第1話『鋼鉄少女、登場!』その1
探の携帯に『緊急事態、裏山に集合』と送信されてきたのは、下校途中のことだった。
コンビニで立ち読みしていた彼は、送信者を見た途端、ため息をついた。
幼馴染の天希だった。
本当なら無視したかったが、「すぐ行く」と返信した彼は、名残惜しく本に別れを告げ、裏山に向かった。
彼女の言うところの『緊急事態』は、来ないと酷い目に合わせるという意思表示なのだ。
それを知っている探は、呆れながらも呼び出された場所に急いだ。
探や天希達が住んでいる街は、まだ都会に発展し切れていない土地だった。
地方都市とも言いがたい微妙な街は、未だにたくさんの古い家屋や、森の木々が残っている。
もっとも、後者はこれ以上廃絶する気はなく、自然との共存をモットーに、街開発を進めて行くらしいが。
裏山は、最初からそんな開拓の標的から外れた場所だった。
新しく掲げられたモットーの効果もあり、裏山は、自然のシンボルとして讃えられた場所へと昇進したところだった。
が、それとは関係なく、今日に至るまでこの山は、子どもの遊び場でもあった。
探達は、子どもの時から裏山での待ち合わせ場所は、一つだけしか決めていない。
人の手が加えられたらしい道筋からはずれ、草木を掻き分けていったところ。そこが彼等の待ち合わせ場所だった。
変わることのない風景の真ん中で、彼女は……仁王立ちの紘中天希は、待ちわびていた。
まだ帰っていないのか、制服姿だった。
「流石ぁっ! 探は早いね」
指をパチンと鳴らしながら、天希は彼を迎え入れる。
「探は……って、どういうこと?」
「浅弥も呼んだんだ」
「アイツまで呼んだの?」
彼女の言う浅弥という人物も、二人にとっての幼馴染の一人であった。
いつも部活に勤しんでいるスポーツマンであり、そうなれば、当然毎日のように忙しくなっていた。
にも関わらず、彼は……泉谷浅弥はやってくるのだという。探は感心を通り越して、呆れるばかりであった。
「よく承諾したね、浅弥」
「承諾しなかったら、私が相応の制裁は加えてたけどね」
ああ、と探は眩暈がした。
そもそも自分達は、彼女に対して、安易な理由で逆らえないのだった。
「ところで天ちゃん」
「アマちゃんって言うのやめてよ! 私そんな甘い女じゃないよ!」
「別にそういう意図で呼んだわけじゃなくて……と言う前に、どうしてここに僕等を呼んだかを聞かせてよ」
「ま、まあ。そのことは後でじっっっっくり言い聞かせるとして、本題にいきましょうか」
と、どうでもいい前置きをしつつ、天希は鼻息も荒く、その理由とやらを大々的に告げた。
「一緒にボックス探して!」
天希は、探るにそう言ってスコップを渡してきた。
スコップを両手に持たされた探は、唖然とそれを持ったまま佇んでいた。
「ボックスって……」
「勿論っ。ただの箱じゃなくて」
「“メシアボックス”?」
「そうそうそう! わかってるじゃん、流石は話の分かる探だね!」
どうして自分にそんな二つ名みたいな名前がついたのか、彼は疑問に思いつつも、天希に問い返した。
「あの、ヒーローやヒロインに変身するために必要な、“メシアボックス”だよね?」
「当たり前の前!」
堂々と言い返す彼女に対し、探は頭を少し冷静にするため、息を静かに吐いた。
心が落ち着いたことをよく確認したあとで、彼はさらに疑問を話し始める。
「確か“メシアボックス”は人の正義に反応して、勝手に出てくるんでしょ?」
「常識ではね」
「そんな、常識も何も、それがルールだろう? 確かに地面から出てくるものだけど、それをスコップで掘り出すなんて、どれくらいの深さに埋まってるかもしれないのに。第一、ここにあるという確証は?」
「ないっ!」
「……」
「でもここは、この町のヒーローやヒロイン達が数多く生まれた場所。正しく英雄達の生誕地ってわけ!」
「それとこのスコップと、何の関係が?」
「つまり、まだここに埋まってる可能性があるってこと。私は決めた、必ずヒロインになって、あのふざけたヒーロー達を蹴散らしてやるって! あと、私のことを取り上げてなかった、あの報道者どもも見返してやるんだ!」
「……でもそれって、ボックスに“真の正義”が認められてないってことでしょう? それで天ちゃんはいいの?」
「えっ?」
今まで意気揚々と語っていた天希の口が止まり、放心した。
自分の気に入らない愛称で呼ばれたことすら、小さく感じるほどの衝撃が、彼女の脳裏を走ったのだろう。
「私が、認められてない……?」
よほどショックだったのか、草が生い茂る地面に蹲った彼女は、ぶつぶつとつぶやき始めた。
「あの、天ちゃん?」
「どうして……? 悔しい……」
「なんていうか、気に障ったらその、ごめんね」
探は少し直接的に言い過ぎたと反省して、天希に駆け寄った。
彼が触れた彼女の肩は震えていた。悔しさからくる憤りか……。
「……確かにそう。私は、ヒロインとして認められなかった」
「でもほら。努力次第でなれるチャンスはあるんじゃないかな? ここに毎日通って、自分の正義を切実に訴えれば、そのうち認めてくれる日もくるよ、きっと」
探はこう言うが、そんな保障はどこにもなかった。
誰でも英雄にしてしまう“メシアボックス”は、未知だらけである。そんなものの保障など、一介の高等学生が出来るわけがないのだ。
類稀なる天才ならまだしも、残念ながら親が警察ということ以外、探は至って普通の少年だ。
「それじゃ遅いんだよ」
「え?」
「探ならわかるでしょ? 今巷でウロウロしてるヒーロー達が、警察にも自衛隊にも手がつけられないということ」
「……」
父の苦悩は、以前から聞いていた。
彼等は、迷惑行為こそ行っているものの、殺人や盗みを犯すことはない。
悪行三昧を正義とした不届き者が捕まったという噂もあるが、その真偽はわからない。
何はともあれ、今ヒーロー達は警察からも自衛隊からも明確なお咎めを受けたことが無いのである。
取調べにかけられるのは、先日のシャインJやセンザインのように、ヒーロー資格を失ったものだけだった。
「手が出せないのはわかるよ。でも、このままじゃ、きっと大変なことが起きる。そんな気がするんだ」
「確かに、そうかも、しれないね」
探も、いや、ヒーローの資格を持っていない、持つ気すらない人間からすれば、それは常に抱いている恐怖であろう。
それを彼女はずっと抱いていたのだろうか。
「だから私は一日でも早く変身できるようになりたい。どこまで出来るかわからないけど、」
「わかった。応援するよ僕も。きっと天ちゃんなら、本当のヒーローになれると思う」
「ありがとう、探」
探は、本気で彼女に対してそう言った。
すると、感謝の言葉とともに、鋼鉄の穴掘り道具が手渡される。
「じゃあ応援ついでに、ボックス探すの手伝って!」
「……ああ」
わかってない、わかってないよ。
探はがっくりと項垂れながら、また深いため息をついた。
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