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新人類

作者:尚文産商堂
薄暗い部屋の中、壁には毛細血管のように細い管が縦横無尽に張り巡らされており、その中をさまざまな色をした液体が勢いよく流れている。全ての管は、部屋の中で唯一の光源がある一尋(ひとひろ)ぐらいの大きさの机の上につながっていた。机の上には手のひらに載るほどのフラスコが、ブンゼンバーナーの青い焔にあぶられている。だが、その中には黒色の液体が8分目まで入って、今にも沸騰しそうだった。
「いよいよだ」
フラスコの中の様子を観察している男が、つぶやく。すると、男の眼の前でコポッと一回聴こえたかと思えば、黒い液体は見る見る間に紅くなっていった。それが、フラスコから超流動のように自発的にはいずりだし、人の形を形成し始めた。
「できたのか?」
俺は、男のすぐ後ろで、新人類が誕生する瞬間を見ていた。
「ああ、成功だ」
床へベシャッと落ちると、一瞬だけ液状になったが、すぐに人の体へ変わっていく。人の妊娠期間である10月10日の間の行程をわずか数秒で終わらせた。
「10年間の集大成が、この子だよ」
さっきまで液体だった子供は、いつのまにか10歳ぐらいにまで成長していた。
「すごいな。だが、女性じゃないか」
俺は彼女をまじまじと見た。まだ、周囲の状況が飲み込めていないようで、キョトンとした顔を、俺に向けている。服の上からはいた肘まである白い手袋をつけたままで、彼女の頭をなでた。
「ああ。しかし、計画に支障はない。そもそも、産ませること自体が目的だったろ。これで、世界のさまざまな賞の授賞決定だろうさ」
男は、嬉々として俺に話しかけてくる。
「だが、俺一人でな」
俺はあらかじめ用意していた消音器付きの銃を、奴の後頭部に突き付ける。冷たい感情が部屋の中を包み込んだ。
「どういうことだ?」
「栄誉を受けるのは、俺一人ということだよ」
俺はそのまま、引き金を引いた。何も思う暇がない間、男はユックリと倒れていく。彼女には、それがどういうことを意味しているかがわかっていないようだった。
俺は彼女の所へ向かうと、俺がつけていた手袋を適当に腕から引きはがし、床に投げ捨てた。しっかりとした体つきになっている彼女に服を着させてやると、床一面にガソリンをまき、彼女を背負ってから火をつけた。

5年後、俺は医薬品の会社に研究員として就職した。彼女は養子として俺の家族に受け入れた。といっても、俺は独身だったため、家族はいなかった。
「お父さん?」
報告書を書いている最中に、後ろから彼女が寄りかかってくる。すっかり大人びてきた彼女だったが、まだまだ甘えん坊でもあった。
「どうしたんだ、愛」
戸籍上の名前は愛としていた。
「学校の授業でわからないことがあるんだけど…」
飛び級を重ね、すでに大学生として普通に暮らしている娘だが、誰一人として、彼女が本当は人ではないことを知らなかった。愛自身もだ。
「どのあたりだ、ちょっと見せてみろ」
俺はパソコンから目を離し、持ってきていた教科書を見た。書いている内容は、どうやら遺伝子工学についてらしい。特に人為的にDNAを組み込み、新しい品種をつくりあげるというところで、行き詰まっているようだ。
「ウイルスを使ってDNAを組み込むのが主流なのは、一番安全だからでしょ?」
「そうだな。それに手軽だ。今の技術では、確実に目標のところへ組み込むことができるようになったから、それを使うのが一番だ」
しかし、愛は困った顔を向けてくる。
「でも、他に方法ってあるんじゃないの?」
「例えば、どんな感じ?」
「DNAを組み込むんじゃなくて、直接いじくっていくという話は?」
「そういうことは、SFの世界だけだよ」
俺は笑い声をわざと出したが、乾いたものしか出てこなかった。
「ふーん」
愛は納得はしなかったようだが、部屋に戻って行った。

それから数日後、誰かがインターホンを押したため、玄関に出ると制服警官が3人立っていた。
交野秀祐(こうのひでゆ)さんですね」
「ええ、そうですが…」
後ろから足音がして、愛が下りてきたことが分かった。
「お父さん…なにしたの?」
「娘さんですね…」
「ええ、そうです」
俺は、彼らが何をしに来たかをすぐに理解していた。手に持っていた白い封筒の中には、おそらく、俺の逮捕令状が入っているだろう。そして、俺の読みは当たった。
「あなたを逮捕します。5年前、Z機関の建物を全焼させ、研究員1名を殺害した容疑です」
「ちょっとまって、どういうこと?」
愛が一気に玄関まで来る。10メートルかそこらかある距離を一瞬で飛び越えた。
「さっき言ったとおりですよ。あなたのお父さんは…」
「お父さんから離れろ!」
愛は警官に襲いかかったように見えた。
「あなたは……」
その一言が耳に入るころには、制服だけを残し、彼らは消えていた。
「おい、彼らをどうしたんだ」
俺が制服の切れ端を強く握っている愛に近づき、こちらに向かせた。体のどこにも傷一つないうえに、血もどこにも見あたらない。
「私が……した」
「え」
「私が送った」
愛は、下を向いたまま、体をわずかに震わせて言った。
「どこに…」
「お父さんを傷つけるような奴らは、みんな私があの世に送ってあげる」
俺に向けた笑顔は、寒気を覚えるには十分だった。さらに、くちびるの端から赤い液体が見えたような気がした。

警官の制服をすべて燃やし、近くに止めてあったパトカーは、制服から見つけた鍵をつかって適当なところへ走らせておいた。もちろん、指紋や証拠の類は一切残さないように。
パトカーを乗り捨てた帰り、すでに元に戻っている愛が聞いてきた。
「それでお父さん…」
「どうした」
「さっきの人たちが話していたZ機関って何?」
俺は、いよいよ話しておかなければならないときが来たようだ。
「家に帰った時に話すよ。それまでは、ゆっくりと帰ろう」
愛にやさしく言うと、あまり納得していない表情を浮かべたが、とりあえず何も言わなかった。俺はそんな愛の頭を優しく、繰り返しなでた。

家に帰ると、夕食の準備を二人でしながら話をした。今日の夕食の予定は、カレーだ。
「Z機関というのは、ずいぶん昔に作られた研究機関だ。主に軍の人体研究に関することをしていた。俺がしていたのは、基本的には人の強化だな。兵として銃弾でも倒れず、死ぬことも無い、そんな兵士を開発しようとしていた。簡単にいえば人体実験だ」
ジャガイモを剥きながら、愛は何も言わずに俺の話を聞いている。
「その過程のひとつに、ある特殊なDNAがあれば爆発的に成長が促されることが分かった。単為生殖をすることも可能になるという話だ。それを導入できれば、倒れてもすぐに傷口はふさがり、そのまま立ち上って攻め続けることができるだろうと考えられた。そして、その実験が始まった」
愛は大きな鍋を取り出して、牛肉をその中でいため始める。俺はやかんに水を入れ沸かす。
「最初は、ミドリ虫やミジンコといった比較的単純な生物から始めた。そして、ラット、豚、サルときて、とうとう人で試す時が来た。その時のDNA提供者が、さっき警察が言っていた研究員と、俺だ」
「それで…?」
「兵士を作るという研究は、最終的には打ち切られた。人権が云々という理由でな。だが、打ち切られる直前、俺は人を1から作るということに成功した。急激な成長、抜群の知能、強靭な肉体などを併せ持つ、兵士を作った、いや作る予定だった」
「そして、私が産まれた…」
愛は、俺が切った野菜類を、肉をいためていた鍋に全部入れた。
「ああ、そういうことだ。もともとの予定では、男が産まれる予定だった。軍にこの研究を認めてもらうつもりでな。生まれた瞬間、彼は大層喜んだ。だが、俺は彼を殺した」
「どうして…」
いためている鍋に、水を8割ぐらい入れる。
「彼は、この研究を続けたがっていた。そして、この実験の成果を公表することで得られる、莫大な資金と名誉がほしかったからだ。だが、俺はそのすべてを捨てた。栄誉も金も、最初は一人で全部を受けるつもりだった。その書類も用意をしていた。彼が死んだのは、不幸な事故だったと、軍にはそう言った。だが、愛を育てていくうちに、それでいいんだろうかと自問するようになってきた。だから、俺は愛をつれて帰ってきた。誰にも教えずにな」
愛は、黙々と夕食を作り続けていた。
「…そうだったんだね」
ぼそっと一言、つぶやいた。

あの話を愛にしてから1週間ほどの間、なんとなく俺に対して冷たくなっているようだった。仕方がないだろうと、半ばあきらめて考えていた。だが、本当は俺のことが嫌いになったわけではなかった。そのことがわかったのは、さらに2日経つ必要があった。

この日の俺は早く仕事が終わり、家に帰ったのはまだ日が落ち切っていないころだった。
「ただいまーっと…」
玄関をみると、愛の靴があった。
「愛ー?」
「なに、おとーさーん」
上のほうから声が聞こえてきた。2階にいたらしい。
「いや、居たんだったらいいんだ」
俺は愛にそうやって声をかけて、家に入った。

その日の夜、インターホンの音でウトウトしていたところを現実世界へと連れ戻された。
「はい、どちらさまでしょうか」
俺がインターホンの受話器を持ち上げて聞くと、警察だという。警察手帳をインターホンのカメラに見せていた。確かに、そのもののようだが、どうやら俺は要注意人物になっているらしい。彼らの後ろには機動隊のような、透明な盾を構えた重武装の人たちが後ろのほうでこちらをじっと見ているのがはっきりと見えた。その時、後ろから愛の声が聞こえてきた。
「愛…?」
振り返ってみると、目がいつもと違っていた。雰囲気も今すぐ襲いかかってくる野獣を彷彿とさせる感覚だ。いつもの優しい愛じゃなくなっていた。

「お父さん、また彼らが来たの?」
「愛には関係がないことだ、家の中で静かにしていなさい」
俺はそう言って愛を2階へ戻そうとしたが、突如として腹に痛みを感じた。
「ごめんねお父さん。私は、お父さんを守りたいだけ、それだけなの」
愛はそう言って、外へと歩いて行った。俺は一瞬視界が真っ黒になったがすぐに戻った。しかし、体はそうはいかず、そのまま床に転がって動こうとしない。
「愛っ、待つんだ!」
靴をはき、玄関のノブに手をかけた時、愛は俺を振り返った。
「…私は、兵士として創られた。でも、お父さんと一緒に暮らしていてわかったの。兵士としても助けたくなる人は必ずいる。私はお母さんを知らないけど、お父さんは知ってる。だから、お父さんだけでも助けてあげたいの」
顔から一筋の涙が流れ、そして床に一滴落ちた。
「バイバイ」
最後は俺を見ずに扉を開けた。

その後は、音しか聞こえてこなかった。散発的に銃を撃ってきたことは分かったが、その後はすぐに静まりかえった。数分ぐらい俺は床に寝ていたが、静かになってからそっと外を覗いてみた。パトカーの車体の上にあるパトロンだけが、赤色の光をあたりに振りまいていた。そのすぐ下には、明らかに不自然な方向へ首が曲がった幾人もの警官の遺体が一カ所に積み重ねられていた。そばに愛が立っているのが見えたが、その目は哀しんでいるように見えた。
「愛、何をしたんだ」
俺は聞かなくても分かっていたが、その積み上げられた遺体を見て思わず聞いてしまった。
「…お父さん、私はここには居られない。元々、私は居るべきじゃなかったのかも、ね」
そういうと、俺に抱きついてきた。
「…さようなら、お父さん。忘れはしないよ」
愛が言うと首筋に鋭い痛みが走り、そのまま気を失った。

はっとして気付くと病院にいて、すぐ横に深い紺色の背広を着た中年の男性が一人、パイプ椅子に座っていた。
「おや、起きられましたか」
彼はよいしょと言って立ち上がり、俺が眠っているベッドのそばへと歩み寄る。
「交野さんですね。警察の沢渡健次郎(さわたりけんじろう)です。はじめにお詫びいたします」
「何のことでしょう」
「5年前に研究所にて研究員が殺され、その後放火された事件の容疑者としたことです。そのことで、新しいことが分かりました」
あのことは、俺が全てやったと言おうとしたが、声がその時だけ上手く出てこない。
「そのことと全く同じ方法で、本日、ある家が焼かれました。一つ違っていたのは、あなたが病院に担ぎ込まれてから1時間ほどした時に起こったこと。つまり、あなたは無関係です」
「…そうですか」
犯人の推定はすでに出来ている。だが、俺はそれを沢渡に言わなかった。
「で、その犯人は誰か分かってるんですか?」
「いいえ、分かってません。一切の証拠は燃えてしまい、その後の消火作業によって洗い流されてしまいました。完全犯罪って言うものですね」
俺はその後の話を、ただ、ぼんやりと聞いていた。

沢渡はその後も、俺に見つかった時に何をしていたのかとか、犯人に心当たりはないかとかをくり返し聞いていた。そして、そのことを逐一メモに書き写していたが、急に立ち上がり、一礼をしてから出て行った。
残された俺には、何が起こったか分からなかった。

病院には1週間ほどいたが、退院直前に看護師からいろいろと話を聞く事が出来た。俺の娘である愛は、いまや全国に指名手配を受けているらしく、俺はその関係者としてマスコミからいろいろと聞かれるだろうとか、5年前の研究所で本当は何が起こったのかといううわさが経っているとか。だが、その噂の中に、真実なものは一つもなかった。

退院してから、俺は家に戻った。
「ただいまー…」
がらんとした家には、愛が出て言ったままになっているかと思ったが、なぜか整理されていた。物を片づける暇などなかったかと思ったが、玄関に置かれていた赤い靴を見て、すぐに分かった。
「愛、帰ってきたのか」
俺は靴を脱ぎながら、家の中に呼び掛けた。すぐに2階から愛の顔が出てくる。
「荷物を取りにね。お父さんの迷惑にならないように、すぐに出ていくよ」
「いや、ずっとここにいてもかまわないさ。なにせ、俺の娘なんだから」
「…でも、DNAがつながっているっていうだけ。私は、そもそも人じゃない」
重そうなカバンを抱えて、愛は2階から降りてきた。
「25年後、もしかしたら会えるかもね」
階段を降り切ってから、愛はそう言って俺に抱きついた。
「じゃあ」
数秒間抱きついてから、愛は靴を履いて家から振り返ることなく出ていった。俺は、その後ろ姿に声をかけようと、右腕を伸ばしたが途中でやめてしまった。
そんな雰囲気ではなかった。

愛が出ていった家で俺はそのまま暮らし続けた。25年後と言ったその意味は、おそらくは時効が成立するときのことを言っていたのだろう。それまで、愛も俺も生きているかどうかは分からない。

それからしばらくして、俺は結婚し子供が産まれた。愛とは、ぜんぜん出会っていないし、手紙のやりとりもしていないため、生きているかどうかすらわからない。
それでも、生きていると俺は信じている。
空想科学祭2010

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