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第5章 失われた明久の記憶
第十八問 戻らない記憶 ④
「「……」」

僕らは何も話さないまま、ただ互いの顔をジッと眺めていた。
……亜美の表情は、真剣そのものだ。
その表情から、亜美がこれから真面目な話をするんだってことを、安易に読み取ることが出来た。

「……明久君」
「……僕に何か話があるの?亜美」

恐らく、僕に関連することを話すつもりなのだろう。
しかしそれは、亜美が発言している間は絶対に口を挟んではいけないような……そんな話に違いない。

「……明久君に、話したいことがあるの。それと、聞きたいことが……」
「聞きたいこと?」
「……うん」

僕の質問に、短い言葉を添えて、首を縦に振る。
……聞きたいことって何なんだろう?
そのことについてを聞こうとして……僕は聞くことを止めた。
どうせ質問しなくても、亜美の口から直接聞くことが出来るだろう。
……やがて亜美は、そっと口を開いた。

「……まずは質問から先にしちゃうね?……明久君は、みんなのことをどう思ってる?」
「どうって……大切な友達だと思ってるよ?」
「……その中で、この人は特別な人だなとか認識するような人っている?」
「特別な人?……う~ん、いないんじゃないかなぁ?」

少なくとも、『今の』僕には、特別な人なんていない。
だけど……『記憶を失う前の』僕はどうだったんだろう?
特別な人……それってつまり、異性で好きな人のことを指すんだよね?
……うん、今の僕には、そういう人はいらない、というか、いるべきではない。
何せ記憶を失っている僕が誰かを好きになってしまって……もし記憶が戻った時にそんな人が二人出来てしまったら……僕はどっちを選んだらいいのか分からなくなってしまう。
だから……いないことに対して多少の安堵と気持ちを感じることが出来た。

「……明久君ならそういうと思ったけど、本当にそうなの?」
「本当だよ……僕は記憶を失っているんだから、誰かに恋をして、勝手に記憶が戻ってきてその人のことを追い始めて……と言うのが、堪らなく嫌なんだ。誰かが傷つくようなことは、絶対にしたくないんだ」
「明久君……」

本当は、そんな理由なんかじゃない。
……いや、それも理由の一つではあるが、他にももっと理由があるのだ。
それが……『自分が傷つきたくないから』という理由。
誰かを傷つけるということは……自分を傷つけるのと同じくらいに、苦しいことだ。
だからあまりに無闇に人間関係に突っ込んだりしない。
そうして深く関わってしまって……自分が傷つくのが堪らなく怖かったからだ。
相手が傷ついてしまうのが……怖かったからだ。

「……明久君らしいと言えば、らしい答え方だと思う。けど、私としては……もっと私達に遠慮せずに接して欲しいかな?」
「遠慮せずに?」

遠慮……僕は別に、みんなに対して遠慮なんてしていないと思うんだけどなぁ。

「遠慮してる。だって……私達っ深く関わろうとしてないんだもん、最近の明久君。返ってくる返事も、どこか上の空の時が多いし、最近はAクラスにも遊びに来てくれないんだもん」
「……」

確かにそうだ。
僕はここ最近……Aクラスには赴いていない。
気持ちの整理をしたいというのもあって、ここ―――屋上にいることが多々あった。
誰とも話さず……ここで一人で悩んでいることが、多かった。

「……何か悩みがあるのだとしたら、私達に直接言って欲しかったかな。一人で抱えこまないで、誰かに言って欲しいかな?……なんか、明久君が遠くに行ってしまうようで、私としては不安しかなかったんだもん」
「……ごめん、亜美。心配かけさせちゃったみたいで」
「……ううん、大丈夫だよ。心配するってことは、とても大切なことだもん」


チリン。


鈴の音が、心地よく僕の耳から頭の中に伝わっていく。
……やっぱり、この鈴の音は、僕の中に眠る何かを呼び起こそうとしているんだけど……それが何なのかまでに達することは出来ない。
それがちょっとだけ……むず痒かった。

「……前までは誰かのことを心配することだって出来なかったんだから。アイドルとして前に出る時に、私は常に笑顔でいなくてはならない。どんなに辛い時でも、どんなに悲しいことがあったとしても……ファンのみんながいるから、それを表に出してはいけない。誰かに心配させてはいけない……だから私は笑い続けた。人前で泣くことを、我慢しながら……。いつしかそれに合わせて、周りの人も笑顔になっていった。だけど……それと同時に、互いのことを心配することもなくなった」

……確かにそうだろう。
悩みも打ち明けずに、心配かけさせないように笑顔を保ち続ける。
そんなことが互いに行われていたとしたら、目の前にいる人が何を考えているのかが分からなくなってしまう。
それはつまり……関わらなくなってしまうのと同じだ。

「だから……楽しい時は笑って、怒る時は怒って……悲しい時に泣くことが出来る明久君が……少しだけ羨ましいかな」
笑うことしか出来ないと、亜美は自分で言っているようなものだ。
確かに、辛い時でも笑顔を保つようにすれば、それはいつしか苦しみではなくなるだろう。
……けど、人は本当に苦しい時に、同じことが出来るだろうか?
そんなの、無理に決まってる。
だから僕は、亜美に対してこう言った。
自分が言えた義理でもないけど……これからは自分もそうしてみよう。
その第一歩として……。

「……亜美、僕からも話したいことがあるんだ。いいかな?」
「……うん」
僕はまず、自分の悩みを打ち明けることにした。

















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