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異世界行商譚  作者: あさ
黒髪の少女
20/90

狡猾な罠

 人生最大のピンチを切り抜けた優斗は、あからさまに安堵のため息を吐いた


「申し訳ない。荒っぽい方法だが、こうでもしないと止まってくれそうになかったからな」

「確かに通り過ぎようとしましたし。気にしないでください」

「ふむ。我々が嘘をついているとは考えないのかい?」

「嘘でも本当でもやる事は一緒ですから。妹さんの身なりと立ち振る舞いが良いので、そんなに疑って無いって言うのもあります」

 ほう、と感心した金髪の男は、ユーシア騎士団の団長でルータスと名乗った。


「それで、申し訳ないのだが、お願い出来ないだろうか?」

「乗り心地は保障できませんが、それでもよければ」

 彼の依頼は、ひさしぶりに見回りに参加した元団長にして彼の父親が腰をやってしまったので、荷馬車に乗せて街まで運んで欲しい、というものだった。


 優斗があっさりと依頼を受けたのは、報酬の人頭税免除と特権階級である騎士にコネが出来ると思ったからだ。


「妹さんも荷馬車に乗りますか?」

「いいですか、兄様」

 じぃ、とこちらを見ていた少女は、兄の許可を取ると、てくてくとこちらへ歩いてきた。


「私はアイントの娘でクシャーナと申します」

「これはご丁寧に。私は商人の優斗と申します」

 優斗の丁寧な挨拶に、クシャーナは口元に手をあててくすりと笑う。


「私はまだ10になったばかりの子供です。どうぞ、普通にお話下さい」

「んー。そっちも普通にしゃべってくれるなら、そうしようかな」

「では、お願いします」

 丁寧な返答に、まぁ追々でいいか、と笑顔で「よろしく」と返しておく。


 彼女とも仲よくしておいた方がいいよな、と思いながら荷馬車に戻る。彼らの父親を乗せる為にホロの後ろ側を開けていると、いつの間にかフレイが真後ろにいた。


「実は幼女趣味で、私は中途半端だったりしますか?」

「いや、俺、ロリコン違う」

「ロリコン?」


 ロリータコンプレックス、略してロリコン。

 海外の古典文学など読んだことのない優斗が、その語源を知っている訳もなく、故にこちらで通じない事に気づかず口にした言葉は、もちろんフレイには通じなかった。


「もしかして、私の事嫌いですか?」

「嫌いじゃないけど、もうちょい態度がマイルドになって欲しい」

「えーっと、結構真面目に聞くんですけど。ご主人様って、あれですよね? 被虐主義者」

 被虐主義、と言う言葉が一瞬理解出来ず、優斗は首をひねる。


 被る、虐め。そんな文字が浮かんだのは、たっぷり10秒が経過してからだった。


「断じて違う!」

 フレイが本気で驚いて居るように見え、優斗はかなりショックを受けた。俺はそういう目で見られていたのか、と。


 回りの人に聞かれないよう小声で、でも語調は強く優斗は主張する。


「そんな事はないから、普通にしてくれ」

「実は私、罵る事に快感を覚え始めたりしてるんですが、どうしましょうか?」

「マジで止めて」

「こっちは冗談です」

「さっきのは本気だと!?」

 不毛な言い争いをしていると、男2人によって運ばれてきた男性が、荷台に積みこまれる。騎士って力持ちだな、と思いながら優斗は水の入った皮袋を手に取った。


 運んできた2人は従騎士で、彼らは騎士でなく平民扱いなのだが、優斗には関係ない。


「これ、喉が乾いたら飲んでください」

「おぉ、すまんな若いの。っつつつ。出来れば、揺れないように頼むぞ」

 中々美形なおっさんだな、と思っていたら、心の中で美中年と言う単語が生まれた。ルータスが20代半ばくらいに見えたので、40過ぎくらいだろうか。なんとも若々しい。


「了解です。フレイ、悪いけどトーラス起こしといて」

「はい」

 悲しいかな、馬の扱いも手綱さばきも、優斗よりトーラスの方が上手い。年季が違うと言えばその通りだが、少し悔しい。


 誰に着いていけばいいのか確認しないと、と優斗が荷馬車を飛び下りると、それを待っていたかのように小さな人影が駆け寄ってくる。


「すいません」

「ん? どうかした?」

「乗せて貰えますか?」

 両手を差し出される。これはいわゆる、だっこ、と言うヤツを求める仕草だ。


 まぁ、子供相手だし良いだろうと、小さな体を持ち上げ、御者台に座らせる。念のため、変なところに触らないように注意はしておく。


 クシャーナがきちんと座った事を確認してから振り返ると、目の前に騎士らしい男が来ていた。


「商人殿。我々が前後を固めますので、それに着いて来て頂くと言う事で構いませんか?」

「わかりました」

「準備にもう少しかかりますので、少々お待ちください」

 上り下りが多くて疲れた。そんな事を考えながら、まだそこにいたクシャーナに詰めて貰い、御者台へと上がる。


「トーラスは?」

「起きませんでした。無理やり起こすのでしたら、許可をお願いします」

「あー、寝かしとこう」

「承知しました」

 フレイの機械的な返事に、人目がある事を再認識した優斗は、フレイへの言動に気を付けなければと気を引き締める。アホな会話を繰り広げている場合ではない。


 そういえば、と優斗はハチミツきなこ飴の存在を思い出した。大量に詰め込んである袋の1つを手に取ると、中身を1つ摘まみ出し、口の中に放り込む。


 うん、美味しいと満足しながら、袋の口を開けてクシャーナへと差し出す。


「よかったら食べて。甘くておいしいよ」

「ありがとうございます」

 屈託なく笑うクシャーナは、袋から1つ取り出すと、その小さな口へきなこ飴を放り込む。


 反応が楽しみだ、と思いながら見つめていると、表情が驚き、喜びと変化し、最終的には大きな瞳が見開かれ、驚愕となる。その反応に驚いた優斗は、少しだけ慌てて声をかける。


「どうしたの?」

「優斗様、これは何ですか?」

「ただのお菓子だけど」

 説明になっていない、シンプルな答えを返した優斗を、クシャーナは大きく見開いたままの瞳で見つめ続ける。


 居心地の悪さを感じ始め、その視線から逃げるように目をそらした優斗は、ついでだから他にも売り込んでおこう、とフレイに袋を渡し、騎士全員に1つずつ配ってくるよう、指示を出した。


「ここから見える範囲だけでいいから」

「わかりました」

 無いとは思うが、どこかに連れ込まれたり、攫われたりしたら困るし、とフレイを目で追う。


 彼らの騎士団長が良い人間であるのは、優斗にもわかる。騎士団の士気とモラルは高そうだ、と言うのも周りを見れば予想できた。しかし、それが末端まで行き届いているのかまでは判らないので、注意するに越した事はない。それでなくとも、先ほど大きな失敗を犯したばかりなのだから。


 優斗の持つ中世の特権階級のイメージは、好き放題する偉そうな貴族だ。平民にすら横暴な人間が、奴隷をどう扱うのかは予想に難くない。


「貴重な物、なのですよね?」

「いや、クロース領のある村で販売予定の新作菓子。宣伝も兼ねてる」

「なるほど、そういう事でしたか」

 納得と同時に安心したのか、固くなっていた表情が和らいだクシャーナは、改めて口の中の物に舌を這わせ、その甘味に幸せそうな表情を浮かべた。


 その後、菓子を売っている村について根掘り葉掘り聞かれている間に出発となり、騎士達に飴を配っていたフレイが戻ってくる。彼女をひっぱり上げ、荷台に入った事を確認してから、移動を開始する。


 整備された道をゆっくりと進む。馬も勝手に前方に追従してくれるので、正直優斗は暇だった。


「お暇でしたら、お話しませんか?」

「あー、そだね。ってか、荷台へ行かないの? お父さん、苦しんでるけど」

「お父様は自業自得です。年を考えて頂かないと」

 僅かに頬を膨らませる姿は微笑ましく、可愛らしい。口にした事で気になってしまったのか、少しだけ視線が荷台へ向くのもまた、微笑ましい。


 そんな風に彼女を見つめていた優斗の目に、ベールの下から一筋垂れている黒い髪が映る。


「って、黒髪?」

「はい。優斗様と同じ、帝国の血筋です」

 俺は帝国の血筋だったらしい。いや、それはない。そんな馬鹿らしい自問自答をしているうちに、彼女がベールを脱いだ。


 黒い髪に空色の瞳。伸ばされた髪は腰まであり、髪先が御者台に触れた。服装はシンプルだが、リボン1つとっても緻密で繊細な意匠が施されており、良く見れば身なりが良いのが判る。ここまで馬に乗って来たのか、スカートでなく、乗馬用らしいパンツルックだ。


「どうされましたか、優斗様」

「あーいや。優斗様って、止めない?」

「では、どうお呼びすればよろしいですか?」

 さんを付けて、と自分で言うのはどうなんだろう。そう思った優斗は、呼び捨てや他の敬称はどうかと考えるが、いい物は思いつかなかった。


 優斗は、一応、騎士は商人より階級が上だと聞いていたんだけどな、と思い、もしかして言うほど差はないのかな、とも考える。ここで考えても結論は出ないし、とりあえずこの場は深く考えず流れに任せよう。貴族相手と言う訳でもないし、口のきき方くらいで罰せられたりはしないだろう。


「あー。やっぱ好きにして。出来ればもうちょい砕けて欲しいな」

「努力します。言葉づかいはこうだと教育されていますので、その分、他の事で親しませて頂きますね」

 そう言ってぴったりと体をくっつけてきたクシャーナは、嬉しそうに優斗を見上げる。


「優斗様も、私の事はクーナとお呼び下さいね」

「クーナちゃん、でいい?」

「クーナ、です」

 クシャーナの押しの強さに、クーナね、と了承させられ、2人で笑いあう。



 後ろから低音と高音の呪詛が聞こえた気がしたが、優斗は気づかなかった事にした。



 街の正面門が開かれ、騎士団と共に街へと入ったのは、日も暮れた頃だった。

 途中、昼食を摂る際に起きたトーラスは、憧れのユーシア騎士団の団員達に質問攻めをしていた。騎士の方もまっすぐな憧れの視線に、呆れながらも楽しそうにそれに答えていた。


「でも、ほんとにいいの?」

「はい。是非我が家へ招かせて下さい」

 招かれたのは優斗とその従者フレイ。奴隷でなく、従者としたのは風習か、彼らの心遣いか。


「トーラスはここでお別れだな」

「おう! ユート兄ちゃんの荷馬車に乗れて、ほんとラッキーだったよ」

「トーラスくん、お元気で」

「フレイ姉ちゃんもな」

 あっさりとした別れだが、同じ街の中にいるのだから、また顔を合わせる事もあるだろう。


 トーラスはルータスとクシャーナの父であるアイントに気に入られ、従騎士見習い兼従軍契約者見習いとして働く事になった。入団の口利きをした元騎士団長は、同時に入ってからは優遇しないと宣言もしていた。もしかすると、娘の婿候補にでもするのかもしれない。


 今日から寮に入ると言うトーラスには、餞別としてきなこ飴をプレゼントした。優斗が、自分の村の宣伝をして来い、と言って渡したのは、話すきっかけになれば良いと言う理由もあるが、単なる照れ隠しだ。人頭税を払わずに済んだのでお礼にと渡されたりもしたが、それも餞別だと言って押し付けた。


「すまないが、先に屋敷に行っていてくれ」

「畏まりました、お兄様」

 ルータスは父・アイントを腕のいい医者に見せに行くと言って、数名の部下と共にどこかへ行ってしまった。我が家専属になってくれれば楽を出来るものを、と愚痴っている姿は、優斗の想像する特権階級の人間とはかけ離れたものだった。


 ここの騎士は評判通り、良い人間が多いようだ。そんな風に考えながら、クシャーナの案内で彼らの屋敷へと向かう。途中で、娘、ないし妹を今日会ったばかりの男に任せると言うのはどうなんだ、と思ったが、道行く人に手を振っているクシャーナを見て、なるほどと納得した。ここで変な素振りを見せたら、笑顔で手を振りかえしていた連中に袋叩きにされるに違いない。


「ここです」

「ここって。えーっと、ここなの?」

「はい」

 案内されたのは、この街で最も大きなお屋敷。住んでいるのはもちろん、街の最高権力者。


 唖然とする優斗の袖を引き、クシャーナが馬車から降ろしてほしいと訴える。先に飛び降り、同じく飛び下りたクシャーナを慌てて受け止めると、同時に降ってきた甘い匂いに少し後ろ髪を引かれながら、そっと地面に降ろす。


「改めて自己紹介させて頂きます。

 ユーシア領主、アイント・ユーシアの娘で、クシャーナ・ユーシアと申します。

 以後も変わらぬお付き合いを宜しくお願いします」


 ズボンなので無いスカートの裾を掴む振りをして、恭しく頭を下げる。手を放し、顔を上げたクシャーナは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。幻覚のドレスが見えそうな程、完璧なそれを見て、優斗は、やられた、と思いながら額を押さえる。


「ちなみに、敬語様付にしたらどうなるの?」

「領主は一応ですが、貴族扱いとなっています。不敬罪か反逆罪、どちらがお好きですか?」

「ちなみに、どっちが軽い?」

「どちらも最高打ち首が許可されています」

 盗賊よりましだけど、十分厄介な相手に引っかかったなぁ。


 優斗はそんな感想を抱きながら「クーナ」と呼びかけると、少女は屈託のない、花の様な笑みを浮かべた。

ようやく目的地に到着、そして新キャラの登場です。

あんな引きをしておいて、何事もなく進めてしまいました。

優斗が痛い目に合うのはもう少し先になりそうです。

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