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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第六話 チョコレートは甘くて美味しい

 王都解放軍、食料貯蔵庫周辺の野営地。解放軍が守備につけた人数は正規兵が1000人。
 さらに大金を投じて雇い入れた傭兵部隊が3000人程。錬度はバラバラではあるが、装備は整っている歩兵部隊である。
 軍師ディーナーは、再度の攻撃があることを予期していた。だが主戦場からこれ以上戦力を割く訳にはいかず、ギリギリ守れるであろう兵数を配置することしか出来なかった。
――但し、出来うる最善の守備は施してある。


「……隊長。王国の奴ら来ますかね。軍師様は五分五分と言っていましたが」

「さぁな。俺達は自分の仕事をするだけだ。来たら片っ端からぶっ殺せば良いんだ。簡単だろ」

「上手くいきゃ、騎士に取りたてられるかもしれませんぜ。そうすりゃ、隊長も貴族の仲間入りだ!」

「金がもらえりゃそれで良い。貴族なんかにゃ興味はねぇな。一体何が羨ましいのかも分かりゃしねぇよ」

 傭兵隊長が吐き捨てると、隊員が嘆息する。

「もったいねぇなぁ。隊長の腕がありゃいけると思うんだが」

「余計な欲は身を滅ぼすぞ。人には分ってもんがある。死なない程度に気張りゃそれで良いんだ」

「へいッ! 分かりました!」

「本当に分かったのか? ……まぁ良いけどよ」

 傭兵隊長が大剣の手入れを終えて立ち上がる。貯蔵庫を守るには、いささか兵力に不安はあるが、そこまでの心配はしていない。周辺には鳴子を張り巡らせ、さらには切り札『魔道地雷』が仕掛けられている。今回の会戦でも用いられるであろう、この新兵器。
 人間の子供程度の大きさの鉄筒。酒場の酒樽のようにも見える。一見何の変哲も無い、悪く言えばガラクタのそれ。
 だが篭められている魔力は途轍もなく、起爆すれば甚大な被害を与える事ができる。

 大きな破壊力を持つのがいわゆる『魔術』であるが、戦場であまり活用されてこなかったのには理由がある。人数を大量に揃えることが出来ず、育成には費用と手間が掛かる。才能が無いものを育てたところで、魔術を行使することは不可能だ。それは生まれ持った『魔力の器』の有無で決まる。後天的に身に着けたことは、現在まで例はない。

 更に魔術行使までの詠唱には多大な時間を要する。威力が上がるのに比例して詠唱時間も増え、連発することができない。魔力が枯渇すれば、使用は不可能となる致命的な欠点もある。つまり大規模戦においては、安価な矢を量産して放った方が遥かに効率が良いのだ。
1回魔術を放つまでに、雑兵が100本の矢を放つことが出来る。『数は力』なのだから。

 そんな非効率的な魔術ではあるが、その威力は折り紙つき。なんとかして活用できないかと、各国が研究を行っていた。帝国魔道技術部では、迷宮都市で発掘された技術を元に、
一人の魔術師がある兵器を作り出すことに成功した。それが、魔道地雷である。長い時間を掛け、特殊な鉄筒に魔力を注ぎ込み、詠唱呪文を書き記し、慎重に付与を行っていく。
 そして、キーワードを魔術師が詠唱、もしくは起爆させる行動を鉄筒が感知した時、瞬時に爆発するというものだ。
――簡単に言うと、踏むだけで爆発させることも出来る。


「恐ろしい兵器が出てきたもんだぜ。そのうち自由に歩けなくなる時代がやってくるぞ」

「仕掛けた方も気をつけないと危ないですがね」

「実に迷惑な話だな。後片付けもやってもらわんと困る」

「ちげぇねぇ!」

「――って、うわっ!!」

 軽口を叩く傭兵たちの下に、凄まじい爆発音が飛び込んでくる。

「――な、なんだ!?」

「森の方の地雷が爆発したぞ!」

「おい! 引っ掛かったのは誰だ! 敵か、味方か!?」

 誰かが地雷に引っ掛かった。味方でないことを祈りつつ、確認を急がせる。

「王国軍第3軍の旗印! 敵の騎兵隊が襲撃をかけてきました!!」

「来やがったか!」

 傭兵隊長が立ち上がる。

「敵は地雷に引っ掛かり、人馬共に混乱している模様!」

 偵察兵から第一報が届けられる。

「今が絶好の機会ですぜ! 既に全員準備は完了してます!」

「いきましょう隊長!」
「ようやく稼ぎ時ですぜ!」

「よし、正規兵は貯蔵庫の守りを固めてろ!! 傭兵隊は俺に続け! 敵は混乱している、一気に仕留めるぞ!!」

「了解っ!!」

 傭兵隊長は馬に飛び乗ると、大剣を抜き放ち、迎撃の掛け声を上げた。





 王国騎兵隊は大混乱に陥っていた。森林を抜け、平野部に飛び込みいよいよ貯蔵庫襲撃といった所で、何かに攻撃を受けたのだ。地面が吹き飛び、馬はなぎ倒され、兵に多大な犠牲が出ている。まるで魔術攻撃でも受けているかのようだ。だが、魔術師の姿は一切見えない。
 騎兵隊長は、顔面蒼白になりながら声を張り上げる。

「ええい! ここまで来たらもう引き返せはしない! 態勢を整えて進撃しろ!! 突撃だ!!」

「し、しかし隊長、う、馬が動転して言うことを聞きません!」

「馬一つ満足に操れんのか貴様は!! 日頃何を訓練していた!?」

「そ、そんなことを言われても、くそっ、言うことを――」
「ちくしょう! うわっ、矢が――」
「た、隊長、弓で撃たれてます! 気付かれました!!」 

 手綱を引き寄せ、苦戦していた隊員達の身体を、数本の矢が射抜いていく。解放軍守備隊に気付かれたのだ。貯蔵庫方向から馬に乗った兵士達がこちらへと意気を上げて向かってくる。数はそこまでではない。いけるはずだ。
 騎兵隊長は、そう判断した。

「このままでは狙い撃ちだ!! 動けるものは俺に続け!! とにかく進めッ!!」

 槍を掲げ、馬の腹を蹴り突撃を開始する。再び後方から爆音が轟くが、振り向いている余裕はない。馬の蹄の音が聞こえるから、全滅はしていないだろう。どんな被害を受けたとしても、貯蔵庫さえ破壊すれば問題はない。一撃離脱が騎兵の本分。
――勢いをつけた騎兵と騎兵が、正面からぶつかり合う。

「その首もらったぞ!」

「黙れ反逆者め! 我が槍の錆びにしてくれるわ!」

「やってみろよ、王国の犬がっ!」

「はああああああッ!!」

「てやああああああああああッッ!!!」

 騎兵隊長と、傭兵隊長が得物を振りかざして交錯する。
 打ち合いに敗れたのは。
――騎兵隊の隊長だった。
 馬から崩れ落ちたその身体に殺到する傭兵たち。首を取れば、褒賞金がでるのだから彼らも必死である。

「敵指揮官をぶっ殺した!! このまま王国軍を皆殺しにしろッ!!」

 傭兵隊隊長が、腹の底から声を出す。味方の士気を上げ、敵の勢いを挫くこれ以上のものはない。大剣の血糊を振り払いながら、高らかに剣を掲げた。

「おうッ!!」
「勝てば褒美は望みのままだ!」
「ぶっ殺せ!」

 指揮官を討ち取られた騎兵隊は、完全に意気消沈していた。各自が傭兵に囲まれ、手傷を負わされ、数を減らしていく。

「く、くそっ! ええい、離れろ!」

「――おっと。へへっ、そんな槍当るか!」

「隙だらけだぞ! 死ねッ!!」

 槍で突いた隙を狙われ、傭兵の剣が王国兵の身体に届こうとしたその時。

「――え?」

 王国兵の顔が瞬時に真っ赤に染まった。自分を狙っていた敵兵の顔が、醜く抉り取られていた。その返り血が、全身に降り注いだのだ。

「馬が言うことを聞かないなら、降りて戦いなさい。ほら、死にたくないならさっさとしろ!!」

「は、はい!!」

「以後は私が指揮を引き継ぐ!! 相手は統率の取れていないただの傭兵だ! 落ち着いて、皆殺しにしろ!!」

「りょ、了解」

「情けない声出してると、私がぶっ殺すわよ!!」

「了解ッ!!」

「よしっ! 手当たりしだいに刈り取りなさいッ!!」

 顔に似合わぬ豪快な声で、騎兵隊を鼓舞するシェラ。その合間にも大鎌は傭兵の命を3人ほど刈り取った。

「――あいつが傭兵を指揮してる奴かしら。動きが他の兵と違うもの」

 王国騎兵を大剣でなぎ払っている無精髭の騎兵を確認する。舌なめずりをして、その方向へ愛馬を向けて突進していく。突撃してくる騎兵を阻止しようと、勇敢に槍や剣を向けてくる傭兵たち。
 それら有象無象の獲物を、鎌を水車のように振り回して皆殺しにしていく。兜をつぶされ、首を断ち切られ、四肢を抉られて血しぶきが迸る。シェラの進む道が、瞬く間に赤く染まっていく。

「お前が傭兵隊の指揮官かっ! その首頂くわ!!」

「ガキが糞生意気な真似をッ!! 死にやがれっ!!」

「ハアアッ!!」

 シェラが思いっきり振りかぶると、傭兵隊長が、ニヤリとほくそ笑む。自分の大剣のほうが、明らかに早い。大鎌が振り下ろされるより早く、自分の剣が女の身体を刺し貫く。
 剣筋を素早くイメージすると、慣れた手つきで剣を走らせ、上腕に会心の力を篭めて、ただ斬りつける。何度も死地を潜り抜けてきた、熟練の実戦剣術。

「貰ったぞ!!」

「遅いわね」

「――ッ!?」

 傭兵隊長の振りかざしてきた大剣を、鎌の柄で弾き飛ばし、バランスを崩したそこへ、シェラは全力で得物を振り下ろした。

傭兵隊長は身体を縦二つに裂かれていた。兜、鎧、馬の頭を巻き込んで。
 信じられないと目を血走らせ、大きく広げ、半分になった歪な口から、弱弱しい空気を漏らしながら、死んだ。


「芸術的な死体が出来ちゃったみたい。後片付けが大変じゃない?」

 赤く染まる斬死体を眺めた後、大鎌を華麗に回転させ、上空へと勢い良く突き上げる。

「敵指揮官、討ち取った!! 騎兵隊はこのまま反乱軍の犬共を駆逐しろっ!!」

 所詮は傭兵の即席部隊。纏め上げていた指揮官が討ち取られれば、直ぐに崩壊する。

「た、隊長がやられたッ」
「逃げろ! こんなとこで死ぬのはゴメンだぜ!」
「う、うわぁあああああああ!!」

 金を貰っている間は決して裏切らないが、逃げるのが傭兵。命あっての物種と言わんばかりに、遁走を開始した。

「一人残らず叩き殺しなさい!! どいつもこいつも地獄に送り届けてやれっ!!」

「お、おうっ!!」

「シェラ副将に続け!!」

「王国騎兵隊、突撃!! 蹂躙しろッ!! 踏み潰せッ!!」

 顔を返り血で染めながら、はしゃいだ様子で号令を掛けるシェラ。強引に士気を引き上げられた騎兵隊は、背を見せて潰走する傭兵達を貫き、踏み潰していった。



 貯蔵庫を守っていた守備隊指揮官は、傭兵達が敗走したのを見て、撤退を決断する。持てるだけの軍需物資を持って、戦うことなく落ち延びていった。物資ももちろん大事だが、ここで貴重な兵士を失うわけにはいかない。それに食料貯蔵庫はここだけではない。一番多く貯蔵されているのがここだったというだけの話だ。よって更に1000の正規兵の命を無駄にするのは、避けるのが最善。
 指揮官はそう判断し、一合も交えず撤退していった。

 騎兵隊の受けた被害は、最初の混乱時で受けた500弱。傭兵隊はほぼ壊滅し、生き残りはサルバドル城塞へむけ逃走した。指揮官は失ってしまったが、シェラ達の勝利である。







――1時間後。
 食料貯蔵庫を制圧した騎兵隊は、残された物資の確認を行っていた。重要な書類は持ち去られ、置き去りにされたのは大量の食料、武器、軍馬なのであった。その中には、先程シェラ達を苦しめた、魔道地雷も数個残されていた。当然何であるか分からなかったので、捕虜にとった傭兵達を尋問することとなる。

 後ろ手に縛られ、身動きを封じられた傭兵の捕虜達が数十名が、哀れな姿でシェラの前に連れてこられる。
 どれもこれも煤けて汚れきった顔だが、命に関わる怪我は負っていないようだ。隙あらば逃げ出してやろうという、反骨的な表情をしている。

「さてと、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかしら」

「へっ、誰が答えるか――」

 ふざけるな、と唾を吐き捨てた捕虜の首を、無言で跳ね飛ばす。残されたのは、前に崩れ落ちる哀れな傭兵の胴体だけ。捕虜だけでなく、王国兵達も唖然としている。
 余りに流れるような動作だった為、すぐ反応できない。人がこんなに簡単に死ぬのだろうかという驚愕。まるで人間ではなく、野菜でも刈り取っているかのようだったから。

「それは残念。それじゃ次」

 曲がった刃を煌かせ、次の生贄の前に立つ。捕虜は身体を捻って逃げようとするが、王国兵に肩を押さえ付けられる。

「ひ、ひいいっ!!」

「これ、何に使うのか、教えてくれる?」

 後方に運ばれてきた鉄筒を指差すシェラ。

「う、そ、それは。た、ただの筒だ! 食料を保存しておく為の――」

 男の言葉は続かなかった。シェラは笑顔で首を切り落とす。
 その場にボトリと落ちた物が邪魔だったので、勢いよく蹴飛ばした。赤い液体を撒き散らしながら、それは転がっていく。

「嘘は駄目よ? 時間の無駄じゃない」

 大量に噴出す血が、他の捕虜の身体を染め上げていく。シェラは次の生贄の元へ進む。

「これは、何なの?」

「ま、まってくれ。俺達はただの傭兵だ、殺さないでくれ! これからは王国の為に」

「――次!」

 言葉を遮り、大鎌を振り下ろす。生贄の数はまだまだ沢山いる。次の生贄になるはずだった男は、恐怖に耐え切れず機密を漏らした。

「そ、それは、ま、魔道地雷だ。踏んだり、魔術師の指令で爆発する帝国の兵器だ! 詳しいことはそれ以上知らねぇっ、本当だ! だ、だから殺さないでくれッ! 頼む!」

「お、おい! お前何バラしてやがる! 傭兵の誇りが――」

「教えてくれてありがとう。貴方だけ助けてあげる」

 咎めた捕虜を惨殺した後、答えた男の縄を解き放つ。その表情は普通の少女が浮かべる笑顔そのもの。その身体が赤く染まっていなければ。

「い、いいのか? ほ、本当に」

「早く行きなさい。貴方、本当に幸せ者よ? はい、これ食料とお金。それに余ってる馬もあげる。武器も好きなの持っていって良いわ。――それじゃ、元気でね」

 シェラは、食料と金貨の入った小袋をその男に持たせると、さっさと行くように促す。
 信じられないような様子だった男だが、やがて涙を流して頭を下げると馬に乗って素早く去っていった。

「シェラ副将! 残りはどうしますか」

「連れて行くのは無理だもの。全員殺しなさい。もう聞くことはないでしょうから。一人残らず撫で斬りにしましょう」

 自分の首筋を、人差し指で横に走らせるシェラ。その表情を見た王国兵は慄然としながら答えた。

「りょ、了解しました」

「処刑は迅速かつ冷静にね。きっちり根元まで刈らないと駄目よ? ちゃんとやらないと、凄く痛いだろうから。確実に殺しなさい」

「はっ!」

「い、いやだ! 助けてくれ!」
「な、何でも話すぞ! だから待ってくれッ」
「死ぬのは嫌だっ!」

「うるさい! 大人しくしないかッ!」
「今更生き残ろうなどと、恥を知れッ!」

 王国兵が怒鳴りながら得物を構え、捕虜の処断を開始していく。怒声、罵声、そして絶叫の断末魔が貯蔵庫に何度も響き渡る。
 それを楽しそうに聞きながら、シェラは食料庫を見て回り、心行くまでつまみ食いを行った。食べ放題、呑み放題のフルコース。
 ここは天国ではないだろうかと、シェラは思った。布袋に嫌というほどの食料を詰め込み、己の馬に括りつける。

「そろそろ撤収するわよ。名残惜しいけれど、計画通り火を掛けましょうか。全部食べていくほど、時間はないからね。本当に残念だけど、仕方ないわ」

 悲しそうな表情で、辺りに積み上げられた食料を見詰める。

「はっ!」

「貴方達も、一杯食料もった? もったいないから、ちゃんと詰め込んでね。お腹が空いたら満足に戦えないでしょう?」

 シェラが各隊員の乗馬を眺め回す。それぞれが、荷袋を満杯にしていた。

「ご、ご命令どおりに詰め込みました」

「それなら問題ないわね。ああ、一応魔道地雷とかいうのは持って帰りましょう。重いけれど、仕方ないわ」

「了解!」

 隊員が油を撒き、火を掛けるための作業に取り掛かり始める。シェラは大きく深呼吸すると、馬に飛び乗った。
 そこへ、砂塵を巻き起こしながら、騎兵が血相を変えて駆け込んできた。

「――ん?」


「シ、シェラ副将!! 大変ですッ!!」

 周辺の偵察を行っていた騎兵である。血の気が完全に引いた顔で、脂汗をだらだらと流している。

「そんなに慌ててどうかしたの? お腹が空いて死んじゃいそうなのかしら。このパンで良かったら食べても良いけど。見かけは硬そうだけど、結構美味しいわよ。本当に硬いけどね」

 カチカチのパンを取り出すが、騎兵はそれどころではないと声を荒げる。

「そ、それどころではありませんッ!!」

「パンは嫌い? それなら他に干し肉もあるけれど」

「ち、違いますッ! ア、アルシア平原において、我が王国軍は敗北! 第3軍は壊滅的被害を受けた模様!! ヤルダー大将は現在敗走中です!!」

 騎兵達が動揺してざわめき出す。俄かに信じられる情報ではない。

「馬鹿な。第3軍は8万もの大軍だぞ! 反乱軍になど負けるわけがない!」

「詳しいことは分かりません! ですが、現に王国軍は追撃を受けております!」

 呼吸を荒げて、王国軍の敗北を告げる兵士。馬から崩れ落ち、寝転がって身体を休める。乗馬も故障する寸前で、人馬共に全力で走ってきたのだろう。
――この信じたくない情報は、誤報ではないのだ。

「シェラ副将、い、急いでアンティグア支城に引き返さねば。敵の追撃部隊が今にもやってきますぞ」

「我らが貯蔵庫を落としたという知らせは、恐らく届いているはず。引き返してくるのも時間の問題です!」

「落ち着きなさい。慌てても良いことはないわよ。こういう時こそ、冷静にね」

 括りつけた食料袋から、嗜好品のチョコレートを取り出し、齧り付く。とろけるような甘みがシェラの心を潤してくれる。

「し、しかし!!」
「お、おい。また誰か帰ってきたぞ! だ、大丈夫か!?」

 そこに、更なる火急の用件を知らせる騎兵が駆け込んでくる。鎧には矢が数本突き刺さり、顔からは血が流れている。彼は戦果を報告する為に、本陣へと向かわせた騎兵である。
第3軍が敗走したと聞き、行き先をアンティグア支城に変更したのだが。

「ア、アンティグアは既に陥落し、解放軍の旗が翻っています! わ、我ら騎兵隊は、完全に、完全に孤立しました!」

「ば、馬鹿な」
「――お、おい。冗談だろ」
「あそこが落ちたら、お、俺達は帰る場所が」


 騎兵達は動揺を通り越し、絶句する他なかった。ここは完全に敵支配圏。近くには敵の本拠地サルバドル城塞。王国軍拠点のアンティグア支城は、敵に占拠されてしまった。
――騎兵隊総勢2500名。彼らには、もう帰るべき場所が無い。



「シ、シェラ副将、我らは……」
「ど、どうしたら良いのでしょうか」
「シェラ副将!」

 進むも地獄、戻るも地獄。食料貯蔵庫が襲撃されたという情報は、既に敵に渡っているだろう。つまり、追撃部隊はこちらに向かっている。
 さらに、会戦に参加していた解放軍が包囲を仕掛けてくるのは間違いない。既に状況は殲滅戦へと移行している。

 剣を捨て、馬を降りて屈辱的な降伏をするか。或いは敵本拠へ突撃し名誉の戦死を遂げるか。困難ではあるが血路を開き、内地である東部への帰還を目指すか。
 いずれにせよ、現在の隊指揮官であるシェラの判断が、彼らの命を決定する。

「……チョコレート、食べる?」

 縋るような視線を向けてくる騎兵隊員に対し、シェラは何の不安も覚えていないような、子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
 そして、食べかけのチョコレートを隊員の口に放り込み、無理矢理咀嚼させた後、手に付着した融けたそれを美味しそうに舐めた。
 シェラの視線の先には、解放軍の装備が数多く置いてある武器庫があり、
脳にゆっくりと栄養を送りながら、これでいけるかどうかを思案し始めていた。




――王国軍第3軍、アルシア平原にて敗北。
 現在王都解放軍の猛追を受けながら敗走中。被害甚大。アンティグア支城陥落。
+注意+
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