのはお気の毒なことだと思っています。でも、わたくしがさせたことではありません! 国王陛下を始め、お偉い方々が諮って決められたことです。仕方のないことだったと、申し上げたではないですか!
 不服だなんてとんでもない。あの方は巻き込まれただけ――ならばこれ以上の罪を負わせるなんてできません。陛下も、事情は全てご存知なのですもの。いいえ、貴方の仰るように、殿下が一方的につきまとっていたということについて、ではありません。ただ――そう、世間で言われるほどあの方に悪意があった訳ではないという、その程度のことですわ。

 あの方を国境まで護送したのは、確かに我が家の兵です。ええ、我が家は本来司法に携わる家ではありませんけど。でも、それも仕方ありませんでしょう。だって殿下が力づくであの方を取り戻そうとなさるかもしれないのですもの。そんな醜聞、あってはならないことですもの。だから万が一にも間違いのないように、陛下から特別に命じられたのですわ。いいえ、わたくしや父から願ったことではありません!
 そう、あの方を守るためです。それ以外になんの理由や目的があるというのですか? わたくしはあの方の死刑を願っても叶えられたはずなのですよ。これも先ほど申し上げたことですけれど! 追放で済ませて差し上げたのは慈悲だというのに、この上何を期待していらっしゃるの? 何ですって? ああ、何てひどい、悪辣な!

 貴方がいらっしゃった本当に目的を、やっと明かしてくださったようですね。でも、なんて的外れな疑いでしょう! わたくしがあの方を――亡き者にしたのではないか、なんて。断頭台での一瞬の死では満足せずに、兵で取り囲んで、人目の離れたところまで攫った上で気の済むまで――なんて。想像するのも恐ろしいことです。貴方はあの方を愛していらっしゃるのではなかったの? どうして異国の地で健気に生き延びようとしている姿ではなく、そのように無惨な想像ばかりを思い描かれるのかしら。

 わたくしの言葉が揺らいでしまったのはお詫び申し上げましょう。そのために貴方の誤解を深めてしまったかもしれないことも。でも、貴方のお言葉にもおかしなところがありますわ。気付いていらっしゃらないのかもしれないけれど。
 あの方の護送に我が家が関わったこと――下々には知られていないはずですわ。わたくしを追い詰める切り札のつもりでいらっしゃったのでしょうけど、一体どこから手に入れられたの? わたくしを貶めて得をしようという者は、貴方を雇うか操るかしている者は、一体どこのどなたなのかしら? わたくしも知っている方、なのかしら。報酬は? 地位かしら、それとも卑しいお金かしら!
 貴方は随分余裕がおありのようですもの、きっと身分のある方なのでしょうね。わたくしや、我が家に疑いを掛けるような真似をして、わざわざこの屋敷に乗り込んできて――それでも生きて帰れると、貴方に信じさせることが出来る方……。別に貴方を動揺させて言い当てようとしている訳ではありませんのよ。わたくしにはおおよその検討がついていますもの。でも、どうせなら貴方の口から仰っていただきたいの。不確かなことで他の方を疑うのはとてもいけないことですもの。貴方も、少しは気が咎める思いがあったのではありませんか? まあ、そんなにはっきりと首を振るなんて。ご自分が正しいと疑ってもいないのね……それとも、そう信じさせられているだけかしら。
 さあ、教えてくださいな。貴方にわたくしのことを疑わせ、あの方について酷い想像をなさっているのはどなたなの? わたくしの思っている通りの方かしら?



 ああ、なんて得意げな顔をなさっているのかしら。うふふ、わたくしに手痛い打撃を与えたと信じていらっしゃるのね。こうして笑っているのも強がりに過ぎないと。でもおあいにく様。わたくしは心の底から笑っているの。だって貴方の()()は、わたくしの思っていた通りの方なのだもの。
 今のこの国に、あの方の行く末について拘泥なさる方は、貴方を除いてはただおひとり。少しでも頭を使えば分かることでしょう? だからわたくしは驚いてなどおりません。ええ、全く! そもそもわたくしたちの間に愛などありませんし、信頼さえもまだ望めないのですから。全て、わたくしが最初から申し上げている通りでしょう? ただただ義務によってだけの結びつきなのです。

 ええ、ですから王太子殿下がわたくしを疑われているとしても、何ら驚くべきことでも悲しむべきことでもないのです!

 わたくしはただ呆れているだけです。幾らあの方への想いが報われなかったとしても、それは殿下のなさりようがあまりに拙劣だったから。まして想う相手が既にいらっしゃる方の御心を動かすのに、地位や財をちらつかせるなど、人の心を踏みにじるにもほどがある。だから殿下の思い通りにならなかったのはあの方ご自身の行いが招いたこと――なのにわたくしのせいになさるなんて、なんて器の小さいこと! そのようなお姿こそがあの方に嫌われた原因だというのに、少しもお気付きになっていないなんて! そんなことだから想いを寄せた方に――野郎などと言われるのですよ!

 ええ、――と言いました。わたくしがそう言ったことを、殿下に言いつけてくださっても構いませんわよ。きっとお出来にはならないでしょうから。たとえ伝聞であっても、面と向かって口にするのは憚られる類のことだと、あの方から聞きましたから。どうせ殿下にもよく意味が分からないのでしょうし。
 あの方が教えてくださったことです。そう申し上げたのが聞こえませんでしたか? あの方ご自身も言った後で顔を赤らめられていて、とても可愛らしかったのですけど。正直に言ってどの程度の侮辱なのかはっきりとは分かっていないのですけど。でも、下々の方々が使う言い回しはとても新鮮で、きっとぴったりなのだろうと思ったものですから。覚えたての言葉は、使ってみたくなるものではありませんか? ――貴方のお顔からして、わたくしの考えは当たっているようですね?

 あら、どうなさいました? すっかり黙り込んでしまって。最初の勢いはどうなさったの? ふふ、わたくしとしては耳が痛くなくてお話ししやすくなったのですけど。
 さすがにもうお分かりになりましたでしょう。わたくし、全てを存じておりました。あの方から直接伺いましたから。あの方は、殿下よりも――もしかしたら貴方よりも――はるかに賢明でいらっしゃったのです。殿下の御身分ゆえにはっきりとお断り申し上げることができないなら、聞く耳を持っていただけないなら――殿下にも物申すことができる者を頼れば良いと考えられたようですの。父やわたくしがそのように評価していただけたことは、大変嬉しいことでした。

 あの方とは何度もじっくりお話させていただきました。主に殿下のことについてのご相談ですけど、貴方のことも。――あの方、貴方のことを口にされる時はとても可愛らしいのですよ。そのように思いを寄せる方がいるということが羨ましくなってしまうくらい。
 知らない振りをしたことはごめんあそばせ。だってわたくしの――()()()のことなのですもの。本当にお任せしても良い殿方なのかどうか、心配になるのも致し方ないことでしょう?

 貴方は――殿下なんかのお言葉を真に受けたところは不安ですけど、あの方への想いは本当のようですね。殿下の後ろ盾があるとはいえ、色々な()のある我が家を訪れるのはきっと勇気のいることですもの。わたくしを糾弾しようとしたことも。的外れではありますけど、あの方を想われてのことなのでしょうから。金などが理由ではないと断言なさったのは、まったくお見事でいらっしゃいましたわ。



 開き直りでも嘘偽りでもありませんわよ? 困ったわ、わたくし、やり過ぎてしまったのかしら。世間で思われているような冷酷で高慢な女、そんな女が()()を出していく様を演じるのは、とても楽しかったものですから。
 でも、よくお考えになって。殿下は信用に足る方かしら。同じ女性を愛した殿方同士とはいえ、貴方よりも遥かに地位も権力もあるあの方が、貴方に全てを任せてしまわれたのはお心のないことだと思われません? わたくしの動揺を証拠として公式に追及なさるおつもりだったのでしょうね。でも、それも浅はかなこと……! 我が家を脅かそうという者が、我が家から無事に出られるはずがないではありませんか。いえ、これもただの冗談なのですけど。

 とにかく、貴方が考えるべきは殿下のことよりもあの方のこと、ではないのですか? わたくしの魔手に堕ちたと信じられるならそれもまあ良いでしょう。でも、諦めてしまわれるの? 一縷の望みを懸けて助けに向かおうとは思われないの? もちろん、わたくしはあの方に害が及ぶようなことはさせてはいません。あの方は異国で貴方がいらっしゃるのを待っています。そうならない可能性を微塵も考えていらっしゃらないようなのは本当に気丈なことですわ。でも、心細くないはずはありませんでしょう……!? 我が家の手の者には、あの方を丁重に扱うように言い聞かせておりますの。不安な時に差し伸べられた優しい手がどれほど魅力的に見えるか――それも、心配にはなりませんか?



 あら、もうお帰りになるのですか。名残惜しいことですが、でも、良い時間なのでしょうね。わたくしと貴方と、もう話すことはないのでしょうから。二度とお会いすることもないのでしょうし。指輪を、絶対にお忘れになりませんよう。つまらないものだと思うのですけど、あの方にはそれが何よりの宝物なのでしょうから。貴方が選んだか作ったかしたかということが、きっと一番大事……。だから、霞ませてしまうような宝石を贈るのは嫌味というものでしょうけど――わたくしからのお祝いを、せめて受け取ってくださいね。あの方のもとまでの旅路と、これからの生活に必要でしょうから。
 お礼を言われる必要が分かりませんわ。わたくしは、婚約者である方がおかけしたご迷惑を(すす)ぎたいだけです。あの方からはこれまでの生活を全て奪ってしまうことになったのですもの、愛する方との未来くらいは贈って差し上げなければとてもとても釣り合いません。
 それに、わたくしとあの方は殿下に振り回される者同士。いえ、あの方はもう殿下と関わることは――羨ましいことに――ないのでしょうけれど、わたくしはこれから一生殿下と共に歩むのですもの。その、相哀れむというか同類のような意識のようなものがあるのですわ。だから戦友への餞別のようなもの。そう難しく思われる必要はないのです。

 それでも受け取れないと仰るなら――そう、代価とでも思われるのが良いでしょう。何の、って……庶民の方々がこの上なく尊ぶという、愛というものを間近で見せていただいたことへの、ですわ! 何しろわたくしには縁のないものですからね、貴方の――熱い想い、というものは大変興味深く拝見いたしました。
 それだけではありません。貴方が姿を消したなら、殿下はきっとわたくしのせいだと思われるでしょう。家の者に命じて――始末させた、とか買収したとか。それでわたくしや父を一層恐れてくださるようになるはずですわ。将来わたくしが王妃になった時に、王である夫を差し置いてでも権力を振るうには必要な布石です。わたくしは貴方やあの方を利用させていただくことになりますね。

 あら、わたくしはもう嘘は吐いておりません。わたくしは世間で面白おかしく言われる通りの冷酷で高慢な女です。それで良いではありませんか? 愛だの恋だのは見世物として見るくらいがちょうど良い。わたくしの人生には何ら関わりのないことですもの。ただ、お友達のこととなれば話は別です。あの方をどうか幸せにしてくださいますように。――約束、してくださいますわね?

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