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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第五話 ニンジンは歯応えがあって美味しい

 王都解放軍本拠地、サルバドル城塞。
 来るべき会戦に向け、首脳部の将校達は最後の軍議を行っていた。

「斥候からの報告によりますと、やはり敵主力はアルシア平原に展開する模様。内通者からの情報もあることから、まず間違いありません」

「正攻法ならそうなるでしょう。森林地帯は奇襲が失敗し、もう一つは渡河する必要がある。『数こそが力』だと信じるヤルダー大将の性格から見ても、まず正面からくると思っていました」

 軍師のディーナーが淡々と呟きつつ、机上に広げられた地図に、部隊に見立てた駒を置いていく。

「例の物の敷設状況はどうか」

「予測される敵の侵攻路に、満遍なく敷設作業を行っています。まもなく終了するかと」

「小細工を弄している、彼らはそう判断するでしょう。実際、我らは兵力に劣っていますから。それが王国軍を釣り上げる格好の餌となる」

「ここまでは軍師殿の読み通り、後は我ら将兵の仕事ですな。腕が鳴りますわい」

 齢50になる古参の将ベフルーズ。王国の惨状を憂い、手勢を率いて解放軍に参加した義に篤い男だ。堅実な戦いを常とし、冷静に戦況を見ることが出来る。


「全ては、万端というわけですね」

「ですが、計画通りに進むとは限りません。何が起こるのがわからない、それが戦場というものです」

 満足そうに頷くアルツーラに、やんわりと釘を刺すディーナー。思わず苦笑しつつもアルツーラは答えた。

「分かっています。油断はいかなるときも禁物。貴方から、嫌になるほど教えられましたから」

「順調な時ほど、立ち止まる勇気が必要なのです。今までの歴史を振り返っても、功に奢り、身を滅ぼした者は数多い。我々は民の為にも、決して同じ轍を踏むことは許されません」

 その言葉に、居並ぶ将官が無言で同意する。無能な為政者、過酷な圧政、乱れきった領内の治安。それら全てから解放し、再びかつて豊かであった王国を取り戻す。それこそが王都解放軍の使命であり、存在意義なのだ。

「我々帝国も全力で支援致します。姫が王位を取り戻された暁には、ムンドノーヴォ大陸に恒久の平和がもたらされる事でしょう」

「アラン皇子には感謝しています。数々の支援物資、義勇兵、さらには魔道兵器まで提供して頂きました。我々がこうして決起できたのは、貴方のおかげです」

「我々は皇帝陛下の命に従っているだけ。そして陛下のお心を動かしたのは、貴方の民を思う信念だ。決して卑屈になられますな。解放軍を導くのは、貴方以外には存在しない」

「……ありがとう、アラン皇子」

 本音と建前。それは当然ある。民を思うなどという甘い考えに踊らされて、キーランド帝国最大指導者が支援する訳がない。
 帝国とて先の大凶作の影響を受け、内部の統制に必死なのは変わらない。頻発する反乱、増える野盗の数、膨れ上がる軍事費。不満が爆発する一歩手前で、辛うじて抑えているにすぎない。
 だが、怨敵である王国はもっと苦しい。無能な王に不満を抑える能力はなく、すでに治安は崩壊状態といって良い。そこにこの王都解放軍が決起するというタイミングが重なった。
 解放軍を矢面に立たせ、積極的に支援することで王国を打倒する最大の好機。
 義勇軍を組織し、第2皇子を解放軍に送り込むことにより戦力の増強を図り、事が成就した暁には主導権を握る目論見だ。

 解放軍副将の地位についたアラン個人としては、そこまでの穿った考えはもっていない。アルツーラの魅力に惹かれ、1人の人間として素直に助けてやりたいと思ったのだ。
 所詮皇位を継承するのは長兄であり、自分はその予備に過ぎないのだから。



「失礼します! 至急の報告が入りました!」

 作戦会議室に、慌てた様子で兵士が入り込んでくる。将官の一部は眉を顰めたが、兵の様子を見て悪い報告だと察知する。

「……騒々しい。落ち着いて報告しろ。そのままでは時間と体力の無駄だ」

「は、はっ! 申し訳ありません! 只今アンティグア支城を探らせていた諜報隊員が帰還したのですが――」

「確か、昨夜ボルールが敵情視察に赴いていた筈だな」

「そ、それが。だ、脱走兵に紛れた敵兵により、ボルール大佐が討ち取られたと」

「…………」

 アランが疑念の表情を浮かべる。あの屈強な騎士が討ち取られたなど、俄かには信じることが出来ない。恐らくは誤報に違いないと判断し、口を開く。

「馬鹿馬鹿しい。ボルールの槍術は、帝国でも髄一。たかが王国の兵卒に敗れる訳がない。もう一度確認を取れ。悪い冗談にも程があるぞ」

「……た、大佐の亡骸が運ばれております。こ、この目で確認しましたが、あの装束はボルール大佐のものです。諜報隊員も一部始終を目撃している事から、間違いありません」

 幾重にも傷を付けられたボルールの胴体。首は切り取られ、どのような顔で最期を迎えたのかは知りようがない。

「……誰に討ち取られたのかは分かっているのか?」

「そ、それが。隊員が激しく混乱しておりまして。死神にやられたと連呼するばかりで、詳しく事情を聞くことが出来ません。また、その場に居合わせた王国脱走兵たちは拘束してあります。彼らの話では、大鎌を持った少女だとか――」

「今すぐに案内しろ。私がこの目で確認する。死神に、大鎌を持った少女だと? 支離滅裂で全くもって理解できない」

「も、申し訳ありません。大佐のご遺体はこちらです」

 兵に先導されて、アラン以下、帝国から応援に来た将校が続く。それを見送ると、軍師のディーナーは口を開く。

「姫。これが戦場です。誰にも唐突に死が訪れる危険がある。親友、恋人、親兄弟。それらが突如として物言わぬ屍となる。貴方には、これから溢れるであろうその悲嘆を、受け止める覚悟がおありか?」

「――無論です。数多くの血と、屍の上に立つ。同時に、その犠牲を最小限に食い止める。それが、私の、解放軍指揮官としての役目であり、王族としての使命です。決して逃げる訳にはいきません」

 胸に手を当て、目をつぶるアルツーラ。

「我ら参謀、将官、そして兵卒に至るまで。姫の理想実現の為に、全身全霊を尽くします」

 ディーナーが深々と頭を下げると、武官が腕を振り上げて叫ぶ。

「王都解放軍に勝利を」

「王国民に安寧の平和を」

「アルツーラ姫万歳」



――王都解放軍、アルシア平原に向け出撃。







 アルシア平原に向けて、進軍中の第3軍団。
 シダモがヤルダー大将に報告する。

「斥候からの報告によると、敵の主力もアルシア平原に向けて出発した模様です」

「そうか。篭って圧殺されるよりも、平原で華々しく全滅する事を選んだか。面倒がなくなって助かるわ!」

「平原に、敵斥候部隊が工作を行っていたとの報告があります。詳しいことは分かりませんが」

「落とし穴でも掘っているのか?」

「分かりませんが、かなりの人数が動員されていたようです」

 サルバドル城塞に向かうには、平原を通るか、森林地帯を抜ける、あるいはアルシア川を渡河し迂回するというルートがある。
 先日壊滅したジラ師団は、森林地帯を抜けて奇襲を行った。罠を警戒して迂回する場合は、数倍の時間を要するだろう。
 食料事情に余裕がない第3軍としては、あまり取りたくないルートである。更に渡河をするという危険を冒さなければならない。

「迂回などというまどろっこしい事は必要ありません。重装備の我ら鋼鉄師団が、全てを踏み潰して見せます!」

「その通り。罠や小細工を弄すると言う事は、それだけ奴らが苦しいという証左。我らはただ正攻法で叩き潰せば良いのです」

 重装騎兵を率いるキルス少将、重装歩兵を率いるダヌシュ少将が進言する。名家出身である彼らは、将来の出世が確約されている。派閥争いで勝利する為にも、なんとしても手柄が欲しい所である。ライバルの1人だったジラが勝手に自滅してくれた為、内心ではほくそ笑んでいる。

「うむ、確かに迂回する程の事ではあるまい。むしろ、渡河などしている方が危険だ。兵法にもある通り、無防備になったところを奇襲されかねん」

「かしこまりました」

「英断です。わざわざ時間をかける必要はありませぬ」

「……そういえば、シダモ。お前が手配した別働隊はどうしている」

「はっ、お預かりした3000の軽騎兵は、既に出撃致しました。先日の森林地帯を抜け、敵食料貯蔵庫を狙う手筈となっております」

 3000の騎兵のみで構成された部隊を組織、本体とは別ルートを取り、食料貯蔵庫を狙わせた。奇襲で壊滅した経験がある以上、同じ手は取らないだろうという裏をかいた策。
 逆に読まれていたとしても、敵の兵力を分散させることが出来る。損のない作戦だ。

「宜しい。策がなれば良し、読まれていても、ただでさえ少ない逆賊の兵力を分散させることが出来る。全く損のない見事な策だ、シダモ筆頭参謀。我らの勝利は確実だな」

「ありがたきお言葉を頂き、光栄の至りです。それと、帝国将官ボルールを討ち取った兵士も、私の推薦により副将として編入いたしました。指揮の経験は少ないですが、中々の腕前の持ち主。今後閣下のお役に立つかもしれません」

 異例ではあるが、少尉の地位で別働隊の副将に推薦した。指揮力ではなく、その優れた武力にシダモは期待した。

「ほう。それは楽しみだ。この戦いの後、必ず昇進させてやろう。しかしたかが一兵卒に討ち取られるとは、わざわざ応援に来た帝国の奴らも大したことがないな。それとも、我ら王国軍が優秀すぎるのか」

 豪快に笑い声を上げるヤルダー。ボルールの首を見て、先日の敗戦の屈辱は晴らされている。思いっきり首を蹴飛ばした後、上機嫌で酒を飲んでいたほどだ。

「我ら王国兵が圧倒的に優秀なのです。日頃の厳しい訓練と、閣下のご指導の賜物です」

「しょせんは寄せ集めの反乱軍、盗賊の集まりとなんら変わりません。そして逆賊に加担した帝国の連中は惰弱な兵と愚昧な将ばかり。王国最精鋭である我らに勝てる道理がありますまい。更には王国軍髄一の猛将であるヤルダー閣下が兵を率いているのです」

「ハハハッ! 貴公らは実に世辞が上手い!! 首尾よく反乱軍を殲滅したら、次は帝国だ。そして連合を再び併合し、我らユーズ王国が大陸を統一するとしようではないか!」

「ヤルダー閣下の、元帥昇進も間違いありませんな。第3軍団こそが、王国の最精鋭であることを証明するのですから」

「シャーロフ元帥もかなりのお歳です。今後王国の中核となるのは、ヤルダー閣下に他なりません。我ら、一層の忠誠を誓いますぞ」

 キルス、ダヌシュが追従する。

「閣下こそ、王国の英雄となられるでしょう」

 シダモも負けていられない。没落し滅びたアート家復興の為にも、ヤルダーには上に行ってもらわなければならない。今は亡き兄の汚名を雪ぐ為にも、必ず。
 その為に自分は全ての誇りを投げ捨て、この地位まで上り詰めたのだ。

「貴公らの働き、私は決して忘れることはないぞ。共に栄華を掴もうではないか!」

「はっ!!」






――王国軍第3軍、予定通りアルシア平原に向け進軍続行。
 シェラが配属された軽騎兵隊、北部森林地帯を抜け解放軍食料貯蔵庫へ急行。その数は3000。



「おい、シェラ副将。馬に乗っている間くらい、食うのを止めたらどうだ」

 並走している壮年の男が、シェラに向かって声を掛ける。

「食べられるときに食べる。それが私の信念です。腹が減っては満足に戦う事が出来ません。申し訳ありませんが、その命令には従えません」

「いや命令ではないが。……まぁ良い。ボルールを討ち取ったというその腕前、期待している。シダモ筆頭参謀直々の推薦を受けたのだから、お前もそのつもりで死力を尽くせ」

 騎兵隊隊長は半信半疑であったが、筆頭参謀が言うのだから間違いはないのだろう。
 乗馬技術も、完全に身につけており行軍に支障はない。騎兵隊員と比較しても、遜色のないものだ。どこで身に着けたのかは疑問だったが、一々聞くことでもない。指揮官としては部下が優秀なことに、越したことはないのだから。使えなければ、勝手に死ぬか、さっさと追い出すだけだ。

「はっ」

 シェラは敬礼しながら、切りそろえられたニンジンを取り出し、兎のようにポリポリと食べ始めた。シェラの乗っている蒼ざめた馬は、汗と日光で馬体を鈍く輝かせていた。
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