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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第八話 プレゼントしたパンは多分美味しい

 ユーズ王国首都、ブランカ。アルシア会戦での敗北、アンティグア支城の陥落を受け、第一軍の将官達が今後の方針について、声を荒げながら討議を行なっていた。

「倍以上の兵を与えられながら、逆賊にしてやられるとは。ヤルダー大将のなんたる不甲斐ないことか!」

「第3軍の残存兵力は、守兵を合わせて4万。現在ベルタ周辺から徴募を行っていますが捗ってはおりません。それと糧食が心許ない為、物資を送るようにと矢のように催促が来ております」

「ないものは出せん。近隣農村から徴発するように指示を送れ! ここにある物資は、王都を守護する第1軍のもの。第3軍には、出兵時に必要以上の糧食を渡している!」

 激昂したバルボラ中将が机を叩きつける。彼は第1軍に所属している将官の一人だ。反乱軍討伐には第1軍を向かわせるべきだと、当初から強硬に主張していた。第3軍敗戦の報せを聞いたバルボラは、水を得た魚のようにヤルダーへの辛辣な批判を繰り返した。出世競争に遅れを取っていた為に、隙あらば蹴落としてやろうと機会を窺っていたのだ。


「最悪、中央国境地帯の放棄も考えねばなりますまい。南東方面には第2軍、北西方面には第4、5軍が当っており、アンティグアを取り戻す余力などありませんぞ」

 王国領南東の守備に就いているのは第2軍、北西の帝国への抑えには第4、第5の2個軍団が当てられていた。
 特に危険な北西方面には、街道を遮るように強固な要塞線が築かれている。
 北西の守備を重視する理由は簡単だ。ここを抜かれたら、街道沿いに一直線で王都へ迫られるからである。

「それこそ有り得ぬ! 放棄などしたら反乱軍がつけあがるだけだ! 肥沃な土地を抱える中央国境地帯は王国一の要所、断固として死守だ!」

「しかし余剰兵力などどこにもないではないか! 一体どこから出すというのか!」

「金も兵士も物資も足りん。全くもってやってられん! 軍事費にもっと予算を割くように上奏しなければ!」

 財政状況など知った事ではない上級将官達は、各自好き勝手な事を述べる。実情を知る文官達は白い目で見ているが、彼らは気付かない。

「それもこれも、全ては敗北したヤルダー大将の責任! いますぐ召還して軍法会議に掛けるべきかと!」

 唾を飛ばしながらバルボラが強硬に主張する。

「バルボラ中将の仰る通りです! 心苦しいですが、これも軍規の乱れを正す為。シャーロフ閣下、ご決断を!」

 各自の意見を、両目を閉じ黙って聞いていた老将に意見を仰ぐ。白髪で皺が目立つ老兵であるが、鍛えられた肉体を未だ維持している。厳しい表情をしたこの男こそが、第1軍指揮官シャーロフ・バザロフだ。
 先の大戦で、遠征失敗後の帝国・連合の反抗作戦を凌ぎ切り、停戦協定を締結させるまでに形勢を逆転させたのは、シャーロフの曽祖父である。
 以来バザロフ家は、何人もの軍人を輩出し続け、その多くが高級将校にまで昇進している。
 シャーロフも、己の才覚を存分に発揮し、王国軍最高位に当る元帥まで昇進した。現在は王都を守る最後の要として、首都周辺に睨みを利かせている。

「……今、ヤルダーを更迭したらベルタは落ちるぞ。不用意な真似は慎むべきだ」

「ですが、既にアンティグアを落とされているではありませんか。ヤルダー大将で守れるとは思えません!」

「先の会戦で、敵の新兵器が使用されたと報告にあった。誰が行っても同じ結果だった可能性が高い。我々は反乱軍を侮っていたのだから」

「例の、魔道地雷とやらですか」

 シェラによって回収された地雷は、即座に王都に送られ、研究班に回された。現在は無効化、あるいは模倣する為の手段を試行錯誤している。構造が簡単なので、無効化はそれほど難しくないと報告があがっている。危険なのは、溜め込まれた膨大な魔力だけだ。起爆しなければ、ただの鉄筒にすぎない。

「それに、敗れはしたが現在までベルタに敵を近づけさせてはいない。ヤルダーは軽薄だが猛将だ。その名は中央国境地帯でも通っている。奴だから、敗れたとはいえ近隣領主は未だ従っているのだ。……今配置を動かして指揮系統が乱れれば、その隙を突かれるぞ。反乱軍は、喰らいつく機会を窺っているのだ」

「し、しかしながら!」

「――儂としては、王都の第1軍から兵を送り、第3軍と共に敵に当るのが最善と考える」

「…………」

「……元帥閣下のお言葉ですが、ヤルダー大将の件は宰相殿を通じて陛下に奏上されております。更迭は、時間の問題かと」

「それは本当か!?」

 バルボラが声を荒げて文官に問いただす。

「はっ、間違いありません」

 バルボラは返事を聞いてほくそ笑んだ。これで一人目障りだった人間が消える。更迭では生ぬるい。軍法会議に掛けて、階級剥奪まで追い込みたい所。むしろ死んでもらっても構わない。ライバルは完全に叩き潰さねばならない。

「閣下。これで決まりです。更迭などでは甘すぎる。軍規に照らし、然るべき責任を取らせるべきです!」

「…………」

「シャーロフ閣下!」

「閣下! ご決断を!」

「陛下に、直接確認する。それまではこの一件、儂が預かる!」

 シャーロフが強く断言すると、口々に追及の声を上げていた将校が押し黙る。大きく息を吐いた後、シャーロフは会議室を後にした。






 ブランカ王城 玉座の間。居並ぶ近衛兵達の中央を通り、シャーロフは国王との謁見に臨んでいた。
 玉座に座るのがユーズ国王、クリストフ・ユーズ・ユニマット。かつては将来を嘱望された、才気溢れる若者だった。しかし突如として起こった後継者争いに巻き込まれてから、クリストフは変わった。蠢く権謀術数の中、多くの人間を犠牲にして彼は王位を獲得した。
 だが、徐々に政治を顧みなくなり、後宮に篭るようになってしまったのだ。愛する息子を病によって亡くした後は、それが顕著になる。
 宗教に傾倒し、寄付、教会設立などに多額の財を注ぎ込むようになったのもこの頃だ。
 諫言した文官は遠ざけ、あるいは拘束し、近くに置くのは甘い言葉を囁く佞臣ばかり。王の横に控えるこの痩せた男などは、その筆頭とも言って良いだろう。

 王国宰相ファルザーム。35の若さで、文官の最高位を獲得出来た理由は簡単だ。王の幼少時からの傍仕えであったこの男は、それを最大限まで利用したのだ。甘い言葉を囁き、自分の意に沿わない人間を粛清していく。爵位を剥奪、あるいは追放、殺害された人間は少なくない。
 そもそも、解放軍を率いるアルツーラ姫の父を陥れたのは、この男なのだから。内乱の最大の元凶は、このファルザームだとシャーロフは確信している。


「――陛下、このシャーロフ、直接お伺いしたき件があり、参上致しました」

 シャーロフが跪き、国王と相対する。宰相ファルザームが一歩進み出て用件を問う。

「これはこれはシャーロフ元帥閣下。いかなるご用件でしょうか」

「儂は、陛下と直に話がしたいのだ。悪いが宰相殿は遠慮して頂きたい」

「これは手厳しい。元帥閣下は近頃の難事に心が尖っておられるご様子。
どうかお体を労わりなさいますよう」

 作り笑顔を浮かべ、頭を恭しく下げるファルザーム。細目で睨みつけながら、シャーロフは視線を国王へと戻す。

「――陛下。ヤルダーを更迭するというのは事実でしょうか」

「……その通りだ。ヤルダーでは勝てん。先日は彼奴の士気を維持する為に、激励の文を出したがな。増援が到着するまでにベルタが陥落しては、意味がない」

 本来ならば、直ぐにも更迭したかったのだが、後を継ぐ人材が不足している。第3軍の少将クラスは全て戦死。残されたのは参謀のみという体たらく。後任を派遣するまでは、ヤルダーに任せるしかなかった。

「ご再考の余地は」

「……ない。これは決定事項だ」

 気だるそうな口調で、シャーロフに答える。顔は青白く、目の下には隈が出来ており、健康とは言いがたい。不摂生な日常を送っているようだ

「それでは、このシャーロフを第3軍に赴任させてくださいますよう。アルシアでの敗戦は、このシャーロフにも責が御座います。ヤルダーと共に、必ずや反乱軍めを打ち破って見せます」

「陛下。シャーロフ元帥は王国きっての名将。王都を守れるのは、彼を置いて他にはおりません。それにヤルダー大将の件は、元帥に責はありませぬ」

 ファルザームが口を挟み、擁護する。更迭するのはヤルダーのみ。シャーロフには王都で『お飾り』となってもらわねばならない。その名声は、まだまだ利用できるからだ。

「……シャーロフ。貴公は現状のままで良い。反乱軍制圧には、第4軍を北西地帯から引き抜きベルタへ送る。第3軍は、第4軍に編入させるのだ」

「それでは北西の守りが手薄になりますぞ。帝国がその機を逃すとは思えませぬ。第5軍だけでは守りきる事は難しいかと」

「素早く反乱軍を滅ぼせば、何の問題もありません。それに、未だ帝国は大規模な軍事行動を起こしてはいないのです。彼らも余裕がない証拠ではないですか。例え動いたとしても、鉄壁を誇る要塞線が防いでくれます」

 国王に代わり、宰相が返答する。窮する財政の中から、多額の資金を投じて築いた要塞線。今使わずして、いつ使うというのか。宰相ファルザームはそう考えている。

「ファルザーム宰相。北西部は最も緊張が高まっている地域。その戦力を動かせば、必ず帝国は動く。あそこは、拮抗させておかねばならぬ。堅固な要塞線は、あくまでも抑止力なのだ」

「抑止力などという見栄の為に、貴重な血税を投入したと仰るつもりか。莫大な軍事費を、どこから捻出しているとお考えか?」

「帝国に『攻撃』という手段を取らせない為だ。帝国との戦争になれば、もっと金が掛かる。多くの血も流されるだろう」

「第一、ベルタに増援を送らなければ反乱軍が野放しですぞ。どのようにして、逆賊を討つおつもりか教えて頂きたい。第3軍だけでは最早手に負えないのですから。元帥ともあろうお方の言葉とは思えませぬな」

 大げさな身振りをつけて、シャーロフを非難する。

「ならば王都から兵を動かす許可を頂きたい。遊軍と化している第1軍。この半数を、中央国境地帯へ増派するのです。ベルタの第3軍、更に王都からの増援とで挟撃すれば、敵は否が応にも戦力を分散せざるを得ません」

 シャーロフの言葉に、ファルザームは目を剥く。

「この王都ブランカの守りを割くなど、正気とは思えませぬ。手薄になった内地で反乱を企む者がいたらどうされるおつもりか! ――陛下、第1軍は決して動かしてはなりません!」

「帝国を抑えたまま、反乱軍を殲滅するには第1軍を使う他はありませんぞ。
王都の守りは、3万の正規兵と予備兵がいれば十分に防げます」

――王都ブランカは都市を囲うように作られた巨大な城だ。周囲には水堀が張り巡らされ、更に高い城壁で覆われている。これを力攻めするには、相当の兵力、攻城兵器が必要となるだろう。それを持っても、多大な犠牲が出る事は間違いない。周辺には監視塔が何個も築かれ、緻密な警戒態勢が取られている。

 王城から北に見える高台には、かつての大戦時に築かれたサーイェフ城塞がそびえ立つ。
自然の要害を用いて築かれた要塞からは、王都を攻撃しようとする無防備な背中が丸見えとなるのだ。

 有事の際は、王城と連携し最大の防衛力を発揮する計算だ。この要塞を無視した場合は、敵の背後から攻撃を加え挟撃。要塞を強引に攻めせようとすれば、多大な時間と兵士を浪費させられる。まさに王国最後の砦に相応しい。

 それに加えて、南の山岳にもサーイェフ城塞程ではないが小城を建築中だ。王城、サーイェフ、そして小城の三角線が王都の守りを万全とするだろう。
――投入された軍事費も当然ながら膨大なものとなっているが。

「そう申されましても、宰相として元帥の言葉に従う事はできませぬ。陛下がおわす王都の守りを手薄にするなど、最大最悪の愚策です!」

「……シャーロフ。第1軍は現状のまま待機。第4軍をベルタへ向かわせろ。到着次第、入れ替わりでヤルダーを召還する。……これは、既に決まった事だ。貴公も、王都の守りを固める事のみに全力を尽くせ」

「――陛下」

「……話は終りだ。余は、少し疲れた。部屋に戻る。我が友ファルザームよ、後は任せる」

「畏まりました、陛下。どうか御体をお休めくださいませ」

「…………」

「――シャーロフ元帥。謁見は以上で終了だ。早急に軍務に戻られると良い。私も政務があるのでこれで失礼する」

 居丈高にシャーロフを見下ろすと、近衛兵を引き連れ、ファルザームは玉座の間を退出していく。
 暫くの間、シャーロフは無言のまま跪いていた。










 アルシア会戦敗北後から半年が経過した、ベルタ城シダモの執務室。眼鏡を掛けたシダモが、ひたすら書類を処理していると、遠慮のないノックの音が飛び込んでくる。シダモは書類から顔を挙げ、眼鏡を外して返事をする。

「――誰か?」

「シェラ・ザード少佐です。ご用件があると伺いましたので」

 シェラが、未だ慣れないといった様子で名乗る。最近家名がついたばかりなのだ。

「入れ」

「――失礼します!」


 以前とは違い、造りのしっかりとした鎧に身を包んだシェラが入室し、敬礼する。流石に、大鎌は手にしていない。

「楽にして構わん。……だが物を食べて良いとは言っていない。上官の前では自重しろ。貴様は何度言えば分かるんだ?」

 敬礼を終え、早速豆を取り出したシェラを睨みつける。

「申し訳ありません」

「もう少し言葉には真実味を持たせろ。謝罪をするときは、表情もそれらしく作れ。貴様も佐官に昇進したのだから、人との付き合い方を学べ」

「はっ!」

 シェラは素早く豆を咀嚼し、飲み込んだ。

「……貴様は警邏任務で留守だったから知らないだろうが、王都より大規模な配置転換の指令が届いた」

「それは、どのような?」

「……ヤルダー大将が『突然』体調を崩された為、王都で療養なされる。
我ら第3軍は、北方から来る第4軍に組み込まれる事となった。早い話が、増援到着と同時に指揮官が代わる」

「……はっ」

 昨日までピンピンして、声を張り上げていたヤルダー大将。王都からの指示書を受け取ったヤルダーは、怒りと屈辱に耐えかねて大暴れした。城主の部屋は酷い有様で、まるで賊が侵入したかの様相だった。敗戦後送られた国王からの激励文は、ただの慰めだったとようやく理解できたからだ。自分が育てあげた第3軍を丸々吸収されるのは、指揮官にとって、己の子供を奪われるのと同じである。

 降格まではいかなかったのがせめてもの救いだろうと、シェラは思っていた。実際どうでも良いのだから仕方がない。

 そんなヤルダー大将だが、シェラを実の孫のように可愛がり、戦死したジラ少将の家名まで継がせている。後継者のいないジラの家名が途絶えるのを、惜しいと思っていたヤルダーは、年若き猛将に継がせることをピンと閃いたのだ。
 シダモはまた余計な仕事を増やしてくれたと、頭を抱えていたのだが。そもそもジラ・ザードには後継者がいないだけで、親戚縁者は健在だった。案の定難航したが、シダモは粘り強く交渉を続けて納得させた。最後の一押しとヤルダーが用意した金を渡したら、現実を理解している彼らも態度を一変させた。既にザード家の領地は没収され、家名などただの名誉職に過ぎないのだから。この時代、名誉などよりも目先の金だ。

(そんなことは、百も承知だ。だが、捨てきれない物もある)

 家名に引き摺られている自分を嘲りながら、シダモは後継作業を完了させた。そんな苦労があった事を、シェラが知る術はない。どうでも良い家名を押し付けられて、本人は非常に迷惑そうな顔を浮かべる。交渉の苦労を思い出すと、つい殴りそうになったが、本気で反撃されたら多分死ぬのでシダモは耐えた。

「……私は引き続き参謀として任に当たる。筆頭参謀の地位はなくなったがな。貴様も、更に王国の為に尽くせ」

「了解であります」

「それと、貴様が勇将である事は疑いないが、兵の指揮には些かの不安が残る。そこで、貴様の指揮を補佐する副官を、2名配属させる事にした」

「副官ですか?」

「そうだ。両名とも貴様の隊を自ら志願したのだ。小隊長の席もあったが、彼らはそれを蹴った。王国士官学校で軍学を習得した優秀な者達だ。貴様より、指揮力、兵法、知略に長けているのは疑いようがない」

 副官の優秀さを語ると同時に、シェラに対する皮肉を付け加える事も忘れない。何とかして責任感というものをもたせたいとシダモは考えているのだが。

「はい、そうですね。私もそう思います」

 遠まわしに馬鹿といわれたのに、全く気にしていないシェラ。その何の心配もない、食ってりゃ幸せだと言わんばかりの顔を見て、シダモの眉間に皺が寄る。

「貴様の騎兵隊は、このベルタで一番の精鋭と評判になっている。その名声を汚すことがないよう、副官を上手く使いこなせ。存分に補佐してもらい、更に王国に貢献しろ」

「了解しました」

 シダモが畳み掛けるように言葉を続けてきたので、シェラは段々意識が遠くなってきた。了解という言葉を何とか絞り出したが、限界が近い。

「単騎で賊を追い掛け回すようなことは、二度とないようにしろ。威力偵察などとほざいて、騎兵隊を率いて敵支配圏に入る事もだ。下らん戦いで貴様が討ち取られたら、全体の士気に関わる。それが『精鋭』というものだ。勝手に死ぬ事は許されない。分かっているか?」

「勿論であります」

――勿論理解していない。
 目の前で敵の食料がチンタラ運ばれていたら、つい襲撃してしまうのは当たり前だ。物資も手に入り、お腹も膨れる。良いことづくめである。数回繰り返した所、敵の食料輸送隊には厳重な警備がついてしまったが。功績を挙げているのだから何の問題もない。
――シェラはそう理解した。

「……本当に理解したか? 私の話をその頭でしっかり聞いていたか? 完全に理解したなら返事をしろ」

 実に疑わしそうな視線を向けるシダモ。彼のシェラへの評価は、『腕は立つが頭は相当に悪い』というものだ。それは元上官になるであろうヤルダー大将にも当てはまる。彼らを上手く使いこなすには、参謀が苦労する必要があるのだ。使いこなせなかったシダモは、筆頭参謀の地位を奪われた。今後は第4軍が主導権を握るため、これ以上の出世の道は絶たれたと言っても良い。シダモの心は暗澹としていたが、まだ諦めてはいない。本家を再興させるまで、彼は諦める訳にはいかない。

「シェラ少佐、完全に理解しました!」

「後ほど貴様の下に副官を向かわせる。今後の事は予め話しておくので、問題はないだろう。……用件は以上だ。下がって良し」

 精神的に疲労したシダモは、さっさと仕事に戻ることにした。ヤルダーを相手にするのとはまた違う疲れが溜まる。これ以上死神と話していては、今は亡き兄の下へ連れて行かれるだろう。もしくは姉のように狂ってしまうか。

「はっ、シェラ少佐、任務に戻ります!」

 長い話を直立不動で聞いていたシェラは、先程から眩暈がしそうだった。
 が、耐え切った事で安堵したのか、退出して大きなため息を吐く。そのついでに『あー疲れた』とバカでかい声を上げてしまった。

――瞬間、執務室の扉に何か鈍器のような物が投げつけられた。
 扉は丈夫だったようでヒビ一つ入っていない。

 恐らく、ストレスの溜まっている元筆頭参謀殿が、花瓶でも投げつけたのだろう。きっと腹が減っているに違いない。シェラは同情した。

「……やっぱり、お腹を空かせると、頭の回転も鈍るみたいね」

 シェラは、携帯している袋からパンを取り出し、執務室の前に置いて立ち去った。動物に餌、死者に供え物をするように。
 パンを発見したシダモの苛々が、数倍まで増幅したのは言うまでもない。





――ベルタ城の王国第3軍、アンティグア支城の王都解放軍は、お互い膠着状態に陥っていた。シェラの騎兵隊は再び3000が配備され、機動力を生かしての警邏、近隣の賊討伐が主な任務となる。
 であるが、時折独断で威力偵察を行い、解放軍輜重隊を襲撃している。本来ならば軍規違反だが、毎回戦果を挙げている為、罪が打消しとなっていた。解放軍はこの予測困難な遊撃戦に苦しめられ、輜重隊の警備を増強することを与儀なくされた。

 シェラの名が、解放軍に知られ始めるのはこの頃からである。


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